22 誤魔化してさっさと逃げよう。
ジルは神様の指定した一ヶ月以内になんとか上級神兵を単独で殺してみせた。中級神兵を初めて殺した時と同じくほぼ相打ちだったが神様的にはオッケーなラインを超えており、ジルの見せた執念に満足した神様は約束通りジルが溜め込んだ力の七割を代価に肉体を男のものへと作り変えてあげた。ジルは男にしてもらったことで最下級神兵とタイマンで十回に一回勝てるかどうかまで弱体化した。
無事望みを叶えたジルは、自分が殺した神兵達の供養をするために下層を巡った。俺も神兵相手に大規模な戦いをふっかけた後は同じことをしたので気持ちは理解できるし最後まで付き合った。
供養といっても自分の殺した神兵たちの墓石を殺した場所の側で埋めて祈るだけ。何に祈るのかも、何を祈るのかも分からず、ただ手を合わせた。
神兵は俺たち地上の生命と殺しあうことを使命として神様に生み出された存在だが、礼儀をもって接すれば礼儀を返してくれるし、他の人間と同じように付き合い方を理解すれば友人にもなれる。
神兵たちは死にはするが、記憶と技術と人格をそのままに神様が再び生み出すので不滅といえる。それでも、死ぬことに変わりはなく、俺達が殺したことに変わりはない。
そんな神兵たちを作業のように殺し続けた自分と、それを当然の物と捉えて俺達に対して何の悪感情も抱かない彼らとの折り合いをつけるために選んだ手段が俺とジルでは同じで、感じるものがあった。面白い話でもないし特別な話でもない。
自分の中で区切りをつけたら、その後はジルが殺し再び生まれていた神兵たちと宴会だ。彼らはやはり、ジルが神様の与えた試練を乗り越え望みを叶えたことを祝福してくれた。
下層でやりたいことやったならいつかは地上へ帰るのが人間だ。俺もジルも先のことを考えるとぶっちゃけちょっと面倒くさいなとか思いながら地上へ帰った。
鍛錬都市ではとくに何事もなく一泊し、王都へ向けて出立。ジルにとっては普通の、俺にとっては自前の宇宙船を使えない不便な旅だ。
ジルの神兵相手の訓練をサポートしたときは非殺傷弾による援護射撃のみだったし、神兵狩りはUAVによる索敵と警戒しかしていないので、移動で楽をしたいという理由くらいでは俺の手札を明かす気にはなれない。おっさんだって俺のスーパーパワーは『でかい船や不思議な装置を召喚する力』だと思っているはずだ。バイオロイドの製造や食料や武器をはじめとした様々なものを大量生産できるとは知らない。教えないことに意味があるのではなく、教えることによる不利益を避けている。俺に出来ることを一から十まで教える意味もない。
それに時間と体力を無駄に浪費している気になるのを除けば、おっさんの護衛としてただ突っ立っている日々と時間の使い方に大差はない。座ってるか立ってるか、側にいるのが中性的できれいな顔立ちの男か精悍で暑苦しい男か。並べてみると結構でかい差だった。
急いだわけでもないので一般的な速度で移動し、ジル所有の結構豪華な竜車でちんたら旅をすること十日。俺とジルが王都に到着したのは日中ということもあり、無駄な手間を省くべく俺自身はパワーアシストスーツで、ジルは専用の入れ物に詰めてステルス状態になるとおっさんの執務室へと乗り込んだ。
ジルを取り出しつつことの経緯を説明すると本日もおっさんの頭痛タイム。しかし今回の原因は俺じゃない。俺が関与していることは否定できない事実だがそれでも俺は直接的な原因ではなく、もともと燻っていた問題が表面化するきっかけとなったに過ぎない。俺が関わらずともいつかはおっさんが直面することになっていたはずであり、俺が偶然居合わせたといっても俺に責任を求めるのは間違っている。
「もっと短く要点のみを」
「俺は悪くない」
おっさんが俺の迂遠で無意味な語りを無理矢理切り上げたので、注文に応えて俺にとって一番重要な部分のみ告げた。
「雪薔薇が男に、か……」
「お。なんだおっさん。やっぱあんな美人は側室に欲しかったのか?」
「そんな話もあったが私は断っていた。英雄の子がすべて英雄になるわけでもあるまいに。それ以前の話で私は英雄級に届いておらん」
「このような形で御前に――」
「よいよい。ロゼネージュの……なんと呼ぶべきか?」
「は。ジールダインと名乗るつもりでおります」
俺がステルス機能搭載小型コンテナから引っ張り出している途中のジルとおっさんが会話を始めた。ジルお前、せめてちゃんと立った後にしろよ。面倒になったのでちょっと乱暴にジルを引きずり出し、空になったコンテナは旗艦へワープさせた。
「先のことを考えると頭が痛くなるな」
第一にジル(男)がジル(女)であることの証明。
第二にジルの家での扱いと公的な扱い。
第三にジルを伴侶にと二十年近く狙っていた根気のある連中への対処。
第四にジルの伴侶を狙うであろう貴族の子女やその家やそれで害を被った連中への対処。
おっさんが挙げた頭痛の種はどれも俺には関係ないな。
「ケント、お前も関係あるぞ。お前が余計なことをした所為だと因縁をつける連中は少なくなかろうよ」
「関係ないことで因縁つけられるのは今もそうだろ」
オルテンシア嬢の住む屋敷も表向きは俺の所有になっており、私有地に侵入した者を防衛ライン前で捕らえてバイオロイド達が絞ったり偽の記憶を植えたり追跡装置を脳みそに埋めたりして放り出すのは使用人組の通常業務になっている。正直徒労感のすさまじい作業なのだが、放っておいたら増えたりするので害虫駆除と同じく日々の努力を重ねなければならない。
俺が話しに加わる気がないとわかった二人は大事な話を続ける。
ジル(男)がジル(女)であることの証明は持っている指輪と記憶と血族判定の術封器を使うとか。
元々ロゼネージュ家の子はジルしかないなかったのでこのまま嫡男として次期公爵になるとか。
貴族関係の話は俺には理解できなかった。
俺もう帰ってよくないか。久しぶりに旗艦に帰りたい。神様の鍛錬場は船の召喚は出来るし物品の出し入れもできるのに、俺が船を召喚しない状態では船にワープできないから長いこと旗艦に帰ってない。
オルテンシア嬢に伝えた出張終了の予定日にはまだ間があるし、セーフハウス経由で旗艦に帰って期日までバイオロイド達と過ごすことにしよう。
出張中にオルテンシア嬢に伝えていた帰宅の日となり、夜には屋敷に着くと書いた紙を午前中に飛ばしておく。急に帰るとお互い困る事態になりかねないもんね。出張に出る時のニアミスで俺は学んだ。
俺の成長が窺える一手間をかけて三ヶ月ぶりにオルテンシア嬢の屋敷へと顔を出すと、アルカイックスマイルのオルテンシア嬢とダイス女史とハウス夫妻がエントランスに居た。夕方に帰ろうとして車庫を確認したらオルテンシア嬢の恋人さんの車があり、帰ったら報せるように指示した監視用ユニットの報告を受けた後更に時間を空けたのに、なんでみんなエントランスでたむろってんの。俺のささやかな逃げの姿勢を汲んでくれよ。緊張しながら焦れた時間が無駄じゃないかー。何より、今回はちゃんと時間ずらしたのに不機嫌なオルテンシア嬢。彼女は俺に何を求めているのか。
「お帰りなさいませ、ケント様」
オルテンシア嬢に続いて全員で腰を折る。バイオロイド達には俺の指示でフランクにしてもらってるし、普段はどこいってもぞんざいな扱いされるのもあって丁寧な対応をされると居心地の悪さがすさまじい。
「ああ。今帰ったよ。皆久しぶり。スチュワート、俺が居ない間に何か問題はあったか?」
俺の倍以上生きていて尊敬に値する人格と能力を持つ人に対して、下の名前で呼び捨てするのも上位者として振舞うのも一向に慣れる気がしない。
「問題は何一つございませんが、ロゼネージュ家の方より手紙を一通預かっております」
「ジルか?」
あいつなにやってんだ。性別が変わったって公表するための根回しやら終わるまで自宅謹慎っておっさんに言われたんじゃないのか。いや、俺が半月くらいずっと旗艦に引き篭もってた間に、俺の知らないところで指示が変わったのかもしれない。
「ロゼネージュ公爵家の使いであるとしか……。こちらがお預かりした手紙にございます」
受け取った手紙の封印を見て、一目で自分の記憶が当てにならないことを理解。日常生活補助AIに、以前ジルが見せてくれた紋章との比較をしてもらってジルの指輪による封印だとわかった。紋章学は常に側に置く部下が修めていればいいと先生にも言われているので俺が学ぶ予定はない。
その場で開くか迷い、旗艦に帰ったあとにしようと即決。迷ったら即決じゃないな。
「確かに受け取った。他には何かあるか?」
「いえ、何もございません旦那様」
スチュワートさんの報告は終わり。次は待ってるっぽいオルテンシア嬢の話聞かないとダメかな。逃げられないかな。
「ケント様、お夕食はお召しあがりになられました?」
逃げられませんでした。
しかし唐突だ。今まで飯云々をオルテンシア嬢と話した覚えがない。俺は朝夕を旗艦で第五世代バイオロイド組に用意してもらうし、昼は携行食料で済ましている。婚約期間中にオルテンシア嬢がこの屋敷に泊まった時も飯をどうするかなんて聞かれた覚えがない。そもそもその時に屋敷内で顔合わせた覚えがない。結局一度しかしていないデートは……昼は携行食料で、晩飯食って帰ろうとしたら襲われて流れたのか。
え、まじでなんで飯の話?
「え、あ、み、水浴びはされますか?」
オルテンシア嬢の質問の意図を理解できず何を言えばいいか迷い、俺が不躾にオルテンシア嬢の顔を見つめていると更に理解できない質問をされた。オルテンシア嬢の後ろでダイス女史が目元を覆って俯いた。ハウス夫妻は鉄壁の愛想笑いを浮かべている。
あ、ピンと来た。飯と水浴び。風呂文化があるのになぜ水浴びするかと聞かれたのかはわからないので脇において、これって多分『お帰りなさいあなた。ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?』のあれだろ。
何を言いたいのかはわかったがどういう意図を持っているのかはわかりそうにない。
「そ、それとも――」
「オルテンシア嬢」
声や喋り方はあわてている感じなのに顔はアルカイックスマイルで固まってるってめっちゃ怖い。ちょっと見ていられず、遮るように呼びかけてしまった。
「は、ひ。ケント様、いかがされましたか?」
「何を言いたいかは多分分かったが、それはグリシーネ嬢に教えられたものじゃないか?」
はいって言えてないのにすぐさま持ち直した。すげえ。俺は一回噛んだら暫く立ち直れない。
「はい。リシー様に、お二方……リシー様とケント様とオリザ様のお三方の故郷では、妻は出かけていた夫をこうやって迎えるのだと教わりました」
まだ怒ってんのかあの人。どうやってオチつけるか知らんが、これはオルテンシア嬢も攻撃してないか。ああ、グリシーネ嬢が俺達の契約内容を知る前に教わったって線もある。そっちの方が自然だ。グリシーネ嬢が俺に対してする嫌がらせっぽくない。
「俺の故郷では一般的なものではないよ。特殊ってほどでもないが、全体から見ればごく一部の人たちしかしない。オルテンシア嬢も無理しなくていいよ」
「畏まりました」
うーん。俺が悪いわけじゃないのに微妙な空気を感じる。誤魔化してさっさと逃げよう。
「オルテンシア嬢、今回は王命で鍛錬都市に行ってたんだが、これはそのお土産」
俺の掌二枚分よりは小さく平べったい箱を渡す。
「お土産……」
オルテンシア嬢がちょっと躊躇った後に両手でそっと受け取った箱を俯き気味に見つめる。
あれ、わざと顔隠された? あー。前に贈り物したのは緑の石で作った鳥かごの置物だ。なんかやばいものって事で回収命令出されたヤツ。そりゃあ前科があったらすんなりとは受け取ってもらえませんわ。
「今回のは余計な気を回したりしてないから大丈夫だよ。宝飾店で購入した一般的なものだ。それに、選んだのも俺じゃなくてジル――さっき俺が受け取った手紙の送り主で、ちゃんとした美的感覚を持つ貴族出の人だ」
「ロゼネージュ公爵家の……?」
おお。今にも放り投げたいといわんばかりにやんわり箱を持っていた手に確りと力が篭められた。気持ち的にも受け取ってもらえたって思って良さそう。
「そう。縁が合って鍛錬都市で知り合ったロゼネージュ家の人。貴族としての教育を受けてる人だし、俺が選ぶより余程良いものを見繕ってくれたよ」
よーし。どうやって渡すか考えるのぶっちゃけ面倒だし塩漬けで良いかなと思ってたお土産もちゃんと渡せた。戦果は上々だろ。撤収撤収。
「じゃあ、帰ったばかりだし休ませて貰うよ。みんなも出迎えご苦労様」
声をかけるなりそそくさと階段脇の小部屋に逃げ込んでワープ。
出迎えてくれたお礼って最初に言うもんだっけか。俺が屋敷に入ったのが九時過ぎてた所為かダイス女史もハウス夫妻も疲れた顔してたし、御礼を忘れてたのがちょっと申し訳なくなった。次は気をつけよう。




