魔王な二人 5
クマが歩いている。
頭と胸に大穴を空け、両前脚を失った体長二メートル半ほどのヒグマだ。
この状態で生きている生物は滅多に存在しないので、もちろん死骸である。
したがって、歩いているのではなく運ばれていると表現するべきなのだが、運んでいる仁も紀舟陸曹長も小柄で完全にクマに隠れてしまっているため、あたかも自分で歩いているように見えるのだ。
「だからって、足を動かす演出はいらないと思うんですよ。僕としては」
苦笑する実剛。
運ぶといってもべつに担いでいるわけではない。
ニンジャボーイも女性自衛官も量産型能力者である。
彼らの持つチカラ、PKで持ち上げているのだ。
まあ五百キロや六百キロくらい、普通に持ったところで、たいして負担になるわけではないが、せっかく風呂に入ったばかりなのに血とかで汚れるのは嫌なのである。
「ていうか、クマなんて持って帰ってどーするんですかー? こんなの食べたって美味しくないですよー?」
「クマに限らず、雑食性の獣は旨くないらしいからな」
絵梨佳の質問に御劔が応える。
金山温泉からの帰路。倒したヒグマを回収した。
山中に放置するのもまずいので、一応はポーク01で町まで運ぶこととなったのだ。
「やっぱりわたしの風で消しちゃった方が良くないですー?」
芝の姫のチカラを用いれば、文字通り跡形もなく消すことができる。
食べても美味しくないようなものを、えっちらおっちら持って帰る必要はない。
「それはそうなんだが、毛皮と熊胆は売れるからな。多少なりとも収入にはなるだろう」
とくに熊の胆嚢は価値が高く、同じ重さの金と同等である。
「金山にきて、金は手に入らなかったけど、金と同じくらいの価値があるモノが手に入ったってことで、差し引き赤字ではないかな」
御劔の言葉に次期魔王が笑った。
残念ながら、金山跡地に観光資源としての価値はない。
怪我の功名で温泉は湧いたものの、きちんと整備するとなると金もかかるし、澪には温泉施設がいくつもある。
いまさら新しい温泉を出してもあまり意味がないだろう。
たとえば八雲町熊石の熊の湯や函館市椴法華の水無海浜温泉のような、野湯として無料開放するという手もあるが、場所が悪すぎるし危険も多いため、簡単にはいかない。
事故が起こってからでは遅いのだ。
「使えない、ということが判ったのは収穫だよ」
「川遊びの方はどうですかねー」
「厳しいかも。今日だってクマに遭遇しちゃったし。蛇もいっぱいいたし」
子供チームならどうということはない事態でも、一般の観光客はそういうわけにいかない。
観光客がヒグマに襲われた、マムシに噛まれた、などという事件が起きたらちょっと洒落にならないだろう。
「安全に遊べる環境を整えてから、ということになりそうだね」
「そういうもんですかね。山で遊ぶのも海で遊ぶのも、危険はつきものだと思いますけどね。小官などは」
クマを移動させながら紀舟陸曹長が口を挟む。
野山を駆け回っていた、という少女時代を持つ女性である。
「それは事実ですよ」
苦笑する次期魔王。
百パーセントの安全など、どこにもない。
自然と触れあうならなおさらだ。
にもかかわらず、日本人観光客は安全や快適を主催者側に求める。
戯画化していうと、「金を払ってるんだからなんとかしろ」というやつだ。
ところが金で解決できることなど、ごくわずかなのだ。
金を払ってもクマは退いてくれないし、いくら金を積んだって地震も津波もやってくる。
そして主催者側は、可能な限り要求に応えなくては客商売は成立しない。
電気もガスもない自然を売り物にしたって、ビールがきんきんに冷えてなければ客は怒る。
ごつごつの岩場だらけの海水浴場に客はこない。
エアコンの効いた部屋でなくては不満が噴き出す。
「めんどくさい話だよね」
観光立国というのは、けっして簡単ではないのだ。
「日本人が旅人として未熟だ、という側面もあるがな」
とは、御劔の台詞である。
勇者たちは旅から旅へのその日暮らしだった。
誰もいない社の庭先を借りて眠ったことだって一再ではない。
あげ膳さげ膳のサービスをしてもらえる観光旅行の方に違和感をおぼえるくらいだ。
「御劔くんは上級者すぎるよ」
肩をすくめ、絵梨佳が整地した道を歩く実剛。
やがて路肩に停めた装甲車が、不機嫌そうに迎えてくれた。
先陣を切るのは、当然のように佐緒里である。
積極攻撃型の多い子供チームの構成員の中でも、最も攻撃に特化した姫なのだ。
唸りをあげる聖槍。
九本の歯がついた農具のようなものががっちりと受け止めた。
意外だと、佐緒里は思わなかった。
もとより槍術など心得ていない。力任せの攻撃である。
押し切ろうとさらに力を込める。
対する男も負けじと押し返す。
力比べだ。
余波で地面が陥没する。
互いの息がかかるほどの間合い。
「なかなかやるな。雑兵ごときが」
「モブじゃねえ」
男が牙のような八重歯を剥き出して笑う。
野性的なハンサムだ。
系統的には、酒呑童子や大江山クマ軍団に近いだろう。鬼姫の好みからはけっこう遠い。
「では名乗ってみろ」
「俺は天蓬元帥、猪ぶふが!?」
名乗りは悲鳴に変わった。
なんと鬼姫は、名乗らせておいて途中で顔面に頭突きを入れるという暴挙に出たのである。
鼻血を吹き出しながら後退する男。
「ちょぶふが? 変な名前だ」
佐緒里が小首をかしげる。
「猪八戒だっ!」
地団駄ダンスを踊る。
ひどい話だ。
「べつにどっちでもかまわない。こい。ポークチャップにしてやろう」
「てめ……わざとやってやがるな……」
猪八戒。
西遊記という伝奇小説に登場する妖怪であるが、元々は神である。しかも天蓬元帥という役職で、天界の水軍を率いるけっこうえらい神様だ。
「砂剣!」
両手にパンチダガーを形成した光則が斬り結んだ相手は、半月状の刃の付いた杖を使っていた。
長髪に鋭い瞳。
こいつもなかなかにワイルド系である。
得物の名としては、降妖杖という。
そしてこの武器を使うのは、
「やるな小僧。我は捲簾大将。沙悟浄だ」
やはり西遊記の登場人物。
玄奘三蔵の弟子の一人、沙悟浄である。
けっこう地味な役回りで目立たない三番弟子だ。
しかも天界を追われた理由が、手を滑らせてお皿を割ってしまったから。
かなり大事な宝物だったらしいが、たかがお皿を割ったくらいで八百回の鞭打ち刑の上に追放され、一週間に一回、腹を剣で刺される呪いを受けるとか。
天界というのはブラック企業よりひどいところらしい。
「なんか倒すのが可哀想なんだけど」
「同情するなっ よけいみじめだろうがっ」
光則の慨嘆に男がいきり立つ。
「猪八戒、沙悟浄ときたら、私の相手は当然あれよね」
銘刀貞秀を逆手に構えた琴美。
対峙するのは、やや背の低い男だ。
茶色い短髪と両耳にピアス。
ちょっと悪ぶっている感じの高校生、という雰囲気だろうか。
八十センチ程度の長さの棒を持っている。
かの有名な如意棒。
「そういうこと。はじめましてお姉さん。僕は斉天大聖、孫悟空さ」
「よかった。自分のことをオラとか言わなくて」
「まあ、その自称はいろいろ問題があるからねー」
にこやかに談笑しつつ、必殺の間合いを計る男女。
動いたのは孫悟空が先だった。
上段から襲いかかる如意棒。
蒼銀の光を放つ短刀が受ける。
「ぐぅ……っ おっも……っ」
琴美の身体が沈みこむ。
「そりゃそうさ。如意棒の重さは六トン半もあるんだよ。むしろ、なんでその剣が折れないのか不思議なくらいさ」
伝承では、一万三千五百斤。グラム法になおすと、六千七百五十キロだ。
ポーク01とかの半分ほどの重さである。
「舐めんじゃないわよ……」
四肢に力を込め、琴美が押し返す。
孫悟空が大きく跳んで距離を取った。
ざわざわと蒼銀へと色を変えてゆく栗色の髪。
「わお。その姿も綺麗だね。お姉さん」
白い顔に、笑みのようなものを男が貼り付けた。




