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農村夜話~くのいちは静かに夜這う~

 死闘からひと月あまり、9月の終わり──溝静空は未だ通夜のような空気に包まれていた。


 秘境の日暮れは早い。つるべ落としに日は沈み、村の家々では仄明かりがポツポツ灯る。そろそろ夕餉の頃合いだが、男ばかりの集落には煮炊きの音も香りも稀だ。

 ましてや村の壊滅の危機ともあれば、日常を営むことさえ苦痛だろう。今や食事は日に三度、宇気守道が生み出す唐揚げによって賄われている。


 今も役場の片隅で、配給待ちがどぶろく片手に管を巻いている。めいめいが負け犬の顔をして、散った仲間を弔うでもなく我が身の不運を呪ってばかり。


 そんな空気もどこ吹く風で、桃地ジェシカはいつもの衣装で颯爽と歩く。抱えた紙袋の中から宇気守道から手渡された出来立ての500グラムが食欲をくすぐる。

 こんなのは慣れっこだ。生まれ育ったファベーラに比べれば平和そのもの、物乞いを装った強盗も居なければ、薬漬けにされて辻に立たされることも、暗がりに連れ込まれて銃で脅されることもない。せいぜい、腑抜けどもの卑しい視線が全身を舐めまわす程度──つまりここは、いいところだ。


(オカネの匂いしないケド──)


 そこだけ少し残念に思いながらも、ジェシカはこの灰色の日々を楽しんでも居た。


 ジェシカはくのいちで、国家権力の犬だ。闘争こそが日常で、「穏やか」なんて日本語は、覚えたそばから忘れてしまった。

 しょっぱい集落とはいえ、また任務とはいえ、こんな風に日々を過ごせるなんて思っても居なかったことだ。


 それに──なんといっても、愛しい人の生まれ故郷だ。それだけで天国にまさる。


 村の中心、役場から北に向かって少し歩くと、今やロハス襲撃対策本部となった幡羅木鉢邸が見えてくる。


「タダイマ、ボス。見回り終わったヨ」


 告げながら門を閉め、ジェシカはいそいそと具足をとく。庭の片隅では家主の泰三が、夢中になってあの死闘の生き残り──大農園から鉢植えに移された夏野菜に水をやっていた。が、ジェシカの帰宅に気がつくと、皺くちゃの顔を綻ばせて女の豊かな胸へと飛び込んだ。


「マンマ! マンマ!」


 ぴっちりスーツに老いぼれ顔を埋めようと懸命な老人を、ジェシカは南米模様の笑顔で迎える。


「おじいちゃんもタダイマ。ご飯食べる?」


 ジェシカが差し出す唐揚げを見た途端、泰三の全身が瘧のように震えだし、眼窩いっぱい涙をためて獣のように飛び退る。やがてウーウーとサイレンじみた唸りを上げながら、鉢植えを掲げて寝室へと引っ込んだ。ジェシカは鼻をならして唐揚げを摘む。

 あの日──大農園が焼かれて以来、彼の心は壊れたままだ。ジェシカを母と見間違え、唐揚げを見れば憑かれたように暴れだす。かつて近隣の農村を震え上がらせた「溝静空のぬらりひょん」の面影はない。過ぎ去った思い出とロハスへの憎しみだけが、今の彼が抱えるものだ。


 そんな犬神憑きじみた父をうっちゃり、息子は──ジェシカのラ・マン、幡羅木鉢省吾はその名の通り働き詰めだ。

 居間の一角はデスクとPC、山と積まれた資料に占拠され、伝統的な日本家屋をせわしない都会色に染めている。

 夕間暮れの薄闇の中、モニターから発せられるブルーライトだけが皓々として、銀縁眼鏡に無精髭が幽鬼のように青白い。ジェシカは呆れのため息を付いた。


「ボス、無理しすぎよ。仕事中毒もほどほどにしないと、いつかきっとガタ来るヨ?」


 呆れながらも電気をつけて、そして仰天した。

 彼女の上司は袖カバーをめくりあげ、注射器とアンプルを握りしめていた。熟練の手つきで駆血帯を巻きつけ終えると、震える手つきでアンプルをへし折り一気に薬液を吸い上げる。

 その中身が一発キメれば夢心地、疲労もポンと吹き飛んで、労働から戦争まで明るく楽しく従事できるあの薬だと気づいた時、ジェシカは省吾の身体にむしゃぶりつくように抱きついていた。


「ダメよ、ボス!」

「桃地君……でも、」

「デモもサンバもない! ロハスいつ来るかわからない! 貴方、ボスデショ!? ラリっても代わりイナイよ!」


 鋭い制止にハッとなり、省吾は注射器を放り捨てた。末端価格十数万の幸せを、彼の代わりに畳が啜る。


「……すまない。君の言うとおりだ。どうやらかなり参っているね」


 掠れ声でそう言って、男は目頭に手を添えた。

 無理もない。総力を上げてやってくる蝗の軍勢を、たった三人で迎え撃たねばならないのだ。ましてやその責任者ともなれば、重圧は計り知れない。票田(こきょう)を守れるか否かの瀬戸際で、彼はずっと苦しんでいたのだ。

 それを見抜けなかったことが悔しくて悲しくて、ジェシカは母が我が子を抱くように、省吾の身体をそっと包んだ。


「……ボスに必要なのは、So……リラックスよ。折角ホームに来たのよ、少しグラい羽目をはずして楽しむべきよ」


 ジェシカは意味深な笑顔を婀娜っぽく咲かせ、上司の足元の間に跪いた。じっとりと這うような手つきで太腿のあたりを優しく撫ぜた。

 こわばった男の身体が性的かつ丹念な刺激にじわじわと解きほぐされ、当然のようにスラックスの下では夜のライジングサンが始まった。


 思った以上にヤンチャな様子に固唾を呑み呑み、熟しきったチェリーのような唇をファスナーに伸ばす。主君の無聊を慰めることこそくのいちの誉れ、いざリラックスつかまつる──朝ぼらけを目前にして、しかし彼女の身体は突き飛ばされた。

 既成事実目前だったジェシカは、まさかの拒絶(ノーゴー)に驚きを隠せない。


「どうしテ!? どうして作付けしてくれないノ!? もう7年も一緒イルのよ、国籍モあるよ? ビザほしいダケの女と違うよ!!」

「そうじゃない………そうじゃないんだ。君は僕にとって、そう、仲間だ、戦友なんだ! 幾ら君がくのいちだからって……こんなのは不適切じゃあないか!」

「今更上司ぶっても遅いよ! 私知っテルよ? 真面目に仕事シテるフリして、アラぬ所を舐めマワスように見てたよ! なのにドウシテ! ケダモノじみてhold me tight!!」


 哀切に満ちた女の叫びに省吾は応えない。否、応えたくはある。だが素直に想いに報いるには抱えた物がありすぎる。


 僅かな逡巡のあと、省吾は胸ポケットからくしゃくしゃの写真を一枚取り出した。


 色あせた、一枚の女の写真。ジェシカはおずおずと受け取り仔細に見た。可愛らしい女だった。梅雨の合間にひっそりと咲く、泣き濡れた菖蒲のような女だ。

 ゆるく波打つ翠の黒髪、小さく愛らしいおとがい、桜色の艶めく唇。鼻梁は筆を流したように細く高く、垂れ目がちの両目は気恥ずかしそうに微笑んで、なのにどこか切なげなのは、女の涙の通り道、泣きぼくろがあるせいだからか。

 そしてジェシカの嫉妬をより一層掻き立てるのは、清楚可憐な顔立ちとは裏腹の熟しきった女の身体だ。萌え袖セーターにフレアスカート、いかにも貞淑を装った佇まいだが、人妻だけが持ちうる濃密で芳醇な魅力は全く隠しきれていない。むしろ秘すれば秘するだけ、さと柔らかさが露わになって男の目を引かずには居ないだろう。

 己とは全く異なる魅力を持つこの(てき)が誰なのか──薄々予感に囚われながら、ジェシカは破滅の宣告を聞いた。


「小百合……幡羅木鉢小百合。七年前に失踪した、僕の……妻だ」

「Oh……」


 ジーザス──天を仰いで呟いた。コブ付きの可能性は十分に検討した。だが彼女のラマンはありていに言って社畜で、家庭の匂いも女の気配もまるでない。

 そもそも自宅に帰ることすらない男にとって、不倫の禁忌は山盛りの据え膳を拒絶するほどの理由足りうるのか? 断じて否だとジェシカは思う。堕とした男の数は星の数、もちろん中には妻帯者も居たし、幸福の絶頂にある新婚家庭を火サスに作り変えたことも一度や二度ではない。


 もし敗因があるのなら、それは彼女が──小百合が、男の過去だから。


 思い出という奴は厄介だ。人の心を鮮烈に縛りつけ、その後の生き方さえも定めてしまうそれが証拠に、写真を撫でる男の目はは深く甘く、そして苦い。何故、今まで気づかなかったのだろう──こんな目をした男は決して、身体はともかく心だけは奪えない。


 敗北感が雫となって溢れだす。異国に流れて幾星霜、身体一つでのしてきた。マフィアから表沙汰に出来ない先生方に至るまで、あらゆる男に愛された自負がある。

 それら全てを打ち捨ててでも、彼女は目の前の男に愛されたかった。異国の地で右も左もわからぬ彼女に言葉を教え文字を教え、おっパブから開放したのは彼である。

 だというのにこの男は、浴びるほどの仕事に溺れてこちらを正視しないばかりか、今ここに咲く大輪よりも枯れ尾花をこそ愛でるのだ。悔しくて、なのにどこか眩しくて、何も口を挟めない。

 操を立てるという言葉の本当の意味を、ジェシカは今この時初めて知った。


「Ok……ボス、私浅ハカな夢見てタ。ハナから土俵に立っちゃイナカッタンだネ。コンナ事なラ、クノイチやらずに故郷(クニ)デ娼婦やるベキだったヨ」


 全てを忘れ、いっそ激しく乱れたい。ジェシカは、役場の隅でたむろしている男たちの視線を思い出した。絶望に溺れた男たちのハイエナにも劣るすねた目つきを。

 いやらしい風習どんと来い。即落ちもWピースも決めてやる──ただれた夜に慰めを求めて家屋から飛び出そうとしたジェシカの腕を、見慣れた袖カバーがしっかりと押さえ込んだ。


「待ってくれ、桃地君………いや、ジェシカ!!」

「モウいいノ、同情イラナイ! どこかのシャチョサンだまくらして、面白オカシク生きるかラ!」


 この期に及んで言葉など──けれどその手を振り払えないのは、初めて名前で呼ばれたためか。己の乙女さ加減に戸惑うジェシカを、省吾は背中越しに抱きしめた。


「……日本の法律では、失踪から7年立てば死亡したと見なされる。小百合が消えてもうすぐ7年……そうなれば、僕は独りだ」


 言わんとすることが要領を得ず、ジェシカはいらだちもがく。それをしっかりとつなぎとめ、省吾は訥々と、懸命に言葉を紡ぐ。長いので中略するが、己の肉欲をオブラートに包んだ屈服の言葉だと思っていただきたい。

 そしてトドメに差し出したのは、小さな箱に鎮座する、彼女の愛する黄金(こがね)金剛(ダイヤ)


「コレって……」


 それが一体何なのか、わかるのに理解できない。男はそっと手を取ると、何よりも雄弁な証を女の嫋やかな指先へと滑らせる。


「もう、我慢はしない。この戦いが終わったら、その時は……」


 省吾はそれきり押し黙る。今ひとつ煮え切らない男の胸で、女が身をよじらせた。正面から向かい合う。驚くほど間近に迫った女の瞳が、湖面にたゆたう月のように揺れていた。


「ボス……省吾。ワタシ、夢見てルの? ウウン、夢見てイイノ? ワタシ、ヨゴレよ? 悪堕ちスルかもしれナイヨ? ソレでモ、省吾は受け入れテクれるノ?」

「サッカーチームができるまで、朝から晩までまぐわおう」


 ついに男の口から本音がだだ漏れ、息づく女の唇を塞ぐ。袖カバーが閃いて、ぴっちりスーツを引き裂いた。あばかれた柔肉果実が薄闇の中で踊る。歓呼の声がポルトガル語で迸り、働き盛りを炊きつけた。

 かくして極東の秘境の地で人知れず日泊品種交配がおっぱじまらんとした矢先、居間の入り口、廊下の床がみしりと小さくきしみをあげた。


 省吾ははじめ、痴呆を装う父の不埒かと思った。だが嗅ぎ慣れた女の匂いが──ジェシカのものではない、もっと懐かしく優しい匂いが鼻孔をくすぐり、ハッとなって振り向いた。


 一人の女が立っていた。息を詰め、己を殺す、泣き濡れたあやめの如き立ち姿。三対の視線が重なった。薄明かりに悄然と佇む女は、頭を垂れる稲穂のように、音もなく一礼をしてみせた。隅々まで躾が行き届いた、完璧な所作だった。

 夢から目覚めた男が、かすれ声でその名を呼ぶ。


「……小百合、なのか」

「ご無沙汰しておりました」


 しっとりと濡れた瞳で見つめ返す女の姿は、記憶に残る最後のものと寸分の違いもない。初秋に相応しい藤色のセーターに紺色無地のフレアスカート。貫くような夫の視線に恥じらって、白磁の肌にはさっと紅がさす。

 貞淑、清楚、童貞も中年も別け隔てなく殺す恐るべき癒やらしいオーラがムンムンと漂わせ、やや厚めの唇は紡ぐ言葉を探して戦慄いて、その穂先を捕まえられずにはにかんだ。

 完全無欠、男殺しの(ビューティフ)魔女(ルウィッチ)──ジェシカは敗北を予感した。


 よりによって何故この時に──せめて一戦終えたなら、付け入る隙もあっただろうに。

 しかし過去から来たる宿敵は、ただ静かに咲いている。泥棒猫のジェシカにさえ、優しい笑みを投げるのだ。

 くのいちの完敗だった。しっかりと絡めた男の指が解けていくのが感じられた。苦い微笑が見えぬよう、そっと静かに身を剥がす。


 さよなら、ラ・マン──もう二度と迷っちゃダメよ。極楽蝶が秋の場末に羽ばたこうとしたその時だった。新たな影が、美魔女の隣に並び立つ。


「やれやれ、とんだところにお邪魔した。出なおしたほうがよろしいかな?」


 最早見飽きたガイアの使徒、教授その人がそこに居た。夕間暮れに白衣姿が目に眩しい。草食とは思えぬたくましい腕が、小百合の肩に回された。あってはならないツーショット──省吾は怒りに打ち震える。


「貴様ッ……どうやってここに来た!! 薄汚い手を小百合から離せ!」

「ひどい言い草だな、農協悪鬼。……いや、我が旧き朋輩よ。貴様の可憐な奥方を、7年もの間手折られぬよう守ったのは私だぞ?」

「……どういう、意味だ……!」


 いや、それよりも──敵襲があったというのに、役場の方では未だ酔漢が管を巻き、二度揚げの音が途絶えることなく耳朶をくすぐる。変わることない日常が、この由々しき事態を際立たせた。

 慄く省吾に、答えたのはその妻だ。


「私が、手引をいたしました。貴方の妻として、皆さんにご挨拶(・・・)をして。皆さんとても……親切でしたわ」


 伏せたまつげを震わせて、女は罪を告解した。彼女は全て知っている。夫の素顔もその勤めも、今のおのれが夫の敵といることも。


「小百合……。何があったのか、僕は一切気にしない。だが! これ以上そいつとは関わるな!」 

「ごめんなさい、あなた。でも……出来ません」

「何を言うんだ君は!? 亭主の仕事を邪魔するなッ!」

「……できませんっ」


 明確な拒絶の言葉に、省吾は凍る思いだった。妻は両手で顔をすっぽり覆い、いやよいやよとかぶりを振る。


「なぜだ、小百合。なぜそいつと共にいる……」


 妻は──小百合は答えない。篠つく雨を思わせる儚い雫が、凝脂の肌を滑って落ちた。

 今この時、勝者であるのはただ一人──全てを仕組んだ教授の顔が、喜悦と愉悦につやつやしていた。寄り添う女に腕を回し、おとがいをそっと摘んで弄ぶ。


「さぁ、小百合くん。亭主に見せてあげたまえ。君の7年──健康と美容に満ちた7年の成果を」

「厭! 主人の前では堪忍して! お願いよ酒友君!」

「今さら何を! 君は私に誓っただろう! 愛で地球を、そして主人を救ってみせると! それとも無理やりがお望みかね? ならばよかろう、君がどう開発されたか、この私が見せてやる!」

「待って! それだけは! 」


 悲痛な声を張り上げて、とうとう小百合は屈服した。夫の仇に導かれ、美貌の妻は溢れる涙を萌え袖で拭う。

 振り切るような吐息を一つ──すべてを諦め受け入れた、別離の笑みが花開く。


「愛してるわ……あなた。でも、私、もう………!!」


 そして、変貌が始まった。


「嗚呼っ……!!」


 苦悶と呼ぶには色づきすぎた、生々しい息遣い。小百合は教授の胸を突き飛ばすと、夫の生家に倒れて伏した。

 ついで光が──まばゆい光が彼女の(うち)より溢れでた。渦巻くように風が吹き、女の体を持ち上げる。うつろな目には光はなく、汗ばむ頬を淡紅色に火照らせて、美人妻は虚空で悶える。


「小百合!? どうした、小百合ッ、小百合ーッ」


 駆け出そうとする省吾の体を、とっさにジェシカが押し倒した。嫉妬心からではない、純粋に脅威を感じての事だった。明らかに尋常ではない──その証拠に、光と風はますます強く、大きく膨らんでいく。

 今や部屋中が光と風で満ち溢れ、とうとう屋根が、四方の壁が吹き飛んだ。隣室にいた泰三が、鉢植えを抱えて必死に叫ぶ。「マンマ! マンマ!」──息子の嫁に何を見たのか、その真意は分からない。直後に吹いた暴風が、老いぼれも農協戦士も家ともどもなぎ倒した。


 ついに迎える炸裂の時──飛翔した発光女体が夜空のはざまでひときわ輝く。鳴動する大気と大地。爆ぜる光が音もなく溝静空に咲いた。


 降臨──現れたるは身の丈実に数十メートル、シミひとつない裸身の危うい所に巨大な蔓草を巻きつけた、ギリギリで配慮のなされた巨人の女だ。面影だけはそのままに、その目に灯るは慈母の色。あまねく地平をみはるかし、三千世界を愛で抱く、まさにこれこそガイアの化身。

 うっとりけぶる翠緑(みどり)の瞳が、眼下の村を見下ろした。


 産声を、あげる。



 ──アアーーーーッ。



 背徳の快楽に溺れ、悦びに濡れそぼつ人妻のような鳴き声が、秋の夜長にこだまする。

「なんだ……!? なんなんだ、アレは!」──その股ぐらにキく啼き声は、前かがみの省吾の心に大きな亀裂を走らせる。

「ソンナ……ナンてイヤらしい声なの!?」──強者は強者を知るという。女の格の違いを思い知り、ジェシカは慄然と立ち尽くした。

「マンマ! マンマ!」──泰三が無邪気な歓呼を繰り返す。もう何でもいいのだろう。


 勝ち誇る教授の声が、満天の夜空に高らかと響く。


「菜食療法をベースに、ホメオパシーとマクロビオティックの粋を凝らした人体改造! さらには気のせい(プラセボ)による洗脳により、彼女は心身ともに生まれ変わった! 若く強く美しい! これこそ我らがいただく切り札よ! さあ行こう、小百合くん! ……いや、今この時こそ名付けよう!」





「──大怪獣!! ヴィーガン!!」







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