心の平穏の為ですので。
二週間がたった。
私は男が帰って直ぐ、眠気に勝てずにそのまま寝た。起きたら昼の3時で休日の半分を無駄にしたと少し落ちこんだのは記憶に新しい。
あれから男は一度も家に来ていない。私がいない間に来てるのかと思ったりもしたけど、クローゼットの周りには足跡がないのでやっぱり来ていないのだろう。
異世界の話を聞けなかったのは残念だけど、まあ一度きりの夢と思って諦めよう。異世界と家のクローゼットが繋がっただけでもあり得ないのに、イケメンから異世界の話を聞くとか、そんなおとぎ話のような話に会うのは本の中か美人だけだと思うし。
そんなことを思っていたから。
「・・・。」
二週間後の今日、仕事が終わって家のドアを開けた瞬間、あの時のような暗闇の中で直立不動でいる男を見てドアを閉めてしまったのは仕方がないことだと思う。
「なんでここにいるんですか。」
「・・・、」
男はまだ喋ることができないらしい。突っ立ったまま動こうとしない。怖すぎる。男と私は他人である。寧ろ不審者と被害者。通報してもおかしくない関係なのだ。
しかも、前とは違い、まるで何を考えているか分からないような胡散臭い笑顔を浮かべている。その目は警戒の色が見える。絶対何かあるよね。
いつものよう臭いものには蓋をしたいけれど、それをして悪い方向に話が進んじゃったとしたら詰みだしなぁ。地球を異世界人が侵略するとかだったら本当に通報ものだし。
「用事ですか?」
「・・・。」
「時間かかりそうですか?」
こくりと笑顔で頷いた男の表情からその用事が本当に時間がかかりそうだと気付いて、先にご飯を作らせて貰う。明日は仕事なので早く寝たいのだが、お腹が空いたまま話を聞くという拷問はなかなか辛い。寝て空腹を紛らわすことはできないのだ。
「ご飯、先に作っても?」
男が頷く。私は少し考えて、口を開く。
「一緒に食べます?食べれるんだったら作りますけど。」
だってよく考えて見てほしい。一人だけご飯を食べて、それを見ている人がいたら。気まずいよね、普通。私の明日のお弁当はなくなるが心の平穏の為だったら仕方ないだろう。
「・・・。」
「あ、それとも今食事とか食べられなかったり?ならすみません。」
喉がやられているんなら、がっつりしたものは食べられないだろう。そう思って言ってみたが、男はあの胡散臭い笑みを深めて目線をすっと下げながら礼を言った。どうやら問題はないらしい。
「問題ないんだったら良かったです。」
私の心の平穏の為ですので。
「じゃあ、ちょっと失礼しますよ。」
声を掛けて台所へ行こうとすると、男はするすると近づいてきた。
「どうしたんですか?」
「・・・。」
意志疎通が出来ないというのは存外やりにくいものだ。じっと見つめられても分からない。
「御手洗いですか?喉が乾きました?」
ふるふると首を振る男は中々可愛らしいが、いかんせん
気まずい。男は考えるように右上を見ると、キッチンを指差した。
「‥‥もしかして、作ってるの、見たいんですか?」
ようやく男は頷いたのを見て、私が料理をしているのを見たかったのだど知る。曖昧な顔をして笑うと、駄目かと聞くように首を傾げてきた。
「駄目じゃないですけど・・・、」
見られたらやり辛いんですけど。
切実に言い返したかったが、やはりそこは日本人。Noとは言えない。いや、いつもは普通に言えるんだけど、私は基本的にことなかれ主義なのだ。少し嫌な位だとまあいいかと大抵受け入れてしまう。しかもいくら胡散臭い笑顔を浮かべているとはいえ、イケメンだ。イケメンに言い返すとかちょっと難易度高い。
そんなことを思っている内に男の中で了承されたと決まったらしい。早く作らないのかと目線で訴えているのを見て私はため息を吐いた。