03 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。
偽装とはいえ貴族の子女と結婚する以上は家と使用人を調達しなければならない。
家の方は思いのほか手早く済んだ。俺が家と称して買い取った門衛詰所が付属していた、どこぞの貴族が昔使っていたとかいう空き家を丸ごと買い取れた。正確には、将来的にまともな家が必要になるだろうと王様業をやってるおっさんが確保していたのを予定通り俺に売ってくれた。
問題は使用人。侍女は雇った奥さんが連れてくるから、必要なのは……下級使用人は、以前作って目的の作業が終わった所為で暇を持て余してるバイオロイド達で済ませられるとはいえ上級使用人は無理だな。少なくともハウス・キーパーとハウス・スチュワードは外から雇い入れないとこの国の慣習や風俗に対応できない。
奥さんや使用人用に馬車を用意しないといけないから馬か地竜も要るか。騎乗用や車牽用に調教されたのを買うのが手っ取り早いものの、そんなところから買える様な伝手はない。こんなことなら技術研究用の船で品種改良でもしていればよかったと自分の計画性のなさに溜息をつきつつ野生の走竜を群れごと殴り倒して捕獲した。奥さんの屋敷に置くのは二頭で十分だ。余りは品種改良用にしよう。
走竜は殴り倒せば言うことを聞くが、上級使用人はそうもいかない。五分ほどどうするか悩んで面倒になり、結局王様のおっさんに紹介してもらい五十台な見た目の人畜無害そうなハウス・スチュワードと四十代後半な見た目の人当たりの良さそうなふくよかなハウス・キーパーを雇った。家の財産なんかを預けるのは独身が望ましいらしいがこの二人は夫婦だ。一応、二人にかかっていたあらゆる魔法を浄化の術封器で綺麗にした後、交渉用AIに作ってもらった契約書に署名をもらい宣誓の術封器による遵守の宣誓をもらったので信用という面では大丈夫のはず。
そんなこんなでとても忙しなく日々を過ごし、実際に顔を合わせて契約書の最終確認と署名および術封器を使った契約を遵守する誓約を行う日を迎え、そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。
王様のおっさんと、俺と、ハイドロフィラ家の一見細身な四十台くらいのご当主さんと、契約奥さんになってもらう予定のお嬢さんの四人で王様のおっさんが用意した部屋で顔合わせを開始。
おっさんとハイドロフィラ卿の事前のやりとりでほぼ完成させていた契約内容に俺とお嬢さんが目を通して双方合意。その場で本契約書を作成したらさっさと四人で署名。俺が用意した術封器で全員が契約書の遵守を誓って終了。
本日の予定が手早く済んで時間が余ったので今後についてを軽く詰めた。
これから一年ほどを婚約者として準備期間に充て、問題がなければ式を挙げて嫁入りは契約通り。婚約期間中に無理そうだと思ったら一方の意思だけで契約破棄できるのも契約書通り。
その婚約期間中にお嬢さんが俺の用意した屋敷に通って家具を初めとして内装や庭を整える。この地域の貴族家だと家の管理は夫人の役割なのだそうだ。俺としては仕事が減ってうれしい。お嬢さんは何やらそういった『お嫁さんらしい役目』に一家言おありのようで随分と気合を入れていた。淑女としてあからさまにはしていなかったけど、ちょっと頬を赤くして目を輝かせながら力強く頷くのはとても可愛らしかった。うん。貴女の家だから好きにおやんなさい。大概のものを自給自足しているせいで懐には余裕がある俺の代替わりに経済活動に貢献しておくれ。
離れている間の連絡手段として掌に載るくらいの青い鳥型伝書用人工生命体を何羽か預けた。こいつらは手紙を運ぶためだけに生み出されたプロフェッショナルだ。彼らは登録した腕輪をめがけて飛ぶことで伝書鳩よりも確実に手紙を運んでくれるうえ、超小型超高出力の音波兵器を何種類か内蔵しているので自衛能力もばっちりである。動力源は小指の先くらいの賢者の石なので理論上の航続距離は無限大のハイパー青い鳥さんだ。本当はなんとなく作ってみておっさんが有効利用するかなとそのうち売りつけるつもりで忘れていたのを奇跡的に思い出したという経緯があるものの、お嬢さんが童心に返って小鳥と見詰め合ってぴーぴー言ってるのが可愛いしこれが正しい使われ方だと確信する。
何を考えてるか俺には全くわからない無表情を終始貫いたハイドロフィラ卿に連れられてお嬢さんが小鳥達と帰って行った。
「まさか十五歳のお嬢さんに一目惚れするとは思わなかった」
扉が閉まってから暫し経ち、溜息の後についぽろっと溢してしまう。
一目で人を惹きつけるほどの派手さはない容姿。貴族だというのにともすれば群集に埋没してしまいかねないほどに主張のないブラウンの髪と濃緑の瞳。同じ年頃の娘を十人並べれば真ん中より少し高いかどうかという背丈。胸元も腰つきも、控えめに見せるであろう装いという点を差し引いても歳相応というにはいささか足らない。しかしその穏やかな雰囲気に、呑まれるという表現が相応しいほど俺は魅かれた。年齢に比して大人びているわけでも威風を備えているわけでもなく、表情や仕種で演出されたものではない心を落ち着かせてくれる穏やかな空気をお嬢さんは纏っていた。反面、あと十年、二十年と経って色香を纏えば、貞淑な服装で少し口元に笑みを浮かべるだけで男共を跪かせるようになったりしそうだとも感じた。未亡人って言葉は日本の男にとってもこの国の男にとっても大きな違いのない言葉だとこっちに移り住んでからの数年で理解している。
「これから夫婦になるんだ。良い事じゃないか」
少し目を瞠ったおっさんが笑いを滲ませながらのたまう。契約書見直してみろ。表面的に夫婦を演じてくれれば良いとか恋人は問題を起こさない範囲で自由にとか、明らかに『俺は恋人も結婚相手も要らないけど仕方なく用意しなくちゃならない』って透けて見える内容だろうが。こんな契約した後じゃ恋愛関係を築くのは大変難しいと思いますよ。
八つ当たり気味の言葉を飲み込んで再び溜息一つ。
「無理のない感じにゆっくり努力してみるよ」
当面は青い鳥での事務的なやり取りにかこつけて文通でもしてみようか……いや、この国の貴族にとって詩を書けるのは基礎教養だ。俺の無味乾燥な『お手紙』じゃ、まともに呼んで貰えない可能性すらある。さすがに想い人を口説こうっていう詩をAIに書かせるのもどうかと思うし、最低限でも詩を書けるようにならないと文通はできないな。
貴族の基礎教養といえば社交ダンスもある。俺はおっさんがそういう場に出る時も護衛をしてるから今まで社交ダンスのステップすら知らなくても問題なかったが、奥さんが貴族の子女なのに手の取り方すらわからないのはまずかったりするだろうか。ダンスはさておいても俺は貴族じゃないからパーティーの招待状はこないが、奥さんが招待されれば夫婦で出席しないとだめだったりするかも知れない。
「おっさん、その辺どうなんだ。俺があんたの護衛に就いてから身につけた礼儀作法なんて黙って口を閉じるのと綺麗な直立の仕方だけなんだが」
護衛といえば後ろで手を組んだり腰に手を当てて周囲を見るイメージを持ってたんだが、この国の貴族社会的にはアウトだった。真っ直ぐ立って手は横につけて顔は動かさないのがスタンダード。文化の違いって大変だと実感した一件だ。
「ああ……」
おっさんはちょっと言い難いんだけどやっぱり言わなくちゃダメかなって顔。察したわ。礼儀作法とか面倒くせーなー。
「アレの婚約者がな、オルテンシア嬢を気に入っていてな。隔離中の今も頻繁にやり取りをしているはずだ。何事もなければ将来的にもそうであろう」
まじでか。それって俺も現王子と接点増えそうってことですかね。あの王子様は俺のこと嫌ってるんだよ。突っかかってくるのが煩くてとっさに殴り倒しても無罪放免になったりしないならあんまり近くに居たい相手じゃないんですが。いや、王子様も育ちがいいからあからさまに態度が悪いとか掴み掛かって来るとかないんだけど、回りくどく嫌がらせされるよりは直接的な暴力で話をつけるほうが俺としては楽っていう……ああ、俺って脳筋なんだなあ……。
しかし面倒くせえ。
「社交界とか面倒くせえ。なんかテキトーに理由つけて俺は護衛として側においたままあのお嬢さん――オルテンシア嬢だったか、彼女とは別行動取れるようにしてくれ」
おっさんの奥さん方も俺のことあんまり好ましく思ってないしそれはそれで苛々が溜まりがちとはいえ、おっさんの側なら全部おっさんに押し付けられる分マシだ。一番楽なのはいつも着てる見た目がライダースーツみたいな便利スーツでステルスして『そこには居ないことにしての護衛』って役割です。
ステルス護衛は楽でいい。人や物にぶつかったり大きな音を立てないように気を付けるだけでよく、無駄に絡まれないし礼儀作法を気にしなくていいしだるくなったら座り込んでも怒られない。問題点といえば、『あの大事な席の護衛を任されないとは陛下からの信用はその程度ということですなガハハ』とかって人に嫌がらせするのが生きがいみたいなやつらに絡まれることか。総括した差し引きで言えば楽な方が大きい。
「お前は、一国の王たる私の護衛なのだ。結婚相手が貴族の子女である以上は婚約者や夫人同伴が基本だぞ」
「それ、そもそもが王様の護衛は相応の出身を前提としてるからこその慣習だろ。守るべき者が複数居ればいざという時に逡巡しかねない――踏み絵なのか……?」
自分の伴侶よりも主君を優先できるかを試そうとしたのが起源とかじゃないのか。うわー。いやなことに気づいちゃった。
「踏み絵? 話の前後から察するに『信頼なり忠義なりの証明』か。まあ、もとがそうであったのは事実とはいえ、今は人脈作りのためであろう」
「踏み絵の意味は多少違うが大凡あってる。こっちにはない言い回しだったか。いや、そもそも日本以外にあったのか? まあ、それはいいんだ。それよりも人脈作りが目的なら俺はなおさら御免被る。同伴するしかないなら、会場に入ったらオルテンシア嬢は王子の婚約者にでもつけておけば良いんじゃないのか」
会場内で常にパートナーと一緒に居るなんて少数派だし、もともと侍女候補って話だったし、それでいいじゃない。
「あの娘はまだ外に出せんぞ。はあ……一年あるのだ。なんとか取り繕える程度には作法を身につけてくれ。教師はこちらで用意して、丸一日は登城せずに済み多用できる理由も作っておく。あとはお前次第だ」
うへえ。どういう理由で訓練日をくれるのかも不安だけど、貴族らしい振る舞いを身につけられる気がしない点が最も不安だ。
「オルテンシア嬢に嫌われたくはないし努力はしますがね、最低限であろうと難しいんじゃねえかな」
おっさんに言われて仕方なく指導を受けた前とは違って、今回はオルテンシア嬢の面子を潰さないためという理由があるとはいえど、それでどれほどの差ができるかは自信がない。一年がんばった程度でその場で必要な社交術を身につけられる人間は多いんだろうが俺はコミュ障だ。具体的にはここ二年でまともに会話している相手は、部下のバイオロイドを除くとおっさん含めて両手足の指が余る人数しかいない。その内、日常的に関わりがあるとなると片手の指でも余る。端的にいうとおっさんを別枠とするなら友人は一人もおらず職場仲間と呼べる相手も皆無。こんなん、社交界が云々よりもまずは公園デビューして雑談する相手をつく方が先だろ。
まさか、『面倒ごとはおっさんにパス』や『ステルス護衛』を多用して低きに流れ続けたツケをこんな形で払わされるとは思いもしなかった。
改善しようにも俺の生活って頻繁に顔を合わせて会話をするのっておっさんくらいなんだよなあ。
家を出たらすぐ仕事場であるおっさんの執務室に直行。その間挨拶を交わす相手はなし。
おっさんの護衛についたら直立して無言。
おっさんに合わせて昼飯を摂る時は自家製の携行食料で五分とかからない。前はおっさんの体面もあって用意してもらってたけど毒盛られてからはそんなこと気にする必要はなくなった。おっさんとの契約でも毒見役は俺の職務じゃない。
午後もおっさんの護衛として直立して終了。
一日の職務が終わったら真っ直ぐ帰って小屋からどこかにある宇宙船へワープ。食糧なんかの生活必需品は専用の船で作ってるから買出しも必要ない。
そして朝起きたら出勤。
監視兼護衛用小型ユニットはおっさんに何機かつけてるしおっさんの護衛は俺だけじゃないから毎日家に帰ることができる。これって護衛としてはどうなんだろうって職務内容だと思うが、おっさんとの契約にないことをする気はない。
この一日の流れでどうやって対人能力を高めていくべきか……。