第一節 それぞれの場所
事件から10年後
●向日葵:北海道の北澤亭にて
いつも通り起きた私は朝食を作り終えた。
私は二階に向かって大声で呼んだ
「麻美ちゃん朝飯できたよ」
麻美というのは北澤家の一人娘のことだ。彼女の母は失踪中らしい。私の声であの子は元気よく降りてきた
「おばあちゃん、ごはんだって」
おばあちゃんは奥の部屋から歩いてきた。
北澤家の現頭首・満65歳の北澤夛眞、何十年も江舞寺を支えてきた一人である。
「向日葵ちゃん、ずいぶん料理うまくなったね・・・前は焦がしたり、ヌメヌメにしたりしてたのに、10年で進歩したね」
「そうか、10年だね、魁たち元気かな・・・」
「かい君は父さんが付いてるから平気であろう。それより、さっちゃんが心配じゃろ」
あの時、桜は家を襲った敵にさらわれ、安否が分からないのだ
「ふう君だって安否が分からないがな」
そう、吹雪鬼は私を置いて行ってしまった
7年前:北澤亭玄関
吹雪鬼が荷物をまとめ、今にも出て行きそうに言った
「もう待ってらんねぇ、俺は桜を探しに行く、ついでに家を襲った奴らをぶっ潰してやる!ばあちゃん、メシとか勉強とか世話になったな」
「ふう君!待つのじゃ!私たちがあなたたちを守らなきゃいかんのに、奴らに関わると命を失うぞ!」
夛眞が必死に止めるが、吹雪鬼は聞く耳を持たなかった
「もう十分関わってるさ、俺も向日葵もアンタもな」
「それに、向日葵ちゃんに何も言わずに出て行くなんて・・・かい君と約束したのじゃろ」
「魁人が来たら伝えてくれ、俺を探すなってよ。向日葵にはごめんってさ、伝えてくれよ、頼んだぜ」
吹雪鬼は出て行ってしまった
●夛眞:現在
「ふう君・・・」
向日葵は少し思いつめた顔をした後、元気よく言った
「平気だよ、きっと。そうだ、魁が帰って来るんだよね」
上の者の話では、魁人が時期に帰って来る。向日葵はこれをずっと待っていた
「帰って来るよ、もう時期な」
「ちぃにも会いたいな・・・」
「ちぃちゃんの事は覚悟をしとかんとな。いざ会って誰って事になるであろう。何かきっかけがあれば、思い出すかもしれないけど、いつになることやら。それに心配もいらん。一応、北澤家の手の者を彼女の隣の部屋に住まわせておる、必要かは判らないがの」
「必要はあるよ、家を襲った連中がまた殺しにくるかもしれないんだから」
まぁ、そうじゃな・・・奴らも狙っておるのだから
●安部(北澤の手の者):神戸
ここは神戸の小さな町。
私は北澤家に代々仕える安部家の一人娘。今年で27となる。私に課せられた使命、それはあまりにも残酷なことだ。その為に私は数カ月前より、このアパートに住み、隣の部屋に千秋様が住むのを待った。
そして計画は進み、私の任務は今の段階へと進んだ。彼女は数週間前よりアパートに住まわれた。私は計画通りに交友を交えた。そして今、彼女は幼稚園教諭の資格を取り、アパートの階段を上っている。
私はゴミ袋を持ってさりげなく出て行った
「あら、千秋ちゃん、教員試験どうだった」
「安部さん、受かりました」
彼女は微笑んだ
「そお、よかったね、今日はアタシが料理をふるまってあげよう」
「悪いですよ安部さん、料理はできますから」
「遠慮しないの?さぁ、待っててね」
この日、私は千秋さんを祝い、彼女は明日から近隣の佐伯幼稚園の先生をすることが決まったのだ。あとは最後の時を待つのみだ。
鹿児島県、枕崎市にて
男は走って黒いフードを被った女から逃げていた
「ハァ、ハァ!くっそ・・・」
女は何も言わず歩きながら追いかけてきた
「何故、俺の居場所が分かるんだ・・・」
男が角にさしかかり曲がった瞬間、先回りした女が立っていて、女はフードを取りました。
「か、かぐや様・・・あなたが何故・・・」
男がビクビクしていると
「脱走者の処罰もしているの・・・ねぇ、教えてくれる?どうして、逃げ出したの?」
「嫌気がさしたのさ・・・毎日毎日、人に薬を試して命を奪い金をもらうなんて・・・とても耐えられなかったんだ!あんたには悪いがな」
男はナイフを取り出した
「つまらないな、あなたは今から試される側になるのよ」
男がかぐやに刺しかかると、かぐやは男の顔を触り、何らかの波動を放ちました。すると男は後ろへ倒れた。かぐやは男に向かって大型のスーパーボールのような物を投げつけた。それが割れると、ドロドロとした物質が男を覆い、体を溶かしました。かぐやはその様子を静かに笑みを溢しながら見ていた。
翌日
●千秋:佐伯幼稚園
私の名は小宮千秋、今日から正式に幼稚園の教諭となる。
ここまで来るのに努力を惜しまなかった。今まで数多くの転機を辿ってきたが、今日が大きな一歩かもしれない。辛い事もたくさんあったが、それもこれも今の私がいる理由だ。しかし私が自分の過去を語ると、みんな冷めてしまう。面接官の人なんて、聞くなり泣き出される始末だ。私の前にいる園長の久下さんもその一人だ。
「今日から頑張ってくださいね、小宮先生」
「よろしくお願いします」
すると、私と同年代くらいの先生が私に言ってくれた
「けっこう楽しいよ、この仕事、私は隣のクラスの担任の菊岡涼子で~す」
良かった、怖そうな人がいないや
私は久下先生と教室に入ると幼児たちは私を見て不思議そうにしゃべっていた。
「だれ、あの人?」
「園長先生、だれその人?」
「みんな、静かにね、今日からみんなと遊んでくれる小宮千秋先生です。仲良くしようね」
私は元気いっぱいに園児たちに挨拶をした
「みんな、よろしくね」
「はーい」
職員室へ戻った私に久下先生は話しかけてくれた
「小宮先生、幼児はどうでした、かわいいでしょ」
「はい、みんな立派に卒園させます」
「今日の夜、飲み会にみんなで行くんですけど、あなたもどうですか?」
これが大人の社会というものか、人付き合いは大事らしいけど、私はお酒が飲めないし、やっぱり断ろうかな
「すいません、私、お酒は・・・」
「いいじゃない、一緒に行こうよ、楽しいよ」
「え、では、行かせていただきます」
ああ、やっぱり断れないや
その夜
●千秋:居酒屋・万年山にて
「それでは、新しい先生の歓迎会も祝し、今年7回目の飲み会を行います」
「みなさーん、かんぱーい」
「かんぱい!」
先生たちは飲食を始めると、私は菊岡先生に話しかけられた
「小宮先生はなんで幼稚園に勤めようと思ったんですか?小さい頃からの夢とか?」
この話をすると長くなると分かっていたが、私は話し始めた
「いえ違います。そもそも私は中学生時代以前の記憶がないんです。頭に強い衝撃を受けたとかで・・・」
当然、驚かれるだろう。そう思っていたが、菊岡先生はあたかも知っていたような表情をしていた
「そう・・・」
なんだろう、この人は他の人と違う感じがする。私は話を続けた
「それで私は高校時代を施設で過ごしたんです」
今となっては良い想いでだ。なんせ、最も古い記憶だからだろう。自分が他と違う。それだけで満足感があった。高校でも変わってると言われたこともある
「そこにいた小さな子供たちは私によく懐いてくれて、とても優しくあどけなかった。そんな子たちの中で一番懐いてくれてた子・・・私のせいで死んじゃったんです」
あのことが、つい昨日のように感じる。でも、ここでは泣かない
「もう、そんなのが嫌だから、ずっと見守りたい。私をひきとってくれたおばさんたちも先月、事故で亡くなっちゃって、私は教員試験に受かった。おばさんたちも私なら先生になれるって言ってたの、自分の娘のようにかわいがってくれてたんです。私に実の親の記憶は無いんだけどね」
「大丈夫?泣きそうだけど」
気付いたら私の眼には涙が溜まっていた。人に話すと長くなるとは思っていたけど。いざ話すとここまで胸が締め付けられるなんて、分からなかった。この人は本当に優しい人だ。なぜだか私は分かった気がした。
「菊岡先生はどうして先生になろうと思ったんですか?」
「外では、涼ちゃんって呼んでいいよ、その方がひたしみもあるしね。だから私もちぃちゃんって呼ぶから」
私はこのとき、社会にでて初めて友達ができたと感じた。この人よく見れば、結婚指輪を付けている。
「私が教師になった理由はね、母が幼稚園の先生だったんだ、私もずっとなりたかったの」
いいな、小さい頃から夢を抱けるって。すると久下先生が私たちの会話に口をはさんだ
「ん、菊岡先生、年齢はいくつでしたっけ?」
「25ですけど、何か?」
私と同じだ
「小宮先生と同年齢ですね」
「え、ほんと!すごいすごい」
菊岡先生はうれしそうだった。でも、少しだけ違和感を覚えた。
●菊岡
私は食事をしている彼女を見ていた。ちぃちゃん、やっぱり私のことも忘れちゃったんだね、ちょっぴり悲しいや・・・でも、私は3の4連合軍の一員としてあなたを見守る、それが私の今出来ることだから。そうだよね、ふぅ君。
私、菊岡涼子は千秋の元友人であり、吹雪鬼たちと同じく元歩川中学4組のメンバー。傍にいれば記憶を取り戻してくれると思い、ここにいる。
次の日
●魁人:飛行機の中
俺は夢を見ていた。幼い子供頃の視点で、目の前にいる小柄な女の子が語りかける。
「江舞寺は強い・・・」
目が覚めた。久しぶりにこの夢を見た。彼女は俺が初めて話した江舞寺の根の人。凄まじい霊力と妖力を持ち、とても優しく、幼い俺に江舞寺について、多くのことを教えてくれた。たしか俺はあの子のことをあーちゃんと呼んでいた。本当の名前も顔すらも、なぜか思い出せない。
機内アナウンスが流れた
「当機は日本上空に差し掛かりました。あと30分程で羽田へ到着いたします」
10年ぶりの日本か。
あの日、使命を破った俺は今日、日本に戻る。出るときにやたらと大変だったが、成長した兄妹たちに会うのを待ちわびていた。俺はというと、身体的にはまだ大人になりきれていない気がする。どうせ、成長してねえとでも言われることだろう。
約6時間前
●魁人:中国のホテルにて
「ダメェぇ~~~」
俺の足に泣きながら縋る少女は愛恵という、8年前に父さんが日本で拾ってきた子だ。今年で8歳になる。連れてきた子供はたしか2人目だったな。前の奴は俺と一緒に連れてきた赤ん坊だ。5年前に使用人の女性とともに日本に帰った。その使用人の咲さんが愛恵をあやす
「マナちゃん、お兄ちゃんはやらなきゃいけない事があるから」
「いっちゃヤダ~~~」
そばにいた父さんが言った
「お兄ちゃんに迷惑かけるなよ」
「ヤダ~~~」
愛恵は言う事をきかない
「マナ、また会いに来るからさ、そのときまでに立派になってるんだぞ」
俺は愛恵の頭をなでながら言った。愛恵は頷くと落ち着いたようだ。父さんが愛恵に言った。
「じゃあ魁人を送って来るから、良い子でお留守番してろよ。咲さんにあまり迷惑かけるなよ」
「お気をつけて」
咲さんはそう言うと一礼をする。この人は俺より2歳年上で、俺が来る以前から父さんとここで暮らしていた。剣術が長けており、よく相手をしてもらっていた。父さんは咲さんに手を向けると、俺とともにホテルを出た。
●魁人:智人の車の中
「魁人、中国を出る前にお前に言っておきたいことがある」
父さんは真面目くさって言った。大方目星はついている
「愛恵のことだろ」
父さんは少し黙り込んだ
「お前の娘って判定された」
俺にそんな記憶はない、だが証拠を付きつけられたら、意を挫くしかない
「8年前お前に覚えがないのは分かっている、ただ伝えたかっただけだ。どうして日本で見つかったのかも向こうで調べてみるといい・・・」
そう、俺は10年前からこっちに住み、あちらには一歩たりとも戻っていない。しかし、なぜか8年前、日本で産まれ、父さんが引き取った。その理由は敵に狙われているとのこと、故に奴らの手の届かない、海外に連れ出すとの計画らしい
「調べたくないのは分かる。だが、あの子は俺が父親と思っている、そして母親は死んだと教え込んだ。お前が母親を見つけるんだ、本当の母親をな」
●魁人:現在、羽田空港
何があったのかも、時期に分かるだろう。俺は飛行機から降り、駅に向かっていた。すると俺の携帯が唸った。メールが来たようだ。しかも、特別な江舞寺の連絡をするための機器の方だ。メールの内容は、先に神戸に寄れとこと。
ゆわれるままに国内ターミナルに来た俺は、内容も知らず、ただ向かうのだ。
●魁人:神戸にて
神戸の駅に着いた俺は、待っていた女性に会った。
「失礼いたします、江舞寺の使いの者です」
女性は歩札を出し、俺はそれを受け取った。
歩札というのは江舞寺の者である証のこと。俺はそれが本物かどうか、見極めることができる。
江舞寺の念が込められているのを感じた。嘘ではないようだ。札には葉っぱの印の上に津川ナオミと書かれている。女性の名だ。
俺はそれを津川さんに返し、問う
「用件はどういったことで?」
「これから、そう遠くない場所へ向かいます。あなたはそこで江舞寺に関する情報を得ます」
情報?そうか、父さんが言っていた深き秘密のことなのかもしれない。
「ただし、それはあなたに対するモノではありません」
どういうことだ?俺に対するモノでないのに、なぜ俺が受け取る?俺は伝言役にされたということだろうか。
「分かった・・・」
「それでは、向かいましょうか」
津川さんはそっと微笑むと、俺を導いてくれた
●魁人:神戸の小さな街角
封筒が四本。俺は情報を得た。それぞれ四人の頭首たちに届けよとのことだ。
「それでは頼みます」
俺の前にいるフード姿の男、顔も見えやしない。歩札も出さないところをみると、根の方なのかもしれない。
江舞寺の根というのは恐ろしいモノらしい。この国のいたる場所に潜伏しており、常に俺たちを見張っている。頭首でさえも、自由が束縛されるのだ。
しかし、俺は根についての第一印象が優しい人なのだ。そう、あーちゃんだ。彼女が根の人であるから、俺は根を恐れていない。あくまで俺はであり、爺様や守護四亭の主たちは恐れを感じていたようだ。俺の前にいるこの方は、懐かしい匂いがした。もしかすると、俺のよく知る人物なのかもしれない。
「それでは、行きましょうか」
津川さんは再度、俺を導いてくれた。
夜の道を歩いている際に、津川さんが俺にさり気なく聞いた
「魁人さん、あなたのお姉さんはどんな人でした?」
任務中に私語をするなんて、珍しい人だな。まぁ、美弥もそうだったしな
「とにかく優しかったですね」
津川さんは少し顔をしかめた
「それだけですか?」
物足りないようだ。少し言葉に詰まったが、さすがに疑問を持った
「なぜ、そんなことを急に聞くのですか?」
そのとき、津川さんはその場に止まった。
夜の闇の中、電灯で僅かに照らされる津川さんの顔。放心しているように見える。
そのとき、俺の背後から若い女性が歩いてきた。津川さんは黙ったままだ。
その女性は俺たちを通りすぎて行く。何か引かれるのを感じた。すると津川さんが突然言った
「私はここで失礼いたします」
俺が津川さんに視点を戻すと、未だしかめた顔のままだ。
そのとき、女性の奥の細道から急に人が出てきて、後ろに気をくばったそぶりをみせると女性のバックを取って逃げだした
「あ!泥棒!」
見れば分かることだ
「助けてみてはどうですか?」
津川さんが言った
「ああ」
俺は妖術を使い、火の鳥を男目がけて飛ばした。それが男に当たると小さく爆発し、男は衝撃で倒れた。爆竹程度の威力しかないハズなのだがな。
俺は男に近づくと、男が逃げようとしたので、男の腕を掴み、バックを奪った。俺が手を離すと、男は一目三に逃走した。追う必要もないだろう。気が付けば、津川さんはどこかに消えていた。
俺はバックを女性に渡した。すると女性は心配そうに言った
「ありがとうございます。でも、夜中に爆竹なんて・・・」
そうだな、とっさに放ったが、はたから見たら爆竹だ。それに今、この近辺には今の奴を追っているとみた見回りの警察官がいるだろう
「誰だ!爆竹なんか爆発させたのは」
やはりいたか・・・この人に迷惑はかけられないな。
「ごめん、見回りだ。君、逃げるよ」
俺は女性の手をひっぱり走りだした。
●千秋
今、私の手を引っ張っている人。なんだろうこの感じ、初めてじゃないような気分、この人一体誰だろう
「あの、あなたは?」
「ごめん、俺は江舞寺魁人。君は?」
「小宮千秋、よろしくください」
魁人さんはキョトンとした顔で私を見る。どうしたのだろう。
「実は俺の姉が同じ名前なんだ」
「そうなんですか・・あの、着きました」
そうこうしている間にアパートに着いた。お茶でもしながら少し話したい。
「そう、それでは、さようなら。」
「あの、上がっていきませんか?お茶でも飲んでいってください」
思い切って誘ってみた。時間は平気だろうか?魁人さんは少し考えたのち
「ありがと、いただくよ」
私は魁人さんを部屋に入れ、お茶を出すと会話を始めた。
「私、1カ月前からここで一人暮らししているんです」
「へぇ、一人で大変だね」
「いえいえ、魁人さんは、家はこの辺なのですか?」
「いえ、俺はそもそも今日、日本に戻ってきたのです」
「え?どちらに行らしていたのですか?」
「いろいろあって中国帰りです」
魁人さんはお茶を飲み干すと
「ごちそうさまです。それではお邪魔いたしました」
魁人さんは荷物をまとめようとした。とっくに終電が行ってしまった時刻だ。それに私は彼の言っている“いろいろ”を知りたい。泊まらせてじっくり聞いてみよう。最近、肉にも飢えていることだ。この男性、魁人さんは他の男性と違う、信用ができる。
「もう終電行っちゃいましたよ」
「あーそうだね・・・」
彼は悩んだ顔をした。人を誘うのは初めてだから、緊張するが、私は言った
「今夜は家に泊ってください、いろいろとお話を聞きたいんです」
魁人さんはキョトンとした顔をした
「いいんですか。見ず知らずの男なんて泊めて」
「はい、1人は寂しいもので、魁人さんがもし良かったら泊まってください」
思ったより楽に誘えた。よく思うと独りで住むのは心細いものだ。
こうして私たちは一夜を共にした。
不思議なことに、魁人さんは至って真面目な男性だった。求められるどころか、性に対しての興味がないようだ。そのせいか、何か普通の男性では無い、良い意味で何かが欠けている気がした。
翌朝
●安部:神戸のアパート
部屋のゴミを捨て終え、階段を上っていると、千秋様が高校生くらいの男性を連れ、階段を降りてきていた。
「安部さん、おはようございます」
「おやおや、千秋ちゃん、ボーイフレンドかい?」
私はチャチャを入れるように聞いた。
「違いますよ、終電が無くなったので昨晩泊めたんです」
反応に困ることだ。男なんて招き入れるとは・・・
「まあまあ、用心なさいよ。ところで、どこに向かうつもりだったの?」
「北海道です、いったん空港に向かわなければならないので」
なんだ、この違和感は・・・この人、いやこの方は、まさか・・・
「北海道・・・そうなの、大変ねぇ。君、名前は?」
「江舞寺魁人です」
やはりか・・・
「そう、覚えておくよ・・・」
「それじゃあ安部さん、行ってきます」
「気を付けてね~」
二人は駅へと向かって行った。
とんでもない方が来たものだ。歩札を出すべきだっただろうか。
私は自分の部屋へ入ると、鍵を閉めた。
魁人様、知っていて近づいたのですか?それとも、ただの偶然なのだろうか?
どちらにせよ、私の目的に支障が出なければ良いのだが。いや、いっそのこと大いに支障が出てくれた方が良いかもしれない。今の私はそう思い始めていた。
●千秋:駅にて
駅につくと、彼は言った
「それじゃありがとう、幼稚園のお仕事、頑張ってね」
「はい、それではお元気で」
彼は改札の中に行ってしまった。多分、もう会えないだろう。しかし、自然とまた会える気がした。
●魁人:電車の中
俺はかつての友のことを考えていた。俺の一番古い友人で、根の筆頭を務めていた。彼女はとても個性的で、何より面倒見のよい性格だった。俺と二人のときはベラベラと機密を話してくれた。それが演技でないのは自信を持って分かっていたことだ。俺が根を恐れないもう一つの理由がこれだ。そんな彼女が五年前に失踪した。父さんからそれを聞いて驚きと喪失感にかられた。俺にとってあいつは導きだった。本来は部下なのだが、俺と桜はあいつを兄弟のように慕った。それこそ、実の兄弟より深く通じ合っていたのだ。俺が使命を破るときに、あいつは俺の考えをすべて見透かした上で俺にこう言った。“必ず桜を守ってくれ”と、江舞寺の命令を誰よりも聞かなければならなかったのはあいつもだった。その彼女が、俺にそう言ったのだ。桜を誰よりも大事に思っているのは俺だけではない。彼女もそうなのだ。だからこそ、彼女は桜を奪い返しに行ったと考えている。生きていてくれよ、美弥・・・
●美弥:謎の場所
魁人は今頃何を考えているんだろうな。もう日本に到着したと聞く。早く会いたいが、俺があいつと会うのは当分先になるな。また三人で揃いたい。そしたら良い酒でも飲んで、いろいろ話したいもんだ。まあ、そうなったらいいものだがな・・・
俺は江舞寺を去った。そして、来た場所がここ、永久の月だ。
目の前の扉を開けるとそこには幹部の連中が集まっていた。これからここで会議が始まる。俺はその幹部の中でも上位階級の方だ。
●美弥:永久の月アジト、会議室にて
今回の会議は今後の作戦についてだ。今、ボスが話している。
「次に、10年前の江舞寺亭襲撃計画の続行についてだ」
会議室に異音な空気がたちこむ。
「では計画の内容を発表しよう」
ボスはスライドに江舞寺家の映像を映した
「ここに映っている、江舞寺栄恵、江舞寺恒人、江舞寺桜の三名は我々で殺害した。だが他の者は未だ生きている。その中でも江舞寺向日葵、江舞寺吹雪鬼の居場所がつかめていない。現頭首、江舞寺魁人は外国に行ったが時期に現れるだろう。君たち支部長は、朝舞君の下、江舞寺千秋を含めた今生きている5人を殺害するのを頼みたい」
ボスが俺を見ると、幹部の半数が俺を見る。当然か、なんたって俺は根の筆頭を務めていながら、江舞寺を裏切った女だからな。スパイと思うものがいてもおかしくはないのだ。魁人とは古い仲だ、ボスもそれを知る。だから俺を戦闘隊長に選んだ。戦うべきその日のためにな。そして、この地位は9人の支部長たちを束ねる役割だ。指令を出すなどをして、直接動かない。いくつかの支部に任せるつもりだ。むろん作戦は俺が考えるがな、生き延びてくれよ魁人。まあ心配はいらないよな。
「もう、江舞寺千秋は今すぐにでも殺せる。かぐや、まかせていいかい?」
ボスは彼女を見る
「やっと殺せるのね。簡単よ、今行けというなら行くけど」
「いや、まだいい」
「どうして?」
「君に合う武器が完成した。工科技術局によって行きなさい・・・」
「ふ~ん」
工科技術局は武器などを開発する場所だ。ちなみに彼女は生命科学局の局長だ。
「みな、手元にある封筒に朝舞君の作戦内容が入っている。各自、支部に命令の通達を頼む。以上だ」
支部長たちは声を張って言った
「はい!」
会議は終わった。面々は会議室を出た。
「美弥君」
ボスに呼び止められる。
「何でしょう、ボス」
「君は江舞寺魁人に会わずにいいのか?」
左目を眼帯で覆い、神の力を秘めたような右目が俺の心を見透かす。俺は頷く
「あいつには俺がこちらにいることは伏せておきたいのですよ」
「そうか・・・」
ボスは彼女とともにその場を去った。ここ永久の月のボス、月平の神差、昔は敵だった。永久の月の兵は俺がガキの頃に何百人と葬ってきた。ときには四天王の一角をも討ち落としたこともあった。そんな俺が今ではこちらにいる。
工科技術局
神差がかぐやとともに入って来ると、局内に向けて大声で叫んだ
「杉本工科技術局、局長!例の武器を」
すると棚の上から髪がモサモサの小柄な若い女がロープで降りてきました。
「はいはい、これかい」
杉本は指輪をかぐやにほうりました。かぐやがそれを見て杉本に問う
「芽ちゃん、これは何?」
「それは指に・」
神差が説明しようとしたら、杉本が先に言った
「芽ちゃんが言う!」
神差は笑いをこぼすと
「どうぞ」
杉本は自慢げに言った
「それはね、指につけて、ムチみたいに放つのさ」
かぐやが言われたとおり右手の人差し指に付けて指を振ると
(パシン)
指輪からワイヤーが出て貯蔵庫の机の上にある武器がいっぺんに切り落とされ、杉本の目の前にワイヤーが飛んでくると、杉本は懐から出したナイフでそれを防ぎました。そして笑顔でかぐやに言った
「おっと言い忘れていた、そんなに振るとかなり遠くまで届くから気を付けてくださいね、かぐや様」
「だいたい分かった、そういえば今日あの子は?」
かぐやが局内を見渡す。すると杉本が言った
「副局長だったら、今日はたしかいなかったと思います」
「ああ、検診だな」
「まぁ月に一週程度の休息だね。なんか生理みたい」
杉本が言うと、かぐやはその場を去りながら言った。
「そう、じゃあ行ってくる」
「かぐや、くれぐれも幼稚園で殺るのはよせよ」
神差の言葉にかぐやが返す
「分かってるよ、小宮千秋、本名を江舞寺千秋。とにかく神戸についた頃には夜でしょ。帰って来たところを襲うわ」
かぐやはその場を去った。
夜
●魁人:北海道にて北澤亭の前
兄さんは元気だろうか。俺は警備員に訪ねた
「すいません、こういう者です」
自分の歩札を見せた
「分かりました、お入りください」
こうして俺は帰還した
●夛眞:北澤亭内部にて
やっと帰ったか、どこで道草を食っていたのか
「魁人君、久しぶりだね、もうすぐ向日葵ちゃんが帰ってくるよ」
「え?どこに行っているのですか?」
「買い物に行くって言いだして出てったよ、もちろん護衛は付けたよ」
「え、兄さんも?」
吹雪鬼は家を出てそれきりだ。
「いや、少し遠出をしていてな・・・今はこっちにいないんじゃ」
嘘を吐いてしまったのだろうか・・・まぁ、問題は無いかの。話をずらす、いや、ちと説教でもしよう
「それより、魁人君、昨日の朝、日本に到着したのだろう。ちと遅いのではないか?」
東京で遊んでいたなんて考えられないが、訳を聞くか
「え?話、通ってないの?」
魁人はキョトンとした顔をした。
「神戸で津川って人と根っぽい人から、こんなモノ受け取ったけど」
魁人は封筒を出した。根の者が動くのなら、そうとうな極秘機密でなければ、私が知らぬハズは無いのだが。私は封筒の一つ、私宛のモノを取ると、魁人に言った
「騙されたって事はないのか?」
「そんなハズないですよ。歩札にちゃんと江舞寺の念が込められていましたので」
歩札を偽るのは無理だろう、まして読みとった人物が魁人では到底、誤りは起きない。そして、江舞寺への忠義無き者では念は保てないのだ。
私は恐る恐る封筒を開いた。
神戸にて
安部は血だらけでかぐやの前に立っていました
「はぁはぁ、さすがに強いな」
「邪魔、江舞寺千秋を殺す。それが私の使命なの。あなたは先に死になさい、北澤家の犬め」
かぐやは笑った。安部は死に物狂いで言い返す
「黙れ!千秋ちゃんには手を出させない!絶対に!」
安部はかぐやに重り玉を何個か投げつけました。
桜は軽々しく、空気の壁を作りだし、それらを吹き飛ばしました。
そして、かぐやは安部を見ると、まがまがしい強い気を放つ
それを見た安部は驚いたように
「なんだこの凄まじい邪気は!お前、人間か?」
かぐやは杉本から渡された指輪を使い、安部に向かって指を思い切り振りました。
それにより、安部の左腕が飛びました。さらに、その部屋の電話と安部の携帯が壊れました。かぐやが手榴弾を投げ、逃走しようとしたところ。
「ッグ!」
安部は逃げようとしているかぐやに対し、右手で粉末の入った小包みを投げつけた
かぐやが防ごうとした、そのとき
――――誰かが懐中時計を止めた――――
かぐやの眼の前で小包みは弾けて、かぐやは粉末を被り眠るように倒れました。
それを見届けた安部は、窓から脱出し、公衆電話まで行った
「なんとか北澤家に連絡を・・・」
●夛眞 北澤亭
魁人様から受け取った連絡を読み終えた。そういうことか、少しばかりマズイ話だな。これは他の頭首たちにも届けなくてはならない。魁人様がな。それより先にこの報告の件で、私はある人物に至急連絡を取らなければならなかった。急がねば手遅れになるやもしれんのでな。
その為に廊下に出ると、電話が鳴った。嫌な胸騒ぎがする。
私が取る前に使用人がそれを取った
「もしもし、こちら北澤ですが・・・安部様、どうなさいま・」
私は急いで替わり、通話に応じた
「節乃!どうした!」
「夛眞さま、安部・・です」
呼吸が荒い、疲れているという訳ではない。何があったというのだ
「奴ら、嗅ぎつけてきた。ゴボッ」
酷くせき込んだ、吐血したようだ
●安部
「追って来ないから一人だったと思いますけど、何とか倒した・ハズです・・・ただ気になるのは・・・」
「どうかしたか」
安部は血まみれで心臓を抑えていた
「クッソ毒か・・・」
「節乃!おい節乃!」
「夛眞さま・・・お役目もろくに果たせず申し訳ありませんでした。私は、もう・・・」
「おい・・・」
●夛眞
それ以降、通話は途絶えた
「何があったんですか!」
魁人様が驚いて問う。私は当直に説明をした
「ちぃちゃんを見張っていた、安部節乃という北澤家の使いの者が襲われた」
「安部・・・」
思い当たる縁があるのだろうか。魁人様は急に驚いたように言った
「まさか神戸の!」
会ったというのか・・・これも全て、津川と名乗る女の思惑だろうな
「そうだ、ちぃちゃんもこのままでは・・・」
魁人様は急いで外へ飛び出した
「魁人!どこ行くんじゃ!」
「俺、ちぃに会ったんだ!今すぐ助けに行かないと!」
今から行っても無駄だ、分からないのだろうか
「ここは日本だ。電車が一日中あると思ったら大間違いだぞ、あったとしても6時間はかかる、たとえ君の足で走ったとしても30分はかかってしまう。今の様子ではもう時間が足らん!」
キツめに言うと、魁人様は混乱したように言った
「じゃあ、どうすれば!」
私たちでは現地に向かうことは無駄だ。付近の分家に勢力を任せるか。そうこう考えてるうちに一刻を争う。
●魁人
どうしようもなく焦っていると、廊下の奥から使用人の格好の少女が近づいてきた。えらく若いな、まだ成人もしていないだろう。すると、少女は言った
「お困りならば手を貸しましょう」
「君、見ない顔だね、いつからこの屋敷にいるのだ」
北澤亭の主が知らない子。それにこの気、長く感じていた覚えがある。
「君は・・・」
そう、俺はこの子を知っている。
「お久しぶりですね、魁人様・・・」
彼女は俺にそっと微笑んだ
「ああ、また会ったね、狂歌」
彼女の名は狂歌、幼少の頃より話し相手、さらには裏の様々な師として、俺の世話をしてくれていた。会うのは10年とちょっとぶりか、まったく姿が変わらない。彼女ならば、俺たちを神戸へすぐに連れだしてくれる。
キャラが増えましたね。もっと増えます。伏線をばら撒いていますが、すべて回収するつもりです。