春の丘
人の住む街から外れた森の奧に‘春の丘’と呼ばれる里がありました。
そこに住んでいるのは春を守る季節の妖精でした。
妖精たちは春の植物の種を植えて花を咲かせたり、動物たちに春を知らせるため暖かな陽気をあちこちへ振りまいたりと大忙しです。
そんなある日のことです。妖精のナリーは妖精の仕事を怠けて桜の花弁の中で昼寝をしようと桜の木を探していました。
けれども、いくら探しても桜の木は一本も見当たりません。
仕方なく町外れの野原にある、ただの痩せた木の枝の上で眠ることにしました。
ゴォーン!
大きな音がしてナリーは飛び起き辺りを見渡しました。真っ暗です。どのくらい寝ていたのでしょう。
するともう一度
ゴォォーン。
音の大きさはナリーの小さな羽を震わせるほどでした。
ナリーはやっとこの音が森にある教会の鐘の音であるだと気付きました。
春の丘にある教会の鐘は錆びて所々茶色くなっていますが、その音はどこまでも聞こえる大きな鐘でした。ですが、その鐘は何かがあった時にしか鳴らされないのです。
「どうしたんだろう?」
お気楽なナリーでも鐘の鳴らされた理由が気になって、ふわふわと町の方へ飛んで行きました。
町では一つ一つの家に明かりが灯り、夜空に輝く星のようでした
「星みたい。キラキラして」
ナリーが見とれていると明かりの方から多くの仲間が飛んできました。
「ナリー!何処にいたの」
「ナリー早く!」
みんなが緊迫した顔でナリーを急き立てます。
ナリーは訳が分からず尋ねました。
「ねぇ!どうしたの?何をそんなに急いでるの?」
「ナリー!早く、早く森の教会へ」
みんなはそれだけを言ってナリーを引っ張って森の教会へ連れていきました。
ゴォォーン。ゴゥオーン
教会ではまだ鐘が鳴り続けています。
ナリーは扉の前に立ちそっと扉を押しました。
周りでは多くの仲間が花を持っています。
教会の鐘が鳴るのは二つの場合のみ。
春の精が命を授かった時
そしてもう一つは妖精としての命が尽きる者がいるときなのです。
扉を開けると道があり、その先にいる年老いた妖精にナリーは駆け寄りました。
今夜寿命が尽きるのは、ナリーが大好きなお爺さんだったのです。
お爺さんに抱きつけば白い長いお髭が揺れ、そのたびにお爺さんの笑顔も揺れたのです。
「遅くなってごめんなさい」
お爺さんは前よりも痩せた皺だらけの手でナリーの頭を撫でてホホホッと笑いました。
「ナリーのことじゃ、桜の木の傍で寝ていたのじゃろう?」
「うん、さすがお爺ちゃん、何でもお見通しね。寝てたら、こんな時間に、なっちゃって・・・ッ」
ナリーは涙を抑えることができませんでした。いくらいつものように明るい口調で喋っても、涙は止まらないのです。
「ホホホホッ。ナリーは怠け者じゃのう。そんなんじゃ一人前にはなれんよ」
泣き喚くナリーをお爺さんは優しく宥め言いました
ナリーは涙の止め方が分からないままお爺さんの話を聞きました。
「ナリー。よくお聞き。ワシは今まで沢山のことをお前に教えてきた。これが最後の教えだ」
最後という言葉がナリーの胸に突き刺さって抜けません
「泣いても良い。辛いとき、涙を隠す理由なんてない。だから、泣きなさい。でもいつかはまた笑ってくれるといい」
それを聞いているうちにナリーは穏やかに笑いました。
涙は止まらないけれど、自然に笑顔になったのです
それを優しい顔で見るとお爺さんは多くの光の粒となり外へ散っていきました。
次の日、ナリーが昼寝をした痩せ細っていた木は立派に花を付けていました。
何よりも美しいピンクの花をーー




