怪しい人。
次の日。
帰宅ラッシュの時間帯に見つからないかもしれない、なんて思いつつ改札口まで向かったけれど、その予想と反して彼は既に待っていた。
「すみません、待ちましたか?」
「いえ、今来たところです。こんばんは」
所無さげに突っ立っている彼に駆け寄ると小さな笑みが浮かぶ。
「こんばんは。傘、ありがとうございました」
「いえいえ、お役に立てて良かったです」
「あれから大降りになったじゃないですか。ほんとに助かりました」
「夜中に警報出ましたもんね」
はは、と爽やかに笑う彼のキラキラスマイルは私の目に眩しい。ユダさん程顔が整っている訳ではないけど、優しそうな雰囲気とが物腰のやわらかさが相まって、最高級のイケメンと引けをとらないといってもいいレベルにまで達している。こんな優しくてイケメンの夫を掴まえた奥さんは幸運だと思う。羨ましすぎて涙が出てきそうだ。
「ほんとに、ありがとうございました」
「いえいえ、では、気を付けて」
私が警戒していることに気づいたのか、それとも嫁がいるからなのかは分からないが、送っていくと言わない人で良かった。
軽く会釈をして、帰宅ラッシュの真っ只中、それなりに人も多い隙間を抜けて駅をでる。今日は前の道路を通っている車がやけに少ないな、なんて考えていると、道路の向こう側にいる人と目が合った。
やけに浮世離れした人だ。背が高くひょろりとした体型に、何を考えているか分からないような濁った瞳。黒髪黒目のどこにでもいそうな顔つきの男なのに、異様に存在感を醸し出している。
ちょっとだけ、怖い。
まぁ、そんなことを言っても帰り道はここしかないんだけどさ。遠回りをすれば帰れるけど、そこまでして避けたい訳じゃないし。
目が合わないように下を向きつつ横を通りすぎる。
「あんたが、」
「え?」
振り返って見たが、男は既に角を曲がった後だった。
「‥‥聞き間違えた?」
周りが不審そうに見ているのに気付いて慌てて前を向く。これ凄い恥ずかしいやつだ。早く帰ろう。
私は知らなかった。ふわ、と風に乗って聞こえた声は確かに男が呟いたものであるということを。その声が木の葉の散る音と共に掻き消えてしまったことを。
だから私は、その後に続いた言葉を知るよしもなかったのだ。
+++++
「‥‥あんたが、次のターゲットか。」
何をしたのかは分からないが、あいつに目を付けられるなんて災難もいいところだ。何もしなければ、目を付けられる可能性もなかっただろうに。
「ま、俺には関係ないか」
どうせ、今回もあいつの勝利で終わるのだろうから。
男はうっそりと笑う。そして、裏路地の暗闇の中へと消えていったのだった。




