切実にいらないんですけど。
どうも、恥ずか死しそうな千鶴ですこんばんは。
男はナイフを構えた私に目線を注いだまま身動ぎすらしない。えっ、そんなに不恰好だったの私。
なんとも言えない空気が辛くて、私は何事もなかったかのように姿勢を正してぺこりと頭を下げた。
「どうも。声、治ったんですね、良かったです。」
「・・・ああ。ありがとう。」
男はどうやらさっきの行動を見逃してくれたようで、にこりと笑った。ありがたい。ありがたいが、目が笑っていないですよお兄さん。この間の緩んだ顔にほだされそうになっていたけど、やっぱり警戒されてるのね。
分かるよ、毒を盛られる生活をしているのなら、急にご飯食べるか聞いてくる変な人に警戒しとかなきゃいけないことくらい。まあ、それは普通の人でも警戒するか。でもちょっとその目は怖いから露骨に出すのは控えて欲しいな!
そんなことを口に出して言えるはずもなく。さっさと帰ってもらうしかないだろうと私は口を開く。
「これ返します。」
無用心に近付いて襲い掛かられたらすぐ死ぬのは確実に私なので、私の手が届くが届かないかギリギリの距離を保って宝石とナイフを渡す。男は、宝石は気に入らなかったかと少しだけ眉を下げた。目はやっぱり警戒しているのが伝わる。器用だねあなた。
「いいのか?」
「はい。気持ちは嬉しいですけど使い道がないので。」
「・・・まあ、こんな森の奥に住んでいるくらいだから宝石はいらないか。」
納得したような男はどうやらここが異世界だと気付いていないらしい。訂正はしない。ここが異世界だと気付かれると、身の危険をより感じる気がするのは気のせいではないだろうし。
男は少し考えた後、宝石を手で弄びながらナイフだけを返してきた。
「やる。」
「えっ、いらない、いらないです。」
「護身用だ、あっても無駄じゃない。貰ってくれ。」
困ったように笑う男に、遠慮とかじゃなくて知らない人の血で汚れていたものを持っていたくないだけなんですよと切実に叫びたい。
初めて会った時の状況から察するに、男は毒を受けた直後に血を浴びたのだろう。つまり、ナイフに付いていた血は毒を仕込んだ人とその仲間の血だ。動物の血がだったとしても複雑なのに、人の血がついた物なんてもっと嫌だ。でも、異世界で人を傷付けることがどれだけ許容されているか分からないんだし、素直に嫌だと突っ返すことは得策ではない、気がする。もし逆上されたら殺されそうだし。優しい皮を被った犯罪者なんてよくあることだ。いくら人寂しくても、格好良くても、いい人そうでも、犯罪は犯罪。穏便に早く帰ってもらえるように済ませたい。
「じゃあ、一応貰っときます。では・・・、」
恐る恐るナイフを受け取ってから、そっと手で示してクローゼットの方に誘導するが男は動こうとしない。それどころか人形のように綺麗に上がっていた口角を元に戻し、私を真顔で見つめてくる。男を誘導するためにさらに近寄るしかなかった私は、上からじっと見下ろされて若干ビビる。作り笑いでも笑っている方がマシである。背が高いせいなのか、それとも眼光のせいなのか、威圧感が凄い。
「あの・・・?」
「食べたい、」
「はい?」
ぽつりと呟いた男の言葉の意味が分からなくて首を傾げた。そして、男の目が警戒した色から気まずそうに変わっていくのを呆然と眺めた。
「あなたのご飯が、食べたい、です。」