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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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10 まさにファンタジー、空想の中から出てきた一品。

 ダグラス家具工房を出た時にはすっかり空が赤味を帯びていた。オルテンシア嬢は昼など放って倉庫を回ったり図面と睨み合ったりしていたのだ。

 さすがに何も食べないのはどうかと、オルテンシア嬢、侍女さん、ダグラスさんの三人には俺の携行食料を一食分ずつ渡している。俺の主義により美味しくも不味くもない健康食品として作られていることもあって、味については三人ともコメントを控えていた。不味くはないのがポイントだ。手早く済ませる食事の味にこだわると、手の混んだ食事を摂らなくなるというのが俺の持論だ。俺が常用している成人女性の手で握れる大きさのスティック型携行食料に興味を持ったおっさんがえらい食いつきで長期的な販売契約を持ちかけてきてもいつも断っているくらいには、しっかりと食べる食事はこだわっている。お昼はいつもこの携行食料なんですけどね、何回か毒殺されかけたし仕方ない。


 さてこの後はどうすればいいのか。俺が突発的に提案したオルテンシア嬢の誕生日プレゼントも、彼女が本来予定していた家具選びも終わった。どっちでも俺は大失敗してすでにスリーアウトとはいえ、デートがスリーアウト制なのかは寡聞にして知らない。うん。スリーアウト制のデートって言葉は見覚えも聞き覚えもない。何なら一発退場がデートだと思うし。

 今の主導権は俺にあるのかオルテンシア嬢にあるのか。今日一日俺たち三人を遠巻きに囲んでいるのはおっさんの手配か、ハイドロフィラ家の手配か、第三者か。

 全く関係ないようでいて本質的には主導権の所在という言葉でくくれそうな二つの事柄を平行して中途半端に考えていると、侍女さんのとても強い視線を感じた。とりあえずデートは俺がどうにかしないといかんのか。


 飯か? お昼には遅すぎて夕食には早すぎる。初心に帰って歌劇? 詳しいこと知らないって。公園でお散歩? 俺は好きでも人につき合わせるもんじゃない。微妙な時間だって言うならちょっと腰下ろすのは流行のカフェ? スイーツ? スクインツ? スクインツは完全に違うな。

 もうどうしようもない。ズルしよう。朝に屋敷を出て以来ずっと俺の周囲を見張らせていたステルス機能搭載超小型UAVで仕入れた周辺情報を高速閲覧して良い店を発見した。あんまりじっくり見られなかったが、写実系の小物彫刻を並べている棚が窓の向こうにのぞく建物がある。オルテンシア嬢に贈るつもりの翡翠っぽい石を使った彫刻の参考になるかも。


「少し歩いていいかな。あまり離れていないところに少し気になるものがあるんだ」


「はい。一緒に、少し歩きましょう」


 きょとんとした後にオルテンシア嬢は口元に笑みを浮かべて賛成してくれた。

 あー。王都の中の地理に詳しくないしここらは何があるかも知らないって車の中で言ったから、そりゃあ土地勘のないはずの場所で見えない位置に気になるものがあるって変だよな。今日やらかして大きな失敗三つに比べれば小さくともまた失敗したか。

 侍女さんはこいつなに言ってんだって表情を隠そうともしていない。段々、侍女さんの視線や表情が露骨になってきた。


 ゆったりとした足取りで路地を進んでも目的の建物はすぐだった。

 うん。工房と一体型の店舗だ。ちらりとオルテンシア嬢の横顔を窺えば、彼女も好奇心をくすぐられたようで瞳が輝いている。その時一緒に視界に入った侍女さんは犬の見せた芸の採点に悩んでいるみたいな顔だった。減点じゃないなら上々。


 ドアベルを響かせて踏み込んだ店内はちょっと薄暗いのを除けば、掃除と換気をよくしているのか空気もきれいで作品の並べ方も見せ方を意識していると個人的には好感を抱く店構えだ。

 壁際の棚を見ながらぐるっと一周。ど真ん中に置かれたテーブルを見ながらもう一周。素材は石と木が半々くらい。小さな物は親指の先くらい、大きな物だと両手を合わせてなんとか乗るくらいの小物とは呼べない物まで。モチーフは身近なところで虫や小動物や草花、一般人には縁遠いもので魔物、一般人じゃなくても縁遠いものだと幻獣らしき物。グリフィン、ペガサス、ドラゴンあたりは有名で外見も広まってるし分かりやすい。


 並べられた商品をじっくり見ていると奥から店の人が出てきてオルテンシア嬢が気に入ったものの小話をしてもらったり、なにやらよくわからないモチーフの説明を受けたり。最終的に何点かを自分のために、何点かをオルテンシア嬢のために購入して和やかに店を出た。三箇所回って初めて俺が問題を起こすことなく純粋に買い物を楽しめた。オルテンシア嬢も表面上は楽しんでいた。侍女さんの視線にも刺されなかった。

 彫刻細工の店で意外なほどの時間を過ごしたのか、空はまだ明るいが建物に挟まれた路地はすっかり暗くなっている。これなら表通りに出て車で中心街に向かえば夕食に丁度良い。




 三人で薄暗い路地を歩く。走竜と車を任せた御者も従僕も俺が使用人の数合わせで用意したバイオロイドなので、神経介入式インプラントデバイス”ネインド”を介して俺達がどのあたりで表通りに出るかは連絡してある。普通に雇ったんじゃ通信機すら持たせられないことを考えれば、俺周りの使用人はバイオロイドのままが都合が良い。今のところバイオロイドでも問題は起こっていないし、使用人の人事を男女それぞれハウス夫妻に任せてあるとはいえど一応屋敷の主人となっている俺の意向があればこれからもバイオロイドで固めていられそうだ。追加雇用が必要になったらどうするかはその時に決めれば良い。


 夜にもなってないが、わざと人気の少ない路地を護衛もつけずふらふらしていたおかげで今日一日俺たち三人を遠巻きに囲んでいたやつらが包囲を狭めている。釣り上げられるまで随分かかってしまった。これでおっさんやハイドロフィラ卿がつけた護衛だったら笑い話にもならない。

 成人男性が両腕を広げるだけでふさがる幅しかない路地の進行方向に、路地をふらついている間に何度かすれ違ったような服装の男がしゃがみこんで何かしている。襲ってくる前になんで何度も姿を見せるのかと不思議に思っていたら、決行に際して似た服装の人物に対する警戒心を削ぐためだったのか。現にオルテンシア嬢は気づいていないみたいだし、侍女さんは今まで人と行き違った時と同じちょっと気にしている程度だ。その侍女さんの左右へ揺れる視線の動きに含みがありそうなのは俺の疑念によるものと言えなくもない。

 いやしかし、ステルス機能と超静穏性を備えたUAVを目の前で後ろ向きに飛ばして自分の後ろを見つつ歩くのは慣れると楽しいな。今度散歩するときにもやってみよう。


 しゃがみこんでいた男がこちらに気づいた様子を見せ、さも億劫だと言わんばかりの仕種で立ち上がる。

 その一連の動作の中で放たれた針を、服の下にプロテクターを仕込んだ左腕の前腕で払う。

 対応されたことに驚くでもない男の第二撃はよりあからさまな害意を示す、紫に鈍く輝く掌ほどの刃渡りのナイフ。

 男が踏み出すより早く、右手で抜いたハンドガンから放たれた非殺傷弾が男の胸を撃ち抜く。発砲音も反動もほぼ皆無の銃は何度使ってもおもちゃかと言いたくなる。このハンドガンもいつも便利使いしているパワーアシストスーツも、『星の海を冒険しよう!』では一般兵の基本兵装という技術開発のタスク以外では気にかけることも少ない要素だったのに、こっちの世界に来てからは常に身近に感じるほど重要になっていてそれを意識してしまうたびにじわじわとよくわからないおかしさがこみ上げてくる。

 俺がおかしさを堪えていたのは呼吸一つか二つ分。その間に、俺が連れていた護衛が男と共に行動していた集団を全て無力化した。


 貴族の子女であるオルテンシア嬢とのデートならば最低限上流階級と見做される格好をせねばならず、いつも着ていて俺の身を守っているパワーアシストスーツは着られない。ライダースーツと見た目は似ているパワーアシストスーツは、おっさんの護衛としてはごり押ししてなんとか認められる服装であって、デートに着ていくなどありえない。遠乗りならかろうじてアウトくらいの判定は貰えそうだ。

 パワーアシストスーツは名前の通り筋力の補助もびっくりするレベルで行ってくれるが、俺が重宝しているのはステルス機能と防護性だ。酸化・腐食といった化学変化に強く、防刃・防弾、衝撃吸収および吸収した衝撃を自身の動作するエネルギーに転換する機能、高い気密性とスーツ内の環境を安定させるエアコン機能。まさにファンタジー、空想の中から出てきた一品。


 そんなパワーアシストスーツの代わりに俺とオルテンシア嬢と侍女さんを守っていたのが、俺たちを護衛していた第五世代バイオロイドたち。

 『星の海を冒険しよう!』のバイオロイドは開発における世代が進むごとに、より複雑な役職を任命できるようになる。俺がこっちの世界で重宝している第五世代型バイオロイドは性能に相応しい製造コストを要求するものの、すさまじい性能を誇る。一言で言えば超高度な汎用性。研究員であり、政治家であり、軍人であり、技術者である。ゲームにおいては技能の習得に結構なターン数を要求されたが、こっちの世界においては持ち前の優秀さで俺の要求する水準に達するまで一分野毎に十日しか必要としなかった。それでいてなぜかすさまじい忠誠心。ゲームじゃ優秀な分、忠誠心を育てるのがボトルネックの一つだったんだがなあ。

 バイオロイドは生殖も可能なので、そっちの世代と技術開発の方の世代で混同しがちな呼び方はプレイヤーに大変不評だったなんて余談をグリシーネ嬢と……パワースーツ一式の作成がスキルだって彼女には言ってあるのか。ゲームの『星の海を冒険しよう!』とこっちの世界で俺が持ってるスキルの『星の海を冒険しよう!』の差を誰かと語り合いたい。グリシーネ嬢は個人的な関係はただの友達だし、そういう俺にリスクの生じる話をできないのが中途半端で辛い。


「主様。敵性集団の制圧および周囲の安全確認完了しました」


 第五世代バイオロイド四人組のリーダーを任せているアルが、頭の中にこもって現実に帰ってこない俺に声をかけてくれた。ぼっちでコミュ障こじらせると、こういうところでテンポが悪い。

 声をかけてきたアルに視線を向けると、直立して待機している。その後ろでブルック、クリス、デボンが並んで直立している。みんなヘルメットも含めた基本兵装フル装備のせいで誰が誰かわからない。身長もみんな同じくらいで、足首まで隠すロングコートは体形を判別させないため肩当によって体から浮いているので男女の区別すらつかない。

 フル装備だと個人の秘匿性って点では優れている。その分怪しさがハンパじゃない。


「アル、ブルック、クリス、デボン。ご苦労。あとはこっちに任せて役目に戻ってくれ」


「原職に復帰します」


 アルの答えで四人がステルス機能を起動。周辺警護に散っていった。

 残されたのはどうすればいいのか悩む俺と、本日二度目の感情を読み取れない完璧なアルカイックスマイルを湛えたオルテンシア嬢と、強い警戒心を露にした侍女さん。

 困った。侍女さんの警戒が俺に向いているところが特に困る。


「この後は食事にでもと考えてたんだが、襲撃を受けたんじゃオルテンシア嬢はハイドロフィラ邸にお送りするしかないな。こいつらは……」


「差し出口を挟む無礼ご容赦いただきたく」


 俺が言い淀むと、侍女さんがすばやく口を挟んだ。襲われたにしては恐怖心が窺えないのは腕に覚えがあるのか、自分と主人に危険がないと知っていたのか。


「なにか案があるのでしょう。どうぞ」


「ありがとうございます。ハイドロフィラ邸に報せて人を寄越してもらい、不届きものを捕縛されていかがでしょう」


 ああ、権力持ってる人に投げるのはいいね。


「おっさん、誰か知らんが襲ってきた。侵入遮断結界を張って鍵になる鳥を送るからテキトーに回収してくれ」


「はあ……わかった。用意を整えておく。鳥は私の元に送ってくれ」


 おっさんは話が早くて良い。


「陛下が請け負ってくださるそうです。護身のための術封器を流用して拘束と隔離を行うので、逃げられることも逃がされることもないでしょう。オルテンシア嬢も、それでいいかな?」


 前半は侍女さんに、後半は話しに加わる気のなさそうなオルテンシア嬢に。


「はい。私はこういったことに疎いと自覚しております。全てケント様にお任せいたします」


「……はい。お嬢様がそう仰られるのでしたら」


 ん、んー。ハイドロフィラ家が関ってるかどうかははっきりしないな。侍女さんが知らされていたなら、俺の戦力を確かめたかったとかだろう。俺には敵が多いし全く関係ない可能性も高いけど。


 拘束の術封器で身動きを取れなくして、特定の対象以外を遮断する結界を術封器で張って、鈍色の光沢を放つ明らかに生物じゃない鳥を結界を解除する鍵に設定すると王城に向けて飛ばす。

 その作業中、オルテンシア嬢はアルカイックスマイルのまま口を開かず、侍女さんも何も言わなかった。

 やることやって襲撃犯を放置した後は表通りに出て車と落ち合い、オルテンシア嬢と侍女さんをハイドロフィラ邸へ送り届けて今日のミッションは終了。大きな失敗三連打に襲撃を受けてとデートとしてあるまじき一日だった。次会ったら面倒になりそうだ。

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