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太陽の季節 5


 太公望の消滅を目視で確認し、さっと暁貴が右手を挙げる。

 高木と信二が、立て続けに自らの右手をそれに叩きつけた。

 乱暴なハイタッチ。

 やや痛そうに顔をしかめた魔王だったが、あらためて腹心と軍師と握手を交わした。

 たった三人の大本営。

 間をおかず、ニキサチの放送が始まる。

「敵総大将撃破! 敵総大将撃破ですぅ! そーとーせんにいこーしてくださいー こちら防災澪ですぅ」

 あいかわらずだ。

 苦笑を交わし合う男たち。

 ともあれ、危機は脱した。

 もちろんこの後も油断は禁物だが。

「巫だ。各員、掃討戦へ移行しろ。統制を失ったとはいえ敵は強力だ。油断するなよ。かならず二名以上で一体とあたれ。以上だ」

 インカムに呼びかける魔王。

 了解を示す各セクションからの声が返ってくる。

 どっかりと、魔王がデスクに座り込んだ。

 心得たもので、キクがお茶を運んできて三人にくばる。

 よく冷えた麦茶である。

 そろそろこういう飲み物が欲しい季節になった。

「俺はコーラが良かったな」

「贅沢言わないっ 欲しがりません勝つまではっ」

「そういうこと言ってると負けちまうんだぜ」

 ひとしきり愛妻とじゃれ合ってから、信二に視線を向ける。

 リア充自慢に突っ込んでもらいたいわけではない。

 前線の戦士たちはつとめを果たした。ここからは政治の仕事だ。

 軽く頷いた軍師が手元の集計表に視線を落とす。

 正の字が書かれた。

 ふたつの正、みっつめには線が一本たりない。

「十四ですね」

「……そうか」

 目頭を右手の指で押さえる。

 一気に老け込んだような印象だ。

 澪の戦死者数である。

 また多くの者が彼の理想に殉じた。

 本当に、あと何人死ねば平和が訪れるのだろう。

 あるいは、そんな日は永遠にこないのだろうか。彼らが存在する限り。

「副町長」

 高木が声をかけ、暁貴は首を振って陰性の思考を体外に追い出す。

 答えのでない問題の海に沈み込むより前に、やるべき事は数多い。

「遺族に不自由はさせるなよ。高木」

「はい。手抜かりなく」

 第一隊の多くを占めるのは忍者であり、ほとんどが単身者だ。

 だが、澪はそれを良しとせず、道具ではなく人として生きるように繰り返し指導してきた。

 結果、友人や恋人、配偶者を得たものも、少数だが存在する。

「業が深ぇよな。我ながら」

 道具から人間にし、幸福を与えておいて、それを奪っているのだ。

「その業は、副町長だけが背負うものではありません。また、彼らは戦士として死に場所を得ました。彼らの死を悼むのは当然のことですが、彼らの選択を軽侮することは許されませんよ」

 やや厳しい口調で告げる腹心の部下。

 ニンジャたちは、この街に居場所を見つけた。

 守るべきものを見つけてくれた。

 友と明日のために戦い、散っていったのだ。

 その義侠と勇気を貶めるような発言は、たとえ暁貴といえども許されるものではない。

「判ってる。すまねえ」

「少しお疲れのようです。そよかぜ姐さんのところにいってきてはいかがですか?」

「ですねぇ。ここは高木氏と俺で少しの間なら代行できます。ご当主は気分転換してくるとよろしいかと」

「おめえら……」

「そだねっ いこうっ 暁貴っ」

 何か言おうとする魔王の腕をぐいぐいと引っ張り、キクが副町長室から出て行った。

 充分な時間をおいてから、

「なにか良くない報告でも入りましたか? 信二くん」

 高木が訊ねる。

「沙樹さんが瀕死の重傷を負いました」

「はい?」

 返ってきた言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまう。

 自分の耳がおかしくなったと思った。

 蒼銀の魔女が瀕死の重傷?

 なにを言ってるのだ。この魚は。

「なにを言ってるんだ? この魚は? という顔をしていますよ。高木氏」

「そそそそそんなことはないよ」

 思い切り目をそらしながら否定する。

 ため息を吐く信二。

「事実です。二郎真君との戦いで、アンジーをかばって」

「ああ……それなら……」

 素直でない母親が、いつも娘を気遣っていることを高木は知っている。

 もし娘の身に危機が迫れば、自分自身をためらいなく盾にするだろうことも。

「西遊記チームの玄奘三蔵が回復能力を持っていたので事なきを得た、ということです」

 一瞬だけきょとんとしてから、高木は大きく胸を撫で下ろした。

 信二の言葉はふたつの事実を告げていたから。

 回復を担当していた准吾は間に合わなかった、ということ。

 西遊記チームという不確定要素がなくては沙樹は助からなかった、ということである。

「得難い味方を得ましたね。これは幸運といっていいでしょう」

「ですね。沙樹さんに絵梨佳くん、准吾くんだけではかなりしんどいのは事実ですから」

 澪で他人を回復させられるのは、この三人だけ。

 あとは五十鈴が回復魔法を使えるが、効能は大きく劣る。

 癒し手(ヒーラー)の加入は非常に心強い。

「とはいえ、たしかに副町長には聞かせられませんね」

「でしょう? あとで本人から結果だけ聞くのが、いちばん興奮しないで済むかと」

 なにしろ沙樹が御前に誘拐されたとき、暁貴は「場合によっては東京を地図から消してやる」と発言したのである。

 それだけ五歳年少の従妹を可愛がっているということだが、ちょっと怖ろしすぎる。

「興奮状態では、まとまる話もまとまらないでしょうしねぇ」

「まだ何かあるんですか? 信二くん」

「いくらでもありますよ。一山いくらで売れるほど。どれから聞きますか? 高木氏」

「……なるべく脂っこくないやつからお願いします……」

「では、酒呑童子と光君の敗北負傷の話からですね」

「それのどこが脂っこくないのかと問いたい。問いつめたい」

 げっそりとため息を吐く総務課長だった。




「十一時方向に火線を集中して。西遊記チームが打ち込んだ(くさび)を広げるのよ」

 屋上で指揮を続ける美鶴。

 掃討戦に移行したといっても、軍師たちの仕事がなくなるわけではない。

 むしろ掃討戦に移行したからこそ、より重要さを増している。

 敵は総大将が倒され統制を失った。

 集団としてはもう怖くない。

 しかし単体として兵馬俑は量産型能力者よりも強いのだ。

 無秩序に暴れられたら損害が拡大してしまう。

 事実、大江山クマ軍団のいくしま童子が倒れたのは、御前が消滅して掃討戦に移行した後のことだった。

 澪としては二の轍を踏むわけにはいかないのである。

「二時方向。味方が孤立しておりますわ。美鶴さま」

「OK。兄さんの隊を向かわせるわ」

 高みに位置してる第二第三軍師たちは、戦場を俯瞰(ふかん)して把握することができるため、指示も正確で澱みがない。

 兵馬俑の残数は五十をこえる程度。

 ひるがえって、澪の戦士たちはすでに五十を割り込み、疲労も蓄積している。

「もうこれ以上、ただのひとりも死なせない」

 内心の決意を体外に出すことなく、美鶴が指示を出し続ける。

『わりぃ美鶴。負けちまった』

 イヤホンから聞こえる声。

 やや悄然(しょうぜん)としたそれは、恋人のものだ。

 白鶴童子との戦いに敗北し、さかな丸で治療を受けていたのである。

 通信してきたということは、もう回復したのだろう。

「ホントよ。光が負けちゃったせいで、いろいろ計算がくるっちゃったわよ」

 無事を確認できたうれしさを隠しながら憎まれ口を叩いたりして。

『すまねぇ』

 元気のない光の声に、そんな強がりはすぐに崩壊してしまう。

「うそ。光が無事で良かったわ。寿命が縮んだんだからね?」

『ほんとにすまねぇ』

「もう無茶はしないでね。危ないと思ったらすぐに後退すること。良い?」

 今週の努力目標みたいな言い方だが、衷心(ちゅうしん)からの思いだ。

 彼女の騎士には、勝手に死ぬ権利などない。

『判ったよ。我が姫(マイプリンセス)

 苦笑混じり返答。

 本当に判っているだろうか。

 彼のいなくなった世界は、彼女にとって無意味なのだということを。

 たぶん判っていないだろう。

 バカだから。

 だが、美鶴は微笑した。

「よろしい。では掃討戦への参加をよろしく」

 安全なところにいろとか、近くに来てとか、そんなことを言ったりはしない。

 彼女の騎士は、澪の護り手の一人である。

 誇りを奪うわけにはいかないのだ。

『了解。失点はとりかえすぜ』

「無理しちゃダメよ」

 それでも、ひとこと付け加えてしまう美鶴だった。 


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