封澪演義!? 9
副町長室に入ってきた広沢。
第三偽装要塞の状況を報告するためだ。
損害は軽微。屋上の床や柱が多少傷ついたり焦げたりした程度である。
修繕にかかる費用も十万円以下だろう。
「敵の撃退には成功しましたが、大魚は逸しました」
たいして残念そうでもなく、太公望の逃走を許してしまったことを告げる。
「ご苦労さん。みんな怪我とかはしなかったか?」
「問題ありません」
「どうだった? 強かったか?」
やや性急に問うのは鉄心だ。
太公望が澪の情報を欲しているのと同様に、彼らだって敵の情報は欲しいのである。
「自分たち三人で戦ったとして、二人倒されて残った一人が満身創痍で辛勝、というところですかね」
「おいおい……」
普段の言動から察するのは難しいが、広沢やカトルは神格である。
四海を統べる竜王たちの一角、北海竜王。
アステカの文明神、ケッツァルカトル。
ものすごく強いのだ。
そこから一段か二段おちるものの、酒呑童子だって相当のものである。さすがに澪の血族ほどではないが、たとえば御劔と五十鈴を同時に相手取って負けないほどの力量がある。
その三人で完勝の見込みが立たないというのは、ちょっと信じられない。
「まあ、勝敗なんて条件次第でくるくる変わるからね」
驚いている鉄心にこころが笑みを見せた。
負けるはずのない戦いで負ける。逆に、勝てないはずの戦いに勝つ。べつにそう珍しいことではない。
御前と高天原の連合軍が澪との雌雄を決した戦いだって、その一例に挙げられるだろう。
「勝負は時の運っていうからなぁ」
「そだね。最後に勝敗を分けるのは、運の要素もあるかもしれない。だけど、その運の部分をぎりぎりまで削っていって、不確定要素に左右されないようにしていくのが、私たち軍師の役目なんだよ。暁貴さん」
勝ちやすきに勝つ。
そういう場を作るのが軍師としての腕の見せ所である。
「信二のすごいところは、正確な予測にあるわけじゃないんだよね。どう行動したって、結局は彼の掌の上にいるって思わせるところに、怜悧なる魚顔の真骨頂があるんだと私は思うよ」
魚顔軍師だって人間だ。
ミスもすれば読み違いもする。
御前との最終決戦だって、自衛隊が介入する可能性を読めなかった。
そういうものである。
「太公望も、シュテルンの介入くらいまでは読んでいたんじゃないかな。もしかしたらカトルが出張ってくるのも予測していたかもしれない」
だから、第一隊が登場したことによって逃走を選択した。
広沢の読み通り、特殊能力者三人と渡り合うだけの実力を持っていたとしても、そこに量産型能力者十名が加わったら、勝ち目などなくなるから。
「つまり、冷静な計算ができる相手ということだな」
総括するように鬼の頭領が言う。
高い戦闘力と計算力。
油断ならざる相手なのはたしかなようだ。
「だからな……もぐもぐ」
情報というものは、ときに命よりも重い。
ゆえに、命がけで奪い合われるのだ。
「それを疎かにするというのは………むぐむぐ」
命を粗末にするのと大差ない。
自分一人の命ならまだ良いだろう。
しかし、第一隊も第二隊も、澪の人々すべての人生を背負って戦っている。
「不用意な一言によって……もぐもぐ」
澪全体の戦略が崩れてしまう可能性だってある。
たとえ実戦参加しない第二隊だって、その点を踏まえて行動しなくてはいけない。
聞かれてもいないことをぺらぺら喋るなど論外だ。
「あと、どうしてさっきから、私の口に食べ物を入れるのか、訊いていいかね? ニキサチ」
説教中の第六天魔王。
斜向かいに座した幸が、口を開くタイミングを見計らって、せっせと食事を摂らせている。
あーん、などという可愛らしい話ではない。
問答無用に料理を押し込むのだ。
おかげで、話がぜんぜん進まない。
かわりに食事の方は順調に進んでいる。
「いやぁ」
「いやぁの意味が判らんのだが……」
「うちにおじいちゃんいるんですよぉ。ちょっとボケちゃってるんですけどぉ。ご飯のときもずっと喋ってるから、こうして食べさせてあげるんですよぉ」
「……私は、介護が必要な老人ではない。ちゃんと話をききなさい」
「食べないで喋ってたらいつまでも片づかないじゃないですかっ! 山田さんとか、仕事抜けてこっちに来てるんですよっ」
「あ、はい。すいません」
怒られた。
しゅんとなる魔王ハシビロコウ。
「じゃあ次は何を食べますかー?」
「自分で食べれるから……」
「あぁん?」
「あ、いえ、ゼリー寄せでお願いします」
「テリーヌですね。はい。あーん」
「あーん」
おいしい。
じっくりと煮込んだ澪豚のカシラ肉を使ったテリーヌだ。
ぷるぷるの食感のなか、口の中で肉の繊維がほぐれてゆく。
美味い料理を、新卒社会人一年目の女性にあーんしてもらえるなど、なかなか幸福な怪鳥である。
こんな経験、めったにできない。
メイド姿でなく普通のスーツなのが残念なくらいだ。
「こういうときはメイド服だと思いませんか? ハシビロコウさま」
「思わない。そもそも食べさせてもらおうとも思わな……もぐもぐ」
「なのに、うちの魔王さまったら、なんて言ったと思います?」
「知らない。べつに知りたくも……もごもご」
「俺、メイド属性ねえから、ですって。信じられないですよねー」
「私には君の行動が信じ……もぐもぐ」
「ですよねー ハシビロコウさまからも言ってやってくださいよぉ。うちの魔王さまって変なところでかたいって言うかぁ。あ、このプルーンのフローズンヨーグルト、気に入りました?」
しっかり依田の表情を観察し、気に入ったものは多めに取ってくれる。
素晴らしい気配りだ。
ものすごく方向性は間違っている。
「……うむ。絶品だ」
「じつは澪って、プルーンの名産地なんですよぉ」
「そうなのか……もぐもぐ」
「はい。第三要塞の近くにも、プルーンの木がいっぱいあったんですけどねー こないだの戦争の時に全部だめになっちゃったんですよねー」
「それは残念だな。だが、要塞とかあまり口に出さな……もぐもぐ」
「でもまた植樹されたんです。今年もきっと採れますよ! 夏になったら一緒に採りに行きましょうよっ ハシビロコウさまっ」
「そうだな……」
微妙な顔で懐から携帯端末を取り出す。
今後の政戦両略を語らうために澪を訪れたはずなのに、どうしてフルーツ狩りの話になっているのか。
あきらかに間違っている。
「ご飯中にケータイいじらないっ」
怒られた。
「あ、はい。すいません」
テーブルに置く。
画面には、送信済みのLINE。
信二タスケテ、と、表示されていた。
巫邸の扉が開き、どやどやと家人たちが入ってくる。
本来であれば役場庁舎に行くべきであろうが、さすがに美鶴たちが疲労を訴えたため、今日のところは一旦解散することにした。
とはいえ、連れ帰った捕虜たちの処遇など、早急に決めなくてはならないことも多い。
「まあ、詳しい話は明日にして、今日はゆっくり休んでよ」
無駄に爽やかな笑顔で実剛が接する。
「休めって……」
玄奘三蔵が途方に暮れた。
巫家が狭すぎてくつろげない、ということではなく、いきなり魔王城に連れてこられて、戸惑わない捕虜などいないだろう。
「ただ、寝床はここじゃなくてビジネスホテルだよ。客間はあるんだけどさ」
ひとつの客間に男女同室というわけにはいかない。
移動中に絵梨佳に依頼し、シングルを一部屋とツインを二部屋おさえてもらった。
巫邸から徒歩三分ほどの距離にあるビジネスホテルである。
合流も容易い。
「僕たちを自由にしちゃっていいのかい? 王子様」
代表するかたち孫悟空が問う。
「いいよ。そのまま立ち去りたいなら、それはそれでかまわないし、宿泊料金は澪が持つんでそっちも心配いらない。ただし」
「ただし?」
「朝食付きなんで、出て行くなら食べてからにしなよ。もったいないからね」
次期魔王が微笑する。
混乱の小鳩が、西遊記の登場人物たちの頭上に舞っていた。




