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第一章 白と黒登場

第一章です。タイトル通り主人公たちが登場します。

第一章黒と白登場



「そこ! 寝るな!!」


勢いよく飛んできた学級簿の角が少年の頭頂部に突き刺さらんばかりに直撃した。アニメだと頭から血が噴出しても可笑しくないほどの勢いであった


「んぎゃぁ~!!」


少年はたまらず跳ね起きた


「はい、おはよう」

「痛ぅ~。んだよ先生ぇ! 角はねぇよだろは!!」

そう涙目で抗議するする少年に投げた本人は満面の笑みで――


「ケンく~ん? 今ので君が先生のお・は・な・し中に寝ていた回数、何回目だと思う~?」

学級簿を投げつけられた少年の名は黒岩堅(くろいわけん)。高校生にしてはそれほど大きくは無いがガッシリとした体躯、ボサボサで少し茶色味を帯びた黒髪、不機嫌そうな口、眼光鋭い眼、しかし何処と無く何事も面倒臭がりそうな雰囲気を持った彼は、ここ、私立黎明高校に通う高校一年生である。学校はつい二週間前に新学期が始まったばかりだった。


「ん~と……五回?」


堅が少し思案して答えながら学級簿を返すと、

「十五回よ! じゅ・う・ご・か・い!! 二学期始まってから殆どホームルームと授業中で寝ているじゃない!

少しはまじめに聞きなさい!」


どうやらホームルーム中だったらしい。堅の担任らしき女教師は受け取った学級簿を堅の机に何度も叩き

つけながら怒鳴った。


「毎日ってまだ始まってからまだ――」

「いいからちゃんと話を聞く! わかったわね!」


――バシッ――


「あてっ!」


最後に堅の頭に懇親の一撃をお見舞いして先生は教卓に戻っていった。


「いいですかぁ~。もう一度言いますけど、最近若い女性が次々に殺される事件が多発していますから、夜道には十分注意して帰るようにして下さいねえ! 以上。」


――キン、コン、カン、コン♪――


そう告げ終えた途端チャイムが鳴りホームルームは終了した。先生が教室から出て行くと、ざわめきが室内を満たした


「この前K校の生徒が殺されたんだってぇ」

「その前はどっかのOLだったよね」

「そうそう」

「コワいよねぇ」

「私殺されたらどうしよう!」

「ないって、そりゃ」


言ったなぁ、と冗談交じりに事件の話題がながれていた。冗談交じりに凶悪事件の話をするのはどうかと思うがそこは現代の高校生。いくら多感な時期とはいえ大人が思っているほど柔な精神はしていないようだ。一方、先ほど先生にこっ酷く叱られた堅は――


「もう一回寝るか」


と腕枕をして寝ようとした。彼にとっては凶悪事件も睡魔には勝てなかったようだ。だが、


「堅ちゃん災難だったねぇ」


と言う声に堅は意識を再び現実に引き戻されてしまった。周りの暗い話とは無縁そうな、おっとりとした感じの少女が堅に話しかけてきたからだ。少女の名は白峰小雪しらみねこゆき。小柄な身体、背中の中ほどまで伸ばした黒髪、あどけなさの残る顔、透き通りそうな白い肌。一見するとどこかの大企業の箱入り娘にもえる(ある意味それは間違った意見ではないが)。彼女は堅の家の隣に住んでいるいわゆる幼馴染だ。堅が小雪の方に顔を向けると


「なんだ、小雪か……おやすみ」


と小雪の言葉に返事もせずに再び夢の国の扉を開かんと顔を腕枕にうずめた。


「ちょっと堅ちゃん寝ないでよ!」


小雪は堅の腕を取り彼を本格的に起こしにかかった。堅は「んだよ」と文句を良いながから体を起こし欠伸を一つすると


「しょうがねぇだろ昨日寝るのが遅かったから眠いんだよ。それに先生の話退屈だから余計に」

「またそんなこと言って。そんなに面白くなかった? サツキ先生の話」

サツキとは先ほど堅と一悶着していた先生のことで名前は藤紫皐月ふじむらさつき。この高校の数学担当教師で、堅ら二年B組の担任の先生であり加えて言えば演劇部の顧問でもある。小柄でセミロングの茶髪に美人とは言えないが可愛らしい顔つき。それに生徒に対して所謂先生ぶった態度を取ったりしないので、男子ばかりだけでなく、全学年殆どの生徒から人気があった。


「面白いも何も、毎日毎日同じ話……飽き飽きするっての」


「ふぁ~」と欠伸一つし、眠い眼をこすって答えた。


「毎日毎日って……堅ちゃん先生の話殆ど聞いてないでしょ」

「む……」


さすがに堅も口をつぐんだ。


「それに一応『事件』の話だったし・・・。」


『事件』というのは堅たちが住んでいるここF市で最近多発している連続通り魔事件のことだ。事件は約三ヵ月半前の夕方近くに少女の変死体が発見されたことから始まった。死因自体はテレビドラマ等でよくある大量出血による失血死だが、その状況が奇妙だった。少女は右手首を非常に鋭利な刃物で切断されていた。それだけならただの他殺体だが、犯人はわざわざ少女の頭を殴って気絶させてから切断していたのだ。しかし、手首が切断されたのに現場にはほとんど出血の跡が見られなかった。


なにより一番奇妙なのは、少女の体の中心にポッカリと大きな孔が開いて本来そこにあるはずの臓器が失われていた。何の為に犯人が被害者の血液や臓器を持ち去ったのかは、未だに見当すらついていない。それから同じような手口の犯行が現在に至るまで五件も続いている。いずれも殺害されたのは十代後半から二十代前半の若い女性だった。これらことからこの事件は「吸血抉り魔事件」と呼ばれるようになった。


今F市をはじめ近隣の都市でもこの事件は話題になっていて主婦の井戸端会議からネットの掲示板まで事件の話で溢れ返っていた。無論、この黎明高校も例外ではないのだが、


「だいたい狙われていんのは女ばっかだろ?男の俺には関係ねぇよ」

「でも……」


なおも何か言いたげな小雪だが、堅がすごい目で睨んできたので出そうとした言葉を途中で飲み込んだ。


「それにしても。寝てたつってもちぃとばかし目瞑ってウトウトしていただけだってのに……」

「それを世間では眠っているって言うんだけど……」


さっきのお返しといわんばかりに小雪がジトーと眼で堅を睨んだ。


「うっせえよ。んなこと言ってると、先生みたくいつまでたっても結婚できねぇ女に――」

「――誰が結婚できないって?」

「だから皐月せんせ……」


堅が声のするほうへ顔を向けると、そこには当の皐月の顔の、鼻同士がくっ付かんばかりの、ドアップがあった。皐月の額にはヒクヒクと青筋が浮き立っており顔面は引きつった笑顔でいっぱいだった。


「やだなぁもう先生。誰も皐月先生のことだなんて一言も――」

「言ったわよ! たった今! 思いっきり私の名前だ・し・て・た・じゃ・な・い!」


皐月は朝よりもかなり強い力を込めて堅の頭を殴打した。教科書の背の方の角で。何度も。


「ず・び・ば・ぜ・んぎぃ!」


その殴打にあわせて堅も一応謝罪はした。最後に舌は噛んだが。


「――と言うわけで堅君は放課後補習授業をしまぁ~す♡」

「はあああ~!?」


当然堅は抗議の声を挙げたが皐月はすまし顔で


「当たり前です! だいたい、ただでさえ授業中に寝ているんだから! いい機会だと思いなさい」

「そうそう。先生の一番気にしていること言っちゃった堅ちゃんが悪い」


と小雪が囃し立てるが


「……白峰さん、ついでにあなたも補習ね……」


当然この一言が仇になり、小雪の補習宣言を押し殺した声で皐月が告げた。


「ええ~!! 私そんなに成績悪くないですよ~」


小雪が悲惨な声をあげるが皐月はどこ吹く風で


「だから、ついでよ、つ・い・で♡ ……はぁ~い、皆!授業始めますよぉ」


そう言うと、皐月は教鞭を執るべく教卓についた。


「……最悪……」

「……お前のは身から出たさびだろうが……」

「そう言う堅ちゃんのは自業自得じゃない」

「二人ともお。おしゃべりするようなら補習の時間ふやそうか?」

「「け、結構です」」


皐月の剣幕に押され、二人は慌てて授業の準備に取り掛かった。


 ――放課後――


堅と小雪は皆が帰った教室で皐月が来るのを待っていた。


「――にしても遅いな、先生」


それまでの会話を打ち切るように堅が机の上に腕を組んでその上にアゴを乗せて呟いた。隣では小雪が心配そうに眼を忙しなく動かしている。


「何かあったんじゃ……」

「んなわけねぇって。まだ学校の中だぜ?」


小雪の心配などそ知らぬ顔。堅は頬杖をついて無表情で言った


「どうせ今頃急いで来てるよ」

「でも……」


――タッタッタッタッ――


小雪が何か言おうとした時、誰かが廊下を走る音が聞こえてきた


「ほらな」


堅が言ったのとほぼ同時に


――ガラッ――


勢いよく教室のドアが開かれ皐月が顔を出した

「もう、先生遅いよぉ~。心配したじゃないですか」


小雪が不満げに言うと


「ごめ~ん! 急用が出来ちゃってさ」

「は?」

「え?」


思いの外明るく返ってきた皐月の台詞に堅と小雪は一瞬自分たちの耳を疑った。そんな二人に皐月は


「だからもう帰んないといけないの。補習は後日改めてということでよろしく♡ じゃぁねぇ~♡」


と会話を一方的に打ち切った皐月は駆け足で教室を去っていった。後には


「な……」

「な……」

「「なんじゃそりゃぁ~~~~!!」」


ニ人の虚しい悲痛の叫びが木魂していた。

古い白熱灯の明かりだけが照らす部屋の中、「」は誰かに電話を掛けていた。


「もしもし?うん。今日ぐらいが丁度いい感じいだ。……うん、そう。……うん、わかった。じゃぁ打ち合わせの場所で。……うん。じゃ」


――ピッ――


電話を切った時、白熱灯の光に照らされた「」の表情は……狂喜っていた。


「まったくもう! 酷いよ、先生ったら!」

 

小雪はそこら辺に捨ててあった空き缶を蹴飛ばしながら愚痴た。


――カラン――


蹴った空き缶が乾いた音を立てて転がった。時刻はもう黄昏を過ぎて宵の口に入ろうとしていた。


「そんな事言ってもしょうがないだろ」


さっきからブツブツと不平を零している小雪とは対称的に堅は穏やかに言った。


「何で君はそんなに落ち着いていられるかな!? こっちは一時間以上待ったんだよ! それが結局……普通怒るよ!」


小雪はまだプリプリ怒っていた。一応皐月の心配をしていたのだから無理も無いと言えなくはない。


「先生は急用だって言ってだろ」

「そりゃぁそうだけど……」


堅はまだ何か言いたげだったが小雪の言うことももっともなので頷いた。


「それに、待たされたとはいえ補習が無くなったんだ。俺としちゃラッキーだったよ」

「無くなったんじゃなくて、延期になっただけじゃん。」

「似たようなもんだろ」

「ちょっと違うような……あ、でもさ、先生の急用ってなんだろ? デートかな?」


小雪は目を輝かせていった。やはり女の子。この手の話には敏感である。


「知らねぇよ。んなこと」


しかし堅はこの手の話には元々興味が無いのか、それとも皐月のことだからか、素っ気無く応えた。


「だいたいもしそうだとしても、態々詮索するのは野暮ってもんだろ」

「でも気になるし」

「じゃぁ明日先生に直接聞け」


堅はどこまでも素っ気無い。ズンズン一人で歩いていく。小雪は、はぁあ~とため息をひとつくと慌ててついていった。それきり二人は黙って歩き続けていたが、


「あ、そうだ。ね、堅ちゃん!」


突然小雪が何か思い出したようで、少し声を上げて堅を呼んだ。堅が声に釣られて振りかえると――そこにはさっきよりも爛々と輝く小雪の顔があった。


「堅ちゃん、さっきの話なんだけど……」

「さっきの?」


堅は覚えてはいたがわざと忘れたように答えた。いや、正確にいえば忘れたかったし話題に上がってほしくなった。

「だからアレだよ」

「アレってなんだよ」


だが小雪は堅が覚えているのを確信しているかのように「アレ」とだけ言い食いついて離れなかった。そしてついに堅はため息をつき、


「おま、『アレ』本気だったのか?」

「うん♡」


と折れた。険しい剣幕で問う堅に対し小雪は笑顔で、周りにキラキラしたものが見えるくらいの、笑顔で答えた。堅の表情は険しさを通り越して呆れ顔になっていた。そして彼は再び問答が繰り返されるであろうという予感がしてならなかった。


「だから、駄目だって言ってるだろ!」

「ええ~! 何でぇ?」


またこのパターンか、と堅は思い、心の中でそっとため息をついた。いくら折れたからと言って、皐月を待っている間に小雪が出した提案はとても賛同できるものではなかったからだ。


「危ないからに決まってんだろ」

「大丈夫だよ」

「その根拠は?」

「堅ちゃんが守ってくれる」

「俺の安全は?」

「そこは何とか」

「却下」

「ええ~!」


二人の会話は何時しかこの果てし無い問答になっていた。


「だいたい現実的に無理なんだよ、俺たちだけで事件を解決するなんて」


そう堅が言うように、皐月を待っている間、そして先ほどから繰り返されている会話の中身、小雪が提案したのは、『二人で事件を解決しよう』と言う内容であった。堅はひたすらにそれを拒絶している。


「だって『あの時は』解決できたじゃない!」

「だから、『あの時』は偶然だったって何度も言ってるだろ!」


『あの時』とは堅たちが以前解決した事件のことで、二人が初めて解決した事件でもあった。それ以来、小雪は自分たちには探偵の才能があると信じ込み、二人の事を(勝手に)『白黒探偵団』(団員は小雪と無理やり加入された堅の二人だけだが)と名乗り、「事件」と聞くとすぐに首を突っ込んでいった。と言っても新聞に載るようや大きな事件に関わることは堅や周りの大人達が必死に止めていたし、探偵団にやってくる依頼も『失せもの探し』や『彼氏彼女の浮気調査』ばかりだったが。


一方堅は、今彼が言ったように『あの時』は偶然解決できただけで自分たちにはそんな才能はないと言い切り、なるべく日常を平和に過ごそうと思うようになった。だが小雪がいろんな「事件」に首を突っ込もうとするので、それを止めるのにいつも苦心していた。今回の『事件』もいずれ諦めるだろうと堅は踏んでいたのだが、


「協力してくれないんだったら、あの事バラすよ?」

「!」

 

小雪の一言に、堅は戦慄した。当の小雪はしてやった顔でニヤニヤしている。『あの事』とは堅が中学時代に起こしてしまった、ある『騒動』のことである。


三年前のある日、堅は中学校校舎の屋上で寝ていた。当時(今でも)、堅は自称「クールな不良」だった。「クール」と言っても、話し掛けられれば答える、と言った程度のただ「無口」なだけだったし、「不良」と言っても、実際は彼が不良ぶっているだけで、決して世間一般の「不良」ではなかった。確かに喧嘩や遅刻、サボりはするが、喫煙や飲酒、薬物も夜遊びもやらない、至って健康的(?)な「不良」だった。本人曰く、煙草など(そんなもの)やらなくても授業サボるだけで十分不良、だそうだ。実際、彼のクラスで授業をサボるのは彼ぐらいだったので一応クラスメートも彼に合わせ、彼を「不良」として扱うことが暗黙の了解となっていた。ただし当の本人はそれを知らなかったが。


教師陣も授業をサボるとは言っても出席日数が足りなくなるほどサボることはないので注意はしていたが特に問題にはしなかったが、堅に対する評価は「ある意味その辺の不良より質の悪い生徒」だった。それは、堅の成績が出席日数の割に常に中の上から上の下と高く、テストでも「高得点ランキング」に殆どの科目でランクインしていた。


何故なのかと言うと、堅の特技(?)の一つである「人間分析」に起因している。簡単に言うと、最初の数回だけ授業に出てその先生の言動や仕草、会話、性格から考え方等を判断するというものだった。そこから授業の進み方や板書の仕方からテストの問題が予想できそれが結構当たっているので好成績が修められていた。それゆえ堅は生徒から「テストの山師」としてしばしばテスト問題の予想屋を頼まれ、先生はテストの問題作りに苦心していた。


話を戻そう。この日もホームルームだけ出て、一時間目の数学からサボっていたわけだが、ふと眼を覚まして時計を見てみると二時間目の授業はとっくに終了していて、もうすぐ三時間目の体育が始まろうとしていた。


「やっべ!」


堅は慌てた。どこの学校にもいるだろう、他の授業ではよく爆睡したり他の事をするくせに体育だけは真面目にする生徒が。堅もそんな生徒の一人だった。


階段では間に合わない、そう判断堅は屋上の縁から下を見た。堅たちの通う中学の屋上にはフェンスがなく男子生徒の肩口くらいまでの塀がある程度だった。しかも堅の教室は屋上のすぐしたにある。運のいいことに丁度配管近くの窓のカーテンが外に出て風にたなびいていた。しかも堅の机は丁度その窓際にある。堅は躊躇なく配管に捕まるとそれ伝いに降りていった。そして窓が近づくと降りる勢いを利用して教室内に滑り込んだ。そして自分の机から体操着のはいったナップザックをとって顔を上げたその瞬間、堅の思考は一時停止した。何故なら、目の前には、着替え中で半裸の小雪がいたからだ。小雪だけでない。他の女子生徒も着替え中で殆どが下着姿だった。


堅たちの中学では男女ともに教室で着替える。その際、女子は偶数、男子は奇数のクラスで着替えことになっていた。堅は慌てていたので忘れていた。堅のクラスが「四組」であることを。そして、大概の学校がそうであるように、女子の着替えが遅いことを。堅の思考は数秒たらずで回復したが、あまりの事態に動けずにいた。小雪の方もそれは同様であったが。


「き、きゃあ~~~~~!」

「!」

「!」


誰かの放った叫び声によって双方とも我に返った。


「ちょっと堅ちゃん何やってるの!」

「い、いや、俺は別に……」


堅は一応弁解しようとしたが、


「変態!」

「助平!」

「エッチ!」

「最低!」

「シメてやる!」


と堅の言葉は小雪その他大勢の女子から浴びせられる非難と罵詈雑言に掻き消された。最後には堅に制裁を加えるべく誰かが号令をかけた。流石の堅もこれには慌てた。


「な……、ち、ちょっと待て、話を――」

「言い訳なんて聞きたくない!」

「そうよ! そううよ!」

「皆、殺るわよ!」

「な――」


この一言に堅は覚悟したが、


「おいどうした!? もう授業始まっているぞ!」


と隣で授業していた先生が入ってきた。


「あ、先生!実は――」


女子たちの注意が入ってきた先生のほうに向いた瞬間、堅は「しめた」と一気に机の上を飛び伝って先生が入ってきたのと反対のドアから廊下に出た。


「お、おい!」


先生が慌てて堅を止めようとしたが、堅は制止命令を無視し思いっきり廊下を全力疾走して逃走した。当然、堅は体育にも、それ以降の授業にも参加できるはずもなく、そのまま学校をサボった。だが次の校長室に呼び出され先生だけでなく、学校から連絡があったのか、PTAや両親も交えてこっぴどく絞られた。また男子からはあれこれ聞かれたり野次をとばされたり、なかには「コツ」を教えてくれというのも出てくる始末だった。女子からは以来一年中「スケベ大王」のあだ名で呼ばれるようになり、「覗き事件」が起きると、犯人=堅という公式ができてしまうほどになった。


そしてなにより一番厄介だったのは小雪で、事件そのものは許してくれたが、この事件を脅し文句に使うようになった。テストの山はりから小雪の友人の恋愛相談まで、中学生の範囲内での有りっ丈の相談事に付き合わされた。相談事の幾つかは堅があれこれと理屈をつけて諭すと小雪も諦めたが、こと恋愛相談の類はなかなか諦めようとしなかった。堅がこの手の話が苦手なのを知っていたからだ。さらに厄介なことに学校で起きたトラブルの解決には一切の拒否を受け付けなかった。いくら堅が諭しても頑として聞く耳を持たなかった。おかげで堅は「覗き事件」以来、中学時代のほとんどを小雪の相談相手と、トラブル解決のパートナーとして過ごした。


そしてそれから三年後の現在。今までに無い大きな事件を前に小雪の眼は爛々と輝いていた。そんな小雪を見て堅は不安で胸が一杯になった。


「――はぁ~……」


 堅は重い溜め息を一つついた。


「わかったよ。手伝えばいいんだろ。手伝えば」


 堅は半ば観念して小雪の申し入れを承諾した。それを聞いた小雪は今まで十分輝かしていた眼をさらに輝かして喜んだ。


「本当!? 嬉しい!」


―ガバッ―


小雪は嬉しさの余り堅の腕に思いっきり抱きついた。


「うぉ! 急に抱きつくなよ。危ないな」

「えへへ♡ ごめん、ごめん。でも嬉しいでしょ?」

「ちゃかすなら辞めるぞ」

「あ、嘘ですごめんなさい辞めないで」


小雪は慌てて謝った。先程までの強気の態度はどこへやら。小雪も堅には頭が上がらない節があるようだ。似た者同士の幼馴染である。


「……でも本当に手伝ってくれるんだよね?」

「何度も言わすなよ。けど、危ないのは無しだからな」

「分かってるって♡」

「ホントかよ?」


小雪の言うことは余り信用が無かったが、堅は一応信じることにした。そうこうしているうちにいつもの交差点に差し掛かった。小雪の家は交差点を左に、堅の家は真直ぐ行ったとこにある。


「じゃ、今度堅ちゃんの家で打ち合わせしよ」

「ああ」

「やった♡」


そして堅と小雪は手を振って別れた。堅はしばらく帰途の途中


「あいつ本当に解決できると思ってんのカナ?」


と疑問を呟いてみたが、考えてもどうにかなる問題でもない、と判断して止めた。


「ま、解決できなくてもそれは警察の仕事だって言えば諦めるだろ」


堅は此の時、二人が事件の奥深くまで関わっていくことになろうとは思ってもいなかった。


「――やっぱりつけられてる」


その女性は後ろを振り返ってそう呟いた。年の頃は二十代半ばか、ブルーのスーツに身を包んだ、なかなかの美人だった。彼女が後ろを振り返るのも、これで三度目である。


「はぁ~あ。近道なんかするんじゃなかった」


彼女が呟きたくなるのも分かる。ここは公園、時刻は深夜、人通りは皆無に等しい。


「クッソ、部長の奴め! ちょっとミスったからってこんな時間までさせやがって! 一人じゃお茶汲みもできないくせに! OLなめんな!」


彼女が少々意地汚い言葉でここには居ない部長に文句をたれていると、


――コツ、コツ、コツ、コツ――


彼女の歩みに合わせるように足音が聞こえてきた。


――ピタッ――


――ピタッ――

 

彼女が歩みを止めると足音もしなくなった。これで四度目。彼女はこの公園に入ってからずっと誰かにつけられていた。この公園は面積がかなり広く近所でも人気のあるジョギングスポットだった。昼間は大勢の人が訪れるのだが、今は深夜、見える人影といえば浮浪者やいちゃついてるカップルぐらいで、いずれにしても助けてくれる気配はなかった。


「ああ! もう! 何なのよ! 一体!」


彼女は苛立ちを隠さずに言った。いいかげんウンザリしてくる。面倒な残業を押し付けられた挙句この不審者である。苛々するなというのは無理というものだ。


――ダッ――


意を決して彼女は走り出した。これでも彼女は中・高・大と運動部に所属してきたので、体力には自身があった。当然後ろの足音も走って追いかけてくる。それにヒールの低いパンプスを履いていたのでつま先の痛みさえ我慢すれば走れないことはなかった。


「――しつこいわね」


加えて彼女には足の速さにも自身があり、実際同年代の男性と比べても速かったが、追手の方も速く一向に距離が伸びなかった。むしろ縮んでいっていた。


「でも、もう少し。この角を曲がれ――」


――ドンッ――


「きゃ!」

「うわ!」


全速力疾走していたのでブレーキを掛ける間も無く、角を曲がってきた男性とぶつかった。


「いってぇ……あ、大丈夫ですか」


男性はパッと起き上がると彼女の腕をとって起こした。

「え、ええ。私は大丈夫。あなたこそ怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫。体は丈夫なんで。それより、何かあったんですか?」

「ええ、ちょっと……」


彼女は自分が誰かに追われていると手短に説明した。すると彼は表情を険しくして


「それはいけませんね。よかったらそこの大通りにある交番まで送りましょうか? 二人の方が安全ですし」

「いいの?」


彼女は迷った。今の自分の状況からみると彼の申し出を断る理由ない。しかし初対面のしかも今会ったばかりの人に頼るのは――。だがやはり状況を考えると迷っている暇はなかった。


「……分かりました。お願いします」

「はい、では」


と二人は歩き出した。



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