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異世界と繋がるクローゼット  作者: りゅん。
逆トリップ編
17/30

たどたどしい口調って萌えるよね。

 

「ただいまー」


いつもより少しだけ遅い帰宅。誰もいないはずの部屋の前で、いつものように呟く。


「おかえり」

「‥‥えっ?」


誰もいるはずのない部屋から返事が返って来て心臓が跳ねる。慌てて電気を付けると部屋で寛いでいるユダさんが見えた。


「どうした?」

「っなんだ、ユダさんですか。どうした、じゃないですよもー、びっくりしたじゃないですか。」

「‥‥ああ。すまん。」

「ここ押したら電気‥‥じゃなかった、えー、明かり?がつくので、ユダさんが来たって私に分かるようにしてくださいよ。驚かせないでください。」

「‥‥。」


ユダさんは私の小言が聞こえなかったかのようにぽつりと何か呟いた。


「え?」

「‥‥いや、なんでもない。了解した。ここに来たら明かりをつけておく。」

「なら良かったです。今日ご飯の日でしたっけ?」

「これを置きに来ただけだ」


ユダさんはあの最近ではめったに見なくなったあの胡散臭い笑みを浮かべながら、麻紐で作られた袋を掲げて首を傾げてみせた。可愛らしい仕草に若干わざとらしさを感じるのは何でだ。


「貴女は誰もいないのにただいまというのか?」

「良いじゃないですか。不審者対策ですよ」


それじゃあまるで私が一人で喋る変な人みたいじゃないか。まあ確かに独り言は多いんだけどさ。仕方ないよね、一人暮らしの弊害だ。

ともかく、何気に酷いユダさんを見て確信する。この人、なんでかは知らないけど物凄く不機嫌だ。そんなあからさまな態度をとられると私もちょっとはいらっとするが、こんなことでいちいち怒っていたら疲れてしまう。思わずため息を吐いたら、思っていたよりも諦めたような感情が表に出てきてしまってもう笑うしかない。


あれだけイケメンのユダさんだが、実は女の扱い方に慣れてない。その言動の所々に透けて見える。顔で女を釣ってきたタイプだ。釣ったっていうと印象がよくないし、まず女には興味がないように見えるけどイケメンだから寄ってくるんだろうね、羨ましい。そんな思考に自分でも気が抜けて、思わず浮かんだ呆れた笑みと共に口を開く。


「じゃあ、改めてこんばんは、ユダさん。久しぶりですね」

「‥‥‥ああ。」


ユダさんは更に作られた笑みを深めた。どうしたんだ。変に笑ったのが気に入らなかったとか?

まあいいか。返事はしてくれたし。第一、


「今日食べていきます?」

「いいのか?」

「はい。一緒に食べるの、結構楽しみにしてるんで」


私の料理だけで機嫌が直るのだからちょろいもんである。

こんな人だから、つい自分のパーソナルスペースを許しちゃうんだろうね。普段なら他人に家を無断侵入されたら嫌がってるよ。ユダさんだからつい。そんな言い訳使ってる時点で駄目なんだろうけど。


「‥‥‥そうか。」

「あ、でも手抜きですけど。どうします?」

「この匂いはかれー、だな。いただこう」


たどたどしい口調で料理名を言ったユダさんに、若干ニヤニヤしながら頷くと台所に向かう。確かに今日は、残ったカレーでドリアにしようと思っていたところだった。鍋を覗き込んで、明日用のカレースープは作れないな、と若干落ち込む。お椀一杯に対して卵を丸々一つ使ったちょっと贅沢なカレースープは、私のおススメ料理の一つだ。ちなみに、カレーうどんは好きだが、家で作ったものは味がうまく麺に絡まないので苦手である。


「はい。じゃあチンしますのでちょっと待って下さいね」


耐熱皿にバターを塗って、ご飯と具が煮崩れたカレーを混ぜたものを敷く。カレーを薄くかけて、真ん中に窪みを作り卵を乗せる。粉チーズをたっぷりかけて、オーブントースターで6分程チンすれば完成だ。


「はい、できましたよー」


既に寛いだ様子で席に着いているユダさんは、私がテーブルに近づくと心なしか輝いた目で見つめてきた。凄い可愛いけど、いくら気にしなくなったっていっても他人の家であることを忘れちゃいけないと思う。


「どうした?」

「あー、いや、何でもないです」


テーブルにタオルを敷いて皿を置くと、ユダさんは中を覗き込むように見てきた。


「かれー、であっているのか?」

「はい、カレードリアです。」

「かれーどりあ、か。」


ユダさんは覚え込むように口の中で何回かもごもごと唱えると、スプーンをとった。


「ふむ、うまいな」


ふわっと口元が緩む。最近のユダさんは料理を食べている時以外で笑うことが少なくなった。怒っているときは別みたいだが、作り笑いをやめたのだろうと思う。


「良かったです」


まあ手抜きは手抜きだけどね。ただ、私の作った料理を美味しいと言ってくれることは何よりも嬉しい。


「そういえは、今国はどうなっているんですか?」

「どうなっている、とは?」


微笑みを消して無表情で尋ねてくるが、あの冷たい目はしていない。ちょっとほっとして、口を開く。


「傭兵なんですよね?こんなところでサボっていて大丈夫なんですか?」

「‥‥‥ここのところは大きな戦はないからな。知らないのか?」

「いや、世間に疎くて‥‥、」

「気にしなくていい。」


事も無げにそう言って止まっていたスプーンを動かしたユダさんはちらりと私を見て呟いた。


「祖国に里帰りとはよくあることだろう?」

「え?」

「グランティーヌ王国は、俺の祖国だ。実家もあるし拠点はこの国だ」


ぽかん、としてしまってから気付く。ユダさんが、自分のことについて話していることに。


「ユダさんが自分のことを話すなんて天と地がひっくり返ってもないと思ってました」

「失礼だな」


眉をしかめたユダさんに慌てて笑みを取り繕う。


「や、だってユダさん、最初の方、すっごい冷たい笑顔してたじゃないですか」

「‥‥‥、」


図星だったのか、口をつぐんだユダさんに思わず笑う。ユダさんは諦めた様子で口を動かし始めた。


今日の収穫。ここはグランティーヌ王国だということ。グランティーヌ王国はユダさんの祖国だということ。ユダさんは休暇中だということ。ユダさんが死なない限り、この国に、"此処()"に、必ず帰ってくるということ。




「―――俺に、ただいまと言った訳じゃないのか、」

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