もし、あの時・・・
もしあの時、逃げ出さなければ貴方は信じてくれたのかな。
もしあの時、貴方を許すことが出来ていたら、今も隣にいられたのかな。
もしあの時……もしあの時……
そんなことばかり考えている私は、どうしようもない程に狂おしい程に
貴方に恋をしている。
私フィーデリア・ローシャンデリヒには幼馴染がいた。お父様が治める領地の隣の領という事と年が近いという事もあって、物心ついた頃からその幼馴染といつも一緒に遊んでいた。幼馴染の名前はクラウド・ウィンダード。歳は私の2つ上で私の面倒をよく見てくれていて、私はそんなクラウドが大好きだった。
「クーだいすき! 大きくなったら、わたしをクーのおよめさんにしてね」
「僕もフィーが好きだよ。大人になったら結婚しようね」
「うん! やくそくだよ!」
「約束だ」
この時まだ5歳の子供とはいえ、私は本気だった。絶対クーのお嫁さんになるって意気込んでいた。そんな私を優しく微笑みながら私の赤い髪を撫でてくれたクーの顔を今でも鮮明に覚えている。
この時は、本当に幸せだった。私の王子様はクーだと信じて疑わなかった。
それから月日が流れ、私が10歳の誕生日の日。我が家で身内や友達、親しい人だけを集めたパーティーが催された。この日の為に作られた薄いピンク色の可愛いドレスを身に纏い、私は皆に祝福され幸せいっぱいだった。友達と他愛もない話をしていると、クーがまるで王子様の様にダンスに誘ってくれた。
「お姫様、一曲踊って頂けますか?」
「はい!」
差し出された手に私もそっと手を重ねると、クーはにっこりと微笑んだ。踊っている間、私の目にはクーしか映らなかった。そしてクーの瞳にも私だけしか映さない。二人だけの世界に私は酔いしれていた。踊りながら「そのドレス凄くフィーに似合ってる。本物のお姫様みたいでとっても可愛いよ」と褒めてくれた事が凄く嬉しくて終始にやけてしまう。あまりにも楽しくて1曲のはずが気づけば3曲も踊ってしまった。
少し疲れた私に気を利かしたクーは飲み物を取ってくると言ってその場を離れて少しすると、友達のマリアンヌ様が傍に来た。
「素敵なダンスでしたわ、フィーデリア様。それに、相変わらずクラウド様は素敵ね」
「えぇ、クー……クラウド様はとっても優しくて素敵なのよ」
「フィーデリア様が羨ましいわ」
クーは金髪碧眼の美少年の為、同年代の令嬢達からの人気は高かった。けれど、それはもう前から知っている事だったし当然の事だと思っていた。だから、マリアンヌ様がそう言ってくれた事が私は凄く嬉しかった。クーが褒められるのは自分の事以上に嬉しい事で、嫉妬という感情は皆無だった。
だから、この時私は気づけなかった。
パーティーもそろそろお開きとなる頃、私は最後に一杯飲もうと給仕からグラスを受け取り一口飲もうとした時だった。急に人がぶつかってきた為、手に持っていたグラスの中身を零してしまった。そして、それはぶつかってきた相手のドレスにかかってしまった。真っ白なドレスに赤いシミが広がっていくのを見て、私は慌ててその人に謝ろうと顔を上げるとそこにはニヤリと笑うマリアンヌ様がいた。そして、笑っていると思うと急に大声をあげて叫びだした。
「きゃああぁぁぁぁ! 酷いわ、フィーデリア様!」
私はその豹変ぶりに驚いてその場に立ちすくんでしまった。確かにかけてしまったのは悪かったけれど、ぶつかってきたのはマリアンヌ様だ。それなのに、まるで私がわざとやったような言い草だ。
「どうしたの? あー、ドレス汚れてしまったんだね」
マリアンヌ様の声を聞いて、真っ先に駆け付けたのはクーだった。マリアンヌ様のドレスのシミを見てそう話すクーに、マリアンヌ様は涙を流しながらクーの腕に縋るようにしがみついた。
「フィーデリア様が、私に……クラウド様に近づくなと言って……うぅっ」
「え?」
意味が分からなかった。何を言っているんだろう、マリアンヌ様は。
どうしてそんな事をいうのか、私には全く分からなかった。それに、そんな事クーだって信じるわけがないと思っていた。だって、クーはいつだって私の味方で王子様だ。
「フィー、なんでそんな事言うんだ。マリアンヌ嬢に謝るんだ」
「……え?」
思ってもいない言葉に私は愕然とした。なんで、クーは私にそんな事言うの?
クーの目線の先には、私が手に持っているグラスに注がれていたのに気づき、もしかしたら誤解しているのではとようやく私は気づいた。
「確かにドレスに零してしまった事は謝るわ。でも、わざとなんかじゃないしマリアンヌ様にそんな事言ったりしてないわ!」
「そう。でもそれなら、なんでマリアンヌ嬢は泣かれているんだ?」
「そんなの、私だって知らないわよ!」
「フィー!」
「いいんです、クラウド様。フィーデリア様は私に嫉妬してちょっと嫌がらせしてしまっただけなのよね。出来るだけクラウド様に近づかないようにするから、フィーデリア様もそれで許して頂けませんか?」
何を言っているの? 私が嫉妬して嫌がらせしたって?
何それ、私がそんな事する訳ないじゃない。
「許すも許さないも、そんな事していないわ。嘘を吐くのはやめてもらえるかしらマリアンヌ様」
「……っ……」
「フィー! いい加減にしろ。なんでそんな事言うんだ」
「いい加減にしてほしいのはこっちよ! クーはなんで私の言葉を信じてくれないの? 私はそんな事言ったりしない!」
「なんで君はそう頑固なんだ。僕は君を信じてるよ。だから、だからこそ言っているんだ」
「何それ、そんなの信じてるって言わないよ。クーは、クーだけは絶対信じてくれるって思ってたのに……」
どうして信じてくれないの。
ずっと、小さい頃からずっと一緒にいた私よりマリアンヌ様の言葉の方が信じられるの?
クーにとって私は、その程度の存在なの?
「なんでっ」
「フィー?」
「私はっ、絶対にそんな事してない! なんで信じてくれないのよ。クーなんか……クーなんか嫌いよ! 大っ嫌いよ!」
「……っ……フィー!」
クーの呼び止める声が後ろから聞こえるけど、もうこの場にいたくなくて私は必死で走った。折角可愛く結ってもらった髪が崩れてしまっても、綺麗に化粧してもらったのに涙で化粧が崩れても、もうどうでも良かった。走って走って、自分の部屋までひたすら走った。
やっと部屋に辿り着いて扉を閉めた途端、その場に私は崩れ落ちた。こんなに声を上げて泣いた事なんて今までなかった。こんなに胸が苦しくなった事もなかった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。今日は、私の誕生日なのに。さっきまであんなに幸せだったのに。
翌日、マリアンヌ様のドレスにわざと飲み物を零したという事でお父様とお母様にも叱られた。やってないと訴えても信じてもらえなかった。クーだけじゃなく両親までも信じてくれないなんて、私はその程度の存在だったんだとようやく理解した。
なぜか何もする気になれず、ボーっと椅子に腰かけているとクーが私に会いに来ていると侍女から知らされた。何しに来たんだろうか。また私を責めに来たんだろうか。
「会いたくない」
クーに会うのが怖かった。これ以上傷つくのが怖くて、信じてくれなかった事が許せなくて、私は逃げてしまった。
それから何度もクーは会いに来てくれたけど、私は会わなかった。否、会えなかった。次会いに来てくれたら会おう、そう思っても怖くて、次こそは次こそはとやっている内にどんどん会いづらくなって、とうとうクーは来なくなった。
一番近かったクーが、今では一番遠い存在となってしまった。
あれから5年の月日が流れた。
あの後、何度か会うことはあっても話したことは殆ど無かった。昔の事がまるで夢だったのではないかと思う程、今の私とクーは遠い。昔はクーの隣にいるのは私だったけど、今はマリアンヌ様が彼の隣にいるのをよく見かける。二人が一緒にいる姿を見ると胸が締め付けられズキズキと痛むけど、気のせいだと何度も言い聞かせる。
私は私を信じてくれなかったクーが嫌いだ、大っ嫌いだ。
なのに、クーの姿を見るだけで胸が高鳴ってしまう自分が悔しい。
5年も経つのに、こんなよく分からないぐちゃぐちゃな気持ちに振り回されるなんて、やっぱりクーなんか嫌いだ……大っ嫌いだ。
でも……
もしあの時、勇気を出して会っていたらクーと一緒にいられたのかな。
もしあの後、勇気を出してクーに会いにいっていたら今も隣にいられたのかな。
何度も何度も繰り返す“もしも”を想像しては、辛い現実から目を背けている。
そんな自分が情けなくて、虚しくて、でも止められなくて。
また同じことを繰り返す。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
切ない恋愛ものを書いてみたくなり衝動的に書いてみました。
1/15
クラウド視点での小説も書いてみたので、良かったらそちらも読んで頂けたら嬉しいです。