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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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18 死にさらせ糞野郎!

 第一回おにぎりパーティーは俺の先行きが不安なままグリシーネ嬢とオリザ嬢が仲良くなって閉幕。

 本日はマレアロッサ公爵邸にて第一回丼物の会でござい。カツ丼、牛丼、天丼、親子丼、鉄火丼、他人丼。歳相応の一般的な女性といえる体格のグリシーネ嬢とオリザ嬢とオルテンシア嬢が全種食べられるようにとどれも小さい。俺なら三セットはいける。

 そう。この丼物パーティーにはオルテンシア嬢も出席している。ひゃっほい。多分これらを用意した俺にグリシーネ嬢が配慮した結果だ。俺が知らない内にオルテンシア嬢も出席することになっていて驚いた。結婚式から二月経っても屋敷で顔を合わせたことがないので、久しぶりに不意打ちで顔を合わせたらそりゃあ驚く。


「いやー。それにしても長かった。やっと食べられるよー。独占欲強すぎたらオリザが逃げるってあの男に教えてやった方がいいんじゃない? こんなガッチガチに監視されてたら窮屈でしょ」


 鉄火丼をつつきながらグリシーネ嬢がオリザ嬢に話しかけている。喋るのと食べるのの切り替えが上手くて下品に見えないのがすごい。食べる所作も口調に反してキレイだし。グリシーネ嬢も順調に王太子妃目指してるなあ。


「家から出る用事もないし困らないと言えば困りませんね。でも、今回はこんなに渋られるとは意外でした。いつもはもっと聞き分けが良い人なんですよ」


 もう少しで家を出て行ってやろうかと思いましたと笑いながらオリザ嬢が言う。こえー。束縛しすぎて逃げられるとか下手をすれば明日は我が身だ。なるべくオルテンシア嬢に干渉していないつもりでも所詮は俺の価値観での話だ。生まれも育ちも何から何まで違うオルテンシア嬢と俺じゃ基準が違うのは当然。これからは一層気をつけよう。


「ウォルティース様も、いつオリザ様の心が離れていってしまわれるか不安でいらっしゃるのだと思います。いずれ落ち着かれるのではないかと……」


 初めて食べる丼物に四苦八苦しつつもやっぱりキレイな所作で楽しんでいるオルテンシア嬢がやんわりと公爵家の坊ちゃんをフォローする。まあ、坊ちゃんがオリザ嬢と知り合ったときにはオリザ嬢は王子様と婚約を結んでたって話だしねえ。健気なことだ。


 しっかし居心地悪いな。女三人でかしましくお喋りしながら三人ともお上品に丼物つついてるから俺も下手な食べ方できないし、そもそもこの面子に俺が混ざってること自体違和感がはんぱない。俺がここに居るのは建前としてグリシーネ嬢の護衛であって、護衛は本来お茶会のテーブルにつかない。現にグリシーネ嬢とオリザ嬢の共回りもオルテンシア嬢の侍女さんも別のテーブルでそれぞれ静かに控えめなお話ししたり口を開かず待機している。

 グリシーネ嬢関係の人たちが俺に何も言わないのはいつものことでも、オリザ嬢の侍女や護衛が俺の扱いや俺自身の態度、俺が出した食べ物にお嬢様方が手を付けることに反応しないのは意外だ。過保護で嫉妬深いとグリシーネ嬢が以前に断言したほどの男がオリザ嬢の世話に就けた人員と考えるとちょっと違和感がある。


「周りの人たちですか? 大丈夫ですよ。ウォルトではなく、公爵様が手配してくださった方々なの。みんなしっかりとしたプロなんだから」


 ああ、坊ちゃんじゃなくてマレアロッサ公の手配だから常識的な――


「いや、取り出したものの確認すらせずそのまま食わせるっておかしいだろ」


 つい言っちゃったらグリシーネ嬢はあからさまにバカを見る目を向けてきた。お嬢さん、はしたないですよ。

 オルテンシア嬢はどうしようもないなあって苦笑で呆れてる。その顔でしかたないなあって言われたい。


「ふふふ。今日は私が事前にお願いして無駄な手間を省かせていただきました。国王陛下より、オーシィ様は毒を盛るなどと面倒なことをなさらずとも一時間とかけず王都を更地に出来ると窺っておりますので」


 実際にやろうと思ったらそこそこの数の船が落とされそうだ。オルテンシア嬢の侍女さん――ダイス女史とおっさんの二人はそれくらい出来るはずだし、他にも王都に同じくらいの力量の人が居てもおかしくない。いや、高度を上げれば損害も抑えられるかも。

 俺が真剣に王都攻略を考え始めると、やはり重要なのは王都の対空戦力だ。おっさんは確か二百メートルくらいなら駆け上がれる。先天的に飛べる種族でおっさん並みならどこまで飛べるのか。人間大の航空戦力に対して俺の手札でどう対応するか。AIによる制御でも機銃じゃまともに当てられないよな。


「けんちゃん、何考えてんの?」


 グリシーネ嬢の声でふと周囲を見ると、部屋中の視線が俺に集まっていた。護衛さんたちはちょっと警戒している。


「王都って空飛ぶモンスターにどうやって対応してるのかなって」


「でっかい鳥? 」


 唐突過ぎたか。でも言っちゃったしどうしようもない。


「鳥でも亜竜でも目玉でも飛ぶ奴全般。魚も飛んでるの見たことあるな。王都の上空覆ってる常駐結界も強度は低いしさ、上から見る限り対空兵器もないみたいだったし、どうやって防ぐのかとふと気になった」


「空飛ぶ目玉ってゲームで見たことあるかも。同じ奴?」


「ゲームに出てたって奴は知らん。俺がこっちで見たのは何種類かいた」


「リシーさん、オーシィ様、防衛施設や実際の戦力は機密ではありませんか? 知っていても口外できるものではないと思いますけれど」


 オリザ嬢のもっともな論に納得する。オルテンシア嬢はずっと苦笑してるが、グリシーネ嬢はうなずいている。グリシーネ嬢は俺と同レベルか。


「それに、陛下の警護を一身に任じられていらっしゃるオーシィ様がご存知でいらっしゃらないのでしたら、そういった物は配備されていないのでは?」


「俺はこの国軍事力とか機密とか知らんよ。襲撃を受けても運動不足のおっさんが自分で殴り倒すし、実際のところおっさんの側に立ってるだけだからな」


「けんちゃーん。そういうの、他の人が居るところで言わない方が良いと思うなー」


 グリシーネ嬢が顰めた顔でわざと気楽そうに言う。『他の人』はグリシーネ嬢とオリザ嬢の供回りの人間のことだろう。


「問題ない。俺のあだ名は『鈍ら』だぞ。今更一つ二つ悪評立ったって何も変わらん」


「けんちゃん自身は気にしないかもしれないけど、今はシアだって居るんだよ?」


「あの、リシー様、私のことは……」


「そっちも大丈夫だろ。具体的な話は覚えてないが、オルテンシア嬢はおっさんが俺に与えた生贄の可愛そうな女みたいに言われてるはず」


 登城と下城の時に女官とか貴族が立ち話してた。『ハイドロフィラ家の才女が鈍らを研ぎなおすために嫁がされた』だったかな。『鈍らは研いでも鈍らだろうに』って落ちがつく。


 うむ。自虐は上手くやらないと空気が悪くなるな。俺でもこの微妙な空気は分かる。オリザ嬢は付き合いが短すぎて何を言えばいいのか悩んでるし、結婚の裏事情を知ってるオルテンシア嬢は下手なことを言えない。グリシーネ嬢にいたっては怒ってる。

 ここは力押しで空気を吹き飛ばしてしまおう。


「こちらミル・クレープでございます」


 丼物パーティーだが意識を逸らして逃げるには甘いものだ。


「ふーん。今日は丼物の日じゃなかったっけ」


 俺がそれぞれの前に置いたミル・クレープを目にしてグリシーネ嬢が笑みこぼれそうな口元をがんばって堪えながら口調だけは不機嫌そうに言う。


「今の空気を打破しようと思ったらもう甘いもの出すしかなかったんだよ。察しろよ」


「アンタがそれ言ったらダメでしょうが」


「あれ? これリンゴですか?」


「日本の林檎です。品種は宝石みたいな名前の奴。あ、あか、あかい……宝石みたいな名前の奴」


 グリシーネ嬢もオリザ嬢も俺が日本の食べられている物をそのまま持っているのはおかしいと気づいていても何も言わない。だって下手な事いって食べられなくなるのは嫌だからね。前回のおにぎりパーティーで本人達が面と向かって言ってきたので確かな話だ。

 オルテンシア嬢は何も言わず幸せそうに上品な所作で食べている。

 物はついでとお嬢様方の供回りの人のテーブルにも、と思って腰を上げかけてから大丈夫なもんかと悩んでしまう。


「オーシィ様、どうされました?」


「他の人にもって思ったんだけど、俺が出したのはあっちの人たちも食って良いもんなのかと」


「大丈夫ではないでしょうか? 美味しいですし」


 テーブルの侍女さんたちや壁際の護衛さん達に視線を向けると、侍女さんたちはお辞儀を返してきて、護衛さんたちは一人が代表して掌をこちらに向けて遠慮するポーズ。まあ、護衛はダメだよな妥当だ。

 侍女さんたちのテーブルにとりあえずミル・クレープを配る。丼物はどうしたらいいか分からないので控える。

 席に戻って様子を見る限りは喜んでいただけたようだ。演技されていても見抜ける自信はない。


 その後は特に何事もなくお嬢様方がきゃっきゃと楽しそうに歓談しているのを眺めて癒された。恋愛云々を抜きにしても見目麗しい娘さん方の楽しげなお茶会は目の保養になる。普段はおっさんの後姿を一日眺める仕事をしている身としては天と地の差があると言い切れる。

 もちろん、帰りの車の中では自虐の件でグリシーネ嬢に叱られた。


「そういえば、なんでオルテンシア嬢はいつも侍女さんしか連れていないんだ?」


 グリシーネ嬢の説教が終わった後に以前からの疑問を訊ねる。荷物もちや雑用に使用人組バイオロイドは連れて居るし、ダイス女史が居るので護衛はさておいても、出先で世話する人はダイス女史一人だけで足りるのだろうか。


「ハイドロフィラ家は子爵家ですし、私は三女なので」


 よくわからん。そこまで大きい家でもないし、三女で手をかけられていないって意味かな。

 そこからはオルテンシア嬢のやんわりとした講義が始まる。子爵家、男爵家の三女以下は上級使用人として上位の貴族家へ雇われたり、王城などで貴族の子弟に見初められることを目指して雇われたり。色々細かいことも教えられたが大雑把にそのくらいしか覚えられなかった。今覚えた分もいつまで覚えていられるか。


「ついでに聞いていいかな。オルテンシア嬢って俺と結婚して貴族籍から抜かれたの? 俺と離婚したら貴族籍に戻れるの?」


「なんで結婚して二ヶ月で離婚の話してんのよ。つか、アンタちゃんと夫らしいことしてるの? シアからそういうの全然聞かないんだけど」


 おっと聞かれたくない話にクリティカルヒットだ。でも、俺とオルテンシア嬢の内情を明かすための条件も契約書に明記されているし、てっきりグリシーネ嬢には明かしてると思ってたわ。


「オルテンシア嬢、話してないの?」


「はい。あまり口にしない方がよろしいかと思いまして」


「それ。そのオルテンシア嬢って呼び方もどうなの。シアの方はそういう子だとしても、アンタはもっと相応しい呼び方があるでしょ」


 ああ。呼び方ね。ほとんどグリシーネ嬢の前でしかオルテンシア嬢の名前を呼ばない所為で気づかなかった。


「んー。グリシーネ嬢が気にしてる諸々を説明するのはいいんだけど、他言無用の約束をしてもらわないとダメなんだよね」


 右手に誓約の術封器を載せてこれ見よがしに揺らす。


「ハァ? アンタ、この国の王子の婚約である私にそんなこと言う意味分かってんの?」


「嫌なら何も話さない。それに王子様にでも誰にでも言いつけていいよ。俺にはこの国の国王陛下の許しがある」


 今にも舌打ちしそうな不愉快だというしかめっ面でグリシーネ嬢が俺を睨み付ける。

 俺とオルテンシア嬢、ダイス女史の間で視線を彷徨わせたあと、忌々しげにうなずいた。


「わかった。約束する。なんて言えばいいの」


 取り決めにある誓約の文言が書かれた紙を渡すと奪い取る勢いで持っていかれた。

 グリシーネ嬢は紙の内容を一読し、誰が見ても嫌々だとわかる顔で読み上げ、術封器に手を当て誓約した。




「アンタ、シアの一生を金で買ったって事?! サイッテー! 死にさらせ糞野郎!」


 オルテンシア嬢の説明を受けたグリシーネ嬢は、雇用契約だとか言っても聞きそうにない形相で思い切り叫び、俺を殴ろうとして何とか思いとどまった。

 城内のグリシーネ嬢が使っている離れの塔前で車が止まるなり飛び降りて、肩を怒らせて去っていく。


 まあ、当然っちゃ当然の反応とはいえ、乗っていた車の防音性によっては誓約を破ったことになってたぞ。遮音の術封器使っておいた俺を褒めて欲しいね。

 その後、俺がグリシーネ嬢のお茶会に呼ばれることはなくなった。

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