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太陽の季節 7


 最終的な戦死者数は十四名。

 陥没した広場や庁舎破損、負傷した職員の治療にかかる時間や金銭など、被害総額は数億円にのぼる。

 これが一時間足らずの戦闘で澪が失ったものである。

「毎度毎度の事ながら、馬鹿馬鹿しくなりますね」

 とは、総務課長たる高木の言葉だ。

 勝利したとはいえ、守りきったとはいえ、どこにも賠償を要求できない澪なのだ。

 金銭的な損害はともかくとして、人的な損害は本当に勘弁して欲しい。

「人間は機械の部品じゃありません。失ってしまえば取り返しがつかないんです。戦争が悪だという良い証左ですね」

 まったくの正論だが、事態の解決には一グラムも寄与しない。

 敵は澪の事情などお構いなしに攻めてくるし、多くの場合、兵の命などに重きを置かないような連中ばかりだ。

「どうせ負けるんだから攻めてくんなって気分ですよ」

 憤慨している。

 かなり得手勝手な意見である。

 いままで攻めてきた敵で、負けるつもりで侵攻してきた者は一人もいないだろう。

 例外なく、充分な勝算をもって事に臨んだ。

「まあまあおたか。彼らだって一生懸命やっているんだから」

 なだめる魔王だが、この言い回しを聞いたら、敗れ去った者たちは目を三角にして怒るだろう。

 上から目線というか、子供の行動を微笑ましく見守る大人そのものである。

 つい先ほどまで、そよかぜ姐さんの胸でおいおい泣いていた男とは思えない。

「なんか捏造(ねつぞう)されたぞ」

「どうしました? 副町長」

「タワゴトだから気にすんな。で、降伏したヤツがいるんだって?」

「降伏というのともちょっと違うみたいなんですが。こころくんを介して、少し面白い話がきています」

「ふぅむ」

 竜吉公主のことである。

 彼女がこころにもたらした話は、仙界とやらも一枚岩ではないという情報だった。

 今回の攻撃に関しては、仙界の総意に基づくものではなく、太公望の独断専行である、と。

「信用できるんかね? その情報」

「できるわけないでしょう。ただ、そういう話を持ってきた以上、交渉の余地が生まれるのは事実です」

 主戦派と和平派、そんなものが本当にあるのかは判らないが、太公望の勢力が敗れ去ったいま、後者の勢力が増すのは自明である。

 今後についての外交の可能性もでてくるだろう。

 澪にとっては、初めての外交ということになる。

 これまでは日本政府が主体となっておこなっていて、澪はそのおこぼれをもらっていただけ。

 そういうと言葉は悪いが、実質的にはアドバイザーとして信二を派遣している程度である。

 今回の事件に関して日本政府まったく埒外なので、頼ることはできない。

 澪単体で折衝をすすめなくてはならないのだ。

「またまためんどくさい問題が浮上してきたなぁ」

「先に言っておきますが、私は外交なんて無理ですからね」

 機先を制する高木。

 釘を刺しておかないと、おたかが担当者な、という流れに持ち込まれる可能性がある。

「わーってるよ。おたかにゃ再建の方をやってもらわにゃならん」

 がりがりと頭をかき回す暁貴。

 十四名の戦死者を出した第一隊を放置することはできないし、庁舎周りの復旧だってある。

 内政の責任者が外交も担当するというわけにはいかない。

「依田かな」

「無難な選択でしょうね」

 魔王の言葉に頷く高木。

 メディア対策室の魔王ハシビロコウなら、対外交渉もお手のものだろう。影豚たちだって充分に補佐ができる。

「ともあれ、その敵兵にゃあ一度は会わねえとならんべな」

「ですね。セッティングします」

「さすがに今日は疲れてるんで、明日以降にしてえがな」

「そうすると、どこかに宿泊させるって流れになってしまいますが」

「迎賓館か」

「賓客じゃないですけどね」

 肩をすくめあう男ども。

 捕虜を留めておくような施設など澪にはない。公的な宿泊場所としては迎賓館しか存在しないのだ。

 手配を依頼しようとして、暁貴は沙樹がいないことに気付く。

 掃討戦も一応は終結しているので、もう副町長室にあがってきてもよさそうなものだが。

「沙樹は?」

「着替えに一度自宅に戻ってます。かなりとんでもない格好になっていたんで」

 そらきた、と思いながら、高木はあらかじめ用意されていた返答を差し出した。

 負傷したとか生死の境をさまよったとか、余計なことは言わない。

「なら、そっちも含めて依田にやってもらうしかないな。さっちんもいるから手順は判るだろ」

 さらりと投げてしまう魔王。

 彼には他に決めなくてはならないことが数多いのだ。




 掃討戦において、澪の損害はゼロであった。

 これは、最終的な指揮を委ねられた美鶴と楓が、非常に丁寧で堅実な指示を出し続けた結果である。

 ギャンブルをせず、常に多数をもって、着実に兵馬俑の数を減らしていった。

 戦記に描かれるような華々しい戦いぶりではない。

 しかし、損害を出さなかったという事実は、どんな武勲よりも誇って良いだろう。

「堅実にして隙がなく、常に理にかなう。じつに素晴らしい用兵ですね。こうでなくてはいけません」

 えっらそうに論評するのは魚顔軍師だ。

 太公望の消滅後、事務的な手続きを高木に引き継いで、彼も戦場に降りたのである。

「美鶴たちは成長していますか? 信二先輩」

 軍師とともにあるのは、もちろん次期魔王。

 子供チームには、やはりこのツーマンセルが欠かせない。

「想像していた以上です。御大将。あ、でも俺が褒めていたことは内緒ですよ」

「すぐ調子に乗りますからね。あいつは」

 笑い合う。

 本来であれば信二が屋上にあがって指揮を執るべきであろうが、すぐに東京へと戻る身なので差し控えた。

 第二第三軍師が指示を出す部隊のひとつ、という位置のほうが今は望ましい。

 ようするに実剛の部隊だ。

 彼は総指揮を執るべき人間だが、今回は後詰めのかたちで戦域に突入したため、そのまま戦闘部隊を形成している。

 構成員は、絵梨佳、御劔、紀舟陸曹長、仁、そして信二だ。

 実際に戦うのは量産型能力者の三名で、芝の姫は次期魔王と軍師の護衛である。

 ゆえに、戦闘力としてはたいした部隊ではない。

 比較すれば、光則と佐緒里のコンビの方がずっと強いだろう。

 ただ彼らの役割は旗艦(フラッグシップ)みたいなものなので、健在であるということが何よりも大切なのだ。

 澪の戦士たちは、最前線に巍然(ぎぜん)と佇立する次期魔王の姿を確認し、勇気を奮い起こす。

「ともあれ、なんとか片づいたようですね」

 ふうと息を吐く魚顔。

 掃討戦というのは本当に難しい。

 敵は決死の反撃を試みるし、死なばもろともの覚悟で戦うからだ。

 成算も計画性もない。

 勝利などにも当然のように結びつかない。

 全体としての勝負はすでに付いているのだから。

 ただ単純に道連れを増やそうとしているだけ。

「あの世への旅は寂しいからよ。付き合ってもらうぜ。一人でも多くな」

 というやつである。

 付き合わされる方はたまったものではないのだ。

 なので、退却戦と同じくらいの難易度だと信二は考えている。

 できればやりたくない。

 整然と撤退してくれた方がずっと良い。

「まあ整然と撤退できるような余力のある連中が、撤退する理由もないんですけどね」

「ですねぇ」

 まして今回、敵は本拠地をすでに潰されているため、決死の大攻勢だった。

 撤退など最初からない。

「ひとわたり戦域をまわってから帰還しましょう。戦士たちはともかく、住民の皆さんに御大将の無事な姿を見せることは幾重にも必要なことですから」

「あいかわらず、僕の扱いは宣伝用のマスコットですか」

 苦笑する実剛であったが、こればかりは仕方がない。

 そもそも、御輿(みこし)や旗というのは、そういう役割なのである。

「こちら防災澪ですぅ。戦闘終了ですぅ。敵は……これなんて読むんですか? あ、はい。敵は壊滅しましたぁ。繰り返しますぅ。敵は壊滅しましたぁ。澪の大勝利ですぅ!」

 なんともいえない放送が流れる。

 笑いと歓声が、戦場のあちこちで起こっていた。

「ルビ打ってなかったんですね……むしろ、なんでさっちんにまだ放送やらせてんですか……」

 う、と目頭をおさえる軍師。

 まあまあと半笑いで年長の仲間の肩を実剛が叩く。

「僕たちの勝利だよ! みんな! 勝ち(どき)だ!!」

 次期魔王に呼応して、戦士たちが一斉に凱歌を奏でた。


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