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激闘の町役場 2

「なかなか粘るじゃないか。八意思兼」

 太公望が唇を歪める。

 庁舎前広場の一角。

 本陣のように守りを固めた場所に立つ。

 現在、前線に投入している転生者は五名。太公望の近くには、まだ三名の転生者がいる。

 圧倒的だ。

 高級ブランド品の腕時計に目をやる。

 戦闘開始から二十分。

 澪の戦士たちはよく粘っているが、劣勢を覆すには至っていない。

 やはり函館の作戦に投入されたのは主力だったということだ。

 このまま事態が推移すれば、遠からず庁舎は陥落するだろう。

 内部での抵抗はあるが微弱なものである。

 と、そのとき前線に乱れが生じた。

 敵の新手が現れたのである。

 主力が戻ったのかと一瞬だけぎくりとする若者だったが、正体を知って失笑する。

 西遊記の雑魚どもだ、と。

 先兵としての役割も果たせず、どこかで野垂れ死んだのかと思っていたが、おめおめと澪に降っていたとは。

韋護(いご)

「あいよ」

 呼びかけに応じ、そばに立っていた偉丈夫が進み出た。

「蹴散らしてきて」

「んだよ? 俺の相手は雑魚かぁ?」

「不満かい?」

「いんにゃ。このまま出番なしってよりはずっといいぜ」

「兵馬俑を何体か連れて行くと良い」

「いらねーよ。俺一人で釣りがくらぁ」

 太刀を片手に駆け出してゆく。

 苦笑とともに見送る太公望。

「兵力の逐次(ちくじ)投入。苦しい苦しい。苦しいねぇ。八意思兼」

 歌うような悪意の抑揚が、人形のように整った唇から漏れた。




 家賃を払うようなつもりで戦ってはいけない、と、魔王は言った。

「けど、やっと見つけた居場所、なくすわけにはいかないでしょ」

 ヤクザの娘となった玄奘三蔵が宣言する。

 住民たちを守れ、と、魔王は命じた。

「付近の住民は、一人残らずシェルターに避難させた。我らは命に背いてはおらぬ」

 沙悟浄が微笑する。

 戦闘開始と同時に散った五名の西遊記チームは、問答無用に住民たちをシェルターに避難させた。

 渋る者は武器を持って脅し、動きの鈍い老人は肩に担いで駈けた。

 そして二十分という短時間で任務を完了させた彼らは、戦場へと舞い戻ってきた。

 戦うために。

 守るために。

「悟空! 八戒! 悟浄!」

 凛として響く三蔵法師の声。

 仁王立ちとなった彼女を守るのは玉竜だ。

『応とも!!』

 声まで揃えて突撃する三人。

 如意棒が、九歯の馬鍬が、降妖杖が兵馬俑どもを打ち減らしてゆく。

 敵陣の側面を突く、理想的な横撃(おうげき)だ。

 思わずこころが、「上手い!」と叫んだほどである。

 みるみる数を減じてゆく中華アンデッド。

 だが、快進撃は長く続かなかった。

 ここにもまた転生者が現れたのだ。

「またか!」

 地団駄を踏む智恵者。

「落ち着け。こころ」

 鉄心がたしなめる。

 感情的になるこころは珍しいし面白いが、指揮を執る者が悔しがってる姿を見せるのは良くない。

 どさりと負傷者を地面に置く。

 かなりの重症だが、死んだわけではない。

 駈けよった准吾が回復させてゆく。

 これが澪側の粘り(・・)の種明かしだ。回復のエキスパートがいるのだ。

 よほどの致命傷でなければ、ものの数秒で全快させてしまう。

 芝の眷属、牧村准吾。

 自ら戦う力は高くないが、彼の回復能力は絵梨佳に次ぐ。

 蒼銀の魔女たる沙樹すら凌ぐのだ。

 だからこそ普段の戦闘では第二隊とともに住民の避難誘導に当たることが多い。

 彼が前線にいるからこそ、ニンジャたちもクマ軍団も、特殊能力者たちすら、思い切り戦える。

「とはいえ、このままじゃジリ貧ですよ」

「判ってる」

 声を潜める准吾に、さすがに小声で応えるこころ。

 一人ずつしか回復できないし、すでに冥界の門をくぐってしまった者についてはどうにもならない。

 開戦から二十分が経過して、澪側の損害は六名である。

 それに数倍する兵馬俑を倒してはいるが、もともとの絶対数が違いすぎる。

 百八十対六十という絶望的な戦力差からスタートしているのだ。損耗比率はともかくとしても、このままでは順当に敗北するだろう。

 せめて敵の指揮が拙ければ付け入る隙が生まれるのだが、太公望の指揮は危なげがなく、容易に突き崩せない。

 むしろこちら側が兵力を逐次投入してしまったり、戦力を分散してしまったり、隙だらけだ。

 あげく本拠地たる庁舎にまで侵入を許している。

 いかに市街地に損害を出さないためとはいえ、内部には一般職員だって数多くいるのだ。

 屋上に陣取っていた美鶴の隊が対処に向かっているが、戦況がどうなっているか想像もつかない。

 しかも、美鶴隊が動いたことで屋上からの支援攻撃が途絶えている。

「なんかもう泣きそうだよ」

 愚痴るこころ。

 絶望的な戦力差。数的にも能力的にも。

 アメリカやロシアと戦ったときとはわけが違う。

 最下級の兵士で比較したら敵に軍配があがってしまうのに、数でも大きく負けている。

「こういう状況で戦い続けて常勝不敗とか、本気で頭おかしいんじゃないか? あの魚」

 この場にいない者の悪口を言ったりして。

 ヴァチカンの闇を狩る者、高天原とバンパイアロードの連合軍。

 質でも数でも大きく水をあけられた相手に、勝利を演出し続けた魚顔軍師。

 知謀において劣るものではないと自負している智恵者でも、同じ境遇に立たされると良く判る。

 神経にヤスリをかけられるような、ぎりぎりの指揮だ。

「正直、胃が痛くなってきたんだけど」

「だろうと思って、胃薬の差し入れよ! こころ!」

 突如として上空から響く声。

 振り仰いだこころの瞳に映ったのは、長衣(トゥニカ)をまとったシスターと、彼女の周囲に浮かぶ無数の短剣だった。

「ノエル!?」

「愚かなる狩人たちよ。神の威に頭を垂れなさい!」

 右手を振る。

 一斉に襲いかかるサクラマサクス。

 兵馬俑どもの胴体を貫く。

 しかし、身体に穴を空けられたくらいで中華アンデッドは止まらない。

 怯むことなく前進する。

 微笑するシスター。

「各々がた! 好機にござればっ!」

 猛然と駆け出すニンジャたち。仁を先頭に。

 手に手に持ったダイナマイト。すでに導火線には火が着いている。

 その危険な筒を、ノエルが空けた穴に差し込むのだ。

 ほとんど間をおかず、大爆発をおこす兵馬俑。

 鉄心が呵々大笑(かかたいしょう)した。

「どんなに不死身でも、粉々になってしまえば動ける道理はないなっ!」

 爆風に乗って距離を取った仁たちが、ふたたび突撃体勢を取る。

 今の一撃で十体近い兵馬俑を倒すことに成功した。

 繰り返せば、確実に敵を消耗させることができるだろう。

 ノエルの周囲に次々と現れる短剣。

 今度は地上からの水平射撃だ。

「させるわけないでしょう? そんなことを何度も」

 声と同時にすべてのサクラマサクスが叩き折られる。

 こころが無念の臍を噛んだ。

 またしても対応された。

 シスターの正面に立つ白皙(はくせき)の美女。

 瑠璃色の眸。

竜吉公主(りゅうきつこうしゅ)、と名乗っておきましょうか」

 翻る鉄扇。

 短剣を折った武器だ。

「神の使者、ノエル。邪教の神よ、覚悟なさい」

 シスターの両手に、ふたたび八振りサクラマサクスが召喚された。




 防火シャッターを破壊して、兵馬俑が進む。

 ものの数秒の足止めしかできなかった。

 数はおよそ二十。

 庁舎内にいる人間を皆殺しにするには充分すぎる数だ。

「佐藤くん」

「なんです? 山田さん」

「良いアイデアがあるんですが」

「却下」

「まだ何も言ってませんが」

「どうせろくでもない作戦でしょう?」

「佐藤くんが囮になって切り刻まれる。その間に私が暁の女神亭に戻ってバズーカ砲を持ってくる」

 やっぱりろくなもんじゃなかった。

 大きなため息を吐く最年少の影豚。

「どこの世界の食堂にバズーカ砲が置いてあるんですか。仮にあったとして、その作戦は前半部分に致命的な欠陥がありますよ」

 冷たい声で評価してやる。

「男は誰でもバズーカを持ってるんですよ。本当は五十鈴シェフに使うときまで取っておきたいんですが」

「録音しました。後で五十鈴さんに聴かせてあげましょう」

 懐から佐藤がマイクロレコーダーを取り出した。

 どんなときでもスパイの七つ道具は忘れないのである。

「……一食おごります。消去してください」

「遊んでる場合じゃないぞ。職員たちが作ってくれたバリケードがそろそろ破られる」

 つっこみを入れるのは田中補佐だ。

 なんでこいつらは、この状況下で緊張感のない会話を楽しむことができるのか。

「プランAは却下されたので、プランBでいきましょう」

「なんだそれは?」

「我々が一人ずつ囮になって時間を稼ぐ。その間に職員たちを地下シェルターに逃がす。一番手は私で」

 笑いながらとんでもないこという。

 囮となった者は絶対に助からない。

 自らの命と引き替えにわずかな時間を稼ぐ、という作戦だ。

「アホか。そんな作戦、認められるわけ」

「それじゃいってきます」

「な!?」

 田中の台詞の途中で、山田が飛びだしてゆく。

 止める間もなかった。


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