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文学

おじいちゃんが欲しいアレ

作者: 純白米

 私のおじいちゃんは、入院している。まだ子どもの私にもわかる。もう、長くは無いってこと。だんだん物忘れが酷くなっていて、私のことなどすっかり忘れてしまっていた。会うたびに、おじょうちゃんはどこの子だ?と聞いてきた。でもそれももう、少し前の話。今はもう、すっかりベッドから動くことが出来ず、喋ることすら難しくなっていた。ある日、そんなおじいちゃんが今にも消えそうな小さな声で、ひとり言のようにこう言った。

「ああ…アレが…欲しい…」

おじいちゃん。アレって、一体何のこと?おじいちゃんに聞いても、それに答える元気はない。元気があっても、おじいちゃんが欲しいというアレの名前を、もうすっかり忘れてしまっているのかもしれない。アレって、一体何だろう。自分が死と直面した時、最後におじいちゃんが欲しいと言ったものとは、一体何だろう。アレが欲しい。私は、そのおじいちゃんの最後の願いを叶えてあげたいと思った。


 おばあちゃんに聞いてみた。おばあちゃんは、今も元気に暮らしている。

おばあちゃんおばあちゃん。おじいちゃんが欲しいって言ったアレって、何だと思う?

 でも、おばあちゃんには分からなかった。それもそのはず、ヒントが無さすぎる。アレが何を指しているのか。何か、食べ物のことを言っているのかな。それとも、ずっと大切にしていた物のことなのかな。

「あの人は、食べ物にあまり関心がなさそうだったからねぇ。私が作ったものでも、不味いと言ったことは無かったけど、特別美味しいと言ったことも無かったんだよ。」

そういえば、おじいちゃんが食べ物を食べて何か言っているところを見たことが無いな。不味いも、美味しいも。ただ、食べなきゃ生きていけないから、食べる。そんな感じ。じゃあ、食べ物じゃないのかな。だとしたら、何か大切にしていた物があるのかな。

 私は続けておばあちゃんに聞いてみた。おじいちゃんとの思い出の品って、何かある?

「これといって、思い当たらないねえ。もしあったとしても、今のあの人はもう、私との思い出なんて忘れてしまっているよ。」


 おばあちゃんに聞いても、おじいちゃんが欲しいアレの手掛かりは見つけられなかった。困った私は、今度はお父さんに聞いてみた。

お父さんお父さん。おじいちゃんが欲しいって言ったアレって、何だと思う?

 でも、お父さんにも分からなかった。自分が生まれたときから一緒にいても、おじいちゃんが最後に欲しいものは分からない。

「おじいちゃんが、何かを特別に大切にしているところはあまり見たことが無いな。物は何でも大切にする人だったが、これだけは特別…っていうのは記憶に無いな。」

 おばあちゃんにもお父さんにも分からない。おじいちゃんが欲しいアレって、一体何?


 それから何ヶ月かして、おじいちゃんはいなくなってしまった。結局私は、おじいちゃんが欲しかったアレを見つけてあげられなかった。それはもちろん残念なことではあったけど、今はそれよりおじいちゃんがいなくなってしまった悲しみで頭がいっぱいだった。

 おじいちゃんのお葬式が一通り終わってから、みんなでおじいちゃんの遺品を整理していた。その中から、ずいぶん古びた日記帳を私が見つけた。これは一体、何だろう?

「そういえばあの人、ちょうど私と付き合い始めの頃に、一時期だけ日記をつけていたみたいだよ。結婚する頃にはもう書かなくなっていたみたいだし、そんな古い日記捨てたらとか、何が書いてあるのとか言ったんだけど、何やら大切なものらしくって、私にさえ見せてくれなかったんだよ。」

お父さんはびっくりしていた。おじいちゃんが、そんなに大切にしていたものがあっただなんて。もしかして、おじいちゃんが欲しいって言ったアレというのは、この日記のことだったのかな。最後に、また日記が書きたかったのかな。そんなことを考えていると、私はその日記に何やら包装紙のようなものが挟まっているのに気がついた。だいぶ古びた包装紙。もう、色もほとんど落ちてしまっている。一体これは、なんだろう?おじいちゃんがおばあちゃんにさえ見せなかった日記帳、見るのは忍びなかったけれど、その包装紙が挟まっているところだけ開いてみた。すると、そこにはこう書いてあった。

2月14日(金)

人生で初めてチョコを貰った。トリュフというチョコらしい。私は、こんなに美味しいチョコを食べたのは初めてだ。また、いつか貰いたい。

おじいちゃんおじいちゃん。おじいちゃんが欲しいって言ったアレ、私、何だかわかったよ。この日記帳、おばあちゃんは私にさえ見せてくれなかったと言ったけど、おばあちゃんだったから見せられなかったんだよね。きっと、照れくさかったんだよね。

私は、おじいちゃんが食べ物に対して何かを言ったところ見たことなかったけど、ちゃんと美味しいって思ってたんだね。ただ、言うのが照れくさかっただけなんだね。

お父さんは、おじいちゃんが何かを特別に大切にしているところは見たこと無いって言ったけど、ちゃんと特別に思ってたんだね。チョコを包んであった包装紙、もうこんなにボロボロだよ。

おばあちゃんは、私との思い出なんて忘れてしまっているよと言ったけど、ちゃんと覚えていたんだね。最後に思い出したのは、おばあちゃんとの思い出だったんだね。


おじいちゃんおじいちゃん。おじいちゃんが欲しいって言ったアレ、私、何だかわかったよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでて温かい気持ちになりました。 面白かったです。 ちょっと展開早い気もしましたけど。 あと、最期おじいちゃんにトリュフチョコあげたかったなぁ(笑)
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