第一章 夜明け前
何度も何度も同じ夢を見た。今はもう会えない、永遠に会うことのかなわない愛する人の夢。
―あなた…
手を伸ばす。差し延べられた手に触れる。
―きっと…またいつか、きっと。
あてのない約束。温かい手を握ると握り返してくれる。
―…きっと。
そこで彼女はハッと目を覚ました。起き上がって家の入口を見る。
「誰?!」
人の姿はない。ただ確かに誰かがいた気配が漂っている。
「…まさか。」夢の中で感じた温もりを手の中で握り返す。
「…ん…」
傍らで小さな声がした。彼女は振り向く。
「…どうしたの…母様…。」
眠そうに小さな男の子が毛布の中から言う。彼女は微笑んで母の顔になった。
「何でもないのよ…夢を見ただけ…」
そう言って男の子の頭をなぜた。
「…そう。」
男の子は言って大きくあくびをした。
「さ、もう一度眠りましょう。まだ夜明けには早いわ。」
「…うん。」
小さくうなづいて男の子はまた目を閉じた。それを見て彼女はもう一度微笑んだ。
「…おやすみ、ニナ。いい子ね。」
その母の声が聞こえたかどうか…ニナと呼ばれた少年はすぐに寝息を立て始めた。
その少年の名はニナと言った。まだ彼は何も知らず―知らされてもいなかった。彼がいずれこの国を揺るがす争いに巻き込まれて行くことも、今は彼には預り知らぬことであった。彼はまだあまりにも幼く彼の世界は母と自分とわずかばかりの人々でほとんどを占めていたのだった。
―しかし。
変化とは時に突然訪れるものである。それが例え必須の運命だとしても。それはニナの場合も例外ではなかった。