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配られた五枚のカード 5

 恋をすれば女はキレイになる。

 そんな言葉があるが、あながち間違いともいえない。

 他人の目を意識すれば、身なりにまず気を使うようになる。だらしなく見えない程度に、という心理は男も女も変わらないだろう。

 ただ、女性の場合は、これにメイクや髪型などの要素も加わってくる。

 性格の良さは見た目で判らないが、清潔さやセンスは、はっきりと見えてしまうから。

「最近、アンジーさんがすごく綺麗になった気がするんです。実剛(さねたか)兄さん」

 一日(いちじつ)(かんなぎ)実剛は、将太(しょうた)くんから相談を持ちかけられた。

 澪孤児院。

 実剛を中心とする子供チームのたまり場であると同時に、政略の発信地でもある。

 誰が呼んだか、澪の頭脳集団(シンクタンク)

 構成するのは院長たる五十鈴以下、四十一名の孤児。

 函館で起こった吸血の(バンパイア)感染爆発(パンデミック)。通称、ブラッディナイト事件で親を失った子供たちだ。

 主席軍師の薫陶(くんとう)よろしきを得た彼らは、将来の澪を支える軍師の卵として期待されている。

 そのリーダー格である将太くんに意中の相手がいるのは、公然の秘密だ。

 安寺琴美。通称はアンジー。

 副町長秘書である沙樹の娘で、将太くんから見て三歳年長の短大一年生。

 澪の姫のひとりと孤児院の少年。

 世が世なら身分違いの恋であろうが、恋愛の自由は、魔王自らが宣言するところである。

 なにしろうちの魔王さまときたら、敵方の先兵と恋に落ちちゃったくらいなのだ。

「アンジー姉さんが綺麗な人なのは、もともとじゃないかな?」

 小首をかしげながら応える次期魔王。

 恋愛相談の相手として、こいつくらい不適当なやつはちょっと存在しない。

 冷凍野菜級の朴念仁として、日々妹から馬鹿にされているくらいなのだから。

「ええ。もちろんそれは知っています」

 人選ミス、という単語を脳裏にちらつかせながら、辛抱強く将太くんが説明する。

 琴美が美人なのは、わざわざ次期当主さまに指摘されるまでもない。

 美女ぞろいの澪の血族にあっても、かなり上位に入るだろう。

 そんなことは、将太くんが誰よりよく知っている。

 ただ、最近、ますます綺麗になった気がするのだ。

 函館の短大に通うようになって垢抜けた、という次元ではなく、もっと具体的に、服装などが他人の目を意識したものになった。

「たとえば、好きなブランドが変わったとか、そういう話です」

「ふらんど……?」

「前はアースが多かったように思うんですが、最近はトランティアンが増えている気がします」

「ええと……それがなにかが判りません」

 潔く白旗を掲げる実剛。

 唐変木にブランドの名前など判るわけがない。

 ちなみにアースとは、アースミュージック&エコロジーのことであり、トランティアンとは、トランティアンソンドゥモードのことである。

 前者は広い年齢層に支持されるブランドで、函館にも路面店がある。

 後者は、若い女性をターゲットにしたもので、より女性らしさを演出したラインナップが特徴だ。

 ただ、将太くんとしては解説する気分にはなれなかったようで、

「はい。実剛兄さんに相談した僕が馬鹿でした」

 と、ため息を吐いたのみである。

 どだい、何の努力もせずに将来の伴侶を得た幸福王子に、叶わぬ恋に身を焼く男の子の気持ちなど判らないのだ。

「なんだとぅ。それじゃ僕がまったく苦労してないみたいじゃないか」

「……苦労してるんですか? 実剛兄さん」

 半眼で見つめる将太くん。

 ここは年長者として、貫禄のあるところを見せなくては格好つかない。

「つまりあれだろ。アンジー姉さんの服装の趣味が変わったのは、恋をしてるんじゃないか、とかいう心配だろ?」

「ええまあ、簡単にいうとそういうことですね」

「もちろんそれは、君に見せるためじゃないか。愛されてるね。将太くん」

 はっはっはっ、と、次期当主が笑う。

 耐えろ僕。まだ怒るような時間じゃない。

 師匠も言っていたではないか。御大将の馬鹿さにいちいち腹を立てていたら身が持たないと。

 自分の内心に必死に呼びかける将太くん。

「……兄さん。僕は、最近、といいましたよね。具体的には六月に入ってからです。そこに僕という存在が介在する余地があると思いますか?」

 ゴールデンウィークも終わり、琴美にしても将太くんにしても、それぞれの学校生活を送っている。

 関係が深まる要素はないし、彼に見せるためにおしゃれをするなら、通学時というのはおかしいだろう。

「あれ? じゃあアンジー姉さんは、函館に好きな人ができたのかもしれないってこと!?」

 実剛が驚愕し、椅子から腰を浮かせた。

「一大事じゃないかっ」

 いまさらである。

「……本当に、僕、何でこの人に相談しちゃったんだろう……」

 噴火湾よりも深いため息を吐く。

 もちろん、他に人がいないからだ。

 澪の人材不足は、けっこう深刻なのである。




「アンジー」

 授業を終え、校門を出たところで声をかけられた。

 知っている声だ。

「佐藤さん。またきたんですか。暇ですねえ」

 苦笑しながら振り返る琴美。

 短大と四年制大学ではカリキュラムが違うため、後者は比較的時間の自由が利く。

 そのためか、佐藤はわりと頻繁に琴美の前に姿を見せていた。

 初夏の風が整えない髪をそよがせる。

 無造作な普段着姿に見えて、端々にセンスの光る服装だ。

 それでいて不真面目そうにも遊んでいるようにも見えない。真面目さと茶目っ気が同居したような、不思議な人。

 東京出身というのは伊達ではない。

 もっとも、彼女の又従弟も東京出身なのだが、センス的な部分において、どうやらまったく勝負になっていないようである。

「夕食でも一緒にどうかと思ってね。迷惑だったかい?」

「そうですねー あんまりしつこいと迷惑ですが、今日のところは予定もありませんし、いいですよ」

 迷惑とかいっているわりに、琴美の服装は気合いが入っている。

 男を誘うような扇情的なものではなく、さりげなく大人を演出しつつも、清純さも醸し出すコーデだ。

 いつの頃からだろう。

 なんとなく、学校に来るときでも服装に気をつけるようになったのは。

 思えば高校時代はラクだった。

 制服だったから。

 もちろん佐藤の誘いは毎日ではないし、定期的なものでもない。

「それにしても、いつもおしゃれだね。アンジーは」

「そーですかね?」

「うん。すごくセンス良い」

 褒められれば悪い気はしない。自信のあるコーデなら、なおさらだ。

 彼女だっていつでも自信満々なわけではない。

 今日はうまく決まらなかったな、というときだってある。

 ところが、巡り合わせが良いのか、佐藤が現れるのは決まって琴美が自信を持っているときなのである。

「産業道路沿いにさ。なんか美味しいカレー屋があるらしいんだよね」

「女の子誘うのにカレーですかー?」

 くすくすと琴美が笑う。

 デートとしては、ちょっと微妙だろう。

「五島軒とかの方が良かったかな?」

 函館を代表する洋食の名店のひとつである。

 ちなみに有名なのは、

「やっぱりカレーじゃないですか。どんだけカレー大好きなんですか?」

 笑う琴美。

「いやぁ。僕はときどき、黄色いレンジャーの生まれ変わりなんじゃないかって思うときがあるよ」

 同様の表情を佐藤も浮かべた。

 ちなみにその人は一九七八年に没しているので、生まれ変わっていても不思議でないこともないかもしれない。

「古いですねぇ。せめて王子様くらいにしておきましょうよ」

「僕の舌はもっとオトナだよ。なんなら試してみる?」

「なんか言い方がエッチっぽいです」

 きゃいきゃいとはしゃぎながら駐車場へと向かう。

 佐藤は自家用車を保有していないため、移動手段はもっぱら琴美の軽自動車だ。

 恋人でもない異性を同乗させるのはどういうものかと彼女自身も思わなくもないが、やはりお気に入りの新車だけに、誰かに自慢したいのだ。

 それに、佐藤さんは紳士的だし。

 ごくごく小さな呟き。

 言い訳めいた。




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