シュミット奮闘記
塔の中に自分の店を構えることを決心したシュミットは、リュウセンの街にあるとある店を訪れていた。
その店は、表通りに面した場所ではなく、奥まった場所に建てられている。
普通に歩いていれば、そこが店であるとは分からないような場所に立っている。
一見さんからすれば、思わず入るのをためらってしまうような店構えだったりするのだが、シュミットはためらうことなくその店に入って行った。
「やあ。珍しいお客様だ。いらっしゃい、シュミット」
店に入ると、一人の男性がそう言ってシュミットを迎え入れてくれた。
「お久しぶりです。オレク兄さん」
シュミットもそう言ってその男性に返事を返した。
この店は、シュミットにとって所縁のある店なのだ。
今店のカウンターに立っているオレクも、そしてシュミットも元はこの店の主人だったヤーヒムの弟子だった。
シュミットにとってヤーヒムは、行商人としてのイロハを一から叩き込まれた大恩のある人物だ。
残念ながら本人はこの店を残して数年前にこの世を去って行った。
今はオレクがヤーヒムの代わりにこの店を守っているというわけだ。
「それで? 何がありました?」
いきなりオレクがそう聞いてきた。
そんなオレクにシュミットが苦笑を返した。
「昔を懐かしんでこの店を訪ねて来たとは考えてくれないのですか、兄さん」
「貴方がそんな性格であれば、今頃ここに立っているのは私ではなかったと思いますが?」
全く以てその通りなので、シュミットとしては返す言葉が無い。
この件で言い合っても決して勝てないことを分かっているシュミットは、さっさと本題に入ることにした。
「まあ、その話は置いておくとして、兄さんに話があって来ました」
「そうでしょうね」
あっさりとそう返して来たオレクに苦笑をして、シュミットは店を持つことを話した。
「実は、私が店を持つことになりました」
シュミットのその言葉に、オレクは目を見開いた。
「貴方が、ですか?」
オレクがこう言ったのにはわけがある。
実は今オレクが管理しているこの店は、元々ヤーヒムからシュミットに預かってもらえないかと言われていたのだ。
だが、シュミットはそれを断って行商人を続けていた。
代わりにオレクがこの店を任されることになったのである。
「理由があるんですよ、兄さん」
シュミットはそう言って、アマミヤの塔について詳しく話し出した。
オレクはシュミットが認める商人の一人。
すぐにシュミットが言いたいことを理解して目を丸くしていた。
「・・・・・・なるほど。そういう事ですか」
唸るようにしてそう言ったオレクに、シュミットは畳み掛けるようにして言った。
「兄さん、私は兄さんにその店を手伝ってもらいたいんです」
「それは・・・・・・」
出来ません、と続けようとしたオレクを遮ってシュミットが続けた。
「私達は川で遮られた土地をつなぐ橋のようなものだ」
「それは店の商人でも行商でも変わらない。重要なのは人をつなぐ役目を持っているということだ。ですか」
シュミットの言葉をオレクが引き継いだ。
今二人が語ったのは、師匠であるヤーヒムが口癖のように言っていた言葉だ。
「ですから兄さん、師の言葉をもっと広めませんか。店の名前と共に」
「・・・・・・そういうことですか」
シュミットがそう言うと、オレクは目を見開いてそう言った。
要するにシュミットは、今オレクがいる店の名前をそのまま塔に作る店で使わないかと言っているのだ。
そうすれば、師匠への義理もたつ上に、師匠の言葉をより広めることも可能になる。
シュミットの提案に、オレクの気持ちが揺れているのがよくわかる。
そんなオレクに、シュミットは追いつめるような真似はしなかった。
「実際に店を開くのは数日先になります。是非とも兄さんには手伝ってほしいので、考えておいてください」
「・・・・・・わかりました。そこまで待たせずに結論を出します」
オレクがそう言うと、シュミットは小さく頷くのであった。
結局この二日後にオレクは結論を出した。
シュミットの提案に乗って今ある店の名をそのまま引き継いで塔に作る店の名としたのだ。
第五層に初めて開いた店の名は、添えられた文言と共に大陸中に知られるほど有名になる。
『人と物との出会いを大切にする店・エテクエットヤーヒム』と。
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オレクはシュミットから話を聞いて目を丸くしていた。
シュミットは、塔の管理者に呼ばれていたのだがつい先ほど帰って来たのだ。
「それはまた。とんでもないことを考えますね。ここの管理者は」
シュミットからクラウンの構想を聞いたオレクがそう言ってどことなく呆れているような、それでいて楽しそうな表情を浮かべた。
「そのクラウンカードと言う物を見せてもらっても?」
「ええ、どうぞ」
シュミットはそう言って、考助達から渡されたクラウンカードをオレクに差し出した。
カードを受け取ったオレクは、少しの間まじまじとそのカードを見つめていた。
「確かに、これは大きな変革を迎えるでしょうね」
シュミットにカードを返しながらオレクがそう呟いた。
「ええ。今までにない組織づくりからそれを支える新しい技術まで。本当にどうやってそんな発想をしているのか、不思議ですよ」
「まだまだいろいろな引き出しを持っていそうですね」
シュミットの言葉に、オレクも頷いている。
そんなオレクに、シュミットは本題を話すことにした。
「そう言うわけですから、兄さん。私は組織の運営に忙しくなると思います」
「でしょうね」
「ですから、この店の事は任せましたよ」
「丸投げですか。貴方が私を誘ったのに、ずいぶんとひどいですね」
シュミットの言葉に、オレクが肩を竦めた。
ただし、態度も言葉もシュミットを責めるような内容だったが、その目は笑っている。
「当然です。兄さんには馬車馬のように働いてもらいますから」
そう返したシュミットに、オレクは声を出して笑った。
お互いに信頼しているからこそのやり取りに、二人共心地いい気分になっていた。
塔の管理者の計画を聞いて、気分が高揚しているのもあるのだろう。
それほどまでに、二人にとっては塔の管理者が提案した内容が大きな意味を持っていた。
いや、二人だけではなくこの世界にとっては、だろう。少なくともこの時点で二人はそう考えていた。
「とにかく、間違いなく私は忙しくなるので、兄さんには店をお任せします。本当であれば、運営にも関わってもらいたいのですが・・・・・・」
シュミットがチラリとオレクを見たが、そのオレクは首を左右に振っていた。
予想通りのオレクの返答に、シュミットも小さく笑った。
「そう思ったので、商人部門の運営は別の人を探すことにしますよ」
「はい。そうしてください」
あっさり決まってしまったが、シュミットとしてもオレクには店を守っていてほしいという思いがある。
これが一番いい形なのだろうと、シュミットも納得できているのだ。
結局、この後シュミットの予想した通りオレクがクラウン商人部門の管理者となることは無かった。
ただし、エテクエットヤーヒムの経営者としてバシバシと辣腕を振るう事になる。
結果として、エテクエットヤーヒムは最初に開いた一店舗だけではなく、どんどんと経営を拡大していくことになるのであった。
活動報告にてSS募集中!(書く暇があるかわかりませんがw)