柔らかな笑み。
お菓子をオーブンにいれて一息ついていた時、ガチャン、とドアの閉まる音に違和感を感じた。程なくして男、もといユダさんが台所に姿を現したのを見て、意識して音をたてたのだと悟る。
この人、扉とかドアを開ける時めったに物音とかたたせないもんなぁ。この前ユダさんが暗闇の中で立っていた時、私が大袈裟に驚いたから配慮してくれたのか。
「お風呂気持ち良かったですか?」
「ああ。」
「良かったです。この服熱とか大丈夫なら乾燥機に入れちゃいましょう!あ、カレーは温め終わりましたんでご飯よそって下さいね。」
「熱は大丈夫だ。この匂いの元はカレーというのか。」
服が乾くことよりも今日の晩飯が気になるらしい。ユダさんは手元を覗き込むと顔をしかめた。
「これは‥‥食べられるのか?」
「当たり前じゃないですか。」
「だが、」
「はい、早くよそって下さい。」
梅干しのすっぱさを思い出して、また騙されているのかもしれないと若干トラウマになっているらしいユダさんに皿を差し出しご飯を顎で示す。するとユダさんは渋々しゃもじを手にとった。しゃもじの上に白飯の山を作り出すユダさんに若干引く。嬉しいけども。
「チヅル、」
「っは、はい、何でしょう?」
男の人に名前で呼ばれるのってなんかムズムズするなぁ。ほら、いつもは男の人にも男女どちらにも笹本とか笹本っちゃんとか呼ばれてたから。皆呼びにくいなんて言って千鶴呼びをかわすの。
「作っているのを、見たかったんだが、」
「はあ」
思わずそう返した私は悪くないと思う。そんなに料理してるのって気になるもんなの?ユダさんの顔をまじまじと見つめる。
「なんでそんなに見たいんですか?」
「‥‥。」
ユダさんから皿を受け取り、チーズと卵を乗せて上からカレーを盛りながら尋ねた。すると、すっと頭上に影が射して上からくつくつと笑い声が聞こえてくる。
「貴方が日常を過ごしている姿を見たかった、といったら?」
「はいダウト」
一瞬どきっとしてしまった純情な私の心を返して下さい。動揺を苦笑で覆い隠してユダさんの横を通り抜ける。恥ずかしくて顔が見れない。
「ユダさんはサラダ持ってきて下さいよ。」
ユダさんがお風呂に入っている間に作ったサラダを余所に、私はカレーをテーブルにおいてスプーンとフォークを出す。
大人しく席に着いたユダさんの顔をこっそり盗み見たけれど、少し輝いた目でカレーを見つめているユダさんの表情はいつも通り食欲に忠実だった。
「いただきまーす」
「‥‥いただきます」
スプーンを口に入れると、様々な香りや辛味が複雑に混ざりあって口のなかを広がっていく。ご飯と卵の甘味が辛味と中和されて旨味を残していく感覚。いつも通り美味しい。だが、異文化の食事の大半は忌諱感や偏見などで受け付けられない人もいるという。私もアメリカのお菓子とかは変に甘すぎて苦手だし。ユダさんは日本の食事は口に合うようだが、どうだろう?
「!」
「‥‥どうですか?」
恐る恐るカレーを口に含んだユダさんは目を大きく見開いた。
「‥‥辛い。」
「あー‥‥駄目、でしたかー、」
あはは、と笑うとユダさんは怪訝そうな顔をした。
「いや、旨いが?」
「‥‥そ、れはどうも。ありがとうございます。」
美味しいんかい。でも、本当に幸せそうな顔で見つめられると照れる。上手く感謝の言葉がでなくて取り敢えず笑って誤魔化す。
そんな私にユダさんは顔をしかめると相変わらずのスピードで平らげていく。
「ごちそうさまでした。」
先に食べ終わった私が断りを入れてオーブンを見にいくとお菓子が丁度焼け終わった所だった。
蜂蜜入りのカップケーキ。何個か作られたそれは焦げ目ができたり若干焼きが足りなかったりとムラがあるが、全体としては上手く出来た方だと思う。
「ユダさーん!」
「どうした?」
「お腹に隙間があったらカップケーキでも、どうです??」
「いいな」
ユダさんの柔らかい声が聞こえて、お菓子って凄い、と少し笑う。輝く顔が思い浮かぶようだ。
竹串を刺して生地が着かないか見ていると、そわそわとユダさんが姿を現した。
「どうだ?」
「いい感じですよ。紅茶は、どうします?安いやつならありますけど。」
「貰おう」
ぱぱっと紅茶を入れて、カップケーキの見た目が一番良いやつと悪いやつをとってリビングへ向かう。後ろからとことこ着いてくるユダさんはさながら雛鳥のようだ。‥‥まあ、間違ってはないか。"エサ "を与えてる訳だし。餌付けだ餌付け。
その日の夜は、カップケーキの感想を言い合ったり、好きな食べ物の話をしたりとかして、遅くまで笑いあった。
甘いものがお気に召したらしく、ユダさんは終始柔らかな笑みを浮かべていた。
だからだろうか。
服が乾くまで起きてるつもりで紅茶を飲んだのに、二人して寝てしまったのは。
目覚ましの音に飛び起きた私達がどれ程驚いたか。終わりよければ全てよしなタイプなので早々に諦めた私が、驚きすぎて呼び掛けても反応しないユダさんを笑ってしまったのは仕方がないことだと思う。なんとも対照的な反応である。
因みに。
慌ててお風呂に入って仕事に行こうとする私の横で、瞳孔まで開いて驚愕していたユダさんは正直怖かったです。




