封澪演義!? 8
駆け込んだ実剛が見たものは、野ざらしのホームに座って談笑する妹たちだった。
なんか、和気藹々と。
「この緊張感のなさ、なんだろうねぇ」
やれやれと肩をすくめる次期魔王。
まあ、戦いが終わってしまえば、澪の戦士などこんなものである。
魚河岸のマグロみたいに転がってるのが二名ほどいるから、あれがたぶん負傷者だろう。
知らない顔だ。
「や。出迎えご苦労さま。兄さん」
「目上にはお疲れ様だよ。美鶴」
「うん知ってる」
「君にとって、僕は目下ということだね。よく知っているよ。愛する妹よ」
兄妹がいつも通りのやりとりをしている間にも、絵梨佳が手際よく負傷者を回復させてゆく。
猪八戒、孫悟空、それに琴美と佐緒里。
辛くも勝利したビーストテイマーと鬼姫も、深刻なダメージを受けていたのだ。
慌ただしく自己紹介と情報が交換される。
「やっぱりそっちにもいったのね」
ポーク01へと移動しながら美鶴が呟く。
ここでああだこうだと話していても意味がない。ひとまずは澪に帰還しなくては何もできないのだ。
ぞろぞろと後に続く仲間と捕虜。
彼女を入れて総勢十一名。
迎えに来た者たちを入れれば十四名だ。定員一杯である。
「すぐに撃退したけどね。二郎真君と哪吒は絵梨佳ちゃんたちが、太公望は広沢さんたちが」
簡単に実剛が結果だけ伝える。
「撃退!? あいつをっ」
驚愕したのは孫悟空だ。こいつは北川瞬という名を持っているらしい。
「しんじられねぇ……」
頭を振るのは猪八戒こと、佐山隆盛。
玉竜は三上俊樹。
全員、札幌のとある私立高校の生徒だった。
過去形なのは、退学してしまっているからである。
一人以外は家出同然で、生家にも戻っていないという。
無軌道な若者の図そのものだが、そんなに可愛らしい事態ではない。
突如として異能を持ってしまったのだ。
普通の日常生活など続けられるものではないだろう。
リンやカトルがそうだったように。
ただ、未成年者だけで生きていけるほど、平成日本は甘くはない。
家を出なかった一人、つまり三蔵法師たる志津野ゆかりの家に身を寄せるかたちで、この一年ほどを生きてきた。
「お金持ちなんだね。ゆかりさんの家は」
「ヤクザだから」
「え?」
「指定暴力団だから」
わざわざ言い直してくれる。
ありがたくて涙が出そうだった。
でも実剛は男の子。このくらいでは泣かないのである。
「そっすかー たいへんっすねー」
妙に平坦な声で、どうでも良い感想を述べたにとどまる。
徳の高いお坊さんだった玄奘三蔵は、ヤクザの親分の娘に転生しました。
なんなんだろう。
組員たちに説法とかしているのだろうか。夜な夜な。
シュールすぎる光景である。
「んなことはどうでも良いんだよっ」
勢い込んで実剛に近づく猪八戒。けっこう迫力がある。すっと仁が間に入った。
もちろん警戒してのことだ。
苦笑した実剛が、大丈夫だよと告げながら義弟の頭を撫でる。
「ホントにあの男を倒したのかっ!」
「倒してないよ。撃退しただけだってさ。しかも三人がかりだからね」
三人だけでなく、第一隊からの援護射撃もあったのだが、そこまで親切丁寧に解説する必要はないだろう。
「俺たちは五人がかりで手も足もでなかったのに……どんだけ強いんだよ……おまえら……」
「べつに強くないよ。地の利もあっただろうしね」
勝手知ったるリン城での戦いだ。
地理的に広沢たちが有利だろうし、そもそもあの城を守るためなら、内政カルテットは夜叉のように戦う。
「それにしたってよう……」
三蔵チームは太公望に敗北している。
まさに惨敗だった。
孫悟空も、猪八戒も、沙悟浄も、まったく良いところなく地に這わされ、玉竜などは相手にすらしてもらえなかった。
三蔵法師に鞭を突きつけられ、彼らは降伏を余儀なくされた。
そして太公望の走狗に成り下がったのである。
三蔵法師を封印しないという条件で。
太公望に降伏し、澪に降伏し、まさに降伏人生だ。
わりとみじめである。
「それに、敵が本気でなかったって部分もあるからね」
慰めるようなことを美鶴が言う。
ただ、根拠のないものではなく、確度は高いだろうと読んでいる。
太公望たちの行動は、三蔵チームの襲撃も併せて、威力偵察なのではないか。
まずは一当たりして、澪の戦術能力の一端を知る。
それこそが目的なのだろう。
もちろん、得られる情報など多くはない。
多くはないが、たとえば考古学者はたったひとつの出土品からその時代にあった出来事をありありと想像することができる。
有能な軍師もまた同じ。
少ない情報から、総兵力、配置、戦術思想など、様々なものを読みとることができるのだ。
「なんか今回は、諜報機関とかが最初からうにゃうにゃ動いてるし。収集には余念がなさそう」
「うにゃうにゃ?」
「擬音につっこまない」
「さーせん」
「つーか、はやく戻ろうぜ。腹減っちまったよ」
兄妹の会話に割り込むのは、もちろん光である。
一日に二度の激闘。
おなかだって空くというものだ。
「だから、お前はほとんど戦ってないだろ」
光則のつっこみも、本日二回目だった。
澪にはもう一人の魔王がいる。
第六天の魔王、依田だ。
客人たる立場である。
晩餐用の大テーブルに一人で陣取り、じっと身じろぎひとつしない。
目の前に並べられた御馳走は、半分ほどが残っている。
フルコースであるが、給仕の数が足りないため、一品ずつ出すのではなく並べる方式をとった。
暁貴たちが庁舎に戻るさいに、ゆっくり食べて欲しい旨を言い残していったが、この状況で食事を楽しむ気分には、なかなかなれないだろう。
瞳を閉じ、じっとしている。
給仕役を仰せつかっていた女性職員が、足音も立てずに近づいてゆく。
すっかり冷め切った料理を片づけようと手を伸ばし、
「……まだ食べているのだが」
「うひゃぁぁぁぁぁぁ!?」
「なんだ!?」
声をかけられて悲鳴を上げる。
その悲鳴に驚いて、依田も大声を出す。
なんだこの状況ってシーンである。
「び、び、びっくりさせないでくださいよっ」
左胸に手を置きながら、苦情を申し立てる女性職員。
寝ているから片づけようとしたのに、まさか起きていて、しかもまだ食事中だったとは。
じっさい、よく見ると十分ほど前にくらべたら、皿の上の料理が減っている。
えらくゆっくりとした食事ペースである。
「驚いたのは私だ」
「てへ。すみませぇん」
自分の頭を叩いて舌を出している。
なかなかにチャーミングな仕草ではあったが、賓客に対する接遇としてはどうなのだろう。
「寝ていると思ったら、先に声をかければよかろうに」
「すいません。私ったら昔からドジで」
「よくそれで戦闘員が務まるものだ」
「え?」
「うわさの量産型能力者だろう? 私の接客を、ただの人間に任せるわけがないからな」
「私、第一隊じゃないですよ。役場に就職しましたけど、所属は第二隊です」
「……だから、なんでそうペラペラと情報を与えるのだ」
今年の春まで高校生だったという事情を差し引いても無防備すぎる。
こりゃいかんと思ってしまうほどに。
量産型能力者の部隊が二つあること、戦闘を担っているのが第一隊と呼ばれるものたちであること、第二隊というのは学生で編成されていたのだろうということ。
これらのことを、さらっとバラしちゃっているのだ。
澪に帰順することにした依田であり、もちろん敵ではないのだが、だからといってぺらぺらと歌って良いという話にはならない。
びっくりである。
「君、ちょっとそこに座りなさい」
説教モードに入った魔王が、暁貴の座っていた席を示す。
「えー? なんですかー?」
「まず名前を伺おうかな。私は……」
「魔王ハシビロコウさまですよね! 私は仁木幸です!」
「依田孝実だ。ニキサチ」
海よりも深いため息を吐きながら、第六天魔王が訂正した。




