太陽の季節 10
竜吉公主に人質としての価値があるか。
結論からいえば、これ以上の人材はちょっといないほどの価値がある。
天帝と西王母との間に生まれた姫だから。
血統からいえば澪における実剛や美鶴より上だ。
「ただ、そんな重要人物を人質にしてしまったら、かえって事態は退っ引きならないことになってしまいそうですが」
ううむと唸るのは信二である。
仙界との予備交渉ともいえる会談ゆえ、澪の幹部たちはほとんど出席している。
具体的には、暁貴、鉄心、依田、高木、沙樹、こころ、実剛、信二、美鶴、そして琴美だ。
その他に事務方として影豚たちが列席しているが、彼らはあくまで話を聞くだけで、発言そのものはしない。
「キク姉さんを人質にとられた澪みたいなものですしね」
「そうです。御大将。容儀が軽すぎては人質になりませんが、重すぎると要らない警戒を生みます」
次期魔王の言葉に頷く軍師。
人質を取っての外交というのは、そもそもあまり健全な形とはいえない。
仙界は譲歩せざるを得ないだろうし、最初からそういう心理状態で臨まれても困る。ごく当然の要求でさえ、ふっかけているように見えてしまうだろう。
顔を見合わせる幹部たち。
突拍子もない提案だけに、戸惑いの方が大きい。
「あんまりお気に召さなかったみたいねー」
「なにがしたいのよ。きららは」
くつくつと笑う水晶に、琴美が呆れた声を出した。
大学で交流していた頃は、こんなエキセントリックな女性ではなかったはずである。
「なら、プランBの方で」
「Bもあるんだ……」
「昨夜いっしょうけんめー考えたもの。Gまであるわよ」
「G……」
ため息を吐く依田。
なんだろう。この女性、方向性は違えどニキサチと同じ匂いを感じる。
常識の斜め上か斜め下あたりでスキップするような、そんな匂いだ。
「とりあえず、いってみそ」
魔王が促した。
提案があるならいわせた方が良い。
吟味は後ですれば良いのである。
「妾が澪に降る。雇って」
「んな無茶苦茶な……」
「だってアンジー言ってたし。仕事がなかったら澪で雇うって。好待遇を約束するって」
「言ったけどさ……」
「琴美。ちょっとの間だけお前が相手をしていろ。他は全員集合だ。こっちゃこい」
手招き魔王。
迎賓館の一角。
魔王と愉快な仲間たちが円陣を組んでぼそぼそ作戦会議を始める。
だいぶアレな光景である。
「楽しそう。混じりたい」
やや羨ましそうにする水晶だった。
「つーか。ホントに降る気? 裏切り者になっちゃうよ?」
「いいよ」
「いいよて……んなあっさり……」
「戦っていて思ったのよ。アンジー。この人たちは本当に一生懸命だって」
偽らざる本音である。
澪の血族だけでなく、鬼も、異教の神も、ニンジャさえも、この街を守ろうと必死に戦っていた。
かつて、殷を打ち倒し周を築いた者たちのように。
羨ましいと思った。
誰かのために戦える彼らを。
「妾たちは、なんのために戦うのかしらねって」
「だからノエルさんも殺さなかったの?」
「妾が頼まれたのは足止めだけだしね。殺してもかまわないとは言われたけど、それって殺さなくてもかまわないってことでしょ」
「すっごい拡大解釈ねえ。でもまあ良かったわ。きららってきっとすごく強いのよね?」
「アンジーとやりあっても、たぶん十本勝負で七本くらいは取れると思う」
「ガチで?」
「もちろん」
「ガチなら一回しかないじゃない」
「だから、最終的に勝負は時の運になるかなぁ」
「それじゃ戦えないわね」
「でしょ?」
笑い合う。その認識を共有できるというのは大切なことである。
転生者の多くは、どこかで澪の血族や量産型能力者を下に見ていた。それゆえに戦いを挑み、敗れ去っていった。
認識が変わるのは敗北以後。
ジャンヌ・ダルクにしてもこころにしても、敗れた後に、初めて澪を対等な好敵手として認めたのである。
その点で竜吉公主は、最初から戦いたがっていなかった。
もちろん琴美との友誼に由来する部分もあるが、勝てる確信が持てなかったという理由もある。
ゲームやスポーツではない。勝負は時の運で戦うわけにはいかないのだ。
「でもまあ、こういう立ち位置だったから、はじめから紫宇とはそりが合わなかったし、彼も妾を戦力としてアテにしていなかったって部分もあるのよ」
「なるほどねぇ」
頷く琴美。
あらためて語られると、敵も一枚岩ではないというのが良く判る。
そうこうしているうちに、作戦会議を開いていた幹部どもが戻ってきた。
えらく早いが、じつのところ結論としては難しくないのである。
澪は拒絶や排斥を旨としない。
ともに歩みたいと望む者を、拒むことはないのだ。
御前の陣営に身を置いていたリンやカトル、酒呑童子に北海竜王、ヴァチカンのシスター・ノエル、高天原のこころ、ニンジャたち、そして西遊記チーム。
すべて受け入れてきた。
竜吉公主だけは受け入れない、などという選択肢は存在しない。
「水晶ちゃんだったな。お前さんが俺たちの仲間になってくれるというなら歓迎するぜ」
魔王が告げる。
花が咲きほころぶように水晶が笑った。
「ありがとう。アンジーのおじさま」
「んでもって、仲間になった以上は働いてもらわにゃならん」
おじさまなどと呼ばれてくすぐったそうにする暁貴。なんとかの城に囚われていたお姫様にそんなふうに呼ばれた怪盗のような気分だ。
おっさんの感想はともかくとして、竜吉公主にも当然のように地位職責が与えられる。有用な才能を遊ばせておけるほど、澪には人材が余っていないのである。
「雑用でもトイレ掃除でも」
「お姫さまに便所掃除させるほど人材不足じゃねえよ」
そこまで人的資源が払底していたら、もはや都市として機能しないだろう。
特殊能力者には、相応の仕事をしてもらわなくてはならない。
先ほどの作戦会議は、むしろそれを決めるためのものと言っても良いだろう。
強い力を持つ仙人。どの部局でもなかなか使い勝手が良さそうだが、やはり仙界との交渉にあたるメディア対策室に所属させるのが効率が良い。
こうして、魔王ハシビロコウの元には、元スパイたちだけでなく、琴美、ニキサチ、水晶という、十九歳のピチピチギャル(死語)三人が集うこととなった。
「で、最初の仕事は仙界との和平交渉だ。こっちだってもう戦いたくねえ。良い条件を引き出してきてくれや」
「簡単に言ってくれるものだな。巫」
暁貴に苦笑を向ける依田。
言うは易く行うは難しだ。
「そこはなんとかしてもらうしかねえな。なんとかせんかい。仙界だけにっ」
ものすごいドヤ顔で親父ギャグを飛ばしやがった。
面白いことを言ってやったぜ、みたいな感じだ。
最悪である。
無言のまま、沙樹がアッパーカットで魔王を吹き飛ばした。
たぶん一同を代表して。
新たな者たちが加わり、澪に新しい風が吹く。
西遊記チームは予定通り澪高校に編入した。年齢的には実剛や光則と同い年なのだが二年生に。
これは、彼らが昨年の修学旅行の後に高校を退学しているからである。
本来であれば復学は認められないが、なにしろ澪なので、無理を通して道理は出る幕なしだ。
そして彼らは、第二隊の構成員を兼ねることとなる。
戦闘能力は折り紙付きではあるが、学生のうちは積極的に戦闘に参加する必要はない、という暁貴の見解が行き届いているためだ。
もちろん今回のような大規模戦闘の際してはそんな贅沢もいっていられなくなるだろうが。
「ともあれ、君たちには本当に感謝している。沙樹さんを助けてくれてありがとう」
右手を差し出すのは実剛。
次期魔王である。
「お互い様さ。私たちも助けられてるからね」
やや照れながら握り返すのはゆかり。
玄奘三蔵だ。
子供チーム。巫実剛とその一味に、新たな仲間が加わった。
「ところで、さっそくだけど仕事があるんだ」
「戦争が終わったらすぐ仕事かい? 聞きしに勝るブラック企業だね。澪は」
罪のない口調で言ったゆかりが笑う。
太公望が攻め込んできた翌々日である。
いろんな意味で騒動慣れしている澪は、もう完全に平常運転だ。
「いやいや。うちは超ホワイト企業ですよ。給料も高いし有給もちゃんととれる。高校生に有給のある街なんて、たぶん日本でここだけだよっ」
「高校生が戦争に巻き込まれる街も、たぶん日本にここだけだけどね」
くだらないことを言い合っている。
六月も最後の日。
「来月末には海開きだからね。今年も海岸清掃大作戦をやろうと思って」
昨年もおこない、無事に海水浴場のオープンに漕ぎ着けることができた。
客の入りも上々で、今年はその数倍の集客が見込まれている。
「戦のあとは海岸のお掃除。本当に退屈しない街だねえ。ここは」
なんともいえない表情の玄奘三蔵。
孫悟空、猪八戒、沙悟浄、玉竜の四人が笑う。
退屈しない人生。
それはそれで、得がたいものなのだろう。きっと。
謀略の季節が過ぎ、太陽の季節がやってくる。
ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます。
シーズンオブスキームと銘打って書き連ねてまいりました、潮騒の街から第二部、これにて終幕でございます。
今回のエピソードは、中華神話との戦いでした。
終わってみれば、元諜報員5名と、魔王ハシビロコウ、自衛隊の田中二尉、西遊記チーム、竜吉公主と、多くの味方を得た戦いでしたね。
ニキサチは最初から仲間ですがっ
そしてまた多くの仲間を失った戦いでもありました。
第一隊の損害は、そろそろ洒落にならなくなってきましたので、また増強しないといけません。
ともあれ、これから澪は本館的な夏を迎え、太陽のシーズンに入ります。
改革2年目です。
まだまだ前途は多難ですが、暁貴や実剛は、どのように乗り越えていくのでしょうか。
またいずれ機会があれば語りたいと思います。
それでは、またいつか文の間でお目にかかりましょう。
ありがとうございました。




