03 魔皇の治世(密談)
ダナン地方を旅して約一ヶ月。ダーナに来て『魔皇城』を案内されてから約十日ほど。
最低限ながらもしっかりと整えられた『迎賓館』で、『魔皇討伐隊』の面々は約一名を除き、それぞれ思案げな表情をしていた。
元はと言えば「異教の地で『皇』を名乗る棄民の首魁を成敗せよ」という、彼らが国王にしてマールス教の最高指導者、ヴォータン教皇の『勅命』で来た土地である。それがどういうわけか平和的に『魔皇』の歓待を受けて、六人が全員、迎賓館で平穏な日々を過ごしているのだ。
彼らも初めの数日こそ暗殺などを最大限警戒していたが、外出も自由だし帯刀を咎められることも無いし、ダーナ市内を見て回る等の行動を制限されることも無かった。
それでも当初は、グロースの意向により仲間から一人ずつ交代で不寝番を立て警戒に当たっていた。しかし部隊最大の危機管理者であるレーネが「あほらしい」と言って二度目の不寝番を放棄して眠り込み、ブリンクは人肌――主に女性の――が恋しくなったのか『悪い歓楽街』へと遊びに行くようになってしまった。
ただ一人、魔術師のクロウはこの長居を諸手を挙げて歓迎しているようで、今や彼が名付け親となりその呼び名が定着してしまった『異界図書館』へ、足繁く通い続けている。朝から晩まで居座って迎賓館へ戻ってくると、本の印刷技術や装丁技術、あるいは建物や設備の素晴らしさを延々と語り出し、止まることが無いため仲間達はすっかり閉口するようになってしまった。
その手には、彼曰く『魔皇陛下から閲覧を許可され貸与を許された』という本――小児向けの知育本である――があり、熱心に解読を試みている。
つまり、節を曲げるか筋を通さずには、『魔皇の闇討ち』が出来ないような気分や状況になっていた。
剣刃の中なら無双のグロースは、元は傭兵――つまり平民上がりである。そのため王国や教会への帰属意識は薄く、弟分のような年齢のくせに誠心誠意の礼を尽くしてくれる魔皇を手に掛けるには、心情にいささかの抵抗がある。
「漢が廃る」というのは、グロースとしてなかなか由とするわけにはいかない部分だった。
神職のサムスは初めこそ戸惑いが隠せなかったが、少なくともダーナ市内に建立されているマールス教会に不審な点は無く、聖典も一語半句正規の物と変わらなかったために何をどう疑って良いか分からなくなった。
ちょうど教会の向かいに他信教の教会が建てられている最中で、どうして宗闘にならないのかと考え込んでしまった。
魔皇の信奉者となったクロウについては、改めて語る必要もあるまい。
男衆最後の一人であるブリンクは「まさしくこれぞ放埒の日々よ」と、呑んで食べて歌い、いくつかの夜は迎賓館を不在にしていた。
曰く「諜報活動だ」とのことだが、どこまで本気にして良いか困るところである。
女戦士のレーネについては、十日目の夜に「おぬしら、いっそ皆でこの地に住み込んでしまわぬか」と冗談のような事を言い、周囲の者を驚かせた。
レーネは基本的に寡黙であり、そもそも今まで冗談の類を言ったことが無い。周囲の面々は真意を測りかねたが、案外本気なのかもしれなかった。
一人悩ましく思っているのは、彼らの『旌旗』である『神託騎士どの』であった。騎士ラヴィン・ケイマンは、『魔皇を討伐せよという神の託宣』によって派遣されてきたからである。
しかしやはり、彼女も決断を下せずにいた。何と言っても、『怨敵魔皇』が同世代のありきたりな少年にしか見えないからである。
旅行きで幾人かの命を奪い、すでに戦闘処女というわけではなくなっていたが、悪人に見えない同世代の子供に武器を向けることが、どうしても出来なかった。
十二日目には『グリフ王国大使館(仮)』の普請が済んで『(仮)』が取れ、落成式と譲渡式が行われた。
とりわけ大きな催事ということでは無かったが、魔皇兄弟の他、ヒト族、魔族、妖精族といったダナン地方の有力貴族氏族の主だったところ、つまるところ種々様々な異教徒と異種族の代表格が式典に参加し、『討伐隊』は歓迎され、彼らの居地も迎賓館から大使館へ移動となった。
クロウだけが「『異界図書館』が遠くなる!」と文句を言っていたが、討伐隊の面々にはもはや、そのような話は些事にしか思えなかった。
なぜなら、大使館を引き渡された時点ですでに、『既成事実としての国交』は樹立されてしまったからである。
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十三日目の夜、やっと『魔皇討伐隊』の面々は、現状把握と今後の方針を相談するために、顔をつきあわせて真剣に話し合うことにした。「このままでは、討伐隊は融けて無くなる」と、サムスが全員に諭したからだった。
「魔皇には、してやられたとしか言いようが無い」
と、サムスは疲れたような面持ちで言った。この数日で、数年も老け込んでしまったように見える。
「確かに、公的にこの大使館は『王国の財産』になっちまったもんなぁ……」
グロースが傭兵時代に戻ったような、砕けた物言いで同意する。
譲渡式の時に書類にサインをしたのは、ラヴィンである。彼女はグリフ王国『大使』としての正式な任命を受けていないが、神託騎士なので、グリフ王国的には『王権と神権の元に、代行者として敵地を切り取る権利』を持つのだ。
通常は戦争などによって領地を切り取り、あるいは勝者の特権として財や食料を略奪するものである。究極的には封建君主とは一つの国家であり、なにがしかの力で領土財産を奪い合うのが彼女の常識だった。
しかし若きダナン地方の総領事は、土地と建物に熨斗を付けて『グリフ王国の代表を務められる人』に差し出したのだ。
武力でではないが、確かにラヴィンは『ダナン領の一部を切り取った』ということになる。
こうなると、切り取った土地を返還や委譲するには正規の王権を持つ、この場合ヴォータン教皇の許可が必要になる。となれば最終的に国交などが破局するにしても、何らかの手段で国交を結び、その上で破棄するという『手順』が必要になってくる。
あえて『奇しくも』と言うならば、「異教徒や異種族は人にあらず」と対等な外交を結ぼうとしなかったグリフ王国は、ラヴィンたちを派遣したがために『対等な接点』を持たざるを得なくなってしまったのだ。
「思うに、コレぁ皇兄殿下の糸引きだろうよ」
「グロースもそう思うか。ワシも同感だ」
千人長と神官戦士は、邪悪な笑みを浮かべる異界人(兄)を虚空に思い浮かべた。
「血を流して奪うより、よっぽどマシじゃないか。戦争なんかしたら金は食うし人死には出るし、色とりどりの美女も酒もどっかに行っちまう」
『土妖精の火酒』と言われる蒸留酒を嗜みながら、ブリンクが言った。実際にこの酒は、火を付ければ燃えるほどの酒精を孕んでいる。
「おぬしはまるで、もう百年もこの地に居るように見えるぞ。いくら間諜職とは言え、馴染みすぎではないか?」
同じ火酒を呑みながら、レーネが言う。酒が入ると、ラヴィンとは違う『色香』の類がにじみ出るのは、やはり『少女』と言うより『女性』なのだろう。
ブリンクは「恐縮恐縮」と言いながら、酒の肴の魚の干物を裂いた。それを香草を混ぜ込んだ『マヨネーズ』に付ける。
「しかし魔皇陛下の故国には、このような美味が存在するのか」
黄色い粘性のある調味料を付けた干物を噛みしがき、ブリンクは思わず目を細めた。
「うむ、まさに『この世のものとは思えない美味』であることには同意する」
表情だけは苦虫を噛みつぶしているが、サムスが旺盛に食べているのは、やはり異界料理である。その煮物は『肉じゃが(ダーナ風)』だった。
「『魔皇の治政は食に始まった』と言われていましたが、まさにそのとおりですね。この『イナリズシ』というのは、ぜひ夜食の共にしたいです」
クロウが、褐色に煮染めた油揚げで酢飯を包んだ料理――まさしく『いなり寿司(ダーナ風)』を頬ばる。
「ほいー、追加の『ピザ』に『アサヅケ』持ってきたでぇ」
文字通り『話を割って』、肌の色が濃い――というより、炭を塗したように黒い、使用人姿の少女が料理を運んできた。
『ピザ』というのはそのまま現代日本で言うところの宅配ピザ(正確には日本風ピザ)で、『アサヅケ』はキャベツのような葉野菜に香草や唐辛子を混ぜて、軽く塩もみ、もしくは漬け込んだものである。いわゆる日本家庭的な『浅漬け』だ。
余談だが、ダナン地方も含め柳兄弟が現在居る場所は、彼らにとって『全て異世界』である。ゆえにどの固有名詞にも『の、ようなもの』とか『ダーナ風』と付く。
余談に余談を重ねるが、漂来当初の魔皇兄弟は、ダナン地方の食事がどうも合わなくて困っていた。その折、陳情に来たある漁師から『魚醤』の存在を聞いて、港へすっ飛んでゆき現地で『ショッツル』という料理を作って故郷を偲んだと言う。
その後、魔皇が『異界図書館』の料理教本などの蔵書を元に、怒濤のように美味――こと、ありふれた材料で市井の者でも作れる料理――を広め始めたのは、この時からと言われている。その港の名前が『ショッツル』と改められ名物料理にもなるのは、この数年後の話だ。
ところで、この使用人である。
本来大使館には『職員』に相当する人材の派遣ないし徴用が必要なのであるが、今回は光の速さで形式だけが整ってしまい、内実がまったく伴っていない。
とりあえずラヴィンは『大使代行』、グロースが『副大使代行』という役職を取り扱うことにしたが、実務を行うどころか掃除人すら居ないのが現状である。
とはいえ、せめて家政程度は維持しなくてはならない。
何せ形式上この大使館は『栄光あるグリフ王国の新領土』であり、またラヴィンとその仲間達にとっては正式な『成果』なのだ。
こと『神託騎士』のラヴィンは、どこをどうつついても『領地をおろそかにする』ということが出来ない。手続き上でも騎士典範上でも宗教規範上でも、大使館相当の建物は『最低限でも国王陛下もしくは教皇猊下の来訪に耐えうる』という条件を満たさなければならないのだ。
そこで、これまた気遣いの行き届いた魔皇陛下が、家政婦を数名、寄越してくれたのである。
この黒い少女は名をサラールと言って、肌の色と身体のパーツの色以外は、人間と変わらない。
金褐色の瞳を持つ、闊達と快活が服を着ているような少女で、どういう理由かは分からないが西方の商人訛りで話す家政婦であった――『魔人族』の。
自己紹介の時に「ウチは魔人族のサラールや、よろしゅうな!」と言ったとたん、サムスはずっこけラヴィンは茶を噴きだしかけた。マールス教の教義で『魔人は討ち滅ぼすべき宗敵』とされているというのもあるが、教典にある魔人族の姿とは似ても似つかなかったからである。
ちなみにマールス教典にある魔人族は、西洋彫刻の魔除けであるガーゴイルの姿を想像してもらうといいだろう。とりあえず『人間と見間違うようなもの』ではない。
家政婦は合計八名派遣されてきたが、その中にヒト族は一人しか居なかった。理由は簡単で、ダナン地方はヒト族の人口比率が極端に少ないからである。
それでも魔皇陛下は一生懸命に人物を厳選したらしく、『遠目には全員ヒト族に見える』という種族で構成されていた。
「宗教的な問題や政治的な問題に配慮してくれたのだろう」とはサムスの言葉だが、ブリンクあたりは「皇兄殿下は人が悪いが魔皇陛下は人が良すぎる。皇宮はその差し引きで釣り合いが取れているのだろうよ」と評した。
ただし彼は「無私の善人ほど恐いものは無い」とも付け加えた。
マールス教における『無私、無欲、善良』は信徒としての理想とされている。さすがにサムスが厳しい表情をしたが、彼は何も言わなかった。『奇跡の体現者』として、理想と現実についてわきまえなければならない機会が多かったからだろう。
「ほな、ごゆっくり~」
サラールが料理を運んで空いた食器を片付けてゆくと、グリフ王国の六人のは改めて『無私の善人を弑するための密談』を再開した。
とはいえ、ブリンクが集めた国内情勢は魔皇に好意的なものがほとんどだし、弟子入りを自認するクロウは積極さを完全に失っている。件の『奴隷解放政策』というのも、実質は封建領主の領地拡大政策と大差ない状況だった。
「『屯田制』というのだそうだ」
とサムスが話す。
「奴隷階級に戸籍と未開拓地を与え、耕地開拓を行う。三年から五年は租税を取らずに、農作が万事滞らぬように農方も指導する。もちろん魔皇の『千人の賢者』が力を貸すだろう」
「そいつぁ面倒だ。土地を守る農民が増えたら、攻める場所と守る兵士が増えるばかりじゃないか」
ぼやくグロースに「左様」とサムスは答えた。
「奴隷解放にあたって、魔皇は領主に土地の徴税権は残した。実りが豊かになれば自らの懐も潤うから、ほとんどの領主たちは政策に賛成したそうだ。ところが、この施策には裏があった」
「どんな裏か言い当ててやろうか?」
細く裂いた干物を口元でぶらぶらさせながら、軽薄な調子でブリンクが言う。ずいぶんと盃が進んでいるようである。
「奴隷の扱いが悪いまぬけなお貴族様が、軒並み立ちゆかなくなったんだろう」
「どういうことですか?」
黙々と食事を進めていたラヴィンが、興味深そうにブリンクに訊ねた。
「麗しの神託騎士どの、背後で鞭を打たれて振るわれる剣は、神敵を破れるでしょうか?」
「なるほど……」
ラヴィンは即座に理解した。元々『財産』であって移動や労務の選択が出来なかった奴隷階級の者たちが、戸籍と市民権を得て自由民となったわけである。
つまり『働く場所』や『雇用主』を選べるようになったわけだ。
サムスが言葉を続ける。
「さすがに奴隷に打ち追われるような領主までは出なかったようだが、荘園の整備などが立ちゆかなくなった家もあったようだ。魔皇も気を遣って柔らかく変革を促したようだが、ダナンの教会の話によると、自由民として主人の下に残った奴隷は半数、四半数が別の君主の元へ行き、残りの四半数が魔皇の足下に下ったという。やむなく閉門となった家筋もいくつかあるようだが、三代限りの俸給を保障しているので、今のところ叛乱の芽とはなっておらんようだ」
「うぅむ、それは『あの』皇兄殿下の入れ知恵の一つ二つはありそうじゃな」
レーネが酒杯を傾けて言う。「同感だなぁ」とはグロースである。
「俺が思うに、皇兄殿下は実弟を御輿にして実権を握っているんじゃないか? なんというか、いろいろとあざとい」
「それがなぁ……」
と、千人長の問いに、神官戦士は難しそうな顔をした。一同が、疑惑の視線をサムスに向ける。
「うーむ、『アレ』はよく分からん御仁だ。実は近々婚儀をとりおこなうらしいのだが、その嫁選びの条件がなぁ……」
「なんだよ、もったいぶらないで言っちまえよ。さぞかし有力な領主の娘とか、絶世の美女とか、そういうのと婚姻を結ぶんだろう?」
ブリンクが、不満そうに話をせかす。どうも彼にとっては、美女を争う相手は全て敵ということらしい。
「それが……まったくの逆だ。さすがに『内々に』という但し書きが付いていたが、皇兄殿下は嫁選びに『出来るだけ少数で迫害の多い部族を』とだけ要望されて、今のところ辺境の妖精族との婚儀が進んでいると聞く」
これはさすがに、誰からも声が出なかった。否、いなり寿司を食べ終えたクロウだけは特に驚かず、他の面々を恐懼させるような補足情報を付け加えた。
「その話は魔皇陛下から伺いましたよ。なんでも皇兄殿下は先方に『入り婿』するそうです。さすがに政務があるのでダーナを離れるわけではないそうですが、そもそも周囲に『政略結婚するのでよろしく』と言っているそうです」
「な……」
『王統』というものを産まれたときから精神に刷り込まれている彼らグリフ人からは、まったく想像の出来ない展開だった。入り婿ということは、まず家名が無くなり継承権も失う。家門の主筋からも外れる。おそらくはダナンの統治者として所有する、あるいは出来る、数多くの特権も失うだろう。
「こりゃぁ、確かに……」
「うむ、国境周りの領主どもが殺気立つわけじゃな。国境近在の領主どもが妙に協力的なわけじゃ。領民や奴隷たちにとってダナン領の芝生は、さぞかしが青く見えるだろうて」
千人長はうめくような、女戦士は皮肉げな声をあげた。
ラヴィンにも、おぼろげながら事態に対して理解が進み始めた。魔皇の治政は、突飛で奇天烈なように見える。王統の否定、奴隷制度の廃止。どれも『異界人ならでは』という感じだ。
しかしその根幹は、『より多くの人間に出来るだけ多くの配当を』という、君主の『利益分配者』としての経済面が、異様に特化しているだけだ。この『政略結婚』も、『配当の行き渡りにくい下層階級の引き上げ』と考えれば合点が行く。
「ふん、魔皇陛下と皇兄殿下は、ダナンの地を更地にするつもりか。面白い」
ブリンクの言葉を、ラヴィンは誤解しなかった。
グリフ王国は、王統が教会と結びついて、ヴォータン教皇を頂点に封じている。王権を神権で強化した高い山脈を、末広がりに君主や領主、騎士や平民や奴隷という階層社会で支えているのだ。
魔皇の治政は、その高さを下げ底を持ち上げ、その階層社会についても何かの形で大ナタを入れるつもりのように思われた。
「う……む……。とすると、魔皇の目指す治政とは、どのような形なんだ?」
政治にはあまり興味が無いはずのグロースが、誰とは無しに問いかける。
「『公人が、民衆にちゃんと奉仕出来る国』とは言ってましたが……私にはまだ国王や領主たちの治政と何が違うのか、よく分かりません」
クロウはそう言ったが、彼らはその『現象』に関する情報を、すでに得ている。自由民となった奴隷が主君を選び、不義な主君達は没落して、三代後には消え去るのだ。『民が主君を選んだ』という事実が、概念として結びついていないのである。
異界の国家を知らない彼らが思い当たらないのも、やむを得ない話であった。
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その頃、魔皇兄弟は『異界図書館』で調べ物をしていた。
「兄さん、フランス革命の本はだいたい集まったけど、やっぱり武力革命が主軸の本ばかりだったよ。『革命』って言葉が付くと、どうしても殴り合いになるみたいだね」
「ふん、元財務キャリアをなめるなよ。役人の得意技は、つじつまと帳尻合わせだからな。ちゃんと八方丸く収まるように算盤をはじいてやるから、お前は内政と外政をきっちり固めてくれ。『いかにも特権階級でござい』という連中は、俺が札束でひっぱたいて黙らせてやる」
「まるで悪人みたいだなぁ……」
二郎が、発言が過激な太一郎の姿に思わず苦笑する。余談だが、ダナンの地に紙幣は無い。
「どこのどいつか知らないが、断りも無しにこんな異世界へ呼び出された以上は、好きにさせてもらうさ。だいたい、封建階級が国内資産の四〇%も占有しているような、国家経済としては完全に破綻している場所の運営をするんだ。俺が強権を発動できるなら、領主連中はとっくに死刑にして家も解体しているぐはあっ!」
黒いオーラを振りまきながら黒い発言をしていた太一郎の頭部に、かなりの勢いで木匙が当たった。匙と言ってもシチュー鍋をかき混ぜるような、大きなものである。匙が飛んできた方向を見ると、プラチナブロンドの美麗な女性がエプロン姿で立っていた。
一見すると普通の人間のようだが耳が笹穂型に長く、やはり異種族と分かる。
「ムコ殿、食事が出来たと言ったではないか。魔皇陛下、調べ物も結構ですが、ちゃんと食事はなさって下さい」
「……あ、ロマさん、すいません」
「弟よ、家庭内暴力を働くような義姉(仮)に敬意を払う必要などげぼあっ!」
今度は紫電の網が太一郎に巻き付き、動きを封じた。ロマの放った雷撃魔術である。雷も電気の一種なので、皇兄殿下の全身は電極を付けられたカエルの筋肉みたいにビクンビクンとのたうっていた。雷撃の網は魔皇陛下が「その辺で……」とロマに取りなすまで、ほどかれることはなかった。
「まったく。いきなり『ムコにしろ』とか勝手を言ってばかりで、ムコ殿はワガママが過ぎる」
ロマという妖精族の女性は、細腕に似合わない怪力さで『ムコ殿』の襟首をむんずとつかみ上げると、そのままずるずると引きずっていた。なんというか、『有無を言わさず』とはこのことだろう。
このロマという女性については、彼女の気性をよく表しているという言葉が残されている。
曰く「男の見た目は良いに越したことは無いが、どんな美男も三日で飽きるし、どんな醜男でも三日で慣れる。どんなに見目が良くても、中身が無ければ退屈だ」といい、本人が伝説級の美女であったため浮き世の遊び人たちは肝を冷やしたものだ。
二郎の足下に、太一郎が熱心に読んでいた本が落ちている。二郎は丁寧にそれを取り上げると、開かれていたページにしおりを挟み、貸し出しカウンターの上に置いた。
その表紙には『Democracy』と書かれている。
「『民主主義』、か。太一兄さんも、ずいぶん大きな絵を描き始めたなぁ……」
しみじみと、二郎はつぶやいた。
その思想は、当代においてはまさに『社会を転覆』させるものである。後に、皇兄太一郎はこううそぶいたものだ。
「これほど『魔皇』の所行として、相応しいものはない」、と。
つづく
ご意見、ご感想などお待ちしております。よろしくお願いいたします。
2016年6月26日 全面改稿