ゲーム・スタート 3
「ともあれ、これでフォーカードね。ほぼ最強の手になったわ」
「んー? ファイブカードじゃない? シグマさんもいるんだから」
美鶴の意見に実剛が首をかしげた。
内閣調査室の鈴木、CIAの佐藤、陸幕二別の佐々木、フリーランスの山田。それに、自衛隊の田中二尉。
澪が手にしたカードは五枚である。
「田中二尉は違うわよ? 兄さん。彼は配られたカードじゃないわ」
「そうなん?」
「ええ。良いタイミングできてくれたから、そう思っちゃうのも無理はないけど。二尉は最初から味方。諜報員でも工作員でもないのよ」
ずず、とお茶をすする第二軍師。
澪に入り込んだ諜報員の数は判らない。
十人かもしれないし、百人かもしれないのだ。
「ただまあ、そんなにどこの陣営だって人間が余っているわけじゃないわ。まして人外魔境に放り込める人材ってなれば、なおのことね」
「自分で人外魔境っていうなよー」
「兄さんは凡人だからね」
「くっそくっそ。いまにみてろよ。ぜったいに覚醒してやる」
「そういうこと言ってるうちは、たぶん覚醒しないわよ」
くすくすと妹が笑う。
次期魔王たる実剛は、子供チームの能力者の中で唯一チカラに目覚めていない。
相も変わらず鋼メンタルだけが武器の、普通の少年だ。
「美鶴としては、他にもスパイがいると読むのかい?」
「たぶんね」
ごく自然に話題を戻す二人。
このあたりは兄妹ならではの呼吸である。
「ただ、さっきも言ったけど多くはないと思うのよ。人材は有限ってのも理由なんだけど、この時期に澪に仕掛ける必要がある陣営って意味でもね」
たとえばアメリカ。
佐藤というスパイを送り込んだが、策としては小手先の細工であると美鶴は考えている。
本気で澪の攻略を考えているなら、もっと重厚に、十重二十重の陥穽を仕掛けるだろう。
成功すればラッキー、くらいのつもりだったのではないか。
面白くもおかしくもない話だが、アメリカにはそれだけの余裕がある。
先の敗戦の分を差し引いても、まだまだ余力はたっぷりだ。
だからこそ、ちょっとした嫌がらせ程度の策略を弄ぶことができた。
失敗したところで痛くも痒くもない。
「逆にいうと、そのくらいの余裕があったら、普通は仕掛けないのよ」
「だよね」
策を弄するということは、それしか方法がないということだ。
陸幕二別を動かした政府与党の反新山勢力にしても、山田を送り込んだ官僚どもにしても、正面から澪と事を構えることはできない。
だから筆頭軍師の不在に活路を見出そうとした。
そしてそれを察知したからこそ、妨害するために内調が動いた。
「あー なんか見えてきたかも」
実剛が下顎に右手を当てる。
内調の動き。
それはアメリカを睨んだものではない。
国内の不穏分子こそが、彼らのターゲットだ。
アメリカの介入が予定外だったのである。
「与党の反新山に高級官僚、とくれば、あとは与党に取って代わりたい野党勢力ってとこかな?」
「そういうことね。兄さんにしては鋭いじゃない」
「褒められた、と思っておくよ」
妹の言い草に苦笑を浮かべる次期魔王だった。
第二軍師と第三軍師が読みでは、残されたカードは一枚。
派遣したのは諜報員なり工作員を送り込む資金力があり、なおかつ日本政府と澪の関係に一石を投じたい陣営。
すなわち、野党第一党である。
独自に澪とのチャンネルを持つことができれば、この国の政治バランスは大きく動く。
かつて与党が御前に媚びを売っていたのと同じだ。
政治力でなく、資金力でなく、理念でなく、すべてを破壊できるチカラ。それを握った者が支配者となる。
盤上の駒でない者。
ルールブレイカー。
それが特殊能力者。
「そういうふうにいうと格好いいですけど、よーするにチートってことですよねー」
初夏の道をほてほてと歩きながら絵梨佳が言った。
「そいつを言ったらおしまいだよ」
瘋癲のなんとかさんみたいなことを言って笑うのは実剛だ。次期魔王はつらいのである。
二人が向かうのは役場庁舎。
最後のカードをオープンするため。
美鶴たちが目星をつけたのは、他のスパイたちと前後して澪に現れ、役場に雇用された中村という職員だ。
二級建築士の資格を持つ有能な男であり、将来は幹部の一員となることを期待されている。
「資格持ちがスパイですか?」
とは、絵梨佳ならずとも抱く疑問だろう。
しかしながら、スパイなどというものは、呼吸でもするように嘘をつく。
経歴詐称ていどは食後のコーヒーと異ならない。
事実、大学生だったり、製薬会社の営業マンだったり、休職中のサラリーマンだったり、調理師だったりした。
そしてそれは完璧に偽装されていたのである。
さざなみ製薬に問い合わせれば、鈴木という社員はちゃんと実在しているし、函館みらい大学には佐藤という学生もいる。
「その意味では、職を求める失業者ってのは、ちょっと捻りがないような気もするんだよね」
澪は人手不足である。
ゆえに、入り込むなら求職者を装うのが最も効率が良い。資格を持っているならなおさらだ。
誰しもが考えそうなことであるため、かえってそういう手段は取りづらい。
「たしかにー さすらいの料理人がじつはスパイでしたっていう方が、ドラマチックですよねー」
「まあね。ドラマ性を求めて送り込んでるわけじゃないだろうけど、中途採用者なんて最初に疑われるしね」
だからハズレの可能性が半分はあるんだよ、と、次期魔王が笑う。
彼が出向くのは検算のためだ。
本来なら魔王の後継者が動くような仕事ではないが、さすがにここまでまったく出番なしだったので、自分がやると熱心に主張したのである。
軍師たちは、護衛に絵梨佳を伴うという条件で、渋々と了承した。
実剛のフットワークの軽さは今に始まったことでもないし、おとなしく部下たちの報告を待つなんてことができる性格でもない。
戦場でも、自分に戦うチカラがないことに罪悪感を抱いているくらいなのだ。
美鶴や楓としては、フラストレーションを溜めすぎないようする配慮が必要になってくる。
「直撃しますか? 実剛さん」
繋いだ左手をぶんぶんと振り回す絵梨佳。
とても好戦的な婚約者である。
実剛が苦笑した。
「それじゃ光則や佐緒里さんと一緒だよ。僕たちは頭脳派なんだからさ。もうちょっとスマートにいこう」
複数形でいったりして。
にまーっと笑う芝の姫。
頭脳派と称されてご満悦だ。高校合格が女神の降臨と同列の奇跡だといわれている少女である。
「まずはカトルに話を訊くよ。見つけてスカウトしたのが彼だしね。第一印象とか、そういうのを教えてもらえば、なにか見えてくるかもしれない」
「さすが実剛さんっ 新居ボーボーですっ」
火事か?
ずいぶんと哀しい事態である。
「うん。深慮遠謀だね」
「そうともいいますっ」
「とはいえ、そんなたいそうなもんじゃないよ。関係者から話を訊くのは調査の基本だからね」
探偵でも刑事でも、そういう地道な作業から真相に近づいていくのだ。
いきなり容疑者を直撃とか、普通はありえない。
「異議あり! ですね!」
「その人はきっと探偵じゃないけどね」
馬鹿な会話をしているうちに、庁舎へと到着する二人。
すでにアポイントは取ってある。
玄関口で、少年にしか見えない住民生活課課長補佐が手を振っていた。
「やあ。姫に御大将」
「ごめんカトル。仕事中に」
笑いながら庁舎内に誘うカトル。
「なんか訊きたいことがあるんだって?」
広い廊下を歩きながら問う。
すれ違う職員や来客たちが、笑いながら頭を下げてくれる。
次期魔王に。
まったく怖れられてはいないが、少なくとも愛されてはいるらしい。
「うん。カトルがスカウトした人物についてなんだけど」
「中村くんかい?」
「いきなり名指しだね……」
誰のことか告げる前に、名を出された。
「そりゃそうさ。彼はスパイだもの。この国の野党が送り込んだね」
あっさりと言って笑う翼ある蛇の化身。
実剛の顎が、かくーんと落ちた。




