でかい子供はいりません。
「シフォンケーキが食べたい」
「へ?」
ある日の夜。お風呂から上がって席に着いたユダさんは唐突にそう言った。
ユダさんは髪から水が滴ってうっとおしいらしく、オールバックにしている。普段は隠れている耳の軟骨に一つだけリングの状のピアスが見えた。鈍く銀色に光るピアスは異様に存在感を放っていて何だか違和感を覚えてしまう。
「?どうした?」
「や、ピアス、してたんですね。意外です」
「‥‥ああ。」
ユダさんは錆びるな、忘れていた、と呟くとさっと外してしまった。ちょっと惜しい。凄い似合ってたのに。
似合ってるといえば、オールバックって実はあんまり好きじゃないんだけどユダさんのオールバックはとても格好良いと思ってしまうのは何でなんだろう。
ユダさんはいつも少し長い前髪を下ろしていて、目元が影になっている。その様子は何かを憂いているようでどこか惹かれて格好良いけれどもオールバックは顔が出ている分、本来の美しさが引き立っているのかもしれない。
取り敢えず、とユダさんに今日の夕飯であるパスタを薦めつつ尋ねる。
「で?」
「シフォンケーキが食べたい」
意図を知りたくてユダさんの顔を見つめるけど、まるでシフォンケーキの話なんてしていないかのような無表情でパスタを食べている。瞳が輝いているのは言うまでもないが。
どうやらこの前からやけにお菓子の材料を持ってくるなと思っていたのだが、シフォンケーキを催促していたらしい。
初めてのリクエストがシフォンケーキの催促だったことに若干半笑いになりながら尋ねる。
「シフォンケーキ、ですか」
「ああ。」
「いいですけど、なんでシフォンケーキなんですか?」
ユダさんはじっと私を見つめると言った。
「ここまで柔らかなお菓子は今まで食べたことがない。王都で一番柔らかいカップケーキでも、チヅルの作るシフォンケーキの3倍は硬いのだ」
「へー」
王の都っていうぐらいだし最先端のお菓子を売っているのだろう。それを知っていると言うことはユダさん、王都中のお菓子を網羅したのか。
「それに、」
「うん?」
「チヅルの作るシフォンケーキは、なぜだか懐かしい」
遠くを見つめるユダさんの瞳が熱を帯びているようで、慌てて視線を逸らす。
「‥‥ユダさんって、見た目と違って甘党ですよね」
照れ隠しにそう呟くと、ユダさんはうろ、と視線をさ迷わせると呟いた。
「‥‥悪いか?」
「いえ、そんなことないです」
ただちょっと可愛いなと思うだけで。
相変わらず無表情なユダさんだが、拗ねているのが分かって笑みが溢れる。可愛い。
「今日は流石に時間も遅いんで、また今度にしましょう。‥‥そうですね、明日は空いてますか?」
「ああ。」
「じゃあ今日泊まっていって、朝作って昼に食べましょう。出来立てですよ?」
ユダさんは頷くと、パスタのソースをスプーンで掬って口に入れた。執拗にスプーンで掬う名残惜しそうなその様子に、意地汚いと戒める気持ちと、嬉しいという気持ちが反発し合う。まるで母親になった気分だ。でも、こんな大きな子供はいらない。
因みに、今日のパスタはカルボナーラだ。普段のソースは青の◯窟を使うのだが、今日はユダさんが来るので手作りにしてある。余談だが、◯の洞窟のカルボナーラは神だと思う。濃く深いクリーミーな味。市販のカルボナーラはあそこのが一番だと思っている。値段的にちょっとお高いのだけれど。
「はい、また今度作りますから今日はそれでおしまいです。」
さっとユダさんからお皿を取り上げ流しへ置く。余談だが、最近になってユダさんは料理を作っている所をみに来なくなった。理由は忙しそうだから、らしい。何故今になって、とは思うが、私のことを考えてくれているようだから気にしないことにしている。
ユダさんは取り上げられた皿をじっと見つめていたが、諦めてリビングに敷いてある布団へ向かった。いつも思うけど、ユダさんって頭洗うのに石鹸しか使ってないんだよね?なのに何で髪の毛が全く傷んでないんだろう。ドライヤーも使ってないみたいだし。
明日聞いてみよう、なんて考えて笑う。不審者だ何だと関わりあいたくなんてなかったのに、今では増えていく思い出に頬を緩ませている。人生何があるか分からないもんだな。
布団に潜り込むユダさんを見て、私はまた小さく笑った。




