アスラの驚き
コミカライズ一話投稿記念
多くの女神たちが住まう特別な場所である[常春の庭]。
そこは、女神たちが生活をする場でもあり、また主人あるアスラの作り出した神域でもある。
自ら創造した神域のことはアスラ自身が良くわかっている。
・・・・・・はずだった。
ところが、そのアスラが考えてもいなかった事態がいま起こったと、その身の感覚が伝えてきた。
そしてアスラは、無言のまま神域に起こった変化を見定めようと、全力で情報収集に当たり始めた。
ただし、起こるはずがないことが神域に起こったということは、ほかの娘たちに知られないようにしなくてはならない。
一瞬でそう考えたアスラは、周囲に悟られないように自らの力をその変化が起こった場所へと放った。
神域に起こった変化というのは、結界で閉じられた空間が、なにかの力によって開けられるというものだった。
その変化は、アスラが知覚した瞬間には終わっていたので、止めることもできなかった。
そして、変化はそれだけではとどまらず、空いた穴(のようなもの)から何かが入り込んでいたのである。
そのなにかを特定しようとしたアスラだったが、思わず息を呑んでしまった。
「――――アスラ様?」
そのアスラの様子に、長い付き合いのあるエリスが気付かないはずがない。
むしろ、気付いたのがエリスだけでよかったと思うべきだろう。
そう考えたアスラは、一度小さく首を振ってから、すぐに思い直すように言った。
「申し訳ないのだけれど、すこし頼まれてくれないかしら?」
珍しい前置きをしてそう言ったアスラを見ながら、エリスは案の定不思議そうな表情になった。
「それは構いませんが・・・・・・なにがございましたか?」
「ええ、ちょっとね。急ぎで、誰にも気づかれないように連れてきて欲しいのだけれど――」
アスラはそう言いながら続けて内緒話をするように、神域に起こったことを話しはじめた。
話を詳しく聞くにつれて、エリスの表情も厳しくなっていった。
「――というわけで、すぐに回収をしてきて欲しいの。お願いね」
「そういうことでしたら、本当に急いだほうがよさそうですね。・・・・・・ここで転移を使っても?」
転移魔法を使えば、そうした魔法に鋭い女神から気付かれるかもしれない。
ただし、今ふたりがいるアスラの執務室であれば、気付かれないように発動することも可能なのだ。
「勿論よ。帰って来る時も、この屋敷を指定していいわ」
とりあえず、いまの最優先事項は、ほかの女神たちに気付かれないことである。
そのためにアスラは、屋敷の持っている隠蔽能力を最大限に利用することも許可した。
自分の目の前から姿を消すエリスを見ながら、アスラは思わずため息をついてしまった。
「本当に・・・・・・どういうことなのかしら、ね?」
これまでなかった神域の大きな変化に、自分の力を超えるような何者かが介在してる可能性もある。
とはいえ、そんな大きな力の持ち主が動いているのであれば、自分が動いたところで手のひらの上で躍ることになるだけだ。
ただし、そんな存在が自分に対してちょっかいをかけてくるということも、考えにくいというのが今のところの考えだった。
「今まで平穏で済んでいたから、これからもそれで済むわけではない・・・・・・ということかしらね」
アスラは、そう呟きながらエリスが連れてくるはずの存在を待つのであった。
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エリスが連れてきた考助を見た時のアスラの第一印象は、早くしないと彼が消えてしまう、であった。
端的にいえば、外の世界から紛れこんだ考助という存在が消えてしまいそうになっていることに、ひどく慌てたのである。
後から思えば、その心の揺れが例の称号が付くきっかけになったのかと思わなくわなかったが、この時はそんなことを考えている余裕はなかった。
勿論、外から紛れ込んできた考助という存在に、停滞している世界に変化をもたらすのではという打算も持っていた。
とにかくアスラは、優雅な笑みを浮かべつつ、心の中では早く考助を助けなくてはならないと慌てていたのだ。
そんな状態だったので、アスラは自分に向かって考助が手を伸ばしてきた時にはホッとしていた。
これで、自分の力を流し込めさえすれば、霊体という不安定な存在のままで神域にいなくても済む。
そう考えて考助の手に振れたアスラは、力を流し込むと同時に、異性の手に振れたのは久しぶりだとどうでもいいことを考えていた。
考助には気づかれていなかったのだが、後からエリスに突っ込まれて誤魔化すことになるとは、この時のアスラはまったく考えていなかった。
そして、一通りの話を終えて、考助がアースガルドへの転生を望んだときは、心の中でほっと安心していた。
考助という変化をアースガルドにもたらすことができるという期待もそうだが、やはりずっと見届けていたいという気持ちが強くなっていたのだ。
だからこそ、考助を送り出すときに「自由にしてください」なんてことを言ってしまったのだ。
そう言ったことを後悔したことは一度もないのだが、あとから思えば相当に入れ込んでいたなと苦笑することになるのであった。
遅くなりましたが、コミカライズ一話投稿記念SSです。
考助が神域に現れた時のアスラの心情、といったところでしょうか。