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短編

歩幅

作者: codama

 最近、彼との歩幅が合わなくなっている気がした。

 徐々にすれ違いが増えたこともあるが、もともと彼とはどこか合わないところがあったのかも知れない。

 現に、こうして隣を歩いていても、彼はどんどんと先に進んで行ってしまう。

 いつから、こんなふうになってしまったのだろう。

 今思い返してみれば、昔は手を繋いだり、腕を組んだりして、街中を歩いていたような気がする。もうそんな歳でもないのだろうか。きっと、そんなことはない。恋人との間に、そのようなことは関係がないはずだ。

 意図的かどうかはわからないが、こうして距離が離れていくのは、どこか心の距離も離れていってしまうように感じる。手を繋いだり、腕を組んだりするということは、より相手を身近に感じたいのかも知れない。私はあなたを身近に感じていたいのに、どうしてあなたは離れていくのだろう。

 私が、彼に追いつけばいいのだろうか。

 私が、彼に合わせればいいのだろうか。

 何だかそれは、私の思い描いていた理想の関係ではないように感じる。重い荷物を持ってくれたり、力仕事をやってくれたりする優しさなんて、私はきっと望んでいない。対等に、並んで歩きたいだけなんだ。

 私に合わせてくれとは言わない、でも何か繋がりがないと不安になってしまう。どうして、振り向いてくれないのだろう。それは信頼なのか、無関心なのか。知りたいけど、聞いてしまったら、もうそこで関係が終わってしまいそうに感じる。こんなことを考え始めてる時点で、終わりは近づいているのかも知れない。

 女は男の三歩後ろを歩けとは言うけれど、もう離れた距離は三歩どころではなかった。行き交うカップルの仲睦まじい様子に、どこか嫉妬を覚える。私たちにもあんな時期があったなあと。

 もしここで、彼の腕にしがみついたら、どんな顔をするんだろうか。何となく、うっとうしいような顔をされそうな気がする。そんなことが分かっていながら、どうしてこの人の事が好きなのだろうか。本当に、好きなのだろうか。そして、彼は私の事が好きなのだろうか。

 ここで、足を止めたら、彼はいつ気が付くのだろうか。そう思って、私は足を止めた。彼の背中が徐々に遠ざかっていく。存在が離れていくだけで、冷たい夜風が身に染みた気がした。いつ、気が付いてくれるのだろう。この悩みも、距離も。気持ちとは裏腹に距離はどんどん開いていく。目頭が熱くなるのを感じた。捨てられた子犬のような気持だった。声を出して、走って追いかければいいのだろうか。

 もう、よく分からない。彼の事も、私の事も。気持ちも、距離も。

 でも、離れていく距離が私に現実感を持たせる。あと、十歩進むまでに振り返らなかったらこのままどこかに行ってしまおう。

 一、二、三……。数える度に、楽しかった思い出が嘘のように消えていく。笑った彼の顔がものすごく、嫌な顔に思えてくる。

 四、五、六……。もうあんなに彼が遠くにいる。どうして、どうして気が付いてくれないのだろう。本当は分かってた。でも、それを受け入れるのが辛くて、彼の歩みを数える。僅かな希望を残して。

 七、八、九……。ゆっくりと、ゆっくりと彼が離れていく。きっと、彼にとって私なんていてもいなくても変わらないのだと。

 一〇――。ついに彼は振り返らなかった。頬を熱いものが伝う。何が悲しくて泣いているのだろうか。私はどんな関係を望んでいたのだろうか。私の事をもっと見て欲しかったのだろうか。

 もう、よく分からない。

 さよなら。

 小さくつぶやいて、彼とは反対方向に歩き出す。冷たい夜風が、私の孤独感を増長させる。歩きながら、私は声を挙げずに泣いた。

 私の後ろから、駆け寄ってくる足音は聞こえない。


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