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図書室の魔皇様  作者: 斑鳩かかづ
第一章 聖戦篇
2/21

01 神託騎士の交渉(困惑)

「う~~~」


 グリフ王国神託(しんたく)騎士の少女、ラヴィン・ケイマンは、白いシーツを頭から被って、心中だけは屈辱の中でもだえていた。


 『神託騎士』というのは、神にその権能(けんのう)を保障された、いわゆる『地上における神権の代行者』である。


 その『神権代行者である騎士ラヴィン』は敵地で『彼女的に捕虜(ほりょ)』となり、今は『彼女的に虜囚(りょしゅう)の身』である。しかも彼女は『敵』に対し、正々堂々と「私は唯一にして全能なるマールス神の神託騎士である!」と名乗ったというのに、部屋には見張り一人付けられていない。


 これは別の意味で、なかなかに屈辱的な扱いだ。


 というか、彼女が居る場所は市井(しせい)の施療院以外の何物でも無かった。

 大きめの部屋には簡素な寝台が四つあり、その一つをラヴィンが占領している。他の寝台にも『ヒト族』の女性が居て、編み物や刺繍をしたりと思い思いの時間を過ごしながら療養していた。


「お嬢ちゃん。うちの子が見舞いにゴレン梨を持ってきてくれたんだけど、一緒にどう?」


 隣の寝台に居る、歳月という流れで柔らかく角を落としたような初老の女性が、柔和な笑みを浮かべている。

 ラヴィンは思わず「あ、どうも……いただきます」と言って、綺麗に切り分けられた白い果物の皿を受け取ってしまった。その女性は、ラヴィンが育った修道院の姉弟子に、雰囲気がよく似ていた。

 ラヴィンが、もそもそとシーツから上半身を出す。


 歳は十代半ば。飴を流したような金髪に深い色の碧眼。東方人特有の線の細さはあるが、いかにもな闊達(かったつ)さは女性ながらに騎士を名乗るだけの事はあった。


 幼少の頃から『年長者は(うやま)うべし』と教えられたラヴィンは、敵国人に対しても礼を失するようなことはそうそう無い。しかし差し出された果物の木皿には楊枝(ようじ)が添えられていて、その女性らしい気遣いに思わず『年の功』を感じてしまう。


「それにしても、『新しい魔皇(まおう)様』が本当に良い人で良かったわぁ」


 女性が、編み物を再開しながら誰とはなしに言う。

 初春の陽光のような柔らかい笑顔と言葉なのに、ラヴィンはうなじの辺りが毛羽立つような感覚に襲われた。


 『新しい魔皇』――。


 ラヴィンの故郷であるグリフ王国と敵対関係にありながら、グリフ王国国民の彼女を手厚く看護している施療院が置かれたこの『ダナン』という土地には、ときおり『異界より国王たり得る人物が漂着(ひょうちゃく)する』という奇妙な現象が発生するのだ。

 伝え聞く話によると、今代の『漂着者』は三ヶ月ほど前に『千の賢者、万の武将、百万の軍勢』と共にダナンの主都へ漂来したらしい。


 かつて、清廉な賢王から殺戮の魔神まで漂来したことがあるという、『ダナンの漂来王(ひょうらいおう)』の伝説である。

 実際や内実はともあれダナンも周辺諸国も、なにがしかの歴史的な転換期を迎えたということは、ほぼ共通して史記に記録されていた。


 そして今代の漂着者は、ダナン領民から『魔皇様』と呼ばれていた。


 『魔の(みかど)』と書く『魔皇』である。その尊称だけならば、すでに王権を超えた存在であった。


 しかしながらラヴィンには、そのいかめしい尊称を唱える女性の笑顔に、安堵以外の感情を見出せない。

 ラヴィンは形容しがたい気分と共に、果物を口に放り込んだ。果物はシャクシャクと歯ごたえが良く、そのみずみずしさと甘みで思わず緊張が解けてしまいそうになる。


 ――いかん、なんだかよく分からないけどこれはいかん。


 ラヴィンの心臓が汗をかけるなら、冷や汗めいた嫌な汗を自覚するしかなかっただろう。口の中で「ここは異教徒の地ここは異教徒の地ここは異教徒の地」と言い聞かせていないと、使命感とか責任感とかが、隣人の親切と果物の美味さのせいで色々と大変なことになりそうだった。


 ラヴィンに言わせると「それもこれも『魔皇』のせいだ」ということになるのだが、その『魔皇』との対面は、期せずしてすぐに果たせる事になった。(くだん)の『魔皇』が、この施療院までやってきたというのである。


「すいません、少し騒がしくなりますけどご安心下さい」


 樽のような腹をした医師が、わざわざ病室を回っているようだ。『医師は威張る人』というのがラヴィンの国の常識だが、ダナンの地では必ずしもそういうわけではないらしい。


 ――さて、今代の『魔皇』とやらは『黒衣の魔皇』などと呼ばれているが、どのような極悪人面だろうか。


 もちろんラヴィンは、この魔皇の来訪が偶然などとは思っていない。

 足はくじいているので――原因は旅行きでの土砂崩れによる滑落である――今のところ身動きもままならないが、神託騎士としては、異教徒の首長を前に無様を(さら)すわけには、それこそ死んでもいかなかった。


 油断無く、ラヴィンは周囲にあるものから、武器になりそうなものを選び出す。今のところ、隣の女性が果物の皮剥きに使った小ぶりのナイフが、一番有望そうである。


「あら魔皇様だわ」

「ゐっ!?」


 ラヴィンが物騒な物色をしている最中だった。まったく予告なしに見慣れぬ風貌の少年が病室に入ってきて、ラヴィンは思わず妙な声を上げてしまった。その声はうわずっている上にしゃっくりのようで、まるで喉を詰まらせたかのようである。


 『魔皇』と呼ばれた少年は黒髪に黒い目の、『異界人と言えば確かにそうかも』という風貌だった。

 年齢は見たところラヴィンとそう変わらないように思え、顔つきはどちらかというと扁平(へんぺい)で特徴を挙げるのは逆に困りそうだ。しかも想定していた黒服というわけではなく中部風のベージュの短衣姿で、周囲には賢者も武将も軍勢も居ない。

 ラヴィンの基準からすれば、せいぜい下級貴族の末っ子という程度の人物像しか思い至らなかった。『魔皇』といういかめしい呼び名の印象からも、大陸の一つ二つはかけ離れている。


 『黒衣じゃない魔皇』は医師に何事か説明を受けると、ラヴィンにまっすぐ視線を向けてきた。異界人の黒い目とラヴィンの碧眼が合い、ラヴィンは「さていよいよだ」と身構えた。

 ラヴィンの本来の目的は『魔皇討伐』であり、唯一神マールスの神権代行者として、この少年を成敗することだ。土砂崩れという不慮の事態によって仲間とはぐれ怪我を負い、一時はどうなるかと思えたが、どうやら彼女の信奉するマールス神は、刺し違えて使命を全うする程度の機会は与えてくれたようである。

 彼女としては、もう少しばかり教皇猊下に(よみ)してもらえるような形式が望ましかったが。


 しかし、事態はいきなり彼女の想定を超えた。その少年の背後に、『二人目の魔皇らしき人物』が現れたからだ。

 同じ色の黒い髪、同じ色の黒い目、同じ色の肌、そして似たような顔立ち。

 しかし先の少年が無害な小動物なら、こちらは剽悍(ひょうかん)な猛禽類を連想させる。礼服のようなしっかりした衣服に身を包み、『これぞ公人』という雰囲気を周囲に放散していた。


 ラヴィンの常識では、後者の方が『王』とか『長』のはずである。しかし年長の異界人は、今のところ『皇兄殿下(おうけいでんか)』なのだ。今時のダナン地方において首長は、長子ではなく弟子(ていし)が就任しているのである。

 故郷の貴族からは「異界の棄民ごときが王権を侵害しおって」と、ひどい言われようであった。グリフ王国の貴族王族は、長子相続が大原則だからだ。


「初めましてグリフ王国の方。『ダナン地方総領事』の、柳二郎(やなぎじろう)です」

「領事補佐官の、柳太一郎(やなぎたいちろう)だ」


 魔皇兄弟が、前者は礼儀正しく、後者は慇懃(いんぎん)に挨拶をする。必然、ラヴィンとしては『慇懃な皇兄殿下』を警戒してしまう。


「グ……グリフ王国聖鍵(せいけん)騎士団神託騎士、ラヴィン・ケイマンだ。私に何か(よこしま)な行いをするようなら、ここで自ら命を絶つ。さもなくばひと思いに殺せ。異教徒の(はずかしめ)めは受けん」


 ラヴィンの返答がやや遅れたのは、『領事』などという、ラヴィンにとってはあまり聞き慣れない『外交官職』を名乗られたからである。

 しかしながらその驚きも、言葉が勇ましくなるにつれて薄れ、舌の回転も本来の調子を取り戻してきていた。


「おやまぁ、お嬢ちゃん神託騎士さんだったのかい。その若さですごいねぇ」


 さらに舌鉾(ぜつぼう)を振るわんと、ラヴィンが大きく息を吸い込んだ矢先である。先ほどの女性から文字通り横やりを入れられ、ラヴィンは思わず息を詰まらせてしまった。


 確かにラヴィンの立場やなにかは、年齢を鑑みれば客観的にものすごい。だが異郷の地で足をくじき、床に伏しているところで(すご)んでも喜劇にしか見えない。

 ことラヴィンは顔立ちが愛らしいため、凄んでみても『お預けを食らった子犬が上目遣いで不満そうに飼い主を見ているようだ』と、故郷の友人や仲間からは言われていた。

 もっとも『魔皇陛下』の方も、顔立ちに怖さを見出すのは困難そうだ。比べていいなら、『皇兄殿下』のほうが百倍は恐くなりそうである。


「えーと、『神託騎士』って偉い人なんですよね?」


 魔皇ヤナギ・ジロウの問いに、ラヴィンは「ん、ん」と咳払いをして仕切り直し、表情を作り込んでから、まるで託宣(たくせん)を告げる天界の使者のように言った。


「グリフ王国国王にして東方三国同盟の盟主、そしてマールス教の地上における神権代行者である教皇猊下の()言葉を告げる。大陸南部、通称『ダナンの地』と呼ばれる地に住むものはただちに誤りし異教を捨て、唯一にして全能なるマールス神に服従し、マールス教に帰依すべし。魔皇なる者はただちにその領土資財の全てを教皇に献上すべし。さもなくば神の名において人族・魔族・妖精族・精霊族問わずことごとく滅ぼし、ことごとくを塵芥(ちりあくた)と成す。以上だ」

「分かりました!」

「は?」


 一拍も置かずに、魔皇陛下は返事をした。ラヴィンはあまりの即答振りに、むしろ驚きを隠せなかった。かなり冒涜的な戦口上と大差ない発言をしたはずなのだから。


「ではケイマンさん、話し合いましょう!」

「へ? 話し合い?」


 喜色満面に言う魔皇陛下に、ラヴィンは思わずオウム返しに聞き返してしまう。ラヴィンの口調もメッキがはがれ、あっさりと少女らしい地金が出てきてしまっている。


「はい! ケイマンさんは『グリフ王国国王の信託』と『東方三国同盟盟主の信託』と、『マールス教の神権の一部を委託』されてダナン地方へ来たわけですよね! あと公式には『ケイマン卿』と呼んでも差し支えないんですよね!」

「確かにそうですけど……」


 今すぐにでも諸手を上げてラヴィンの手を取りかねない笑顔の魔皇を前に、「あれ?」と、疑問がラヴィンの内心にわき上がった。どうも、話が妙な方向に流れ初めているような気がする。


 確かに自分とその仲間にはこの『魔皇討伐』において、『グリフ王国の王権と東方三国同盟が保障する権利』と、神託騎士、つまり『神に神権を託された地上代行者としての権利』が付帯している。ラヴィンが『ケイマン』の『(うじ)』を持つのは、原則一代限りではあっても、神託騎士が騎士階級に準ずるからだ。ゆえに『ケイマン卿』と呼ばれることもおかしいことではない。


「え、でも、私は『魔皇討伐』の任を受けて、ダナンへ来たんですけど……」


 思わず口を突いて出た『魔皇討伐』の言葉に、同室の女性達は「心底不可思議でならない」という表情をした。


「あの……ラヴィンさん? 魔皇様は何か悪いことしたんですか?」

「え……っと……」


 ラヴィンは、口ごもってしまった。彼女が学んだ事は『異教徒は悪である』とか『魔物は討伐しなければならないものである』という価値観ばかりで、今更ながらに『その内実』について考えてしまったのだ。


「いや……マールス教以外の神は全て邪神か悪魔の類だ! だから『正しい信仰』の元に『正しい神』に帰依する必要がある!」


 ラヴィンはそう言い切ったが、魔皇が悪である理由にはなっていないという自覚はあった。言い切った台詞の後に「……はずだ」という言葉が付いていてもおかしくないほど、ラヴィンは確信が持てなくなっていた。


 そう言えば、ラヴィンは『魔皇はこれこれこのような悪事を働きました』という具体例について、誰からも特に聞かされていない。


「仮に、マールス教の神が唯一絶対としてだ」


 と、今まで口を挟まなかった魔皇の兄、太一郎が初めて口を開いた。


「一応、総領事は領内での『宗教の自由』を保障している。神様同士でつかみ合いのケンカをしてもかまわないが、俺の実家はこれでも神職でな。実家には『ヤオヨロズの神』というのが八百万柱ほど居るから、俺達の神様を相手にするだけでもそのマールス神は勝負にならんのではないかな」

「マールス神はそんな雑魚のような邪神には負けない!……え? 宗教の自由?」


 ラヴィンにとっては、何かものすごく聞き捨てならない言葉を聞いたような気分にさせられた。


「正確には『信教の自由』だ」


 と、剽悍な皇兄殿下は続ける。


「うちの愚弟が、ダナン総領事として布告した政策の一つだよ。もちろんダナンにもマールス教徒は居るし、聖堂もある。強要や強制をしない範囲での布教活動も許しているぞ。他にも『人身の自由』を保障しているし、『医療保険制度』などを構築している」

「そ……それは、いったいなんですか?」


 心底理解できていない口調で、ラヴィンは問うた。


「簡単に言えば、奴隷制度の廃止と医療費を無料にする制度だ。だからキミのその怪我も、治す分には無料だ。ここに入院している人たちも、『種族や身分や信教の分け隔て無く可能な限りの最高の医療』を受けられるようになっている」

「な……」


 ラヴィンは、まるで金づちで頭を殴られたような衝撃を受けた。『封建社会』あるいは『階級社会』という故郷の『当たり前』が、真っ向から粉砕否定されていたからだ。


「ともかく!」


 と、そこで魔皇陛下が、身をこじ入れるように皇兄殿下の話に割り込んできた。


「ケイマンさんはグリフ王国大使相当の権能と、マールス教司祭相当の資格があるんですよね!」


「あ……は、はい……」


 これは間違ってはいない。十代半ばのラヴィンは年齢的には少女でしかないが、何より重要視されているのは『神の託宣によって教会より指名された聖戦士である』という一点に尽きるからだ。

 『神託騎士』は地上における神の剣であり、信徒を守る盾でもある。グリフ王国歴代の神託騎士の権能は、時代によっては時の王や教皇も上回ったと言われる。


 ということを了解し確認し最終的に言質(げんち)を取った上で、貧弱な坊やにしか見えない魔皇陛下は、こう(のたま)った。


「やったよ太一兄さん! ケイマンさんが居てくれれば、グリフ王国とマールス教会両方に外交交渉が出来るよ! もしかしたら戦争を回避出来るかもしれない!」


 ――わっ!


 その時周囲からわき起こった歓声を、ラヴィンはどう表現したら良いか分からなかった。

 安堵と喜びが満ちていて、敵意や昏い底意のようなものだけがすっぽりと抜け落ちている。さっきまで部屋の中をのぞき見していた異種族らしい子供が寝間着姿で走って行き、「せんそうナシだって! グリフの『たいし』っていうひとがきてくれたんだって!」と、大きな声で叫んでいた。歓声と安堵の空気はまたたくまに病棟全体に広がってゆき、根っこが善良なラヴィンにはもはや「魔皇、勝負だ!」とも言えなくなってしまっていた。


「あのぉ……」


 とそこへ、修道服を着た耳の長い妖精族の女性が、遠慮がちに入ってきた。


「ケイマンさんに面会の方がいらっしゃったのですが……その……」


 しきりに後方を気にしている様子の修道女が、緊張に息を呑んで後ずさる。

 その脇を通り抜けて、分厚くて頑健そうな肉体を完全武装の鎧で身を包んだ戦士や、瀟洒(しょうしゃ)なローブを着込んだ魔術師、聖印を首から下げた明らかに僧籍に身を置く神官戦士といった、物々しい面々が合わせて五人、病室に入ってきた。大部屋のはずの病室が、急に狭苦しくなる。


「……ケイマン卿、これはどういうことだ?」


 年長の、「場合によっては全員斬り捨てる」という威圧感を放散しっぱなしの、(いわお)のような戦士がラヴィンに問うてきた。


「……その、いろいろあって……」


 困惑しながら、ラヴィンは彼ら『魔皇討伐隊』に何をどう説明しようかと、必死に頭を回転させていた。


 つづく

『小説家になろう』初投稿です。よろしくお願いいたします。感想などいただけると作者は調子に乗るかもしれません。

2016年6月26日 プロローグ追加。全面改稿。本稿を2番目の文章に移行。

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