太陽の季節 6
「一応捕縛して。たぶんもう動けないだろうけど、念のためにね」
さかな丸のこころの元に変な報告が入っていた。
光との激闘を演じたアルビノの少年、白鶴童子が発見されたのである。
敵の本陣だった場所を占領した光則たちからの連絡だ。
半死半生の状態らしい。
澪の戦士の中でもトップクラスの戦闘力を誇る光と戦い、勝利はおさめたものの白鶴童子のダメージもかなり深刻である。
「むしろ勝ったというのか信じられないけどね」
ぽりぽりと頬を掻くこころ。
佐緒里は相打ちと称したが、それはあくまで戦場全体を通して考えたらの話である。
決闘者としては、白鶴童子に軍配があがった。
これはこころにとっても美鶴にとっても想定外の事態であり、序盤戦における澪の劣勢の要因でもある。
光が負けるとは誰も考えていなかった。
残留していたメンバーにあって、沙樹に次ぐ戦闘力をもつ少年である。
転生者など一蹴するだろうと考えられていた。
しかし白鶴童子は驚異的な粘りをみせ、ついにはウインドマスターを打ち倒すに至る。
これには軍師たちも驚倒したし、別の計算式を立てなくてはいけなくなった。
その誤算の主が敵本陣に横たわっていたという。
憎き敵手として八つ裂きにする、などという陰性と澪は無縁だ。
少なくとも、勝敗が決した後で意趣返しのように負傷者をなぶる趣味はない。
処遇を決めるのは後刻としても、さしあたりは拘束して、暴れないようにだけ気をつけておく。
それらの処置を指示している間に、シスター・ノエルがさかな丸に帰還した。
「お疲れさま。ノエ……ル?」
こころの目が点になる。
なんとシスターは敵の転生者を伴っていたのだ。
どこにでも売っていそうな七分丈のデニムに白いチュニックをあわせ、腰を細い革ベルトで絞っている。
涼しげな装いが瀟洒であるが、戦場にはまったく似つかわしくない。
背中まであるストレートの黒髪と、アーモンド型の大きな目が特徴的な東洋美人。
竜吉公主である。
ちなみに連れてきたノエルはといえば、長衣はぼろぼろで所々素肌が露出している、いつもの頭巾はどこかへ飛んで、短くした金髪が晒されてしまっている。
ひどい有様だ。
そのボロボロシスターの手を引っ張り、さかな丸のすみっこへと移動するこころ。
「……なんでつれてきちゃったのかなぁ」
「気になることを言っていたんだけど、私じゃ判断できないから。こころか暁貴さまの判断を仰ごうと思ってね」
「継戦意思はないってことでいいのかな?」
「もともとたいして戦う気もなかったみたい」
「そのわりにノエルはぼろぼろじゃないか」
「手も足も出なかったのよ。察しなさいよ」
小声でぼそぼそと会話を交わす智恵者とシスター。
にこにこと笑っている戦場には不似合いな若い女性。
とてもとてもシュールな光景だ。
天界一の知恵者がおおきくため息を吐く。
来てしまったものは仕方がない。やっぱり帰れともいえない以上、応対するしかないだろう。
ノエルには着替えるよう指示を出し、おしゃれガールの前へと移動する。
「話はまとまったかしら?」
「まあね。一応は話を訊くよ。私は八尾こころ。澪の客将をやってる」
「天界一の智恵者ね。妾は竜吉公主。今生での名は麻妻水晶よ」
「きらら……」
なかなかのキラキラネームである。
とはいえ、誰のどんな名前も本人の責任ではない。
こころの名だって、あんまり人のことはいえないのである。
「きららとこころ。芸人みたいね」
くつくつと笑う。
「君とコンビを組む予定はないよ。私たちはまだ敵同士だ」
身振りでパイプ椅子に座るように促す。
前線拠点ということで、砂袋が詰まれ、何脚かの椅子が運び込まれているのだ。
「まだ、ね」
微笑しながら座る水晶。
「そう。未来はまだ何も確定していないよ」
「ここに暁貴さまが現れたってことはぁ。勝負はついたってことよねぇ」
オカマが言った。
第七相談室。通称、オカマバーそよかぜ。
異色だらけの澪町役場において、ひときわ異彩を放つ部屋である。
「まあな。相変わらず姐さんは鋭いぜ」
「あんらぁ? ちょっとお疲れモードねぇん」
魔王に椅子を勧め、斜向かいに座るそよかぜ姐さん。
男性のものとは思えない繊手がデスクを動き回る。
「何してんだよ……?」
「何をしてるようにみえるぅん?」
呆れたような質問に、笑いながら質問を返す。
暁貴の目に異常がないなら、そよかぜ姐さんは酒を作っている。
ジントニックとか、そのへんだ。
「俺はソルティドッグが好きだぜ」
「暁貴はグラスを舐め回しちゃうんだよねっ」
同席している妻が恥ずかしい話を暴露してくれた。
ソルティドッグとはウォッカベースのカクテルで、グラスの縁を塩をまとったスノースタイルが特徴である。
刺激物を好む魔王は、カクテルを飲みつつ、ぺろぺろと塩を舐めて綺麗に一周してしまうのだ。
普通は飲み口の部分以外の塩はのこすものなのに。
「体に悪いわよぉ?」
コーラ大好き、お酒も大好き、脂っこいものも塩辛いものも大好きな魔王である。
オカマならずとも生活習慣病とか心配してしまう。
魔王さまは糖尿病。
ちょっとばかり、締まらなさすぎるだろう。
「はい。どおぞぉ」
笑いながら暁貴とキクにグラスを差し出す姐さん。
庁舎内で飲酒。
いまさら咎めるようなものでもない。そよかぜ姐さんだし。
ただ、暁貴としては、勝利の祝杯という気分にはなれなかった。
グラスを受け取ったものの、口を付けることもなく、じっと透明な液体を見つめている。
気遣うような顔で、その横顔を妻が見ていた。
「彼らは勇敢な戦士だったわ。そしてそれ以上に良き友人だった。私たちは彼らの勇気に、どう報いたら良いのだろう。その死を悼み、涙の池に耽溺するのが報いる道だろうか」
唐突に。
唐突にオカマが言った。
「姐さん……」
「何人か最後の挨拶に寄ってくれたわ。暁貴さまへの言伝もいくつか預かってるわよ」
そよかぜ姐さんの特殊能力。
マインドリーディングだ。
強烈な思いほど、彼女は感じ取ることができる。
寄っていった、というのはそういう意味であり、べつに姐さんが死者と交信する術を持っているわけではない。
オカマの口が言葉を紡ぐ。
死んでいった者たちの最後の思いを。
遺してゆく家族や友人への感謝だったり、心配だったり、謝罪だったり、様々だ。
中には、暁貴へ希望を託すというメッセージもあった。
五十を前にしたおっさんと、その妻が涙を流しながら聴きいる。
恨み言は、ひとつもなかった。
驚いたことに、自分たちが死んだ後、激減する戦力を心配して、かわりとなるべき戦闘員を紹介する伝言もあったのだ。
「どんだけ頼りない主君だと思われてんだよ……おれは……」
ぐずぐずと鼻をすする魔王。
姐さんがボックスティッシュを差し出す。
一度グラスを置いて涙と鼻水を拭い、捨てようとすると、すでにくずかごには大量の紙がつもっていた。
暁貴たちより先に、姐さんは彼らの挨拶を受けているのだから。
「この部屋で泣くのは恥じゃないわよ。暁貴さま」
「そうだな……」
ここであったことは絶対に外には漏れない。
それがオカマバーそよかぜだ。
魔王とその伴侶が落ち着きを取り戻すのを待って、姐さんがグラスを持つ。
「この街を守りきった勇者たちに、献杯」
静かな声。
軽く掲げられるグラス。
『献杯』
暁貴とキクも唱和し、グラスを少し上げた。
合わせたりはしない。
ただ静かに、捧げるのだ。
勇敢に戦い、散っていった英雄たちのために。
乾杯ではなく、祝杯ではなく。
彼らの思いに報いるための、それは儀式。
心の季節を進めるための。
二口だけジントニックを飲んだ魔王。
「世話になったな。姐さん」
グラスを置いて立ちあがる。
その目にはもう涙はない。
ふてぶてしいほどの自信に満ちた表情が戻ってきた。
立ち止まることは許されない。
彼らが見たかった未来を築く、そのときまで。
「どおいたしましてぇん」
優しげに、そよかぜ姐さんが微笑した。




