アルビノ
頭の片隅にでも残れば幸いです。
私は我儘な女の子。
小さな窓の狭くて薄暗い部屋の中で、光と言う悪魔の存在に怯える毎日。
私の世界は、ベッドと机時計、そして本棚と溢れるばかりの本だらけ。
私は、外にも世界があることを知った。その世界は光に満ち溢れた素晴らしい世界だ、と誰かは言った。
私は馬鹿馬鹿しいと思った。光のある世界は私に痛みをもたらすだけだから。
私は知った。本の中の偉い人は、みんなに褒められることをした。世界を救う英雄は、みんなの為に戦った。
私はその事実に意味のない苛立ちを感じてしまう。みんなの中に私は入っていないから。
光は嫌い。本は嫌い。辛いは嫌い。痛いは嫌い。私は嫌い。世界は嫌い。
全部が嫌いな女の子。ね?我儘でしょ。
それが私の毎日で、嫌いな物に囲まれて、私は惰性に世界を吸う。
ある日私は外に出た。何の前触れもなく、嫌いな世界を見るために外に出た。
それでも私は怖くて、窓から漏れる光源が、無くなるまで待ってから、恐る恐る足を出した。
ひんやりとした冷たさが、ゆっくり出した足を這う。その時点で私は泣きそうだった。
もう戻ろうと思った。
でも、なんか悔しかった。
私は一気に体を扉の向こうに押し出した。冷たさが私を押し返す。
私の細い足は、簡単に挫けそうで、負けるもんかと思った。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩・・・・
私は振り向き、出てきた家を見る。ぼんやりとだが、周りと違う印象を受けた。
私はまた前を向いて、家に背を向けて歩き出した。
世界は思っていたよりも狭かった。ぼんやりと見える同じような建物が永遠と並んでいた。
私は当てもなく歩いた。何回か転んでしまって、その度に立つのに苦労したが、歩いた。
今嫌いな世界を私は踏んでいる、そう思うだけでどこまでもいける気がした。
気が付くと、建物がなくなっていた。
見渡すと、とても広い広場があった。何もない、何にも邪魔されない広大な空間があった。
その場に引き寄せられるように入る。
足元に今まで感じたことのない埋もれるような感覚があり、転ぶ。
何かが盛大に舞うが、思っていたよりも痛くない。
何かが口に入る。思わず吐き出す。
「君大丈夫?」
私はあわてて声の方を向く。誰かがいる。さっきまで誰も居ないと思ったのに。
何時からいたの?そう聞こうとして口を開くが、うまく喋れない。
何回か失敗し、ようやく音が出る。
「イツ・・カラ・・・」
「何時からと言われても、僕は君がこの公園に入る時からずっといたよ?」
全く気が付かなかった。いや、見えなかった。
僕と言うからには、男なのだろう。年齢は分からない。
「ふらふらしながら入ってきて、いきなり砂場の中で転んだから吃驚したよ。」
「ス・・・ナ・・・?」
私は足元に顔を向ける。さらさらとした細かい粒子が敷き詰められている。
これが、砂と言うものなのか。
「それにしても、こんなに時間に女の子が一人でいたら危ないよ。」
私は今更ながらこの男から離れようとした。
人には近づきたくない。
すると、また転ぶ。
「大丈夫、怖がらなくていいよ。」
男は私を抱き起し、服に着いた砂を払う。
「綺麗な洋服が台無しになっちゃうからね。よし、大丈夫。」
とりあえずお礼を言う。
「アリ・・・ガ・・・トウ」
「どういたしまして。もう夜も遅いし、送るよ。」
私はその言葉に首を振って拒否。
歩こうとするが、足が震えて上手く歩けないことに気付く。
私は泣きそうになる。
しかし、涙が流れる前にその男が私を抱く。
驚いて固くなる私に、男はどうやら笑顔を浮かべているようだ。
「君は泣き顔よりも笑顔が似合うと思うよ。ほら、笑って。」
そんなことを言われたのは初めてで、私は戸惑う。
うまく顔が動かない。
それでも、なんとか表情を作る。それはとても笑顔には見えなかっただろう。
しかし、それでも男は嬉しそうに言った。
「ほら素敵じゃないか。」
顔が熱くなるのが分かる。
初めての事が重なり、今更ながら緊張してきているのだろうか、体が熱い。
「じゃあ、行こうか。場所教えてくれないかな?」
そんなことを言われても、はっきりは分からない。それでも、何とか方角だけでも思い出す。
「ムコ・・・ウ」
「そうか。家が見えたら言ってね。」
そしてゆっくりと歩き出す。
私は男の手の中にすっぽりと納まり、心地よい揺れに身を任せる。
腕から伝わる脈が、胸から聞こえる心拍が、手から伝わる暖かさが、なぜかとても愛おしい。
しかし、そんな時間もすぐ終わる。
私が出てきた家が見える。
「ア」
思わず声を出す。
その声に反応して、男は止まり、「此処かい?」と尋ねる。
「・・ウン」
わずかに残念だと思う。もっと、この腕の中にいたかった。
その思いに気が付いたのか、男は優しく言う。
「僕はずっとあそこに居るよ。また会いたくなったらおいで。」
「イッテ・・・イイ、ノ?」
男は首を縦に振り、頭を撫でてくれた。
暖かさが心を満たす。
ひとしきり撫でると、男は手を振り別れを告げる。
私も多少寂しさがあるけど、また会えると手を振った。
その後、私は本をめくった。
偉い人の話、英雄の話、そして世界の話。
少しだけ、分かった気がする。
偉い人がいたから、今があって、
英雄がいたから、今があって、
世界があったから、私がいた。
とても暖かいあの人を想うとそう思う。
光は嫌い。本は嫌い。辛いは嫌い。痛いは嫌い。私は嫌い。世界は嫌い。
まだまだ私は嫌いだけれど、いつか嫌いじゃなくなるのかな。いつか好きになるのかな。
本を閉じて、ベッドに入る。
明日もあの人に会いに行こう
彼女はその後はどうなったんでしょうね?