お帰りはこちらです。
何回かトイレに行かせて、男の容態が落ち着いたのは約六時間後のことだった。
白み始めた空を見ながら、ぼんやりと笑う。一般的に血を吐いている人を見たら病気と思うだろうに、一番に毒を疑うとか異世界への偏見だよね。まあ毒で当たっていた辺り、強ち偏見と言うわけでもないか。
男を見やるとすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。穏やかな顔は先程よりも幼く見える。
私の睡眠時間を返せとは思わないでもないが、今日は休みだしどちらにしよ不審者をおいて寝るわけにはいかないのでよしとする。
ちなみに、男は重かった。それはもうとてつもなく。以外と筋肉がついていたからだろうか。細マッチョはタイプだが、意識の失った大人の、しかも筋肉のついた男の身体を動かせるはずがないので床に放ったまま置いておく。ズボンは流石に脱がしたくはなかったのでそのままタタオルケットを掛けたが、ズボンについた返り血がじわじわと滲んでいっているであろうタオルケットに寂寥感を覚えた。
「ん‥‥‥、」
「あ、起きました?」
身動ぎした男にここぞとばかりに話しかける。私は寝たいんだ、早く目覚めてくれ。あわよくばそのまま帰ってくれ。
男は私の望み通りゆっくりと目を開けた。
その瞬間、息を飲んだ。
金色の目。とても、綺麗だった。全てを見透かすようなその眼差しに私は思わず目を逸らす。その瞳に写る私の心はそこまで綺麗じゃないの、と。心が汚いだとか欠片も思ったことがない私がそう思える程に。
「そ、んなに見ないで貰えますか?」
「‥……。」
男は何か言いたいようで変わらずじっと見つめてくる。
先程の何かを見透すような感じはしないけれど、これはこれで嫌だな。寝顔はあどけなかった男の今の目付きは想像よりも大人っぽくて。私の精神力がさらにゴリゴリと削られていく。
「な、何でしょう?」
「‥……、」
男は口を開けたまま声を出さない。喉からヒュー、ヒューと掠れた音が聞こえる。毒を飲んで血を吐いたんだから吐き出させた時に食道で炎症を起こしたのかもしれない。
「何か飲み物入ります?」
男が頷いたので冷蔵庫から牛乳を出して注ぐ。毒から胃を守るとか聞いたことある気がする。まあもう遅いんだけどさ。
男はコップを受け取ったままじっと見つめている。
「牛乳、嫌いですか?」
男は首を傾げた。もしかして牛乳を知らない?牛がいないのかもしれないと、男のコップから少し飲んで返すと大人しく飲みはじめた。雛鳥にエサやってるみたいできゅんとした。可愛い。
男は牛乳を飲み終わった後、コップを私に返すとペコリと頭を下げた。お礼のつもりらしい。いい大人の男なのに仕草がいちいち可愛いらしいのは何でだ。私の女子力が白旗を上げているのが頭に浮かんだ気がした。
閑話休題。これからどうしよう。
朝ごはん?喉がやられてるなら下手なものは出さない方がいいだろう。飲み物は渡したし。事情を聞く?あり得ない。さっき口封じの心配をしたばかりじゃないか。寝させる?男を寝させるなら私が寝たい。
結果。
「あ、帰られるならこちらです。」
帰ってもらうことにした。