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異世界と繋がるクローゼット  作者: りゅん。
逆トリップ編
22/30

シフォンケーキはもういらない。

 

「シフォンケーキが食べたい。」

「またですか?」


ユダさんは最近、お菓子をねだることも覚えた。材料を持ってきて催促するだけじゃなくてねだるところが質が悪い。


でも考えて欲しい。あの金色の目を揺らめかせてじっと私を見つめてくるユダさんに嫌だと言えるだろうか。

私も最初は言えなかった。むしろ嬉々としながら作っていた。しかし、段々同じものを作るのに飽きてくるのは仕方がない。

気分を変えようと紅茶味や抹茶味を作ってみたものの、結局ユダさんはプレーンもしくは蜂蜜が一番好きだということに落ち着いて、それからずっとプレーンだ。

最近はレシピを見ないで空で作れるようになってしまった。


「もうそろそろ違うレシピにしません?」

「だめ、か?」

「もー。今日は駄目です。時間ないですし」


私は心なしかしょぼんとしたユダさんが思いの外可愛らしくて思わず苦笑してしまう。


「次来るときに作っときますから」

「‥‥本当か?」

「はい。」


大きく頷くとほっとしたのかユダさんは相好を崩した。


「なら、いい。」

「ん。じゃ、今日はオススメレシピなんで楽しみにしてて下さい」


手抜きだし揚げるだけだから大丈夫だと手伝いを断って私はキッチンに立つ。今日の夕飯は肉じゃがコロッケだ。家の肉じゃがのお汁を切り、汁以外を深皿に入れる。簡単にじゃがいもを潰して後はコロッケと同じように小麦粉、溶き卵、パン粉の順番につけて揚げるだけ。

このコロッケが好きすぎて、いつも肉じゃがを多く作ってしまう。


「後は、っと‥‥、」


無難にキャベツの千切りと味噌汁でいいかな?手抜きというなかれ。たまに来るお客さんならまだしも、よく家にくるユダさんは、私とルームシェアしてたっけと聞きたくなるくらいには顔を合わせているのだ。既に家の一員のような立場に落ち着いている。


仕事から帰ってきたら、私が入れ忘れていた洗濯物を畳んでいた時はびっくりした。無表情で私の下着を畳んでいるユダさんに怒ればいいのか、畳んでくれていることに礼を言えばいいのか分からなかった。普通なら怒るべきなのだろうけど、褒めて欲しそうにじっと私を見つめるユダさんに怒ることはできなかった。


私だけが男だとか女だとか気にしてるみたいで嫌だったこともあるけれど、それを諦めた最近は大きな子供を持った気分で接している。

つい最近のことを思い出していると、リビングからユダさんに声をかけられた。


「本当に手伝いはなくて大丈夫か?」

「大丈夫ですって。テレビでも見ててくださいよ」


下準備は終わらせているので後は揚げるだけなのだ。肉じゃがの汁が残っているとコロッケの形がぐちゃぐちゃで破裂したようになる。黄金色になるまでに破裂音がしていなかったから今日は大丈夫だとさっと油からあげた。キッチンペーパーの上にそっとのせて息を吐いてテーブルに着く。


ユダさんはそれをみていそいそとテレビを消してテーブルに近寄った。リモコンを見ないでテレビを消すその姿に、見事にこの世界に順応しているなと感じて笑ってしまいそうになる。


もうユダさんがこの家に来て6ヶ月だ。なれるのも当たり前だろう。

そんなことを考えていると、ユダさんの表情を見て気付いてしまった。無表情なのに、どこかきらきらした目で視線をうろうろと動かしながらおかずを見やるユダさん。あれはコロッケが気になるんだな。


目を見るだけでユダさんの感情が分かった私は、ユダさんだけがこの世界に順応している訳じゃなくて、私も大概ユダさんのいるこの生活に順応しているんだと気付く。


そう思うと何だかおかしくて。私は今度こそ大声で笑った。

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