もう、会わない。
人恋しかったのだろうか。そのままお風呂に入る気にはどうしてもなれず、仕方なく脱衣所から出て来ると表情が削げ落ちたかのようなユダさんと目があった。
「‥‥ユダさん‥‥?」
部屋は明るいはずなのに、ぽつりと部屋の真ん中で立っているユダさんは、出会った頃のようで。なんとなく感じる距離に戸惑う。
「何だ?」
「‥‥や、座らないんですか?」
一瞬逡巡したユダさんはふらふらと食卓の椅子に近付いていって、すとんと腰を下ろした。私はユダさんの後を追うように2つのコップに氷と水を注いで目の前に置きながら座った。水をイッキ飲みすると身体が冷えて、冬であったことを思い出す。
「もう、此処には来ない」
「は?」
ぽつりと呟いた声に戸惑う。それくらい唐突だった。聞き間違いと思いたかったけれど、聞こえてきた声は紛れもなくユダさんのそれで。
「何かあったんですか?」
頭の中は酷く冷静な筈なのに、語尾が震える。さっきあったことと、ユダさんの言葉が頭の中をぐるぐる廻る。私は思っていたよりもユダさんとの時間を楽しいと感じていたようだった。
「隣国にいくことになった。」
「仕事ですか?」
「ああ」
「じゃあ仕方ないですね」
嘘だ。だって、拠点はここだって言ってたし。
そんな見え透いた嘘である筈なのに、ユダさんの目を見ることは出来なかった。あれだけ感情を雄弁に訴えてくる目で、私のことが嫌いだと訴えていたとしたら。私はきっと泣いてしまう。それくらい、心を許してしまっていた。
何があったかくらいは聞いてもいい気がするけど、下手に突っ込んで面倒くさい奴だと思われたくなくて、聞き分けのいいふりをして私は笑う。
「、あれ?王国が拠点って言ってませんでしたっけ?」
「‥‥っ、」
暗にユダさんは戻ってくるだろうと言った私にユダさんの雰囲気が揺れた。はっとして思わずユダさんの目を見る。そして後悔した。
ユダさんの感情を、初めて読み取れなかった。
そして、全てを悟る。ユダさんは私にもう会わないつもりなのだ。
「・・・理由を聞いても、いいですか?」
うろうろと視線をさ迷わせて、手が意味もなく空のコップを掴む。縁に口をつけてから、氷しか入っていないとこに気付いて動揺していたことを悟った。少しコップを傾けるとカラン、と軽快な音を立てて氷が唇に触れる。口の付いたものをコップに戻したくなくて、仕方なしに氷を一つ口に含んでガリガリと齧ると口の中で欠片が溶けていくのが分かった。
ユダさんの瞳は、口の中で溶けていった氷のように色がなかった。
「まあ、いいですけど。」
いいわけないけど、気にしない振りをして笑う。
「すまない、」
すっと席を立ったユダさんは、振り返りもしないであっという間に扉の向こうに消えていってしまった。




