Diary1-1
楽しんでいただけると僥倖です。
アーチャーで接近戦とか、なにがしたいのかわからない。
アーチャーなら、頼むから中距離支援に徹して欲しい。
そんなことを言うやつがいたとしたら、多分こいつらは馬鹿なんだ、と僕は思うことにしている。
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僕がいるのは、第三ステージの南東部に位置する森林だ。植物型や動物型のモンスターが出現するところで、周囲には、深い緑色をした堅い葉っぱが生い茂っている。
その葉っぱたちが日光を遮り、現在は夏日に設定されているこのゲーム【Seventh_Eyes】の他のエリアよりも、若干涼しく感じられた。
だが、僕が一人でここにいるのは、何も避暑したかったからではない。勿論、森林浴に勤しむつもりだったわけでもない。
ソロ狩り――つまり、同じ第三ステージの中でも難易度の高いこの地域で、レベル上げをしているのだ。
気温によるものとは違う理由で、僕は額に汗を滲ませる。エネミーと接敵している最中なのである。
正面には、バーサークベアと呼ばれる一般エネミー。彼(こいつは雄ということにしておこう)は、太くて短い四肢をもち、前身は強靭な筋肉と剛毛に覆われている。またこのゲームはリアリティが重要視されており、見るからに粘り気のありそうなヨダレを垂らしていた。
ぐるる、と威嚇するように喉を鳴らす。薄いピンクの舌をだらしなく出した口から、黄色がかった息を吐いた。
……来る!
そう思った瞬間、僕は側転をするように左側へ回避行動をとった。その動きは、本ゲームではロールステップと呼ばれている。【回避】のスキルツリーの中に組み込まれている特殊ステップである。
当然、一介の学生が出来ることではない。システムによるアシストによって、ようやく可能となる芸当だ。
「ふっ!」
僕は、回避行動の間に、構えていた弓を使って矢を射る。通常のステップでは出来ないのだが、ロールステップの長所として、今の僕には『回避中の通常攻撃』が可能となっている。
システム通りに生成された、物攻魔攻(物理攻撃力と魔法攻撃力のことだな)の両方に依存する矢が、黒い毛に覆われたバーサークベアの体に突き刺さる。
傷跡だけを残して、直ぐ様、矢は粒子となって消える。
そして。
「……ちっ」
僕が本の一瞬前まで立っていた場所を、赤いエフェクト光を纏った爪が通りすぎた。
【ベアクロー】。熊型のエネミーが持つ特殊攻撃行動だ。その強靭な肉体を駆使した飛びかかり攻撃で、隙は大きいがダメージも大きいという代物である。アーチャーの戦術的に適性な距離を、奴はたった一歩で詰めてくる。
それは完全に避けきったつもりだったのだが、爪先がかすっていたようで、僅かに僕のHPバーが削られる。
そのあとに訪れるのは、二の腕に走るぴりっとした痛み。
リアリティを求めた結果、五感を実現したこのゲームは、痛覚もまた実現されているのである。厳重にプロテクトをかけられることで、本当に受けるはずだった激痛が訪れることはないのだが。
しかし、僕もやられっぱなしではいられない。ソロ狩りという関係上、新たな敵が現れる前に、現在のタイマン戦闘を終わらせなければならないのだ。
僕はバーサークベアの様子をちらりと覘く。両者の距離は人が一人分のみ。けれど、攻撃後の短い硬直時間中の彼には、こちらから攻撃を仕掛けられるほどの隙がある。
ここで決める!
ロールステップから立ち直った直後、僕はもう一度弓を引いた。ここで決めなければ戦闘がぐだぐだになってしまう可能性が高い。せめてギリギリのところまでは相手のHPを削りたいところだった。だから、今度はただの弓術ではない。
「【イグニッションランサー】!」
僕は、アーチャーのスペシャルアクティブスキル【イグニッションランサー】を発動させた。通常攻撃とは違い、この技は完全な魔攻依存の攻撃だ。通常攻撃よりもダメージ倍率が高く、しかも、火属性を持っている。
僕の弓から放たれる紅蓮の矢。美しい直線。頬をなでる微熱。紅色の尾鰭。
矢じりがベアの体に接触すると、名前通りに爆発が起きた。僕にもすさまじい爆風が襲い掛かる。しかしHPバーには何の影響も及ぼさない。ゲームシステム上、自分を含めた味方の攻撃ではダメージを受けないのである。
だが、火属性を弱点とする熊型のエネミーは、当然その熱にもがき苦しむ。
「まだまだあ!」
僕は再び矢を番えた。高難度エリアで出没するバーサークベアは、この程度でやられてくれるモンスターではない。
僕は次のスキルの発動に意識を集中する。矢じりに集まる光。凝縮されたエネルギーの塊。
「【アサルトスティンガー】!」
それは、アーチャーの持つ技の中でも随一のネタスキルといわれる技だった。
なぜだか知らないが、矢と一緒にプレイヤーもまた飛んでいく謎スペシャルアクティブスキルで、物攻依存の特攻技。とび蹴りの中のとび蹴り。
ギュンッ、というシステム音が鳴る。あまりの移動スピードに、僕の視界は一瞬だけぶれる。敵に蹴撃が直撃したことを表す鈍い音の後に訪れたのは、足に当たった獣の感触だ。
「っせあ!」
とび蹴りを入れるまでが【アサルトスティンガー】の効果。
僕は攻撃後の硬直が終わると、間髪を入れずに攻撃でもなんでもない蹴りを熊の顔面に叩き込み、宙へとび上がった。ジャンプである。システム上、相手にダメージはない。
だが、その行為には、きちんと意味がある。
「ゼロレンジアーチャーを舐めるなよ!」
それは、空中からの射撃技の遂行だ。地面で発動すると、いちいちジャンプしてから攻撃を始めるスペシャルアクティブスキルの遂行である。
その技は、あらかじめ空中で発動することで、そのインターバルを打ち消すことができる。
「【レインストライク】!!」
宙で逆立ちするような体勢で、僕は一本の矢を放つ。
一際輝く、直線。それは途中で多方向へ分岐し、弾幕のようにエネミーへ降りかかる。
広範囲攻撃。中距離支援職たるアーチャーの代表的スキル。しかし僕が今行ったのは、単体へ対する猛攻だった。
もともと【レインストライク】は、遠くから射ち、すると矢じりが多数に分岐し有効範囲が増大。その結果、多数の敵を巻き込むことが出来る技だ。それを敵と人一人分の距離しかない位置で発動するとどうなるか。当然、分かれて広範囲に広がりきる前の枝が、すべて同じ的に命中する。
つまりはそういうことだ。
嵐のように鳴り響くダメージ音。その中に、クリティカルヒットを意味する、ガラスが割れるような音が混ざる。
「グギャアアアアアア!!」
流石の高レベルモンスターも、その猛襲には耐えきれなかったらしい。
全ての刺撃を受けたバーサークベアは断末魔の叫びをあげ、至近距離にいる僕を避けるように倒れこむと、そのまま塵となって消えた。
残されたのは、肩で息をする僕のみ。
荒い息と小鳥の囀りというバランスの悪い合唱が、森林を満たす。
その自然な雰囲気を打ち破ったのは、ピコン、という音だった。
視界の端に、【レベルアップしました】という赤文字のシステムメッセージが現れる。そしてもう一つ、【レベルの上限に達しました】というアナウンスが表記された。
それが示しているのは、次のステージに進むまで、僕は能力的に強くはなれないということだ。
「ったく、何時になったら秘境空間は見つかるのかね……?」
僕は木々の隙間から覗く太陽を細めで見上げた。
時刻はリアルタイムで約十九時。そろそろゲームが混んでくる頃合いだ。
「ま、そうは言っても、僕にはあまり関係ないんだけどさ」
僕は基本的にソロ活動がメインだ。アーチャーは支援用のスキルツリーを取得する人間が多いためパーティーでは割と重宝されるのだが、僕のは完全に近接戦闘用のスキル配置だから、結構邪魔だと言われやすい。
楽しんだもん勝ち。邪魔だと言われる危険を冒してまで、パーティーを組む必然性はない。
「あーあ……レベル上げもできなくなったし、レアドロップでも狙おうかな……」
ここは、最新鋭のVRMMO【Seventh_Eyes】の第三ステージ。
水と緑の美しい世界。
全てのゲーマーを魅了した、現実よりも現実のような場所である。