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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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15 御座なりと等閑くらいの差がある。

 オルテンシア嬢の誕生日から三月経ち、結婚まで残り三月となった。

 結婚後も生活サイクルは変化しない予定だし、結婚するにあたって俺が片付ける用事はほとんどなく、その俺がすべきこともほぼ終わっている。

 結婚式は小さな神殿で慎ましく行うと決まっており、信用の置ける司祭と神殿はハイドロフィラ卿の伝手を辿って手配済み。神様にはどんな形でも降臨しないように言い含めてある。俺が自制できずにちょいちょい神様の遊びに付き合ってしまっていたこともあって、愉快犯の神様はこういった行事でサプライズを下さると思っていたら案の定降臨を企んでいた。神様直々に結婚を祝福されるのは光栄だし現実的な利益も得られるが、それよりも面倒ごとが大きくなりすぎて俺の忍耐力を超えかねない。幸い、俺の趣味でバイオロイド達に研究してもらっていた各種ソース類で手を打ってもらえた。くそう……レシピとバイオロイドの記憶ごと持って行かなくてもいいじゃないか……。


 結婚自体に関連した問題は何一つないが、俺にとってはとても大きな懸案事項が処理できずにいる。

 オルテンシア嬢の護衛が特定できないのだ。


 結婚の契約を結ぶ際にもともとは俺の方から身辺警護の人員を出すつもりだったのだが、おっさんが丁度いい人材が浮いているので手配すると提案してきた。俺の方でもプライベートを侵害しない範囲で秘密裏に護衛すればいいとその話を受け入れたところで終わった気になっておっさんが手配した人物の資料を貰い忘れてしまい、後日ふと思い出しておっさんに資料を要求すると素直に数枚の紙を取り出したところで何かを思いついた上機嫌な表情を浮かべ、勝負を持ちかけてきたのだ。


「お前の目をかいくぐれるほどの腕を持つ護衛を雇った。お前が私の手配した護衛を割り出せるか賭けをしよう」


 結婚式の二月前までに俺が護衛を見つけられなければおっさんの勝ち、見つけられれば俺の勝ち。

 ジャッジは一度きり。根拠を提示できなかろうと、俺が自信を持ってコイツだと断定することがジャッジの条件。

 おっさんが賭けに勝ったら、おっさんが思い切り運動できる場所とその場所への移動手段を俺が用意する。

 俺が賭けに勝ったら、今はふっさふさで後退の兆候もないおっさんの頭部は一夜で不毛の荒野と化す。


 ルールがあってなきような賭けは単純に暇つぶしだ。しかし失うものは双方共に大きい。

 俺が負ければ、大規模宇宙コロニーを元にした内径二十キロメートルの運動場を備えた施設の建造に今まで溜め込んだ資源を注ぎ込まなくてはならない。おっさんの運動不足を解消するためにそんなものを作るなど、資源を恒星に投げ込む方がはるかに有意義だ。

 おっさんが負ければ、おっさんは常に光り輝かなくてはならなくなる。おっさんの一族は老いてもふさふさな家系だそうなので周囲の視線は耐え難いものになるだろう。想像で笑える。


 その賭けの期限まで残り一月。オルテンシア嬢の護衛は侍女さん以外にありえないというのに、俺は自信を持ってそう言えるほどの何かを得られていない。状況証拠を挙げるだけなら直ぐに終わる。俺が『自信を持って断言できるのか』という一点が問題だ。

 そこにあるのにあると言えないステルス性能。俺のパワーアシストスーツも真っ青だ。自棄になって最近青く染めてみた。

 侍女さんは俺が見る限り、嗜みに護身術を習った女性でしかない。その程度の腕の侍女しか連れ歩かないオルテンシア嬢のその態度が不自然で、侍女さんこそがオルテンシア嬢の身を守っていると判断できる。


 客観的に見て俺の仮説は間違っていないはずだ。だというのに俺がおっさんに自信を持って断言できないのは侍女さんの力量を感じられていないから。侍女さんは俺に自分の底どころか、実力の一端すら窺わせない。なぜ負けているかも分からないのに負けていると実感できるこの感覚が、不思議で、面白くて、答え合わせをしたくない。

 万が一にも護衛が別人で、単純な見落としでしかなかったら俺はなんと滑稽なのか。意固地になってる自覚がありながら、もう半年以上侍女さんが護衛である確信を求め続けている。確証ではない。人に示すのではなく俺が納得できるものがほしいのだ。


「この焦がれるような気持ち……これが恋……?」


「何を言うとるんだお前は。黙って立ってろ」


 護衛なんて大層な名目で執務中のおっさんの後ろに立つお仕事中に独り言を溢したらおっさんに辛辣な言葉をぶつけられた。おっさんが同じ事言ったら俺も似たような返し方するわ。




 そんな一幕の一月後、結婚式まで残り二月と迫ってきたある日。俺はおっさんの勝ち誇った顔を前にどうやって殺してやろうか悩んでいた。顔面にワンパンでいいかな。


「お前でもオルテンシア嬢の護衛を突き止められなかったな」


 とても嬉しそうにおっさんがのたまいくさっておられやがっていらっしゃる。跡形もなく蒸発すれば失踪だよな。死んだ証拠は挙がらない。いや、この世界には科学的手法以外のアプローチによっても犯罪捜査は行われている。俺に殺したという意識すらあってはならない。偶然腕を振り回したら何かに当たって、それが何か確認しようとしたが何も残っていなかったという体でいこう。


「お前、今本気で私を殺す算段を立てていないか?」


「本気だったら考える前にやってる」


 殺す手順を考えることと実際に殺すことは別の話だ。御座なりと等閑くらいの差がある。


「で、どういったからくりなんだ」


 初めて侍女さんを認識して以来かれこれ十ヶ月。……多分大体十ヶ月にわたって、侍女さんを観察し続けても人の護衛に就けるような実力はその一端すら窺えなかった。強いていうなら、オルテンシア嬢と一度だけデートした際に受けた襲撃の折りも妙に落ち着ついていたなという程度だ。

 そして、あの一件があるからこそ俺は侍女さんがオルテンシア嬢の護衛ではないかという推測に固執している。確信できるほどではなく、同時にその勘を無視できないほど違和感。


 もし弱者に擬態する手段があり、侍女さんの特異性ではなく他者でも習得できる技術であれば危険だ。戦える者と戦えない者を一目で判別するのは無意識で行われるほど俺に深く根付いた価値基準の一つになっている。その基準が狂うとなると矯正するまで自身が無防備になったかのような錯覚を拭えない。元から無いのではなく、有ったものが無くなるのはものによってはストレスになる。ストレスは疲労を加速させ、疲労は咄嗟の判断を鈍らせる――なんて大げさな話ではなくとも、なぜ侍女さんの実力を推し量れないのかが分からないままなのは靴の裏にガムがへばりついている様な居心地の悪さがある。


「さほど難しい話でもない。種が分かれば気をつけようもある」


「当人にとって秘匿したい内容か? 対価は?」


「許可は得ている。タダで聞くのが心苦しいなら適当なものを見繕って自分で贈れ」


「そうするよ」


 技術、それも戦闘に直結するものは秘匿されがちだ。直接的な暴力が身近のこの世界では当然の価値観である。


「どうやってお前の目を欺いていたのかだ。ダイス女史は私のような紛い物ではなく列記とした英雄級の御仁でな、英雄と呼ばれるに足る実績もある。お前は他者に興味もないしわざわざ教えてくれる相手もいなかったせいで現代の著名人など名前すら覚えてなかろう」


 俺が侍女さんと呼んでいたディセントラ・ペレグリナ女史はエルフという種族ゆえの長寿を持て余し、武を磨き始める。初めは暇つぶしでしかなかった鍛錬は彼女の性に合い、神様の鍛錬場下層を単独で探索できるほどに腕を上げた。

 しかし、暇つぶしに始めた鍛錬も日常の一部になると新しい刺激がほしくなる。次は何をしようかとフラフラしていた頃に王子だったおっさんと出会い、特に意味もなく女中でもやってみればとアドバイスされた。戦士とは方向性が違うし面白いかもしれないとおっさんに職場の斡旋を求め、女中としての教導を受けさせてもらう代わりにおっさんの奥さんの護衛をすることで話がまとまる。

 その後はおっさんの奥さんの教えを受けて立派な侍女となり、おっさんの息子である現王子パインズ・プロイデスの婚約者騒動における学園内の協力者となったオルテンシア嬢の護衛兼侍女としておっさんに正式に雇われる。

 学園での騒動後には落ち着く暇もなくオルテンシア嬢が俺の結婚相手役に選ばれ、彼女と個人的に仲良くなっていたディセントラ女史は護衛兼侍女の仕事を延長、今に至る。

 

 そんなディセントラ女史の戦闘能力に俺が気づかなかった理由は、彼女の武器にある。

 ディセントラ女史はあらゆる振動を武器にする。使い方はいろいろあるが、今回関係あるのは生体波動に干渉して肉体を破壊する使い方。生体波動をわずかに乱すことで自我境界を緩めて強固な暗示をかけることができ、自分はちょっとばかり腕の立つ侍女だと自身に暗示をかけていたそうだ。


 生体波動とは体内環境のあらゆる要素が干渉し合って生まれるその人をその人足らしめる生命のリズムだとか。

 体に染み付いた無意識の癖も生体波動に干渉することで一時的に取り除けるとか。

 そんな大事なもんに干渉して平気なのはディセントラ女史が自分に施術した場合のみで、ふとしたきっかけで自分の生体波動に干渉できると気づいた後は試行錯誤を重ね、自分で安全を確かめた後にその辺の犯罪者かつ人間の屑に試したらみんな死んだとか。

 ディセントラ女史が護衛だと気づかれないように一芝居打ったのはおっさんの指示によるもので、彼女の有用性を俺に認めさせてオルテンシア嬢の侍女として嫁入りに連れて行くことを認めさせるためだとか。


 文句や詳しい説明を求めたいところが多くて全部どうでもよくなった。

 ただ一つ言いたいことはある。


「そんな面倒なことしなくても侍女を選ぶのはオルテンシア嬢の権利だろ」


 女性使用人の人事は女主人が決めるのがプロイデス王国の慣習だ。


「まあ、それはダイス女史に対する建前だ」


「俺に対する本音は別だと。ところで何でディセントラ女史をダイスって呼ぶんだ? あだ名にしちゃ……賭け狂いなんて呼び方が相応しい人には思えないが」


「ああ。サイコロ遊びではなく、サイコロの方だ。昔、ダイス女史がかなり大きいモンスターを網でサイコロ状に刻んだことがあってな。それを見た者達にとってあまりに、あー……はっきり言うと凄惨な光景が印象深かったようだ。本人も会心の出来で収めた仕事が話題になったのが嬉しかったそうだ」


 モンスターの大きさ次第でまごうことなき血の海じゃないですか。こえー。


「ダイス女史の呼び方はともかく、この無駄に長くなった芝居の本来の意図だ」


 おっさんが真面目な顔なのに目をいたずらっぽく光らせて一度口を閉じる。


「理解できない、知らない技術に肝が冷えたろう? 弛んでる自覚があっても実戦が遠くて、と焦りが見えた。良い訓練になったんじゃないか?」


 確かにおっさんの護衛で王都に来て以来、バイオロイド達相手の模擬戦じゃ勘が鈍る一方なのを俺自身じゃどうしようもなかったとはいえ、休暇だして神様の鍛錬場行って来いで済む話だろうに。


「良い訓練になった。賭けには負けたがな。運動場と移動手段は用意してやるが、あくまで貸与だ。ああ、アンタの訓練相手は俺が用意してやるよ。俺の用意した訓練相手に勝てたら運動場はくれてやる。勝てなかったら光り輝く未来が待ってるぜー」


 俺が一方的に押し付けた賭けの内容を理解したおっさんは驚愕の表情を浮かべた。ちょっと意趣返しして満足だ。帰ろう帰ろう。




 屋敷に帰るとオルテンシア嬢が来ていた。もちろんディセントラ女史も一緒。挨拶を済ませた後、もう暗示を解いてもいいと伝える。


「ふう……。試したことはありませんでしたが、長期間の維持はじわじわと疲れがたまるようです。さて、私は合格でしょうか、不合格でしょうか」


「そもそもそれを決めるのはオルテンシア嬢で、俺が口を出すことじゃありませんよ。俺としては良い訓練になって感謝しています。その御礼をしたいのですが、力になれることでもなにかありませんか?」


 帰り道で考えたものの、俺はディセントラ女史を詳しく知らなくて何を贈ればいいかまったく思いつかなかった。印象は良くないかもしれないが、下手なものを押し付けるよりはとディセントラ女史の希望を直接聞く。


「でしたら、陛下ご自身が足元にも及ばないと仰られたケント様に一手お手合わせ願いたく」


「すぐには難しいでしょうけれど、身の回りが落ち着いたら必ず機会を作ります。そのときはよろしくお願いします」


「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」


 一ヵ月後にはオルテンシア嬢との一応の結婚式があるし、直ぐにでもと言われなくて助かった。

 しかしお礼に模擬戦を申し込まれるとは、さすが暇を持て余して武術に打ち込んだ人だ。安全のためにも治療系の術封器は良い物を用意しておかないと。

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