02 ありがたい御神託(電子メールもどき)を受信した。
浄化の術封器を買う際に窓口となって買い叩いて着服してたやつはすでに別件で捕縛されていたそうだ。
現在十五歳の王太子の婚約者に自分の娘をねじ込もうとした偉いおっさんが着服で娘が乙女ゲーなんだからイベント通りに進みなさいと叫び王太子の前婚約者で謀略に巻き込まれて家が没落した薄幸の令嬢が自分貴族とか無理なんで目立たずスローライフで米食べたいと言ったのにどこぞの公爵家に囲われて先々王のご落胤の娘が自作した黒い液体の調味料の煮物で王子と両思いで婚約者に抜擢今重鎮の侯爵家で教育中。
聞き流してアウトラインしか把握してないものの同郷っぽいやつ多すぎる。この話に出てきた女三人って同郷臭がなあ……醤油らしき調味料がってやつはこれ元男じゃないのか。醤油味噌を作って新しい料理で金儲けって女主人公の転生物であんまり見なかった気がする。俺が読んでたのが偏ってたのかな。今まで気にしてなかっただけで同郷のやつってこっちにいっぱい居そうだ。
「ここ数年で目立つようになってきたのは何人かいるな。神聖帝国の神子や、レンデル王国の王子、グリシュラ王国で幼竜を殺して処刑された男、ゴデッツ都市連盟で新進気鋭の商会の会頭も若い男だったか。ふむ。そういえば最近名を聞く若いやつらは神戯場に篭るのが好きらしいな」
神戯場ってなんだったか……ああ、神様が鍛錬場を作る前に試して放置したって言うランダム生成のミニダンジョンか。俺は初めて突撃かましたのが神様の鍛錬場で、他所へ行く前に飽きたからミニダンジョンは行ったがない。今度見に行ってみようかな。
ミニダンジョンはさておき、おっさんが挙げた四人について教えてもらったら同郷人の疑いが強まった。神様の鍛錬場に篭ってた俺みたいなスメルをビンビン感じるぜ。でも正直関わりあいになる理由もないし放置で良い。術封器を組み合わせたりこっちに来て以来重宝してる不思議パワーなギフトでごり押ししたりで、俺が馴染んだ日本と同じ衣食住を始めとして日本と同じ環境はすでに万全整え終わっている。不思議なパワーは神様がくれたわけじゃないって本人言ってたしギフトじゃないのか。
「お前が他人に興味を示すとは珍しい。気になるやつでも居たのか? それとも何かあったのか?」
「おっさんが興味持つようなことじゃねえよ。話を聞く限り王子様周りのごたごたで関わってた女三人が同郷に思えてな。他にもいるかと思っただけだ」
おっさんは俺が『こことはまるで違うどこか』から来たことを知っている。俺が神様に頼まれて日本のことを話してた時、横で勝手に聞いてた。あの時は神様が話の御代にって俺の持ってる船の一隻を術封器製造用に改造してくれたんだったか。割の良い仕事だった。アレのおかげで造船可能リストに同種が保存されたし。
「お前が気に留めた我が国の令嬢三人――令嬢二人に囚人一人と、私が今言った他国の男四人はどれもお前と同郷だと?」
何かを考えつつおっさんが尋ねてくる。眉間に皺寄せてばっかりいるせいで最近その皺癖になってきてるぞ。言わないけど。
「多分な。詳しく調べれば確証も得られる――」
ありがたい御神託(電子メールもどき)を受信した。神経介入式インプラントデバイス”ネインド”をくれてやってから偶に受信するこの御神託は大概が安っぽい内容とはいえ、今回のは極め付きだ。ああ、”ネインド”で思い出したが神経介入式インプラントデバイス”ネインド”はスイッチ一つで賢者の石を無限増殖させる箱と交換した。賢者の石は別売りというセコイ商法だったので仕方なく各種丼物パック詰め合わせ五年分を支払った。神様の価値観が分からない。結局、増やした賢者の石は半数の艦船の動力炉改造にしか使ってないし稼動させたまま忘れてたわ。放置してる部屋はどうなってるべか。
「御神託が降りて確証がとれた。その女三人男四人はおおよそで同郷だ。近所ってところか」
人の会話聞いてないとこのタイミングで口挟めないだろうに、暇で死にそうって言ってたのは冗談で済まないレベルなのかね。
喋ってる途中で急に黙った挙句さも今報告を受けましたと言わんばかりの口ぶりで断言した俺に対して、おっさんは溜息で応えた。
「御神託か……。お前は気に入られてるのか何なのか。もう少しこう、ご大層な御神託を得られないものかね」
俺が特別気に入られてるんじゃなくて、下層で半年もだらだらしてたら暇をもて余した神様が寄ってきて大抵のやつらは触らぬ神に祟りなしって逃げるんだよ。こっちで生まれ育ったやつは基本的に神様は災害と同じ扱いで遭遇したら頭下げてやり過ごすものの、恩恵を受けてる分にはちゃんと感謝を捧げてる人は多い。人間的にクズな一部の芸能人はテレビで見るから面白いのであって友人になりたくないみたいな感覚だと俺は思ってる。
「御神託は授かる側じゃどんなものかなんて選べないさ。それはそれとして、今話してた男女七人は同郷かどうかが気になっただけで神様が断言した以上もう興味はないな」
「故郷の話はできるだろう」
「俺が周囲に対して無関心なのは生まれつきだ。血縁者もただそういう枠組みの相手であって縁が切れたらそれで終わりさ。執着心みたいな物が薄いのかねえ……」
全ては一期一会。失われることが前提で、対人関係も例外じゃなく人との縁が切れても思うことはない。ただ、限定生産品とか極一部に対してはそれなりに大切にしてた。他と何が違うのかと訊かれても自覚できている理由じゃないので説明できない。
「俺にとってそいつらはどうでもいいが、おっさんは気を付けた方が良いかもな。多分、元居た世界の技術や価値観をばら撒いてるんじゃないのか? 商会を立ち上げたとかいうやつは特に派手にやってそうだ。対応に悩んだら王子の婚約者だかに話を聞いてみればどうだ。向こうの世界の調味料を再現したんだったら役に立つ助言の一つや二つは貰えるかも知れないぞ」
喋ってる途中で気づいた。王子の婚約者が先々王のご落胤ってことは、王子は父親の従兄妹と婚約してるのか。五親等で近親婚というほど近くではないし問題はなさそうとはいえ王族パねえ。親の従兄妹が同年代とか王族パねえ。
「あの娘か。優秀ではあるのだろうが……奇怪な言動が多くてな。こちらで新たな肉体を得て生まれている場合は転生と言うのだったか? 同じ境遇の娘二人と引き合わせてみようか」
「犯罪者の方は良い影響を与えないだろうな」
イベント云々とか言ってたそうだしこっちの現地の人間をNPCくらいに考えていそうだ。
王様なおっさんはなにやら考え込んでいる。会話が途切れたので、おっさんが俺と話す時間を作っていた本題である浄化の術封器売買に関する書類をめくっていく。俺にはこういった書類の不備や抜け穴を理解するような学など無いが、神経介入式インプラントデバイス”ネインド”に補助AIを乗っけて学習させるとだいたいなんとかしてくれる。実際にはすーぱーぱわーで呼び出せる宇宙船に搭載された艦隊制御や戦術予測のためのAIに無理やり学習させて代用してる。召喚してないときにどこにあるか分からない宇宙船と俺の頭の中にある”ネインド”がどうやって通信してるかは分からない。今のところ何の問題もないし神様に訊いた時もダイジョブって言ってたし気にしてハゲそうなことは気にしないのが健康の秘訣。この世界には魔法の薬もあれば、俺の場合はすーぱーぱわーで呼び出せる宇宙船に人間をメンテナンスする水槽みたいな装置もあるのだし、ちょっと体調崩したくらいじゃ半休で十分な休養をとれる。体調を崩したらそのとき考えればいい。
書類を読んでというか、俺の視覚を介してAIに確認してもらい署名したところでおっさんが別の書類を寄越してきた。
どこだかの貴族家のなんたらいう娘についてまとめられた資料と、その娘と偽装結婚するに際して家と娘それぞれと結ぶ契約の草案的なものだった。
うげ。この子十五歳だ。俺が多分大体二十歳ちょいくらいだから、個人的にはちょっと。青少年保護法がこの国にあるかは分からないけど俺はハタチ越えてるのに未成年が結婚相手ってのは受け入れがたい。それに、資料を見る限り将来有望そうなうら若い乙女の人生を買うって言うのも……。この国じゃ貴族も平民も結婚は家長が決めるもののはずなのに本人との面談や意思確認をした記録が添付されているあたり、おっさんが俺の価値観を理解したうえで配慮してくれたのは分かるとはいえなあ。俺としては亡き夫に操を立ててるビジネスライクな付き合いができる未亡人とか希望したい。外向きとか実務面で妻役を全うしてくれるなら家庭内別居的な待遇も確約する――
「形だけであろうと貴族の子女を妻として迎えるならまともな家を用意しないとダメか。使用人もどうにかしないと……」
今住んでる家はどこだかの貴族の屋敷に付属してた門衛詰所のみ買い取って敷地を分けただけの建物だ。実際にはどこに駐留してるか分からない俺の宇宙艦隊旗艦にワープする目隠しにしか使ってない。家財道具どころかまともに暮らすための設備すらない。具体的にはテーブルと椅子が三脚に水瓶が全部ほこりをかぶった状態で放置されてる。
「そういえばお前本当はどこに住んでるんだ。あの小屋で寝起きしているわけではあるまい」
「どこかわからない遠いところだ。それより、なんでこんな若い娘なんだ。役割さえちゃんとしてくれるなら夫に操を立てた未亡人とかが良いんだが」
俺の住所に関する答えに、大臣のおっさん二人が私的に王城の会議室を使って逢引してたことを知った時と似た表情を見せたあと、おっさんが溜息を吐いた。
あの大臣のおっさん二人はあの後どうしたんだったか。今も大臣職にあるはずだし、王様のおっさんがもみ消したのだろうか。今もおっさん二人でイチャついてるのかな。
「貴族の子女ならばこのくらいで結婚することは普通だ。お前との年齢差も含めてな。それに夫に操を立てた未亡人が形だけとはいえ別の男と結婚するわけが無かろう」
ああ、うん。高位貴族の子女なら生まれてすぐに婚約者が決まるし、低位貴族でも十になる頃には婚約者が居ない方が少ないって資料に注釈が入ってる。
でも、夫に操を立てていても結婚は貴族の義務と考える人なら受けてくれないかな。しかし操を立てる操を立てると頭の中と会話で繰り返しすぎて意味飽和起こしそう。意味飽和と心的飽和とゲシュタルト崩壊って軽く調べるだけじゃ理解できなくて結局そのままだ。こっちじゃ日本語の辞書も手に入らないしググれないしで俺が正しい意味を知ることは無いのだろうと思うとちょっと悲しくなった。
「とにかく、こっちで用意したのはハイドロフィラ家の三女だ。納得いかないなら一月以内に自分で探してつれて来い」
ハイドロフィラ家の三女って誰だと思い出すために視線を下げれば、おっさんの執務机に置いたさっきの資料の一番上にその名前があった。資料にあった将来有望そうな娘さんがハイドロフィラって子爵家の三女だな。結婚ていう建前の雇用契約の話をしてるんだから、その資料に今目を通したなら名前に覚えがあるのは当たり前ですわ。
しかしどうしよう。資料を見る限りはちゃんと俺がどういう理由で結婚相手を探してるか理解してるみたいだし、恋人や好いている人はいないって――これ嘘偽りを述べないことを誓約の術封器を使って確認したのか。しかも使ったのは俺が貸し出したやつ。ああ、資料の中に使用料の用紙が混ざってる。無断使用の賠償金を混ぜるくらいなら事前に話し通せば良いのに。
「誓約させてまで意思確認するほどのことか」
「お前は気にするだろう」
気にするけど、恋人とか居たら居たで契約に盛り込んで問題ないようにするつもりです。
あとは……学生? この国の高等教育の学校で王子のご学友。
「王子の学友って、婚約者の侍女にするつもりだったんじゃないのか。わざわざ明記するのはよっぽど親しいか、近しいかだろ。婚約関係のごたごたの協力者か?」
「説明したところですぐに忘れるか聞きたくなかったと文句を言うようなことは訊くな。侍女の件は当面保留だ。あの娘の表面的な言動だけでもどうにかせねば迂闊に人を近づけられん」
聞いてまずそうなことなら答えなくて良いです。
はあ……。俺の方じゃ人を用意できるわけもなし。この子が良いって言うなら、ありがたく雇わせてもらいましょう。恋愛の方は貴族らしい宮廷の恋愛を許容する旨契約に入れれば問題ない。そもそも上流階級は結婚と恋愛は別物って考えが主流の国だし、彼女にもその辺は上手くやってもらえばいい。