第三章 コリ・ティカ
家はティティカカ湖に近い村の外れにあった。
村人たちの噂では母はこの辺の生まれではなくどこかもっと北の方の部族の出身で―一部の村人たちは王-インカ-の血を引く貴族の出ではないかという噂すらあった。確かに母は美しかった。ただそれだけではなくてもっと違うもの―髪は夜の闇のように黒く艶やかで同じ色の瞳は穏やかながらも何か芯のある意思の強さを見せて、控え目な中にある気高さがそんな印象を人によっては与えていたのだろう。ニナは手をつなぐコリ・ティカを見上げた。コリ・ティカも同じような印象を受けたが母と決定的に違うところは彼女はその内側から輝くばかりの、その外見ばかりでなく美しさと気高さ、誇り高さを漂わせていた。その名のとおり、
「黄金の花-コリ・ティカ-」
のように。家の入口の前に立つとニナはまたコリ・ティカを見た。
「ここ?」
「うん。」
「中にいるみたいね。」
コリ・ティカが言ったところで母が家の中から顔を出した。ニナは母がすごく驚くのではないかと思い母の顔を見た。しかし母は驚いてはいなかった。
「…皇女様。」
そう口の中でつぶやいて母はひざまづくとコリ・ティカに向かって深々と頭を下げた。
「お久し振りね、タラナ。」
コリ・ティカが少し悲しそうに微笑んだ。
「顔を上げて。」
母―タラナは首を振る。「大丈夫よ…この者たちは…私の側近中の接近…お父様の命を受けているから。」
コリ・ティカは自分の召使たちを手を広げて差した。それでもタラナは顔を上げない。
「タラナ。」
促されてようやくタラナは顔を上げた。
「母様!」
ニナが不安になってタラナに抱き付いた。タラナはニナを抱き寄せたがその顔は今までニナが見たこともないくらい真剣な青ざめた顔をしていた。
「…よく似てるわ。」
コリ・ティカがつぶやくように言った。タラナは目を伏せてニナを抱きしめた。
「私が来たのはなぜかわかっているわね、タラナ。」
「…はい。」
タラナは小さく答えた。「…お父様の代わりに来たのよ、私は。あなたにお父様からの伝言を伝えたいのだけど…中に入ってもいいかしら?」
「…どうぞ…こんなところですが。」
タラナの声はようやく聞き取れるくらいの小さい声だった。中に入ろうとしたコリ・ティカがニナを見る。
「…ねえ、ニナ。お願いがあるんだけど。」
ニナは警戒した瞳でコリ・ティカを見る。
「お母様と二人でお話したいのだけど、いい?」
「嫌。」
ニナは首を振る。
「ニナ!」
タラナがたしなめる。コリ・ティカが笑う。
「あら、困ったわね。だめ?」
「うん。」
「じゃあ違うお願いをしようかしらね。私たちはクスコと言うところから来たのだけど明日には帰らなくてはいけないの。だからね、お土産にこの辺でしか咲いていないお花が欲しいの。…あるかしら?」
コリ・ティカが言うとニナがうなづく。
「咲いているところもわかる?」
「うん。」
「じゃあお願い。取って来てくれる?」
ニナは返事をせず母を見た。タラナもニナを見る。
「大丈夫よ。行って来なさい。」
タラナは言った。
「母様もこのお方とお話があるから。」
「……。」
ニナはようやく母から離れる。
「あなたたちも行ってあげて。」
コリ・ティカが女官たちに声をかけた。コリ・ティカがニナを見る。
「ありがとう。少しお母様を借りるわね。」
「うん。」
ニナはうなづくと歩き出した。女官たちが慌てて後を追う。その後ろ姿を見送ってから二人は中に入った。