01 そして俺への縁談である。
異世界で目を覚ましてから大体五年くらい。ファンタジーヒャッハーオレツエエとか思って鉄板のダンジョンにひたすら潜ってたけどさすがに三年もすれば飽きる。
ファンタジー脳的にはダンジョンと呼びたいこの世界の神様が作った鍛錬場は踏破とかさせてもらえるような作りではない。上層は本来の用途どおりにあらゆる生命が鍛錬するための場所として死に至る事はない特別な空間。中層は更に進んだ戦闘民族共のための他者を殺せばその力を取り込むことができる殺し合いの場。下層は神様の趣味で用意された神の試練のようなもので、下層で得られる力は中層の比ではない。下層の最深部まで来たら俺とタイマンなって神様言ってた。そこで神様に勝ったら鍛錬場のハードモードが全ての生命に解禁されるんだってさ。
知らない内に持ってたなんかすごい力で下層まで突き進んだ挙句にコミュ障拗らせて一人で戦い続けた俺は、あるとき一年ぶりに地上へ戻ってその瞬間燃え尽きた。なにやってんだろーなーって。
一人酒場で飲んだくれたり一人下層まで散歩してる内に修行としてダンジョンに来ていた三十数歳の王子様と出会い、なんやかやあって近衛騎士という建前で傭兵みたいな契約を結んだ。
奥さん三人に子供五人の三十半ば王子様も先王様に譲位されて今では国家を背負って立つ立派な王様。そんな人の近衛ともなれば実戦の機会も無く、彼が即位してからたった一年で平和ボケしたようま日々を過ごしていた。
そして俺への縁談である。
俺と三十半ばまで王子様であったおっさんとの契約には「国家に俺を縛り付けるようなことはしない」って感じの内容の条項がある。そんな契約を結んでる俺に対して王様として自国の貴族の娘との縁談を持ちかけるのは限りなく黒に近い灰色だ。そして俺がそう判断することをこのおっさんも理解したうえで俺にこの話を切り出している。その程度に俺のことを理解していないのであれば俺とこのおっさんの契約はもっと早く切れていたという程度の信用はある。
「俺に、この国の貴族と婚姻を結べと言ったのか」
思わず目が細くなるのを自覚しつつ対等の言葉で確認する。
「別に貴族である必要はない。お前も所帯を持つ歳だろうって話だ」
俺の言葉遣いなど気にせず微妙に方向をずらした肯定。
「貴族喋りはやめろよ。お前が、俺に、お前の国の貴族との縁談を持ってきたことを話してんだよ」
回りくどい貴族の話し方なんぞする気はない。俺とおっさんの契約は互いに破棄する権利を持っているのだから対等だ。地位としては一国の王であるおっさんの方が優位ではあっても、神の試練に挑み続けた――って言うか何も考えずダンジョン的なものにアタックし続けた俺個人の戦力は一国を覆しうるのだ。
そもそも、この世界の神がダンジョンなんて作ったのは単純な理由である。どんなに文明が進んでも、人が進歩しても、構成するのが人である以上人の社会は停滞し淀むことになる。それがこの世界の神様は面白くない。だから、どんな時代、どんな世の中でもたった一人が全部をひっくり返せる機会を与えている。神の試練ともいえる下層、そこに居る神兵の一体でも殺すことが出来れば、対物ライフルの接射を食らっても微動だにしなくなるほどの個体としての力を得られるのだ。神兵自体が対物ライフルじゃ殺せないんだけどな。神兵に対物ライフルは実際に試したからかなり確度の高い評価だ。必死こいて初めて神兵を殺したあとに気が緩みすぎて、対物ライフルの暴発を自分で自分の腹に食らわせた時にちょっと息が詰まるくらいだったのも体験談である。
そして、俺は特に理由も意味も無く下層の神兵を殺し続けた。最初の一回は大博打を打ってかろうじて殺せて俺も瀕死になったほどだったが、今では最下級の神兵が相手ならかすり傷ひとつ負うこと無く生け捕りにできる。そんな俺からしても下層の神兵はやばい。全長百メートル、縦横二十メートルの宇宙船が音速ぐらいの速さで衝突してもたたらを踏むくらいしか影響がない。その神兵は三メートルくらいの大きさの人型だった。足元が陥没するとかそんなこともない。神様に理由を聞いたら、体で衝撃を殺すからだといっていた。まじやばい。大気圏内の光速航行なんて自爆技使わなければならなかったとかまじやばい。光速航行に移行した瞬間すごい光ってその時戦っていた神兵が居たところを中心として見渡す限りが吹き飛ぶようなことをしないと倒せなかった。まあ、二体目以降は俺も成長してたこともあってもう少しましな決着だった。せいぜい戦闘後にぼろ雑巾みたいになって立ち上がれなくなる程度の致命傷で済んだ。
ギフトなのかチートなのかバグなのかはわからないが、俺はこの世界で目覚めた時に宇宙艦隊を生み出し自在にあやつる超すーぱーぱわーを手に入れていた。いや、神様が公認してるんだからチートではないな。俺の力がどういった扱いかはさておき、そんなすごい力を俺が持っていると三十半ばまで王子様だったこのおっさんも知っている。下層を見てみたいって言うから一人だけ連れて行った時に神兵と遭遇して、戦ってるのを見たいとか言われたので俺の欠伸交じりの戦闘を披露した。具体的にはどういった原理によるものかわからないビームをびごーって間断なく放ち続ける全長二百メートルくらいの宇宙船を二十隻ほど操ってたのをこの人は見ていた。
俺の戦力を一部とはいえ知っているのにこのおっさんは喧嘩を売ってきている。ハードワークで正気を失った可能性すらある。
「お前を相手に貴族の話し方なんて無意味なことはしない。私がお前を重用するからお前への縁談が私の元へくるのだ。それの処理が面倒になったからさっさと結婚してくれ。相手が居ないなら妻役を務められる相手を紹介する。こっちで用意するなら私の信頼する者を伝って手配するから多分貴族の娘になるぞと言ったのだ。いい加減、話を一回でちゃんと聞くようにしてくれ」
三十半ばまで王子だったおっさんが目頭を揉みながら疲れたように吐き出した。いつもいつも俺を控えさせたまま密談をするおっさんが悪い。うっかり覚えちゃったら面倒なことになったり無駄な心労を抱えることになるせいで聞こえていても意識を素通りする技術が身に付いたんだぞ。
それはさておき重用か。海のものとも山の物とも知れない輩を近衛に抜擢したうえにどこへ行くにも警護を任せるとなれば、確かに重用している。当人同士の間では対等の傭兵契約であっても、対外的表面的には忠義を捧げる騎士っぽく見えなくもない。いつでも警護を任せる騎士なら重臣とも言える。重臣なら近づきたい人間が居てもおかしくは無いのか。
「じゃあ、そっちで信用の置ける人間を用意してくれ。期間はとりあえずおっさんの退位までで、満期の報酬が三十本。一定期間毎にもそれなりに出す。こっちは目安として季節に小袋二つってところか。他にも何か望むものがあれば応相談だな。契約期間中は立場に相応しい物を用意する経費をこっちで出す」
縦横十センチ長さ三十センチの純金の四角い棒が三十本に、金貨の百枚入った小袋がえーっと、この人の在位が長くても残り二十五年くらいだから年に四回で合計二百か。貴族の子女の一生を買うにはどうなんだ。足りるのかどうか。もう少し盛った方が良いのか。
「どんな美姫を買うつもりだ。我が国でそんな値がつく娘は雪薔薇と名高いロゼネージュ家の娘くらいだぞ」
誰だよ。貴族の子女の名前なんて覚えてないよ。でもロゼネージュは覚えてる。名門の有力貴族か何かだ。薔薇色の雪って家名であだ名が雪薔薇って。センスがあるのか無いのか俺の美的感覚じゃ判断できない。個人的には微妙なセンスだと思う。
「その顔は『誰だか知らないが微妙なあだ名だ』って言いたいのだろう。私もそう思うが、家名にあやかったのか薔薇の蔓を模した氷を撒き散らして振り回して敵を引きずり倒して戦うのだ。雪薔薇と呼ばれるようになってからは自分で作った氷の薔薇を常に身につけている。ついでに言うと一人で下層まで行って帰ってくる女傑だな」
それで指揮官として有能なら俺はメスゴリラか少佐って呼ぶわ。ああ、電子戦ができないとメスゴリラにはなれないか。
しかし、なんだな。客観的にみて一国の王様に重用されてるのにその国の有力貴族の家名すらまともに覚えてないとか俺ももうちょっと気にした方がいいのかな。実は俺って問題が起こったら全部殴り倒せば良いやみたいな社会不適合者も真っ青なバイオレンス思考だったりするんだろうか。
「お前は私の身の安全を最優先に守るだけの契約だ。権力闘争や内政に口を出されるよりは無関心で居てくれる方が頭痛の種が少なくてありがたい」
自分のこれからについて悩んでいたら雇い主様でこの国の王様が覚えなくて良いって言ったしこれもう貴族の名前とか知らなくていいよね。礼儀作法も結局途中で無駄なことはやめようってとりあえず直立してれば良いってなったし、これがゴネ得っていうのかね。そもそもが貴族の喋り方とか作法とか権力争いの対応とか日本で俺が過ごした時代の一般人なら門外漢ですし。
「そっち方面は別の人に任せる。問題が起こった後に腕力で解決できる系の仕事を回してくれ」
そんなあからさまに頭痛いってジェスチャーしても言質は取ったぞ。
「その話はもういいとして、さっき言った報酬で足りるのか? 足りないなら金塊も金貨もまだあるぞ。それに術封器も使ってないのがある。たしか、浄化とか高く売れるんだったよな」
術を封じた器。動力源を用意することで中に入ってる術を発動させられる便利道具。水をきれいにしたり体をきれいにしたり心をきれいにしたり、力いっぱい使って悪人を蒸発させたり、とにかくきれいにする系の浄化の術封器は幅広い用途に反して作れるほど心の綺麗な人が極少数で常に足りてないから高く買い取るってこの人が言ってたのを今ぼんやり思い出した。ついでに今持ってるお金は浄化の術封器をこのおっさんに売って手に入れたものだと思い出した。金塊はどこで手に入れたんだったか……なんとなくできる気がしておざなりに編成した艦隊を空に派遣したら一月くらいで大量の鉱物を抱えて戻ってきたんだったか。神様が一緒に出迎えてすごい笑ってたなあ。航路の記録は完全にトんでたから怖くて二回目出してないのも一緒に思い出せた。
「まだ浄化の術封器を持ってるのか? 売ってくれ」
「かまわないが、前に売った時は欲しいけどもう予算がないって言って諦めたんじゃなかったか。そうだそうだ。格安で譲ろうとしたのに値切られてもう売らないって決めたんだ。うん。売るなら他所に持って行くわ」
王様なおっさんが再び頭を抱えた。慢性的な頭痛持ちの苦しみってやつですね。
「どこの、馬鹿だ」
怒鳴りたいのをがんばって堪えてそれでも抑えきれずにぶつ切りになっちゃってるみたいな感じで言葉が吐き出された。みたいな感じって言うか実際そうなんだろうな。青筋が今にも弾けそうにピクピクしてる。
「覚えてない。でも国家の金を動かしたんだから記録ぐらい残ってるんじゃないのか? いや、責任者が署名するだけで誰が商談を整えたかは残らないのか?」
「我が国の公的資料ならばどちらも残す規則がある。関わった人間も併せて記録しているはずだ。はずなんだが……宣誓や契約の封術器を持っていないか? 持っていたら貸してほしい」
記録に手を入れられていた時に供述の信頼性を確保するために有用な二種だ。自分の臣下がそこまで信じられないとか政治って怖いわ。
「どちらもある。が、お前の国にもあるだろう」
「既存のものは動かすのに手続きが面倒で時間もかかる。動きを捕まれては偽証を固める猶予を与えることになる。建前としては、お前に関わることだからと提供してくれたことにすれば良い。謝礼はしっかり支払う」
疲れてるって態度がポーズじゃなくなってきたし、俺も疲れてきたし、この話は丸投げして切り上げようかな。お前を信じてるから細かいことは全部任せるって綺麗な感じにまとめれば大丈夫でしょ。
「ふう……。お前はもう少し表情に気を配れ。『もう面倒だから押し付けよう』って顔に書いてあるぞ。こっちも契約書を探して内容の精査をしてと手間がかかるからここで一区切りにしてもいいがな。浄化の術封器の件は前回の後始末を片付けてからもう一度話したい」
「誠意を見せてくれるならそれでいいさ。もともと俺にとっちゃあってもなくても変わらないものだ。それを分かってて『前のことは後でどうにかするんでとりあえずもう一回売ってくれ』なんて恥知らずなことを言わないおっさんのことは信用してるよ」
褒めたんだから、踝の形がきれいですねって言われたみたいな顔するなよ。