ゲーム・スタート 5
影豚隊。
澪に新しく生まれたチームに求められた役割は、防諜である。
将来はともかくとして、現在のところ澪には他の陣営の情報を積極的に集める理由がない。
アメリカやロシアや、あるいは日本が何をたくらもうと、基本的に知ったことではないからだ。
もし情報工作の必要があるとすれば、たとえば東京に赴いて、澪の魅力をアピールするとか、そういうことになるだろう。
「それは情報工作ではなく、宣伝活動です」
とてもとても嫌そうに影豚どもが主張したため、元スパイによるCM大作戦は頓挫してしまった。
意に添わない仕事を無理矢理やらせたところで、素晴らしい成果が得られるはずもない。
「めんどくせー新入りどもだぜ」
「むしろ当然の主張だと思いますよ。どこの世界にスパイに宣伝活動をやらせるトンチキがいるんですか」
「やー そこそこイケメン揃ってるからよ。ワイドショーとかに出て宣伝すりゃあ、客が来るかなぁと」
北海道の夕方の顔ともいえるローカルワイドショー番組では、様々な施設や店の代表者が、街頭でアピールするというコーナーがある。
「あきらかに晒しものですね。もしかして彼らのことが嫌いなのですか? 副町長」
「イケメンは敵だ」
「ストレートなひがみ、ありがとうございます」
という魔王と腹心の心温まるやりとりの後、影豚隊は文字どおり影働きをすることとなった。
ポーク隊が陽だとすれば、影豚隊は陰である。
具体的な任務は、澪に入り込んでくる諜報員の活動を阻害し、誤った情報を持ち帰らせること。
元スパイの彼らならば、お手のものの仕事だろう。
そして影豚の長には、隊澪特殊部隊の田中二等陸尉が就任することとなった。
人事交流ということで、暁貴が熱心に三浦陸将補と交渉したのである。
なにしろ澪では諜報だろうが防諜だろうが、そのような機関を持ったことがないため、管理運営といってもノウハウがない。
暫定的に鉄心がリーダーとなっていたが、鬼の頭領にだってスパイの使い方など判らないのだ。
もちろん自衛官の田中だって専門家ではないが、正規の軍事教育を受けてきた男である。ど素人の暁貴や高木がスパイたちのトップに立つより、よほどマシだろう。
「ネット友を近くに置きたかったってわけじゃねえぞ? 言っとくけど」
「そういう余計なことを言うから勘ぐられるんですよ。副町長」
「つっこまれなかったら、つっこまれなかったで、寂しいんだよ」
「めんどくさい中年ですねえ」
「とはいえ、これで陣容は整ったわけだ」
魔王と腹心の不毛な漫才を制して鉄心がいった。
副町長室。
十月には名を変え、町長室となる予定の部屋だ。
部屋のプレートを換えるのではなく、人間の方が動くのが一般的だろうが、澪の場合はそういうわけにはいかない。
というのも、司令部としての機能がこの部屋に集約しているからだ。
現在の町長室は単なる部屋であり、各偽装要塞からのホットラインも引かれていないし、情報を集約するためのシステムも置かれていないし、小会議をおこなうスペースもない。
文字通り、ただの飾り部屋なのだ。
その飾り部屋を十月から定座とするのが鉄心である。
といっても、基本的には今まで通り、現在の副町長室がたまり場となるだろう。
暁貴、鉄心、高木、沙樹。
澪の意志決定をおこなう最高幹部たちだ。
アドバイザーとしてこころが加わるが、彼女は町立病院の改革に従事しているため、庁舎にいることは稀である。
「美鶴くんたちから報告のあった件ですね? 顧問」
「ああ」
総務課長の言葉に頷く鬼。
スパイたちの暗躍は一本の糸に繋がっており、何者かが計画したことである。
澪が抱き込むところまで含めて。
第二軍師と第三軍師の連名で提出された報告書を読んだとき、飄々とした暁貴も剛胆な鉄心も、うそ寒そうに首の後ろをさすったものである。
数週間に及ぶ攻防が、すべて何者かの掌の上だったとは。
「この先の展開は美鶴にも楓ちゃんにも読めねーって話だ。だとしたら、とりあえず守りを固めておくしかねえからな」
敵が何者か判らないのに、次の手が読めないのに、攻勢に転じることはできない。
「面倒な話だな。敵の正体さえ掴めれば、こっちから殴り込みをかけられるのに」
「それが判ってるから隠すんでしょうけどね」
鉄心の言い草に、沙樹がくすくす笑う。
どちらも積極攻撃型に属する為人である。
むしろ守備的な思考の持ち主は、澪の幹部では少数派だ。
だからこそ、敵も姿を現さない。
正体が知れれば、圧倒的な力で押し切られると知っているから。
そしてこの場合の敵とは、スパイたちを送り込んだ組織や陣営のことではなく、彼らがそのように動くよう仕向けた者のことだ。
「待ちの一手というのは性に合わんな」
「ま、敵さんは鉄心の趣味に合わせてはくれないからね」
鬼と魔女がシニカルな笑みを交わす。
さて、スパイ大作戦にばかり気を取られていられないのが、現在の澪である。
六月も後半に、北海道の観光シーズンはまさに本番だ。
「今年のテーマは川遊びだよ」
孤児院の居間。
実剛がホワイトボードにレーザーポインタをあてた。
第一次河川整備計画、と大書きしてある。
澪の中心部を流れる川だ。
八景と名付けられた、八つのビューポイントをもつ風光明媚な渓谷なのだが、いかんせん交通の便が悪いのと、危険なので近づく人は多くない。
ヒグマとマムシ。
まずはこれを何とかしなくては、観光客を入れるのは難しいだろう。
「実剛さん。整備するのは大滝までなんですかー? せっかくだから金山まで行けるようにしたら良いと思うんですけどー?」
絵梨佳が挙手する。
「へ? 金山? 金ってゴールドのこと? なにそれ?」
首をかしげる次期魔王。
また婚約者が変なことを言いだしたぞ、という顔だ。
「じつは澪には金山があったんだよ。昔な」
笑いながら光則が注釈を加えてくれた。
やや驚いた顔で美鶴が携帯端末を操作する。
「ホントにあった……なんでこんなところに金山が……」
整備計画のある大滝から、さらに上流。
かつて、大盛金山というものが存在していた。
操業期間は昭和の九年から八年間ほどで、第二次大戦が始まった昭和十七年には採掘を停止している。
最盛期には二千人の人間が金山の周囲に居住し、学校や派出所もあったというから、たいそうな賑わいだ。
「ていうかこの街って、たしか油田もあったわよね。なんなのよ一体」
頭を振る第二軍師。
ときは明治初頭。燃える水が湧きだしているのが発見され、桟橋に使う杭などに塗りたくられた。
ようするにコールタールである。
まあ、金山も油田も採算ベースに乗るものではまったくなかったため、既になくなってしまっているのだが。
「本当に採算が合わないのか、という疑問が、いまなら湧いてきますわね」
楓が形の良い下顎に右手を当てる。
澪の血族が住む街である。
どんな秘密が隠されていたって、べつに不思議はない。
「べつに今の澪には、金も原油も必要ないけどね」
寒河江からの潤沢な資金供給と、アメリカから入る賠償金。金銭的な問題は、現在の澪には存在しない。
加えて、原油の問題も、ロシアから北海道へとパイプラインが伸びる計画が進行中だ。
実剛が笑う。
金も油も、手に入れる方法に頭を悩ませるという段階ではないのである。
どう使ってゆくか、というのがテーマだ。
無理に掘り出す必要はまったくない。
のだが、
「でも、金山跡には興味あるね。行ってみようか」
「そうこなくっちゃ」
ぱんと光が手を拍つ。
オトコノコは、冒険が大好きなのである。




