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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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14 良くないですよね。

「下層で手に入れたものはむやみやたらと世の中に出すなと、口がすっぱくなるほど言い聞かせたな。覚えているか?」


 何事もなく数日が経っていつものようにおっさんの執務室に出勤すると、開口一番おっさんにきつい口調で言われた。

 神様としては下層にどんどん来てほしいので、人にとって有用なものを下層にばら撒いている。しかし英雄になりかけのおっさんすらまともに戦えない下層から資源を持ち帰れる者はとても少ない。下層に行って帰ってくるだけなら子供でもできる。下層で得た物を持ち出そうとすると神兵との強制戦闘が待ち構えているので、神兵に勝てなければ手ぶらで出てくることになる。神兵にロックオンされてると下層から出られないので持ち逃げは不可能だ。


 そんな理由があって、下層で手に入れた物は石ころ一つでもおっさんの許可なく市場に流さないと約束している。俺だって面倒が起こると分かっていて泡銭目当てでバカな取引をするつもりはない。今回は身内への個人的な贈り物なので大丈夫だろうと思ってたのだ。オルテンシア嬢との契約では、俺が彼女に贈った物を売っぱらう際はおっさんを通すことになってるし。


「なんかまずかったか?」


「翡翠と似た石を手に入れたフレイダーという男の悲劇に因んで名づけられた『ジェフレイティア』という石を知っているか」


 いつものように怒鳴りたいのを堪えている声で俺に問いかけるおっさん。名前はクリスに教えてもらって知っている。由来に関してはさっぱりだ。




 その昔、フレイダーという英雄と呼ぶに相応しい心根と武勇を誇る男がいた。彼は神様の鍛錬場下層で武を磨く日々の中、翡翠によく似た拳ほどの大きさの石を手に入れ妻に贈る為持ち帰る。地上に戻り妻へとその石を贈ると大層喜ばれた。

 英雄たる夫の力となるべく錬金術を修めていた彼女は、水にその石を一晩浸けるだけで心身を癒す霊薬と変えることを知る。尽きせぬ霊薬を生む石。彼女は賢く、厳重な保管を心がけ誰にもそのことを教えなかった。

 月日が経ち、妻が霊薬を元に作り出す様々な魔法薬に支えられたフレイダーに救われる人は増え、武名は更に広がる。当然彼を快く思わぬものもおり、彼を支える魔法薬の出所に目をつけた物達が居た。

 ある日フレイダーが家へと帰れば血に沈む妻の姿を目にすることになる。フレイダーの活躍を疎んじる者の手によって家は荒らされ、彼が妻に贈ったきれいな緑の石を持ち去られ、何より妻を殺された。

 妻が隠していた手記と石の欠片を見つけた男は、家を顧みずに正しいことを志し続けた己の所為で妻が殺されたのだとを知り慟哭する。妻の研究の成果により体内に取り込んだ者へと常に癒しをもたらし続ける力を与えられた石の欠片を飲み込み、英雄であった男は復讐の鬼と化した。

 矢も剣もフレイダーを止める事能わず、妻を直接手にかけた者共も、妻を殺す指示を出した者も男の涙で濡れた剣により報いを受けた。

 復讐を成し遂げたフレイダーは命の火が燃え尽きたように死したという。




 おっさんに言いつけられてそこそこの厚さのある本を読みきるまでに、煎餅と日本茶の力を借りても午前いっぱいかかってしまった。興味のない小説を読むのは苦行に等しい。文体が好みに合わないし、話の内容も俺の好みには合わない。

 正直、護衛という名目で直立して動かない方が神経介入式インプラントデバイス”ネインド”のAR機能で好きな本を読める分楽な仕事だ。『星の海を冒険しよう!』の宇宙船には兵士の士気を維持するため娯楽施設を盛り込むことが出来た。こっちの世界で俺が作る船にそれをぶっこむと、図書館系列の施設は中身が日本の物だったので有効に活用させていただいている。どこからデータを引っ張ってきたのかわからないが新刊もなぜか更新される不思議。ひょっとして、この世界は俺の知ってる地球とつながりがあるのかとか偶に考える。


「読み終わったか。感想は?」


「趣味じゃない」


 おっさんがこめかみピクピクさせてる。迂遠なやり取りするならこっちも付き合ってやんぜ。こちとら面白いとも思えない本一冊読まされてテンションはストップ安だ。


「ふぅ……お前がオルテンシア嬢に送った置物はジェフレイティア製だった。面倒ごとが起こる前に関係者で協議するぞ」


「最初っからそう言えよ。午前を無駄に使っちまったじゃねえか。つか、関係者って誰よ」


 午後はおっさんの会議に付き合うことが決まった。出席者はおっさん、ハイドロフィラ卿、オルテンシア嬢。




 会議の要点は俺でも理解している。水を霊薬に変えることができてしかも使い減りしないすごい石でできた鳥ゴーレムの置物をどうするべきか。

 あの置物の存在を知っているのは初披露した場に居た、俺、オルテンシア嬢、オルテンシア嬢の侍女さん、グリシーネ嬢、グリシーネ嬢の護衛と側仕え合わせて七人。ついでに俺と当人達以外には把握されていないうちの第五世代バイオロイド四人組。

 この表向きの方の十一人から外部へ漏れる心配はない。グリシーネ嬢の護衛と側仕えの七人はおっさんが手配して守秘義務の契約をガッチガチのやつで固めてるそうだ。


「ゴーレム化した小鳥は警備装置も兼ねてるし大丈夫じゃないか?」


「どの程度の戦闘能力を持たせた? 両手で包めるほど小さなゴーレムでは精々が犬猫を追い払えるくらいが関の山だと思ったが」


「忍び寄るおっさんを捕捉できる索敵能力。おっさんが全力で殴って壊れないくらいの強度。全力で襲い掛かったおっさんを小一時間は動けなくできる迎撃能力」


 おっさんおっさん言いすぎた所為かハイドロフィラ卿が眉をピクリと反応させた。この人いつでも無表情なのに珍しい。やっぱり楠木正成ばりの忠誠心をおっさんに捧げてるんだろう。いや、楠木正成は良く知らないんだけどさ。当時の天皇陛下より家紋を下賜されたとかそんなエピソードに覚えがある。記憶に残ってるのは楠木正成、天皇陛下、家紋の三単語のみだ。


 家紋といえば、この国というべきかこの地域というべきか、とにかくこの辺りにも紋章学がある。俺はそれ以前の礼儀作法で躓いているので先生も授業に含めていないが、貴族というのはお忍びでもない限り見えるところに家紋を身につけるものなので個人の特定がしやすい。どんな小身の木っ端貴族のものであっても騙りは重罪なのだ。お偉いさんでも後ろ暗い仕事でもないと紋章の騙りはやらない。

 俺は貴族ではないものの、いつだったか紋章を作る必要があるとおっさんが言っていたような気がする。さっぱり忘れておっさんもそれきり何も言ってこない紋章の件に関して、また忘れないうちにおっさんに訊いておかないといけないかもしれない。


「なぜ、私を基準にして性能を決めた?」


「基準にできるほど実力知ってるのがおっさんしかいない。それにあれだろ、おっさんって今の人類の中じゃ強い方なんだろ? 下の方を基準にしても防犯の役には立たない」


 おっさんは強いし上手い。英雄に近いと囁かれるほどの強さを誇る肉体を持ち、相応に感覚が鋭い分隠れたり見つけたりも下手な専門の奴よりよほど頼りになる。十メートル離れた人間の心音を聞き取れるし百メートル離れた人間の呼吸を感じ取る存在を、この世界じゃ人間の枠に数える。そんな存在は少なくともホモ・サピエンスじゃないと俺は断言する。


「搦め手で持ち去られた場合への対処はどうしている?」


 小鳥の戦闘能力には満足できたのか、次は対応能力に移る。


「盗み出せるとしてもどういう手段になるかは知らん。一応、所在地は常に俺が把握できるようにしてある。底部の術封器を破壊したり切り離そうとすると吹っ飛ぶようにしてある。周囲を巻き込んだ自壊は遠隔地から俺が起動することもできる」


 動力源に賢者の石を使ってることもあって易々と人の手に渡らせるつもりはない。オルテンシア嬢が自分の意思で売り払ったらよく似た別物と入れ替える予定でいる。オルテンシア嬢が貰ったものをどうするかは自由でも、賢者の石は私的利用でとどめなさいと神様に言いつけられてる以上は神様の指示優先だ。

 ん? あれ? そうするとオルテンシア嬢が詐欺を働いたことになりうる? やべえ。問題が起こる前に気づいてよかった。


「すまん。一つ気をつけなくちゃならないことを忘れてた」


 皆それぞれが何か考え込んでいたので邪魔した感じになってしまう。話してるのを邪魔するより多分ましでしょ。

 おっさんとハイドロフィラ卿とオルテンシア嬢の意識が俺に向いたのを確認して口を開く。


「その鳥のゴーレム化と破損防止の結界の維持に賢者の石を使ってる。神様と取引した時に、賢者の石はあんまり世の中に広めないよう言いつけられていて、外に出されると困る。だから処分するなら俺の方で引き取らせてほしい。俺に秘密で他所へ流しても良いけど、その時は俺が回収するのでそのつもりでいてほしい」


 注意点は説明できた。これで良し。

 おっさんはこめかみと口元を引きつらせているし、ハイドロフィラ卿は安定の無表情で、オルテンシア嬢は今ではお馴染みとなったアルカイックスマイル。

 良くないですよね。


「かの神との直接取引した品だと?」


 ここ一年で感情を抑えることに長けたおっさんが穏やかな声で問いかけてくる。

 おっさんの言う『かの神』とは俺の各種丼物パック詰め合わせ五年分と賢者の石を交換した神様をさしている。この世界の神様は神様と呼ばれている一柱しかおらず、ある一面を切り取って何かに特化した分霊を生み出すことはあっても、そのすべては神の一部分でしかなく独立することはないとかなんとか。結構前、神様がすごい自慢げに言ってた。


「より正確には、神様と取引して得た物で作り出した賢者の石を内蔵している」


 あんまり人にあげちゃダメとか、これで作った兵器で人の国を吹き飛ばしすぎたらダメとか条件をつけた割りに、賢者の石そのものの代価は各種丼物パック詰め合わせ五年分。神様なんだし料理が欲しければちょちょいと生み出せばいいのに。

 単位時間当たりの湧出量に上限はあれども、人にとっては無限に等しいほどの莫大なエネルギーを生み出す賢者の石、それを増殖させ続ける不思議な箱は神経介入式インプラントデバイス”ネインド”一つと交換してもらった。神様なんだしそんなもんなくても頭に直接語りかけたりできるのに。


 確かに神経介入式インプラントデバイス”ネインド”は便利な物だ。俺の居た時代の日本じゃ実用化にはまだ遠くファンタジーにしかなかった完全没入型VR、頭に埋め込んだ”ネインド”以外の機器を必要としないAR、五感情報のログ取得機能やフィルタリングや改竄、どれも人間にとっては便利だ。俺もゲーム中にあった”ネインド”をこっちの世界で使えると知って危険性を度外視して頭に埋め込んだほど興味があった。しかしそれはただの人間の俺にとっての話で、しかもこっちの世界にはネット環境など俺が艦隊制御のために作らせた私的なものしか存在しない以上は孤立した機体でできることは限られる。

 そんなものが欲しいのかと聞いた俺に、神様が『珍しいものって欲しいじゃん? 』と返したのは忘れられない。


 神様にとって丼物詰め合わせも”ネインド”も、自分の世界の外で生み出された物が元になっているという一点で価値があるのだ。名画のレプリカを飾る人がいるみたいなものだと俺は自分を納得させている。

 神様の世界の中にあるもので再現された日本の物と、俺がこの世界に来た時持っていたスキルによって再現した日本の物は神様的に別物だと言われたのも結構大事な差異かもしれない。


「よし。ケント。お前はこれを持って帰れ」


 テーブルの真ん中に置かれた置物を示して言ったおっさんの言葉の意味が一瞬理解できず、瞬きを何回か繰り返してやっと飲み込めた。三人とも黙ったままなので思考が他所に流れすぎていたらしい。


「わかった。オルテンシア嬢、貴女の部屋にでも飾って置くが良いかな?」


 自国の王と同席しているせいか、ハイドロフィラ卿の隣の席にて厳粛な面持ちで沈黙を貫いていたオルテンシア嬢がゆっくりとこちらを向くと、アルカイックスマイルを顔に貼り付けていた。最近、この無機的な笑みばっかり見てる気がする。小鳥とぴーぴー言い合ってるときの穏やかな笑みとかが見たい。


「ケント。それ自体は危険なものではないが、とびきりの面倒ごとを呼び寄せるんだぞ。身近に置く者の安全を考えるならば誰にも手出しできない場所で保管しろ」


 あー。『持って帰れ』ってのは王都にあるオルテンシア嬢の屋敷にじゃなくて、俺がいつも帰ってる場所にってことね。


「あんまり差はないと思うがね。オルテンシア嬢がそれでいいならおっさんの言う通りに持って帰るよ」


 俺が視線で尋ねると、オルテンシア嬢は小さな声でお任せいたしますと囁いた。

 納得いかないものの国王様の決めたことに従うみたいな、不満そうな声音に感じた。

 感想は一言ももらえてないけど結構気に入ってたのかな。

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