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配られた五枚のカード 8


 音もなく降り立つ影。

 夜半の公園。

 訪れる者とてないような場所に立つのは、少年だ。

「ふむ……強烈な殺気を感じたのでござるが……」

 妙に時代がかった言葉が漏れる。

 芝仁(しば じん)

 次期魔王の婚約者たる芝絵梨佳(しば えりか)の義弟である。

 澪を守る戦士のひとりで、ニンジャだ。

 殺気と、何者かが争う気配を感じて駆けつけたのである。

 注意深く周囲を観察する。

「誰かが争った形跡があるでござるな……能力者ではなさそうでござるが……」

 特殊能力者でも量産型能力者でも良いが、彼らが本気で暴れたら公園が崩壊する。

 だが、アスファルトに残る痕跡はごくわずかだ。

 ニンジャたちが細心の注意を払って探らねば判らないほどに。

 首をかしげる仁少年。

 こんな戦い方ができるのは、あきらかに訓練された者だけ。

 そしてそんな人間は、澪には第一隊しかいない。

「血痕すらないでござるな……」

 澪の戦闘員でない者が、この公園で戦っていたということだろうか。

 誰と?

 澪で、澪に無関係な者同士が争う?

「わけがわからんでござる」

 ぴこぴこと少年が頭を振る。

 抜群の戦闘力を誇るニンジャボーイではあるが、複雑な思考は苦手なのだ。

義兄(あに)上さまに報告して判断を仰ぐべきでござろう」

 ジーンズの尻ポケットから携帯端末を取り出す。

 けっこうラブリーな感じのカバーがかかっている。

 孤児院のほたるちゃんから贈られたものだ。

 ちなみに本体の方は、義兄と義姉からのプレゼントである。

 小学生に携帯端末は早いという意見もあったが、戦闘員に連絡手段がないというのは困るのだ。

 ぱかっとカバーを開ける。

「…………」

 画面上をさまよう指。

 ため息とともにカバーを閉じた。

「走った方が速いでござる」

 抜群の戦闘力を誇るニンジャボーイではあるが、電子機器は苦手なのだ。

 駆け出す。

 夜の巫邸へと。




「……行ったか……」

 草むらの中で男が呟いた。

 地面と同化したように這いつくばったまま。

 仁にすら気取られない完璧な隠形(おんぎょう)である。

 正体を知っている、という謎の手紙で呼び出された。

 待っていたのは顔を隠した男だった。

 爆発するくらいに怪しいが、彼自身も顔を隠した黒装束だったため、お互い様というべきだろう。

 顔を知られるのはまずい、ということである。

 互いに。

 もちろん声を聞かれるのだってレッドゾーンだ。

 一言も発せず、そのまま殺し合いへと移行した。

 決着はつかなかった。

 つくわけがない。

 邂逅(かいこう)からわずか二分で、あの忍者少年が現れたのだから。

 痕跡すら満足に消すことができず、身を隠すのが精一杯だった。

「本気でバケモノだな……」

 彼とて想像を絶する厳しい訓練をくぐり抜けた諜報員だ。荒事にだって自信はある。

 だが、次元が違う。

 彼らは百メートルを四秒台で走ることなどできないし、数キロ先の気配を読むこともできない。

 もちろん、超能力など使えるわけもない。

 能力で絶望的なまでに水を空けられている相手を、出し抜かなくてはならないのだ。

 不可能作戦。

 ここが引き返し限界点ポイントオブノーリターンだ。

 これ以上深入りすれば、もう後戻りはできない。

 命の保証だってない。

 だが、男は自分の唇の端がわずかに上がっていることを自覚していた。

 面白い。

 挑む謎が難解なほどに。

 挑む相手が強大なほどに。

「俺の他に、最低ひとりは潜入してることが判った。今夜はそれで充分だろう」

 口中に呟き、そろそろと移動してゆく。

 今夜、相対した男が、澪の戦力の一端を知って撤退するという可能性を、彼はまったく考えていない。

 ゼロだから。

 これでびびって逃げ出すような相手なら、自分が送り込まれるわけがないのだ。




 さて、義弟の来訪を受けた巫家では、緊急の作戦会議が開催されようとしていた。

 参加するのは、実剛、美鶴、絵梨佳、佐緒里、という巫家で暮らす面々と、駆けつけてきた楓だ。

 報告者の仁と、美鶴の守人である羽原光(はばら ひかる)は、居間の壁際に控えている。

 護衛役として、というより難しい話には加わりたくないのである。

 まあ、そのあたりは絵梨佳や佐緒里も同じだろうが、さすがに芝と萩の一人娘たちが参加しないわけにはいかない。

「第三勢力同士の暗闘ねぇ……」

 報告を聞き終えた次期魔王が、ふむと腕を組む。

 これまでのところ、人間にとっての敵というのは澪のことであった。

 北海道しかり、日本政府しかり、ヴァチカンしかり、米ロ連合しかり。

 澪を打倒するために彼らが手を組むことはあっても、相争うというのは想定の範囲外である。

「でも、考えてみれば当たり前のことなのよね」

 形の良い下顎に右手を当てる美鶴。

 人類の歴史は、モンスターとの戦いの歴史ではない。

 自然との戦いの歴史でもない。

 人間同士の戦い。

 戦争、紛争、抗争の歴史だ。

 鬼退治も悪竜討伐も、誤差のようなものである。

 ゆえに、人類を最終的に滅ぼすものがいるとすれば、それはモンスターでも自然災害でもなく、他ならぬ人類自身だろう。

 澪という強大な敵を得たからといって、人類のありようが変化するわけでもない。

 強敵を前に手を結ぶことはあっても、背中に隠したもう一本の手では陰謀と謀略の糸を紡いでいるに違いないのだ。

「まして、いまの澪は平和です」

 第二軍師の後を追うように第三軍師が発言する。

 アメリカ・ロシアの連合軍をも撃退し、澪には平和が訪れた。永遠ではないにせよ、三年や五年はまず大丈夫。

 大規模な軍事行動を取れる陣営は存在しないだろう。

 だからこそ、主席軍師が安心して澪を離れることができたのである。

「そして巡ってきたのは、謀略の季節(シーズンオブスキーム)ってことだね」

 総括するように実剛が言う。

 武力で戦えないなら、知略をもって戦うしかない。

 それは当然のことだ。

 澪に対しておこなわれる様々な工作についても、すでに孤児院(シンクタンク)が対応を協議している。

 問題は、潜入しているであろう諜報員同士が争っているかもしれない、という部分だ。

「日本、北海道、ヴァチカン、アメリカ、その他諸々。どこからスパイが送りこまれても不思議じゃないわ」

「そして彼らは、協力して何かを成そうとしているわけではないでしょう」

「そうね。それぞれ勝手な思惑で動いてるから、当然のように潰し合いが起きるわ」

 それが、仁が発見した闘争の痕跡だと美鶴は読んだ。

 楓も同意見である。

「彼らに共食いをさせる、って手は使えないかい? 美鶴」

「それは無理よ。兄さん。誰がスパイかも判らないし、どんな目的で動いているのかも、どこから送り込まれたのかも判らないんだから」

 兄の提案に首を振る妹。

 敵が分裂しているなら、互いに争わせて力を削ぎ取ってしまうのが上策である。

 ただ、その手を使うには、最低限、相手の目的がどのあたりにあるかを知っておかなくてはならない。

 そうでなければ、どんな鼻薬を嗅がせることもできないのだ。

「意図的に噛み合わせることはできない。てことは、僕たちは結局、スパイ全員を相手にしなくちゃいけないってことか」

 やれやれと実剛が肩をすくめた。

 敵の敵は味方ではなく、やっぱり敵。

 どこまでも面倒な話である。

「目的っていうか、せめて出どころが判ればね。対処のしようもあるんだけど」

「そこは間違いなく隠すでしょうね。それこそ命に代えても」

 苦笑を交わす美鶴と楓。

 どこの手の者か、それを知られるというのは、諜報員にとって死と同義だ。

「人間の方を特定するしかないわよね……」

「問題は、それが現実的に可能かどうか、という部分ですわ」

 爆発的に発展しつつある澪。

 街を訪れる者は膨大な数になる。

 旅行者、労働者、移住者、その中に潜むスパイを特定するのは、不可能とはいわないまでも至難の業であろう。

 だからこそ、敵は今このときに仕掛けてきたのだ。

「信二さんなら……」

「信二さまさえいてくれたら……」

 少女たちの内心の声。

 魚顔軍師がいない澪。

 ゲームは、まだ始まったばかりである。



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