笑った気がした。
「ぐふっ・・・っ!!?」
「ぶふ・・・っ」
梅干しを食べた男の顔が凄いことになっているのを見て、吹き出してしまった私は悪くないと思う。種を出す小皿を出してやりながらニヤニヤしてみていると、恨めしそうな顔で見られた。ごめん。でも、仕方ないから諦めてとも思う。あの貼り付けた笑顔は意外と悪戯をしても許してくれそうな顔をしているから。
「あはは、すいません。まずかったですか?」
「酸っぱかった、だけだ。」
なら大丈夫かな。でも一応梅干しなしバージョンも作っておく。
後は、お握りに解凍した豚肉を巻いて焼く。それに焼き肉のたれを絡めて完成!
お味噌汁を温め直してネギをいれていると、男がお皿をテーブルを持っていってくれた。どうやらお箸とかスプーンがあるところも、この前私がどこから出すか見てたから覚えていたらしい。お茶も冷蔵庫から取り出して入れてくれる。記憶力良すぎ。
「お箸とか、準備ありがとうございます。では、いただきます。」
「・・・いただきます。」
味噌汁から口に入れる。うん、大丈夫だ。男も味噌汁から手をつけていて、緩やかに弧を描く口元をみてほっとする。
こうして見ると、男は優しい顔をしていた。精悍な顔付きをしていて一見冷たそうにも見えるが、食べている時は緩んでくる目の中にある金色の瞳は優しく揺れていて綺麗だ。私を警戒しているときや、胡散臭い笑顔を張り付けているときとは別人みたいにも見える。
熱心に食べている男をみて少し笑う。足りなさそうだったので、私の分を分けたら男の眉は下がった分目が輝いた。可愛い。
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま、でした。」
「いえいえ。」
手を合わせて呟くと、同じ位に食べ終わった男が復唱した。笑って返事を返す。
作った人は『ごちそうさま』に対して『お粗末様』というらしいが私は使ったことはない。
よく『いただきます』は作った人や食物に感謝して唱えるものだという人がいる。私もそう思うし、だからこそ独り暮らししてもこうして唱えている。けれど、いただきますと言うなら『お粗末様』はない、と思う。
私のご飯は確かに手抜きではあるけれど、粗末だと思ったことはない。そもそもいただきますと言って食物に感謝をするくらいなら粗末でしたなんて言葉を使うなと思う。感謝しておいて粗末、だなんて食物にも、その食物を育てた人にも失礼だ。
まあ主観的意見な訳だけど。
閑話休題。
思考が戻ってきた私に気付いたのか、男はすっと私の方を向いた。
「次はどんな料理が待っているか、楽しみにしている。」
元の冷たい目の色に戻った男に、少し残念に思いながら待ったをかける。
「次、いつくるのか教えて貰ってもいいですか?」
「・・・理由を聞いても?」
「いや、だって食材買っとかないと困るじゃないですか。」
「ふむ。」
ふむって何だよ。内心そう思っている私を余所に、男は俯いた顔を少しだけ上げた。背が高いから俯いていても顔は見えるんだけどさ。
「7、いや・・・、3日後では駄目だろうか。」
「はい、りょーかいしました。」
男の伺うような声音に、気にしないでという意味を込めて敢えて口調を伸ばすと、男は苦笑しながら良かったと呟いた。
「?」
「あまり訪ねすぎてはあなたに迷惑かと思ってな。」
ご飯食べたいとか図々しいくせに、変なところで謙虚な男に笑ってしまう。地味に可愛い。
では、また。と言いながらクローゼットの扉に手を掛ける男の背に声を掛ける。
「私は、笹本千鶴と言います。笹本が名字で、千鶴が名前。」
男は振り返らず囁くように呟いた。
「・・・ユダ、だ。そう呼んでくれ。」
返事も聞かずに扉を開けて入っていく男に笑ってしまう。
「・・・じゃあ、私は千鶴って呼んでくださいね。」
閉まりかけの扉に消えていった男に届くように、願いを込めて笑った。聞こえたかは分からない。けれど、男は笑った気がした。




