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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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25 テヘペロじゃねえよこの。

 いつだったか、神様はこの世界の別の星に人類が居るようなことを言っていた。より正確には、さっさと惑星間交流を始めて欲しいから複数の有人惑星を一つの恒星系にまとめたといってたんだったか。それぞれの惑星があった環境との違いはごり押しで解決した所為でいくつか壊しちゃったなんて笑ってた。この俺が今居る星もその時かき集められた有人惑星だそうだ。笑えない。ちょっと失敗しちゃったで有人惑星をいくつも破壊する神様ってスケール感がもうただの人間とは違う。


 世界ってでっけーなとどうでもいいことを考えながらステルス状態で城内をフラフラしていると、グリシーネ嬢に掻き立てられた苛々がどこかに消えていった。なんであんな苛々していたのか不思議だ。

 苛々が治まってすっきりした気分でおっさんの執務室に向かって歩いている途中、知らん男と楽しげに二人きりで歩いて部屋に入っていくオルテンシア嬢を見かけた。一目見ただけで上流階級でも上位に位置するであろう身分を理解させる、品が良く上等な装いと物腰の美男子であった。もうオスとして勝てる気がしないわ。




「頭冷えたんで戻りましたー」


 あの上物のオスとの恋が終わった後のオルテンシア嬢に俺の存在をどう売り込もうか考えても、経験値ほぼゼロの恋愛戦士な俺の貧弱な頭じゃ太刀打ちできない難問だと即座に答えが出てしまった。これが無知の知。違うかもしれない。


「おう。今回こそはとうとう私との契約も打ち切りかと肝が冷えたわ」


 俺が醒めやすいと知っているおっさんは慣れっこだ。たまにワーっと感情が高ぶると、ふらついてクールダウンするまでが一セット。

 普段は万事に対して関心が薄い人間なのにたまにどうでも良いようなことでもどうしようもなく感情が動かされる。最近だとジルの神兵狩りに付き合ったときとか多分似たような感じ。いつもの俺なら頑張っての一言もなくスルーしてたと思う。


 ぶっちゃけ俺のほうじゃグリシーネ嬢との言い合いは済んだことなのだが、グリシーネ嬢は俺が出て行ったときと同じ椅子に居たので対面に腰を下ろす。

 ぱっと見たところ、グリシーネ嬢も最初におっさんの執務室へ来た時すでに纏っていた苛々した空気がなくなっている。

 ここに居るってことはグリシーネ嬢は俺との話し合いを続行する気のはずだが、一向に口を開く様子はない。休憩ねじ込んだの俺だし、俺が切り出さないとだめかなあ。


「俺は同性愛を否定しないが、良く知りもしないくせに俺の友人関係に関して同性愛どうこうも異性愛どうこうも言われたくない。そこを踏まえて、話の続きをどうぞ」


 中断したきっかけはたしか、俺とジルの付き合いに対して根拠もなにもなく同性愛を邪推されたことだったなと、そのまま続きを繋げるように促す。

 俺渾身のパスはスルーされた。バッドコミュニケーション。俺の努力は無為に終わった。俺にはもうどうしようもないのであとは待ちの一手だ。AR開いてバイオロイド達の研究経過報告に目を通そう。


 おっさんのペラペラカリカリ音をBGMにいまいち理解できない報告書を読んでいるとグリシーネ嬢が動いた。

 ずっと伏せていた視線をあげ、俺へと向ける。なんかちょっと怯えてる風なのは気のせいだ。唐突におキレあそばされた人物がちょっとの時間で冷静になったっつって戻ってきてもそらー怖いわ。でも俺に都合の悪いことはそっと小箱にしまっておこう。


「あの、感情的になって、失礼なことを言ってごめんなさい」


「はい」


 面と向かって真摯に謝られるとどうしたらいいかわからない。対応できるシチュエーションの幅が狭いのもコミュ障の特徴だ。


「言い訳になりますが、説明させてください」


「はい」


「いつも、シアはあんまりお家でのことを話してくれなくて、今日の午前中に珍しく昨日のことを話してくれたと思ったらアンタが浮気してるみたいなこと言ってて……詳しいことも知らず感情だけで先走ってご迷惑をおかけしました」


「はい」


 こういうときってなんと返せばよろしいのか。というか、どういう話をされたのかわからんがよくそれだけであんなに激情が長持ちしたな。

 俺がオルテンシア嬢と一緒に居ると脳みそ蕩ける感じで穏やかな気分になるのと同じで、グリシーネ嬢の場合はオルテンシア嬢といるとテンション上がり続けるとか? そんなんまじで精神に干渉する系のスキルやないですか。


「グリシーネ嬢、ちょっと待って」


「え、あ、うん」


 はいしか言ってなかった俺が普通に喋った所為でちょっと戸惑われた。ボキャブラリーが貧困で対応能力が欠如していても会話能力はギリ残ってますんで、勘違いしないでください。


「おうおっさん。オルテンシア嬢はスキル持ってないんだよな?」


 話し合い再開したあとに遮音結界張るの忘れてた。


「そのはずだ。私もカードを見せてもらったが何もなかった。お前も見たろう?」


 首だけ向けて問いかけた俺に書類から視線も上げずおっさんが答えた。

 いつもと同じ反応。やっぱり嘘吐いててもわかりそうにない。


「念のためだよ念のため」


 俺とおっさんの何度か繰り返したやり取りを、意味を分かってない様子でグリシーネ嬢が不思議そうに見ていた。すぐに洗脳とか疑う俺がヨゴレてるみたいでちょっとへこむ。

 今度はちゃんと遮音結界を張りなおして、グリシーネ嬢に向き直る。向き直って、何言おう。流れぶった切っちゃった。答えは分かりきってたしおっさんに訊く必要なかったわ。


「えー、謝罪は受け取りました。俺も失礼な態度をとってごめんなさい」


 これはひどい。我が事ながらひどい。

 お互いに照れくささやら申し訳なさやらで再び会話が途切れた。この沈黙は居心地が悪い。何か話題を、弾まなくとも次につなげられる話題を。


「ああ、そうだ」


 不意に間の抜けたような声を漏らした俺へと、ふらふら彷徨っていたグリシーネ嬢の視線が戻ってくる。もうちょっと興味ない感じの方が気が楽なんですが。下手なこと言えなくなっちゃうじゃない。


「さっき、初めてオルテンシア嬢の恋人を見たよ。ちょっと驚くくらいにきれいな顔立ちの青年だった」


「ハァ?」


「俺が気づいたのは三ヶ月くらい前なんだけど、オルテンシア嬢に恋人が居るんだよ。で、さっき頭冷やすのにフラフラしてたら二人でいるところ偶然見つけた。日中にでかけてるのは知ってたものの……まさか王城で会ってたとはびっくりだ」


「ちょっと待って。いくつか聞きたいことがあるわ」


「どうぞ」


 これぞ渋面と辞書にのせられるくらい見事に顔を顰めたグリシーネ嬢に手番を譲る。俺もかなり頑張って話題を提供して会話の主導権を任されていたので、お役御免は望むところだ。


「まず、何でアンタはシアの日中の行動を知っているの? 監視でもしてんの?」


「社交術のレッスンを受けるのに何日かに一回、屋敷の小ホールで過ごしてるんだよ。そういう日はオルテンシア嬢が出かけると使用人がそれ教えに来てくれる。多分、ハウス・スチュワードの指示。貴族の作法かなんかなんだろうって思って俺は特に何も言ってない」


 言ってて、これって俺が監視してることになりそうだと思いました。オルテンシア嬢が出かけたときに俺が屋敷に居たら報告されるだけで、一日の終わりには『今日はこの時間に』みたいな報告はされない。あれなんなんだろ。


「レッスンねぇ……アンタに教えてるのって女?」


「女」


「名前は?」


「知らん。おっさんに訊け。つーか、また浮気だなんだって言うつもりか?」


「今度は私がどう思ってるかじゃなくて、それって使用人にその人のこと愛人だと思われてるんじゃないのって話」


「すげー納得した」


 奥様はお出かけになられましたのでお楽しみになられるならどうぞって意味か。気が利くなー。いらんお世話だわー。


「それはいいわ。でもちゃんと誤解は解いておくのよ」


「はい、センセー」


「それで、えーと……そう。シアが日中にでかけるのって学園が休みの日もってこと?」


「え、学園ってなに」


「何って、私は花嫁修業って名目で休学中でもシアはまだ学園に通ってるでしょ? 日中に王城で恋人と会ってるんだったら学園の休みの日にしか――アンタもしかして、シアが学園に通ってることも知らなかったの?」


「ハイ……」


 そういや、王子様の婚約者がどうとかって学園でわちゃわちゃやったんだったか。午後のおやつ時にグリシーネ嬢のお茶会に呼ばれたりしてたもんですっかり卒業してるんだと思ってた。ひょっとしたら、最初に目を通した資料に在学中って記述があったかもしれない。

 おっと。額を押さえて苦悶の表情のグリシーネ嬢。あなたも頭痛持ちで? おっさんと仲良くなれそうだね。


「あったまいたい。で、次よ次。アンタが今日見たって言うシアの恋人って紋章はつけてたの? 特徴は?」


 さっきの今で不自然でもなかろうと、映像ログで紋章を見ながら紙に書き写す。あっはっは。原形とどめてないわこれ。ついでになんとなく男の特徴も紙に書いておく。


「んー? 絵が下手糞でわかりにくいけど、これってマレアロッサじゃないの? 男の特徴もあそこの嫉妬男っぽいし」


 グリシーネ嬢が自分の所見を口にしつつ手にした紙にクリップもどきをつけておっさんに投げ渡した。そのクリップもどきは投げる為の重石ですか。というかいつの間に遮音結界を解除したんだ。


「なんだこの落書きは。これが岬でこれが渦潮か? マレアロッサのように見えなくもない。おいケント。お前が見た紋章はこれか?」


 引き出し開けてごそごそやってたおっさんが紙を投げてきた。


「力入れすぎだろおっさん。俺が受け止めなかったら壁に刺さってたぞ」


 日常のふとした瞬間に人外エピソード挟んでくるなや。

 おっさんの言い訳を無視して受け取った紙にさっと目を通すと、下のほうに紋章が捺してある。海岸みたいなのと、灯台みたいなのと、波飛沫みたいなのは俺でも分かる。


「この波飛沫がなくて渦潮だった」


「マレアロッサの坊主だな」


 一言で断言したおっさんは仕事に戻った。

 俺の紋章決めないとあかんのかって話を思い出したんだが、おっさんは忙しそうだし今度でいいよな。


「嫉妬男なら浮気とかありえないでしょ。アイツはオリザのストーカーだもん」


「ストーカーって言い方はダメだろ。もっと穏当な表現にすべきだ。犯罪者予備軍とか」


「嫉妬男はどうでもいいのよ。オリザと関わる時だけ気をつければ害はほとんどないんだし」


 友人の一人が常に危険物とセットはどうでもいいって言えないんじゃね。


「オリザが手綱握ってるうちは大丈夫よ」


 俺の胡乱げな視線を受けて、グリシーネ嬢はごにょごにょ言いながら視線を逸らした。大丈夫って思ってないだろそれ。


「坊ちゃんはもういいとして、じゃあ、恋人は誰なんだろうな」


「そもそも本当にシアは誰かと付き合ってんの?」


「三ヶ月くらい前から秘密の逢瀬っぽい感じで屋敷に馬車が出入りしてるし、事後的な格好のオルテンシア嬢と屋敷で遭遇したりとか、あと俺が出張行く直前に屋敷でニアミス――」


 俺が喋ってる途中で『あ、やべ』って顔をしたあとあからさまに目を逸らしたグリシーネ嬢。えー。ちょ、えー。


「もしや貴様か」


 口調変になっちゃったじゃん。テヘペロじゃねえよこの。


「あれか、俺を怒鳴りつけて顔合わせ難いからってこっそり会ってたらお忍びが楽しくなったのか」


「大体合ってる」


 盛大な独り相撲ってここ三ヶ月の俺をみたいなのを言うんだろうなー。


「まじかー。マンガでよくある勝手に勘違いしてうじうじするアレを俺はやってたのかー。めっちゃ恥ずかしい。なんだよもー。ちょっと諦めてたじゃん。俺の純情返せよー」


「え、諦めるって何」


 口滑った。


「なになになになになになに。アンタ、シアのこと好きなの? ねぇねぇ。シアのこと好きなの?」


「他に候補が居なかったので面接せずに資料だけで雇用決めたら、契約書に署名する顔合わせで一目惚れしました」


 誤魔化す理由もないし、無駄に疲れそうだし、グリシーネ嬢に言って何か変わるわけでもないしで正面から言ってやったぜ。へへ。


「おおー。やったじゃん。両想いじゃん。もう今から――あ……」


 両想いって、それあなたが言っちゃだめなやつじゃね。

 今日は俺もグリシーネ嬢も情緒不安定だったり注意力散漫だったりでなんだかなー。

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