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激闘の町役場 3


 国道五号線を澪に向けて疾走する装甲車。

 ポークコマンダーである。

 大沼隧道(トンネル)を越えようとしている。

 ここから小規模な峠を抜け、澪の領域に入ることになるだろう。

「あと二十五分といったところですか」

 実剛が腕時計を確認した。

 行程は半分ほど。

 かなり良いペースで装甲車は走っている。

 それでも不安は拭えない。もう澪は攻撃を受けているのではないか。

 あるいはすでに危機的状況に陥っているのではないか。

 考えまいとすればするほど、悪い想像ばかりが浮かんでくる。

 鋼のメンタルをもつ次期魔王でも、これはかなりきつい。

「実剛っ 私が何人か抱えて飛ぶよっ」

 キクが提案する。

 自分を救い出すために澪の守りが手薄になってしまった。魔王の伴侶としても忸怩(じくじ)たるものがあるのだ。

「どう思います? 信二先輩」

「なんともいえません。現在のところ追撃はありませんが、まだこっちを狙っていないと断言できる状況ではありませんので」

 ポークコマンダーの戦力を減らした場合、もし追撃があったらひどいことになってしまう。

 奪還したキクを再奪取などされたら、目も当てられない。

 難しい判断だ。

 このまま黙っていても、三十分もしないうちに澪に到着する。

 あえて戦力を削ってまで役場に飛ぶ必要があるかどうか。

「紀舟陸曹長。通信はまだ回復しませんか?」

 運転手に確認。

 未だしと返答を得て、腕を組む次期魔王。

 ギャンブルだ。

 しかも、しなくても良いギャンブルかもしれない。

「わかりました。キク姉さん、お願いします」

「判ったよっ」

「アンジー姉さん。光則。佐緒里さん。鋼さん。信二先輩。行ってください」

 大胆に決断する。

 実剛の周囲に残るのは、絵梨佳と御劔、そして紀舟陸曹長だけ。

 ほぼ総兵力での縮地である。


「……それで良いんですね。御大将」

「救援するとしたら早急に、最大限の戦力をもって、ですよね。信二先輩」

 小出しにしては各個撃破の対象にされるだけだ。

 澪はすでに戦闘状態に突入していると読む。

 どれほどの戦力で攻められているかは判らない。判らないからこそ出し惜しみはしない。

「承りました。最善を尽くしましょう」

 うやうやしく魚顔が頭をさげる。

 仲間たちも頷き、輪になるように手を繋ぐ。

「縮地っ!」

 キクの声が車内に響き、六人の姿が消えた。




 鉄骨と翼が衝突する。

 一瞬のせめぎ合いの後、前者が折れ飛んだ。

 舌打ちとともに武器を捨てた酒呑童子が、巨大な鬼の爪で襲いかかる。

「遅い」

 高速回転する雷震子の身体。

「ぐぼあ!?」

 酒好き鬼が切り刻まれ、血反吐をはいてアスファルトに転がった。

「やばっ」

 横目で建設課課長補佐の敗北を確認した沙樹が、フォローするために駈ける。

「行かせるとでも?」

 追走する二郎真君。

「うっさい!」

 振り向きざまに放つ手刀が、深紅の髪を数本斬り飛ばした。

 間一髪でかわし、三尖刀を突き出す。

 が、当たらない。

 常人では影さえ捉えられない戦いを繰り広げながら、蒼銀の魔女が酒呑童子の元へと走り込む。

 浮かぶ表情は暗い。

 かなりまずい状況だ。

 このままでは命に関わる。鬼の回復力をもってしても助からないだろう。

 だが、彼女も戦いながら回復することはできない。

 まして相手は二郎真君と雷震子のふたり。

 逡巡(しゅんじゅん)はごく短かった。

「准吾!」

 叫びと同時に、なんと魔女は僚友を蹴り飛ばした。

 名サッカー選手のフリーキックのように。

 鬼の巨体が見事な放物線を描いて飛ぶ。

 受け止めるのは鉄心だ。

 中年のおっさんに抱きとめられたのでは酒呑童子も浮かばれないが、何しろすでに意識を失っていたので、不本意さを感じることはなかった。

 すぐに准吾が回復を始める。

 確認し、安堵の息をついた沙樹がゆっくりと振り返った。

 そしてそれを見たこころが、絶望の表情で首を振る。

 スーツも下着もざっくりと裂かれ、魅惑的な背中が露出していたから。

 もちろん無傷ではない。

 酒呑童子を蹴り飛ばす際の一瞬の隙を突かれ、二人の強敵に切り裂かれたのだ。

 だらだらと血が流れている。

「沙樹さん……」

 最強の戦士が負傷。

 これでこころは、別の計算式を用意する必要に迫られた。

 ごく単純に戦力的なことを言えば、酒呑童子は見捨てるしかなかったのだ。彼が崩れたとしても、その穴は鉄心で埋めることが可能だったから。

 だが、沙樹が敗れれば、もう澪に後はない。

 彼女と同等の力を持つ戦士は、今ここにはいないのだ。

 とはいえ、酒呑童子が死ねば、今後の澪にとって大いなるマイナスとなってしまう。

 建設方面に力を持つ酒好き鬼。

 これからの澪にとって、なくてはならない人材である。

 だからこそ沙樹は、無理をしてでも救おうとした。

「でも沙樹さん……ここで負けたら未来はないんだよ……」

 ちいさなちいさな呟きは、はたして魔女に届いただろうか。

 天界一の智恵者に、後ろ手に親指を立てて見せる沙樹。

「相手はふたり。背中の怪我。まあ、ハンデとしてはちょうど良いくらいじゃないかな」

 蒼銀の魔女が艶笑する。




 駈けながら作戦を立ている山田。

 先頭の兵馬俑。

 あれの足を掴んで転ばせる。

 先ほどのワイヤー作戦と同じだ。

 充分に速度が乗ったところでスライディング。

 リノリウムの床を滑る。

 なかなか鋭い動きだ。

 相手が人間であれば、彼の作戦は完璧に決まっていただろう。

「え?」

 掴もうとした足が消える。

 それはすでに、山田の頭上にあり、脳天を踏みつぶそうと振り下ろされていた。

 これが人間とモンスターの差。

 優れた作戦も、決死の覚悟も、圧倒的な性能差で消し飛ばしてしまう。

 何もできなかった。

 ただの一瞬の足止めすらできず、無様に死んでゆく。

「ひどい人生だ。せめて五十鈴シェフとデートくらいしたかったな」

 くだらない台詞を、辞世の句がわりに残しながら。

「あなたはバカですか? 山田シェフ」

 落ちてきたのは足ではなく、呆れたような声。

 彼の周囲から兵馬俑どもが消えている。

 数メートルも後ろに吹き飛ばされて。

 五十鈴である。

 愛用の弓を携えて凛と立つ姿。

 アルテミスのように美しい。

 足元から見上げるという幸運に恵まれた山田であったが、五十鈴はスカートではなくありふれた野戦服をまとっていたので、べつに嬉しくはなかった。

「スカートだったら、死んでも良かった」

「な、に、を、いっ、て、い、る、の、で、す、かっ」

 ぐりぐりとバカのおでこを踏みつけてやる女勇者。

「ありがとうございますっ」

 ご褒美だったらしい。

 寸劇にかまうことなく、美鶴に率いられた第一隊が、一体また一体と兵馬俑を破壊してゆく。

 狭い廊下での戦い。

 量産型能力者と中華アンデッドでは、後者の方が能力で勝るが、同時展開できる火力の差で美鶴隊が圧倒している。

「各員。休まずに射撃を続けて。このまま殲滅するわよ」

 指示を出しつつ、駈けよってきた田中補佐を見る。

「助かったよ。ミリア」

「間に合って良かったわ。損害を教えて。シグマ」

 変な名前で呼び合っているが、美鶴と田中のことである。

 とあるオンラインゲーム内でのキャラ名だ。

「職員に重傷者が十二名。命に関わるほどではないが、できれば早急に治療を願いたい」

 具体的には骨折くらいの怪我だ。

 打撲や擦過傷に関しては、そもそも数えていない。

「判った。すぐに准吾さんに……」

「お断りしますぜ」

 さえぎって、中年男が拒絶した。

 血の滲む頭に包帯がわりのボロ布を巻き、左腕はおかしげな方向に曲がっている。

 住民生活課長。

 かつて暁貴の上司だった男で、現在はカトルの上司である。

「骨が折れたくらいで死にゃあしません。いま前線から回復係をさげるわけにゃいかんでしょ」

 蒼白な顔で、それでも笑みを見せる。

 他の職員たちも、ぼろぼろの姿で親指を立てた。

 野戦病院かって有様であるが、職員たちの瞳はぎらぎらと輝いている。

 好戦的な連中だ。

「敵を一掃したら姫はまた屋上にあがってくだせえ。こっちに戦力を取られた分、前線がひどいことまっちまう」

「けど、私たちがまた上に行ったら、敵が入ってくるわよ?」

 兵馬俑の第一陣が退けられたと、太公望が知ることになってしまう。

 すぐに第二陣第三陣が投入されるだろう。

 何度もは支えきれない。

 いまでこそ死者は出ていないが、次は出てしまうかもしれないのだ。

 明敏な美少女軍師にはそれが判る。

 判るからこそためらう。

「どうせ一回こっきりの人生。運が悪けりゃ死ぬだけですぜ。姫」

 ばしんと、中年男が美鶴の背を叩いた。


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