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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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19/54

19 これからは帰宅には気をつけないとなぁ。

「お前、もう少し上手い言い方は出来なかったのか?」


 グリシーネ嬢に初めて面と向かって直接的に罵倒された数日後、執務の合間の休憩中におっさんが心底呆れたと言いたげな顔と声で唐突に言った。


「いくらなんでも、今回のことは心底呆れた」


「説明したのは俺じゃねえ。オルテンシア嬢のかなり柔らか言い回しの説明で勘違いしたのはグリシーネ嬢だ」


「雇われている本人から聞かされた所為という面もあるだろうよ。オルテンシア嬢の気質を知っていれば、相手を悪く言うはずがないと思い込んでもさほどおかしくはない」


「ま、誰にも実害はないんだ。好きにさせておけばいいんじゃねえの」


「すでに私が詰め寄られて散々怒鳴り散らされるという実害を受けたがな。その罰としてあの娘にも謹慎させている」


「義理の娘になる女の子との交流は大事にしろよ。老後にいじめられるぞ。グリシーネ嬢は考えなしに行動を重ねた結果だし自業自得だな。自分の欠点を見直す切欠になるんじゃないか?」


 良い事言った感じでテキトーなことを言うと、おっさんはやっぱり溜息を吐いた。


「おっさん元気出せよ。運動場完成したし、運動相手もちゃんと用意してやったからさ」


「できたのか。というよりも、作っていたのか。勝負が勝負だったから、賭けは無効でも良いと思っていたんだが」


「そんなこと一言も言ってなかったよな。それに負けは負けだ。おっさんも、俺が用意したアイツに負けたら賭けは履行してもらうぞ」


 大丈夫。ちゃんと勝てるか勝てないかってレベルの相手を用意した。光り輝く明日はおっさんのがんばり次第だ。




 俺が用意したスパーリング相手から辛勝をもぎとりかろうじて頭部の荒廃を逃れたおっさんは、体が鈍ってるとか勘を取り戻さないと不味いとか言って俺の終業後三時間ほどを運動場での殴り合いにつき合わせるようになった。もちろん俺も殺さない範囲で全力だ。本来ならおっさんの遊び相手なんてせずにオルテンシア嬢との中を発展させるべく有意義に使いたいのだ。結婚式前は先生の社交術レッスンを受けているとき三回に一回はオルテンシア嬢とちょっと喋ったりしていたが、結婚式以来で顔合わせたのって丼パーティーだけだ。もしやこれが倦怠期か。


 六時終業七時帰宅の生活が、六時終業なのに十時帰宅の生活になって早三ヶ月。おっさんに急用が入り、いつもより三十分早く帰り道を歩いていると、オルテンシア嬢の屋敷近くでちょっと急いでる馬車とすれ違った。馬にも車にも見覚えはなく、不審に思って念のためAIにデータベースで照合してもらうがヒットせず。俺の野生の勘があの馬車には何かあると言っている。記憶の片隅に残しておこう。


「お帰りなさいませ、ケント様」


 屋敷のエントランスに入るとオルテンシア嬢が侍女さんと喋っていた。めっちゃびびった。そりゃ、オルテンシア嬢の家なんだから居ても何もおかしくないんだが、彼女が引っ越して来て五ヶ月の間一度もなかったことなのでめちゃめちゃびびった。

 強さ的にはすごくても時間的には一瞬の驚愕を乗り越えると、オルテンシア嬢の格好に意識が向く。タオル地じゃないけどバスローブっぽい上着。ガウンっていうんだっけ。体のラインに普段の服みたいな厚さと硬さがない。ってことはあの上着の下は寝間着。こういう油断した姿が見たかったが実際目の当たりにすると素人童貞の俺には刺激が――


 いや、おかしいだろ。何でこんな時間にそんな格好でエントンスにいるのか。そのおかしい行動を侍女さんが許容しているのも不思議だ。


「ただいま。こんな時間のこんな場所にそんな格好でいたら風邪を引くよ。どうしたの?」


 すげー頭悪い聞き方だな。指示語ばっかりじゃん。それに、帰宅の挨拶って『ただいま』で通じるのかどうか。この国じゃなんて言うべきなのか。


「はい。お見送りに」


 お見送り? 俺の頭の中のお花畑な部分が『妻として帰宅された旦那様を出迎えるのは当然です』みたいなこと言ってくれないかなって考えてたけど、お見送り。つまりさっきまで誰かがいたって事で、屋敷のすぐ側でそれっぽい馬車とすれ違ったわ。更に今更気づいたがオルテンシア嬢は鉄壁のアルカイックスマイル。その表情は俺がだめな時のやつだ。


 人によっては深夜と呼ぶ時間帯。

 急いで帰る馬車。

 他人には見せられないはしたない格好でお見送り。

 俺が何かやらかして不機嫌のオルテンシア嬢。

 俺がエントランスに入ってからずっとそわそわしてて今はあちゃーって感じで顔を両手で覆い天を仰ぐ侍女さん。


 あ、俺でも分かるわ。恋人との時間を邪魔してマジすみません。俺がここ最近のルーチンより早めに帰宅しているのをどうやってかは知らんが察知したオルテンシア嬢と恋人さんはイチャイチャしていたのを邪魔されたのだろう。俺とオルテンシア嬢の契約的には問題なくとも一応は結婚していることになってる。そりゃあ恋人さんも急いで帰るし、恋人との時間を邪魔されたオルテンシア嬢は不機嫌にもなるってものだし、侍女さんは居心地悪かろう。

 しかし恋人できちゃったかー。当然だな。なんとかしようと思ってはいても俺は全く行動に移せてないし、半年近く顔すら合わせてないもん。当面は今の恋人さんがオルテンシア嬢の生涯のパートナーにならないことを願いつつ隙を窺おう。ああ、今までと変わんないわ。


「風邪をひかないようにな。屋敷には風邪に効く薬も置いてあるから、体調を崩したら使用人の誰かに出してもらうといい。お休み」


「はい。お休みなさいませ」


 アルカイックスマイルのオルテンシア嬢を前にすると叱られてる気分になるのでさっさと逃げる。

 これからは帰宅には気をつけないとなぁ。

 現在位置を把握されてる方法を割り出して対処法も用意しないと。今回は身の危険に繋がらなかったが、他の人間に同じ事をされた時も危険がないとは言えない。いつもステルス機能を起動していることを考えれば、人力で俺を監視するのは難しい。ぱっと思いつくのは魔法的な手段。俺に直接かける魔法への対処はパワーアシストスーツと術封器の併せ技により万全のはずで、アクティブソナーみたいのはステルス機能で遮断できる。この二点は第五世代バイオロイドに任せた部分なので安心できる。でも一応は研究の再開も指示しておこう。

 俺が考え付くのだとあとはパッシブ系センサーかな。それもステルス機能で誤魔化せない部類……圧力。帰り道のどっかに俺だと特定できる要素を検出する感圧センサーがあったとか。俺にしては上等な発想だ。俺の推測も一応添えて調査をバイオロイドに任せよう。




 オルテンシア嬢と恋人の邪魔をして以来、車庫と厩に監視ユニットを取り付けて帰宅前にはオルテンシア嬢が屋敷で恋人さんと会っていないかの確認をかかさないようにした。車があったり馬が居たら、最近ではほぼ使われなくなった青い鳥型伝書用人工生命体にその日は帰らない旨の手紙を持たせて飛ばす。俺自身はいくつかあるセーフハウスのうち王城に一番近いところで旗艦にワープする。


 俺の帰宅を察知した手段は、あの日の翌日には突き止め対策も立てられた。やはり俺の予想通り感圧センサーのような魔法が屋敷の周囲に張り巡らされていたとの事で、基本兵装のブーツに手を入れることで同系統の索敵手段に対処したと報告を受けた。やはり、うちのバイオロイド達は有能だ。甘えすぎないように心がけないと今以上のダメ人間になる。


 そんな日々を送っているとおっさんも妥協できる程度に体の切れを取り戻し、運動は五日に一回まで減った。積み上げられた超過勤務分のツケをどんな形で払ってもらおうか悩んでいたある日、おっさんが興味深い話を持ちかけてきた。


「雪薔薇が行方不明になったかも知れん」


 薔薇雪家の雪薔薇さん。正確にはご先祖様が雪原を血に染めたロゼネージュ家の……雪薔薇さん。名前知らなかった。

 氷の茨で神兵を引き摺り倒して振り回すバイオレンスなご令嬢だったか。


「間違ってはおらんがな。細かいことは今はいい。その雪薔薇が神様の鍛錬場下層に潜り、帰還予定を二月過ぎても音信不通のままだそうだ」


「中と外で時間逃れが違うっつっても二月は長いな。死んだんじゃねえの?」


「一年も経てばそう判断する他ない」


 おっさんが意味ありげな視線を俺に向ける。おっさんも言うか言うまいか悩んでいるし、俺はおっさんが決めるまで何も言わない。


「生きているか死んでいるかだけでもわかればな……」


 神様の鍛錬場下層に単身で挑める人間は生死不明のまま放置できる存在ではないが、行方をくらました場所が神様の鍛錬場下層だけに人をやって探すのも難しい。

 しかしそんな事情とは関係なく、場合によっては俺も捜索に協力するつもりではいる。俺が長期出張に出ればオルテンシア嬢も恋人との時間を今より楽しめるだろうし、俺も邪魔しないように気を遣い続けるのはぶっちゃけ疲れる。

 悩むおっさんを放置して、バイオロイド達に任せたステルス機能の改良に関する経過報告をARで表示して目を通す。内容は理解できないほど高度だが一番最後に『劇的な成果は無いものの経過は順調』と書いてある。うむ。劇的な成果はなくとも順調なようだ。


「よし。とりあえず神様の鍛錬場下層に入り、中の時間で一ヶ月ほど探してみてほしい。痕跡なり見つけられれば一ヶ月の延長。その後はお前の判断に任せる。ただ、最長でも十ヶ月で捜索は打ち切る。頼めるか?」


「いいぞ。長期出張とか初めてでちょっと楽しそうだ。久々に思いっきり運動も出来るし」


「意外だな。お前らしくもない。てっきり面倒ごとは嫌だと言うと思ったが、どういった心境の変化だ?」


 言葉そのままに俺の快諾が不思議なのか、おっさんが片眉を上げて訊ねてくる。


「おっさんの相手してて気づいたが俺も大分鈍ってる。仕方ないことではあっても質が落ちるのは気分が悪い。なにより、オルテンシア嬢に恋人が出来たのを知ってから屋敷に帰る時に結構気を遣ってるんだ。まともに住んでなくとも定期的にあの屋敷に行かないと世間体が悪いだろ」


 俺の言葉に、おっさんが珍しいほど顔全体で驚きを露にする。


「オルテンシア嬢が『貴族の恋』に目覚めるとは意外だ。あの娘なら恋らしい恋の一つもせず、結局はお前と名実とも夫婦になると思っていた。いやはや驚きだ」


 やっぱりおっさんはオルテンシア嬢を首輪代わりにって考えてたか。


「ま、今の恋人さんと一生付き合うってんなら完全に諦めるが、そうと決まったわけでもない。のんびり機会を待つさ。それはそれとして、出張の話を詳しく決めておいた方がいいんじゃねえの」


「そうだな。人の恋で紅茶を飲むのはご婦人方の領分だ。雪薔薇の件を話そうか」


 出立は、準備が出来次第。遅くとも三日以内。

 期限は、神様の鍛錬場下層において俺の体感日数で一ヶ月。一ヶ月以内になんらかの進展が見られれば神様の鍛錬場の外の時間で一ヶ月延長。その後は俺の判断で最長一年。

 定期連絡は不要。ただし、捜索を延長するか否かを決める期日には連絡すること。連絡には俺がおっさんに預けている通信機を使う。

 随行員は邪魔なのでなし。俺をよく思わない連中の動き次第では別口で捜索隊を出すが、そっちと一切関わらなくて問題なし。全滅しようが不祥事を起こそうが俺に責任はない。

 あとは雪薔薇の特徴をまとめた紙を貰って打ち合わせ終了。このまま下城して準備ができ次第俺は出立する。


「ああ、最後に一つ」


 俺が帰るつもりでステルスを起動するとおっさんが声をかけてきた。


「オルテンシア嬢には長期間家を空けると直接言って行け。恋人云々の話はするなよ」


「それくらいは俺でも分かってるよ」




 家に帰っていつものようにスチュワートさんの業務報告を受ける。スチュワートさんの何の問題もないという報告が終わったのと前後して、丁度よくオルテンシア嬢が帰ってきた。

 そういや、こっちに引っ越してきて直ぐから日中はほとんど毎日出かけてるっぽい。ひょっとして、恋人さんと外で会うことが多いのかな。俺に気づくなり顔を引き攣らせた侍女さんを見てそんなことを考える。

 オルテンシア嬢もアルカイックスマイルだ。もしや、今も外に居るとか? 無駄に気疲れさせる前に要件を済ませてしまおう。


「おかえり、オルテンシア嬢。急で悪いが陛下の御下命で暫く家を空ける。短くて一月、長ければ一年ほどかかる予定だ。その間……まあ、俺が言うのも変だけど屋敷のことを任せるよ。何かあればオルテンシア嬢の判断に任せる。では行って来る」


 さくさく説明して玄関扉をゆっくり開けると、少し間を置いて外に出る。

 予想通りオルテンシア嬢の恋人さんの馬車が勢いよく扉を閉めたようにがたがた言っていた。焦るのも分かるけどそんな煩かったら隠れる意味がないでしょうに。

 ちょっと恋人さんのそそっかしさを心配しつつ歩き、門を出て直ぐにステルス起動。

 さっさと郊外まで出て旗艦を召喚しますかね。

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