表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/54

23 そんなん言われましても。

「ジルお前、俺と連絡取り合って良いのか?」


 翌日、朝イチでおっさんに連絡して休みをもぎ取った俺は同封された案内図に従って王都にあるロゼネージュ公爵邸の応接室っぽい部屋を訪れた。王都の地図と邸内の地図どちらもあったので手間といえば結界をすり抜けるのに数秒要したくらいだ。オルテンシア嬢の屋敷を出てすぐからこの部屋までずっとステルス状態で、部屋に入ってジルが居なければ直ぐに帰るつもりでいた。しかし部屋で待っていたジルは、手紙に書いてあったように手紙を屋敷へ届けさせて以来指定した時間は毎日この部屋で待っていたそうだ。


「バレない様にすれば良いと陛下のお言葉をいただいた。手紙を届けさせた者も本職だ。貴方は王城すら誰にも見咎められず出入りできるそうだし、大丈夫だろう」


 トチったのが俺じゃなければこの件の責任を負うのも損害を被るのもジル。そのジルが良いって言うなら良いか。


「具体的な用件はあるのか? ないなら長居はせずさっさと帰るぞ。無駄なリスク抱えるのもバカらしい」


「彼の神の奇跡を賜り体を作り変えたことは陛下にご理解いただけた。父上も受け入れてくれた。私もようやく重荷を下ろして人心地つけた。だったら、貴方は嫌がるだろうがもう一度、しっかりとお礼を言いたくなったんだ。貴方は神出鬼没で上手く捕まえられないので出向いてもらうしかなく申し訳ない限りだ。でも、言わせて欲しい。ありがとう」


 万感の思いを篭めた言葉とはこんな言葉なのだと感じられるありがとうを貰ってしまった。正直、面白半分で首を突っ込んだので結果的に丸く収まったといってもこんなに感謝されるのは心が痛む。まあ、それは自業自得だ。素直に気持ちを受け取ってすっぱり区切ろう。


「おう」


 コミュ障ってやーねー。照れちゃって何も言えないわ。

 ジルも俺のそういうところはもう理解していて苦笑された。


「ジルは、この後予定は?」


「何もない。来客の対応もほとんどできないし、下手をすると自宅謹慎は数ヶ月になりそうで今から気が滅入るよ」


「じゃ、飲むか。何かあっても、浄化の術封器で酔いを飛ばせる」


 さっきはさっさと帰ると言ったものの、なんかそんな気分でもなくなった。


「浄化の術封器でね……贅沢だ」


 ジルはゆったりとした動作で立ち上がり、隣の部屋に待機していた使用人へといくつか指示を出すと再び同じソファに腰を下ろした。テーブルの上には俺が取り出した酒類と軽く摘める食べ物が並んでいる。酒は俺が船で作った日本の物もあればこっちの世界で飲んで気に入った物、好きではなくとも一般的な物、おっさんが飲んでいるのを見て気になってバイオロイドに調達してもらった物と、考えなしに取り出していたら結構な量になってしまった。


「これ、全部飲む気かい?」


 ジルがちょっと頬を引き攣らせているのも宜なるかな。普通のホモ・サピエンス二人が一晩で飲めば死にかねない量がある。小さい樽とか中くらいの樽とか、成人男性が入りそうな大きい樽もあるもんね。


「ジルもまだおっさんよりは力あるんだし、これくらいは大丈夫じゃないか? 無理ならソフトドリンクに切り替えれば良い」


 神様の鍛錬場で得た力を戦闘に直結する何かに注いだわけじゃなくとも、力を溜め込めば肉体は強化される。最下級の新兵と多少やりあえる程度の力を残しているジルなら、メタノールをリットルで一気飲みしても体調に問題はないと思う。


「この体ではまだ酒を飲んでいないんだ。弱いのから始めて順に強くしていこうかな」


 その飲み方意味あんのかな。




「ああ、そうだ。ジルのおかげで、お土産ちゃんと受け取ってもらえたよ」


 飲みながらどうでもいい事を駄弁り、バイオロイドの誰かが作った立体マルバツゲーム術封器でジルに五連敗したとき、ふと思い出したので礼を言った。


「奥さんへって言ってたやつかい? それは良かった。正直、直接知らない人への贈り物を選ぶのはかなり不安があったんだよ」


 その点はオルテンシア嬢への贈り物を見繕って欲しいと頼んだ時に言われてるので、受け取ってもらえなくとも悪いのは俺ってことで済んだだろう。


「受け取ってもらえた? 喜んでもらえたじゃなくて?」


 一度話を流しかけたが、口に運ぼうとしていたグラスを直前で止めて問いかけられた。

 体が頑丈で酔いつぶれなくとも酔うことは出来るし、飲んでる空気にも酔える。ジルは多少頭の回転が鈍っているようだ。


「喜んだかどうかは見てない。前は突っ返されて受け取ってすらもらえなかったのに比べれば、受け取ってもらえただけでもかなりの進歩だ」


 突っ返されたんじゃなくて受け取り拒否が正しいかもしれない。まあ、些細な差だ。


「……何を贈ったらそんなことになるんだ?」


 驚きで酔いが醒めた様子のジルに更に訊ねられる。仕方ないので俺も自分の酔いを醒まして答えることにした。


「まず『貴族の結婚』でもちょっとくらい交流しておこうってデートの約束をした。相手の――オルテンシア嬢の誕生日が近いし俺はエスコートできるような教養もないしで誕生日の贈り物を本人の意見を聞いて選ぶことになって、まあ、当然俺が失敗しつつ髪飾りを買った。そのあとオルテンシア嬢が屋敷に置く家具を見たいと言って彼女が贔屓にしている家具工房へ行って、工房を出たら近くをふらついて彫刻並べてる店に入って……」


 ここまで全部いらなかったんじゃね。さっさと鳥かごの話しよう。


「あー。今の全部本筋に関係ないわ。とにかく、偶然見かけた彫刻に感じるものがあって、彫刻作らせて誕生日に渡したらそんなやばいものだめだろっておっさんに持って帰らされた」


 ぐだぐだだー。コミュ障が改善される気配はまるで見られない。

 暫く黙ってグラスを傾け、小料理を摘み、立体マルバツゲームをすっかり放置してジルは何か考えていた。考え込む要素なんてあったか?


「その、誕生日に贈ったって言う彫刻、何がダメだったか覚えているか」


 再び口を開いたジルの問いは何が目的なのかイマイチ理解できない。


「下層で拾ったキレイな石がだめとかそんなんじゃなかったかな」


 神経介入式インプラントデバイス”ネインド”が保存してる音声会話ログを漁れば正確にわかるが面倒だ。

 現物見せた方がはやいな。持ちだし厳禁とはおっさんに言われたが、バレなきゃ問題ない。


「これがその彫刻。個人的には気に入ってるんだよ」


 テーブルのあいているところに旗艦からワープで取り出す。物の出し入れは無駄な発光をしないのが不思議だ。バイオロイドや俺だとフラッシュバンじみた勢いで光るんだよなあ。


「はぁ……。彫刻の出来も素晴らしいが……ジェフレイティアか。こんなもの誰が贈り主でも受け取れないよ」


 ジルはなにか聞き覚えのある昔話と緑の石の危険性を語ってくれた。そんな理由で断られたんだったっけか。興味がないとどうにも記憶がね。


「よく素材なんかわかるな」


 俺はガラスと水晶とダイヤも区別できない気がする。


「装飾品の良し悪しを見ようとすれば自然とね」


 ジルが緑の石の彫刻を観察している間、俺はぼうっと酒を飲んでいた。力を溜め込んで相応に強化された肉体だと、五感の強弱を意識的に切り替えられるのが嬉しい。繊細な味を楽しむときは味覚を鋭敏に、大味でチープな味を楽しむなら味覚を多少鈍いくらいに。甘味は敏感な方が楽しめるし、苦味は鈍くないと楽しめない。それらを踏まえたうえで、ビールとかの苦い酒は苦手だ。辛いのもちょっと。甘口のワインやブランデーが好き。


「うん。満足した。それはそうと、奥方からは何か感想を貰ったりしていないのかい?」


「結婚してるつっても実際は雇用関係だ。普段はオルテンシア嬢を奥方って言われると違和感がすごいから、別の呼び方してくれ」


「じゃあ、オーシィ夫人。……冗談だよ。そのオルテンシア嬢は、この置物についてなんて?」


 がんばって思い起こすが、特別何かを言っていた覚えがない。あの時はグリシーネ嬢しか感想をくれなかった気がする。


「素材が何か訊かれて、答えたらハイドロフィラ卿を呼びに走らせて俺は放置。もしょもしょ話し込むなり家に帰された」


 多分そんな流れだった。


「否定的な意見は?」


「オルテンシア嬢は俺が何か失敗すると、あからさまに感情をそぎ落とした仮面みたいな笑顔になるんだよ。それ見た時もそんな顔だったし、少なくとも肯定的っていうか好意的ではなかった」


「仮面みたいな笑顔ねぇ。ジェフレイティア製が原因じゃないか? 少なくとも、私は素材を無視したこの置物は素晴らしく良いものだと思うよ。できれば無難な石や木で作ってもらいたいくらいに」


 材料に問題がなければ反応も変わるかもしれないというのはもっともだ。なぜ俺はそんな簡単なことに気づかなかったのか。


「あ、でも材料が違って他が全部同じなのは、色違いで同じもの贈るっぽくてだめなんじゃね」


「これはそもそも『受け取らなかった』んじゃなくて『受け取れなかった』可能性がある」


 最終的におっさんが決めてたし、王命に逆らえるはずもないか。

 うん。俺はこの置物を結構気に入ってるし、バイオロイド達のがんばりも報われる気がするし、素材を変えてオルテンシア嬢に贈ってみようか。貴族ウケしそうで手ごろなものはなんだろう。


「緑つながりでエメラルドはどうだ」


「ケントさん、お願いだから私にも手伝わせてくれ」




 以前失敗した鳥かごの置物を材質を変えてもう一度贈ってみよう作戦立案から五日後。

 おっさんがジル関係のトラブルに襲われ、俺は居ると邪魔だと言われて昼で帰された。やだ。やっぱり俺もとばっちり食らう予感。

 ジルが決めた材料でクリスにもう一度置物の製作を頼むと翌日には用意してくれたので、早めに帰れるのを良いきっかけだと思い渡すことを決めた。


 そして今、エントランスにて両手で置物を持って篭の中の小鳥と見詰め合っている。

 事前に確認して屋敷にオルテンシア嬢の恋人さんが居ないことは分かっていたのだが、オルテンシア嬢も屋敷におらずどうしたものかと悩んでいる。

 そういや日中は外で恋人さんと会ってるんだっけか。だったら一緒に帰ってきてまたここでばったりとかやっちゃいそうだ。スチュワートさんに伝言残して一回旗艦に帰るか。


「ケント様、ただいま帰りました」


 後ろからオルテンシア嬢に声をかけられて心臓が爆発するかと思うくらいびびった。前もそうだったが、何で俺気づかなかったんだ?


「おかえり、オルテンシア嬢」


 顔の前で持っていた置物をゆっくり下げながら振り返り、挨拶を返す。

 おお。久しぶりにアルカイックスマイルじゃない顔を見た。ダイス女史も今はもう珍しいとすら感じる無表情。

 俺の手にしている置物にオルテンシア嬢の意識が移り、ちょっと不思議そうに見つめている。大丈夫。まだ俺は失敗していない。


「これか? 以前おっさんに……陛下に持ち帰るよう言われた置物を別の材料で作り直してもらったんだ。どうせならこの屋敷に置いてもらおうかとね」


 お。口元が微笑んでる。好感触だ。


「俺は彫刻も詳しくなくて、どういう材料作ってもらえばいいかをジルに訊いて――」


 オルテンシア嬢の表情がすとんと抜け落ちた。オルテンシア嬢の後ろのダイス女史も、白い服につけられた醤油染みに向けるような視線を俺に向けてきた。ああ、はい。俺でもわかる。ジルは禁止ワードですね。ってことはお土産渡したときにダイス女史やハウス夫妻が疲れた顔してたのも俺がジルジル言ってた所為だな。


「あー、そういえば屋敷の内装や家具は全部オルテンシア嬢に任せていたな。これは俺の部屋にでも置いてこよう」


 俺が逃げに転じたのを理解したダイス女史の視線が一層鋭くなった。オルテンシア嬢のアルカイックスマイルは変わらない。もう無理逃げる。

 取り繕う余裕もなく、階段脇の小部屋へ逃げ込むなり旗艦へワープした。




「そんなわけで贈り物はまた失敗だ。戦績は二敗一引き分け。お前が選んだお土産が引き分けな」


 同日中に協力者のジルへ敗戦を伝えるべくロゼネージュ家の飲み部屋、もといジル待機部屋、でもなく応接室へやってきた。旗艦に逃げ込み、旗艦からセーフハウスへ出て、セーフハウスから王都のロゼネージュ邸までステルス移動だ。


「なんで私の名前を出したんだ」


 そんなん言われましても。


「お前の家とハイドロフィラ家が険悪なんて知らなかったんだよ」


 ワインをボトルのまま呷りつつ答える。


「我が家とハイドロフィラ家に因縁なんてない。そこじゃない。私は、公的には、まだ女なんだぞ。よその女の選んだ装飾品をお土産だと言って奥方に贈り、更に数日後にはその女のアドバイスした置物を屋敷に飾ろうだなんて……私には何も言えないよ……」


 え。もしかして、俺が外で恋人作ったとオルテンシア嬢に思われてるってことですか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ