そんな特殊設定はない。
「ここは寒いな」
恐らく森の中よりも、ということだろう。ユダさんは布団に足を突っ込みながら呟く。
そりゃそうだ。異世界とこの世界の気温が同じであるはずがない。気温の変化どころか四季があるのかさえ疑問だ。
まあ確かに、日本では冬が近付いてきて段々と寒くはなってきている。最近台風が多くて気温の変動が激しいこともあるだろう。
まだ10月なのに今日はとても寒い。でも多分寒さの原因の大半はユダさんが髪を乾かさない事だと思う。
「じゃあ私が髪を乾かしてしんぜよう」
どや顔で含み笑いをすれば、ユダさんは小首を傾げた。
「やはりチヅルは魔法使いなのか?」
「そんな特殊設定ないですけど」
やっぱりって何だやっぱりって。そんな変なことをしたことはない。というか魔法使いいるのね。
「‥‥では、魔女、とか、」
「魔女は特殊設定の内に入りませんか」
ユダさんは入るな、、と呟いてから首を傾げた。
「だが、髪を乾かすのだろう?」
「これですよこれ。」
見せたのは皆お馴染みドライヤーである。不可解なものを見るような目で眺めているユダさんは置いておいて、ベッドを背にして座った私はコンセントを差した。
「はい、ここに座って下さい」
「‥‥」
大人しく私の前に座るユダさんに、当初喋れなかったユダさんを思い出して懐かしくなる。
「はい、じゃあ音出るんで動かないで下さいねー」
「ああ。」
伊達にユダさんと一緒にいるわけではない。説明してワンクッション置かないと驚いてナイフか何かを振り回すこと間違いなしだ。
ブオオッ
ドライヤーの大きな音がしてユダさんの肩がぴくりと跳ねるが、それ以上動かないのを良いことにさっさと髪を乾かしていく。
「温かい、」
「気持ちいいですかー?」
「ああ、」
目を細めてうつらうつらとしている様子はまるで猫のようだ。いつも無表情なユダさんの表情の変化に、ドライヤーが気に入ったんだなと心に留めておいて指の腹を動かす。ユダさんは甘えるように私の手にすり寄ると私に体重を預けて来た。
「‥‥生活に根差した魔道具を見るのは初めてだ」
「へぇ、そうなんですか」
そうか、魔道具だと思ったのか。魔道具ってなんだとか、生活に根差してないってなに、とか。そんな些細な疑問はこの際置いておく。
「あの、ユダさん、終わりました。だからちょっと、は、離れて、」
「‥‥んー、」
んー、じゃない。可愛いけど。可愛いけど!
じわじわと重さが辛くなってくる。うう、これ、足が痺れるやつだ。
「はあ、もういいですよ」
ユダさんを退かすことはやめて、足をずらす。足の間にユダさんが収まったことを確認してベッドに背を預ける。こういう恋人をドラマとかでよく見るけど、普通に考えて私とユダさんの位置って反対じゃないかな。ユダさんを抱き抱えて考える。抱き抱えるというにはユダさんの背が広すぎて私の手の長さが足りないのだけれど。
「ユダさん、これ貸し一ですよ」
返事ば当然、ない。当たり前だ、ユダさんはもうすっかり夢の中なのだから。
ユダさん用の布団を手繰り寄せて掛ける。ユダさんは私と布団に挟まれて温そうだ。羨ましい。私はといえば背中は寒いがユダさんの体温でお腹周りが温かいので風邪をひく心配はない。問題は寝違えるかもしれないことだけである。
「お休み」
私の心配をよそに子供のように眠るユダさんに、私は思わず微笑んだのだった。




